最強と幼馴染
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結成から約一ヶ月が経過して、六月も半分以上が過ぎ、初夏に突入したことで蒸し暑い日がだんだんと増えてきた——が、蒸し暑さを忘れるくらい強烈な悪寒が僕の身を震わせた。
「…………こわ」
それは靴箱でのことだった。
週明けの靴箱でのことである。
差出人不明の手紙が僕の靴箱に入っていたのだ。身を震わせるほどの手紙を読み終えた僕は、開口一番そう呟かざるを得なかった。
「え、なにこれ……マジこわ」
マジで怖い手紙。
その内容とは——わたしは貴方のことが大好きです。
から始まり、やたらリアルに描かれた心臓のイラストと共に、わたしの
詳細、もとい手紙の全文を公開すると以下のような内容だ。
わたしは貴方のことが大好きです。あなたのペットになるべくして生まれたこの命、貴方のために捧げたく思います。
わたしは貴方のオモチャです。貴方が命じてくれるならば、どのような羞恥的な願望であろうとも、頬を染めながら従ってみせましょう。
わたしは貴方の奴隷です。どうかどうかご命令をくださいませ。
わたしは貴方のお嫁さんです。たとえ何人であろうとも、貴方との子供であれば産んでみせましょう。
わたしは貴方の運命です。心も身体も共にあることを望みます。ヌルヌルで。
わたしは貴方の幸せです。貴方はわたしの幸せでもあります。
わたしは貴方の心臓です。わたしの心臓は永遠に貴方に捧げます。わたしの
である。超怖えんだけど……。
「……………………」
怖過ぎて、僕はその手紙をビリビリに破き、教室に向かう前にトイレに立ち寄り、流した。
手紙を流しても恐怖までは水に流せない。
教室に入ると、
「おはよう……
席に着くと、前の席の
「おはよう、馬島くん。どうかしたのか、なんかテンション激低だけど?」
普段もそれほどテンションが高いわけじゃないが、馬島くんは周りに気をつかう性格で、露骨にテンションが低いことを悟らせない傾向にある。
が、今はどう見ても低い。まさか僕のように恐怖レターを受け取ってしまったのだろうか?
「実はさ……昨日葬式があってさ」
「……大切な人だったのか?」
どうやら恐怖レターではないようだ。僕とは別の理由でテンションが低かっただけか。
「いや、別段親しい人でもなければ、正直十年くらい疎遠の親戚なんだけど……」
「疎遠だろうと人が亡くなったら、悲しくなって当然だよ。元気出せよ、なんて無責任なことは言えないけどさ、落ち込むってことは、馬島くんが優しいってことだろ」
うん。我ながら良いことを言った気がする。
友達に気を遣って、それなりのことを言えた自分を褒めた。
「ありがとうな柿町。悲しくないわけじゃないんだけど、でも俺がローテンションなのは別の理由なんだよ……」
良いことを言ったつもりだったのに、馬島くんが掛けて欲しかった言葉は違っていたらしい。
「なにかあったのか?」
「実は、その葬式に出るために
「それで?」
「思い出したんだ……俺、そういえば従姉妹のこと苦手だったな……ってさ。可愛い女の子なんだけど、でも苦手なんだよ」
「可愛いなら得意ってわけじゃないからな、人間って。可愛いだけで誰からも好かれるなんて、人間社会ではあり得ないことだよ。見た目なんて第一印象を良くするだけのきっかけでしかないんだから」
「柿町、考えが大人だな……」
「第一印象で全ての印象が確定したら、人類には滅びの道しかなかったよ。人間は見た目だけじゃないってことを僕は理解しているだけだ」
「そうか……苦手でも良いんだよな」
「そうそう。人間だからそれで良い」
それで少しは楽になったのか、馬島くんの顔は少し明るさを取り戻した。
「サンキュー柿町、少し楽になったよ」
「何もしてないけどな、僕」
「……でも、帰ったらまだ従姉妹いるんだよなあ、はあ……」
「そ、そんなに苦手なのか?」
「苦手というか怖いんだよ……なに考えるかわからない人って怖いって言うだろ?」
「まあそりゃ怖いな」
なに考えているかわからない。確かに怖い。
でも、考えが読みにくい人はもちろん存在するが、馬島くんのように恐怖するほどではないように思える——が、どうやら僕の早とちりだったようだ。
「でもさ、柿町。俺は思うんだよ。考えがわからない人よりも、なに考えてるかわかり過ぎる人の方が怖くない?」
「わかる。超怖い。馬島くん、それ良くわかる、ウルトラ怖い」
