6


「できた……完成した!」


 結成から一週間を使い、僕は編曲作業を終わらせた。


「やったー! これで完成だね!」


「ああ、やったぞ」


 疲れた……正直に感想を言うなら、それ以外に言える言葉が見つからない。


 終わってみると疲れた——だが。


 作業中は楽しかった。初めての編曲だったからかもしれないけれど、これはとても達成感を味わえる。


 終わると同時に疲労が出てくるのも、悪くない感覚だった。


「じゃあ、歌うね……」


「ああ、聴かせてくれ。音論ねろんの歌を、僕に」


「うん」


 そう言って音論はヘッドホンと防音マイクをセットした。


 防音マイクを使って、音論は自宅で練習を繰り返したらしく、歌詞は既に覚えたようだ。


 場所はリビングだ。今週は姉さんが缶詰めという名の監禁なので、観客は僕だけ。


 音論のヘッドホン、そしてパソコンに繋いだ小さなスピーカーから音が流れる設定にしてある。


「聞こえてる?」


 音論の声がスピーカーから聞こえてきた。


「おっけーだ」


 まだ音を流していないので、ヘッドホンを装着していても僕の声は聞こえる。


「じゃあ、流して」


「わかった。流すぞ」


 そう言って、僕はパソコンを操作——クリック。


 小さいスピーカーからイントロが流れ——そして。


「うん……やっぱり良い……」


 音論の声は本物だ。


 ちゃんとした歌を聴くのは初めてだったけれど、改めて確信する本物。


 可愛い声質なのに、一定の高さではハスキーさもある。


 同時に官能的な吐息、息継ぎ——それらの息遣いは、まるでスピーカーが喘いでいるかのようにさえ感じる。


 耳が心地良い。なのにシャウトさせれば魂をえぐってくる——ひとことで言うなら、やばい。


 聴いているだけで興奮してくるレベルでやばい。


 何度でも聴きたくなって、その度に僕のテンションを上げることになりそう——とさえ。


 終曲が近づくにつれて、もっと欲しくなる。


 気づけば終わってしまって——もっと欲しくなる。


 もっと欲しく——なった。


「どう……だったでしょうか……?」


 曲が終わり、ヘッドホンとマイクを外した音論は、照れているかのように言った。


「最強だ」


 どうだったか——なんて言われても、その言葉にはこれしかない。これしか言えない。これしか知らない。


 最強——まさに最強だったのだ。


 こんなボーカリストの曲に関われたことを幸せに思うくらいに。


「録音……した?」


「ばっちり」


「じゃあ、投稿できる?」


「出来るぞ。その前に、僕のスマホにもいれよう」


 言いながらりたてほやほやの曲をスマホに移す。


「私も! 私も私も!」


「わかってるよ。僕のあとな」


 僕が先だ。僕はもう、彼女のファンになっている。


 たった一曲、されど一曲ってやつか。音論の才能が羨ましいぜ、まったく。


葉集はぐるくん、天才!」


「僕は天才じゃねえよ。お前がすごいだけだ」


 僕は天才じゃない。僕が一番理解している。


「ううん、葉集くんは天才だよ」


「編曲なんて音論だって出来るから」


「違うよ、編曲じゃないよ」


「じゃあなんだよ」


「歌詞!」


「歌詞って……僕の歌詞なんかじゃ、この広い広い音楽ニーズに届かないぞ」


 僕の歌詞は万人受けするタイプじゃあない。


 ごく一部、あるいは僕の歌詞に注目する人なんていない。


 ハグルマンでやっていても、それは色ノ中いろのなかが凄いからであり、音論とのユニットヨーグルトネロンのようぐるというネームでも変わらない。


「たくさんの人に認められる歌詞じゃないのは私もわかってるよ——でもね。たくさんじゃなくても、少なくたって、もしたったひとりでも」


 突き刺さった人には最強——と。音論は言った。


「突き刺さった私が言うんだから間違いない、ね?」


 自信たっぷりにそう言われて、僕は思う。


 お世辞ではないとわかる表情だ。


 そうまで言われちゃ、僕だって嬉しい。なにより、突き刺さったと表現されたことがめちゃくちゃ嬉しい。


「音論……ありがとう」


「私はファンになったよ。借りたCDで葉集くんの書いた歌詞を聴いたとき——いま私が歌った曲、書いてくれた歌詞を見たとき、私はもうファンだった」


「照れるからやめてくれ……マジで」


 マジ照れる。評価されるって、こんなに恥ずかしいものなんだっけ?


 いや——違うな。違う違う。


 評価されたから照れるんじゃない。


 音論に評価されたから照れるのだ。


「言っとくけど、僕もファンになったからな。今の一曲で」


「えへへ」


 たぶん僕は、音論が好きだ。女性として好きだ。


 でも、この気持ちは伝えてはいけない気持ちだ。


 だって——ユニットだから。僕たちは音楽ユニットだから。


 そこに男女の関係を求めてはいけない。


 音論の邪魔をしてしまうことになるから——彼女を稼がせるという目的を邪魔してしまう。


 だから、この気持ちは仕舞っておこう。


 仕舞っておけるうちに、鍵を掛けておこう。


 僕というファンが暴走して、解散なんてしてたまるかよ。


「これからも書くからな」


「うん! 私もいっぱい歌う! いっぱい歌って、億万長者になるんだもんっ!」


「ああ、頑張ろうぜ」


 頑張るのは主に僕だがな。このままだと、僕が足を引っ張ってしまう。


 音論を億万長者にする。億万長者に出来れば、そうすれば——あるいは。


 僕の気持ちを伝えても良いのかもしれない——なんて考えるが考えるだけだ。


 今は——そう。ただ僕はこの立場をプラスに考えて、ひたすらにがむしゃらにやってみよう。


 この立場——つまり。


 好きな女の子にエロい歌詞を歌わせることが可能——という、最高の環境で、最低野郎の僕だけに許された特権を存分に使ってやるとしようじゃないか。


 まったく。やばいな。実にやばい。


 そう考えるとモチベーションは下がることを忘却したかのようだ。


 興奮せざるを得ないぜ。


「葉集くん、お顔赤いよ? 鼻息も荒いし、大丈夫……?」


 でもほどほどにしよう……心配されてしまった。


「平気平気、全然大丈夫だよ。ちょっと新しい性癖トビラをノックしたつもりが、全力で蹴り開けちまっただけだよ。心配ない」


「扉? 扉を開けると鼻息荒くなって、お顔赤くなるの? なんの扉なのそれ? そもそも扉ってなんのこと?」


「そりゃあれだ。希望のトビラに決まっているだろ」


「おお、なんかカッコいい! 作詞家っぽい!」


「だろう?」


 性癖と書いてトビラと読んだことは生涯黙っておこうと誓った。


 でも歌詞には使おうかな……。

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