「だよな!? 自分の考えは当然の思考で、むしろ自分と違う考えを異常だと決めつけて、自らの意思を押し付けてくる人の方が怖いよな!?」
「うん、めちゃくちゃ怖い」
馬島くん、今日一のテンションだな。よほど僕の理解を得られたことが嬉しかったのだろう。
もちろん馬島くんに合わせたわけじゃない。
僕だって馬島くんの言ったことに心からそう思ったのだ。
だって怖いだろ、自分を押し付けてくるやつ。
グイグイ来る迷惑なやつ。どう考えても怖い。
「つまり馬島くんの従姉妹はそういうタイプの人間ってことか……大変だな」
「そうなんだよ。なんかせっかくだから都内を少し観光してから帰るらしくて、従姉妹一家は外泊なんだけど、その子だけ今週は俺んちに泊まるんだってさ……」
「苦痛だろうな、それ……」
ご愁傷様——と、口にしていいものか迷う。葬式直後だから、言っても良いのかもしれないけれど、でも故人を知るわけでもない僕が言うのは、なんか違う。
「なあ柿町……今週俺を泊めてくれない?」
「それは無理だごめん」
無理。申し訳ないけど無理。
泊められる部屋に住んでないから無理。
電マローション、だらしない姉、その他もろもろ。
たとえ友人の心が追い込まれていても、僕の住んでるマンションに泊めるのは無理。僕の今後の学生生活を守るために無理。
「なら俺んちに泊まりに来ねえ? 柿町が泊まってくれれば、俺は従姉妹と話したりしなくても良さそうだし」
「いや……泊まるのは構わないけれど、迷惑じゃないか? だって葬式したばっかりなんだろ?」
「大丈夫大丈夫。そんなこと言い出したら、そもそも俺と同じく葬式参加したばっかの従姉妹が観光してるのも泊まるのも不謹慎だろ」
「たしかに」
その通りである。故人の死をもっと哀しむ時間にしろよと言いたくなるくらいに、どちらも不謹慎だ。
「なあ頼むよ柿町、俺んちに泊まりに来てくれよ」
「……そんな頼まれると、断れねえよ」
「よっしゃやりい!」
「でも僕、着替えとかないから帰ってからになるぞ?」
「オッケーオッケー。柿町は俺んち知らないから、なら放課後は一旦解散して、学校に集まるってことで良い?」
「わかった」
「助かるよ柿町……マジでありがとう」
「でも僕が泊まりたいって言い出したわけじゃなく、馬島くんが泊まれって言い出したことは、きちんと馬島ファミリーに説明してくれよな? 僕はマナー度外視のクソ野郎になりたくないから」
「はは、わかってるわかってる。もちろん説明するよ。昼休みにお袋にラインしとく。てか俺と従姉妹の女の子以外は、観光に付き合って外泊だから、お袋たちのことは気にする必要ないぜ」
「馬島くん、よっぽどその従姉妹が苦手なんだな……」
家族も従姉妹一家の付き添いで外泊で、唯一その女の子だけが残っている。つまりひとつ屋根の下で美少女(馬島くんが可愛いと言ってたから)と暮らせる瞬間だと言うのに、わざわざ僕を招くなんて。
「その従姉妹に僕、殺されない?」
「なんでだし!?」
「いやだって、馬島くんと二人きりになりたかったりした場合、僕は本当に邪魔じゃん? 邪魔は排除しよう——って極端な思考回路してたりしたら、僕殺されるよね?」
「その心配はいらないよ。なんか従姉妹は従姉妹で、好きな人いるっぽいし、逆に俺が殺されたくないから、柿町を誘ったんだ。もし犯行に及んでも、男子二人なら未遂で対処できると信じて」
「そんな危険人物なのかよ!?」
「はっきり言って怖いよ。常に怖い。マジで俺が同じ家にいるってだけで、『なんでこいつなの、信じられない本当マジ信じられない、わたしはあの人以外とは同じ空気を吸いたくないのに、こんな残酷なこと許されるの? 許されるなら神は死んでる。無能な神は死んで当然よね、うふふ、神さま死亡、神死亡、うふふふふふ』ってぶつぶつ言ってるんだよ。怖くね?」
「こわい。なにそれこわい」
地味に長い台詞をきちんと記憶している馬島くんもちょっと怖い——でもきっと、はっきりと記憶に刻まれるくらいにぶつぶつ呟かれているんだと思うと、同情心すら湧いてくる。
「俺、柿町と友達になれてよかったよ!」
そんなことを言われるくらいに恐怖だったんだな……。
「僕も馬島くんと友達になれてよかったよ」
こうして僕は放課後、馬島ハウスに泊まりに行くことになった。
外泊とか久しぶり過ぎて、ちょっと気分がアガってる自分がいる。
が、のちに僕は、このアガった気分をアガった以上に落とすことになるのだが……。
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