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帰宅して風呂入って飯食って、あとは寝るだけ。
寝て起きたら学校か……。学校は別に嫌いじゃないけど、わざわざ通うのが面倒なんだよな。
オンライン授業はいつやるんだろうか。なんならずっとオンライン授業でも僕は嬉しいのだが。
そんなことを考えていたら、スマホが光った。常にマナーモードで無音、地元の友達とは連絡取っていないので、光ることが珍しい僕のスマホ。
ラインの差し出し人は、
やたらとビックリマークが多い。
『聴いたよCD! なにこれすごくすごい! カッコいい! 歌詞がエロいって言ってたけれどやらしいよりも全然カッコいい! 私この曲好きだよ! メロディも歌詞もすごく好き!』
文章の『、』とか『。』を全部ビックリマークにしやがったな。
『あと作詞の名前ハグルマンっての笑っちゃった!www←初めて使った使い方あってる?』
『仕方ないだろ。本名だと恥ずかしいし、あれは姉さんが適当に付けた名前だから気にするな。wの使い方はあってるぞ』
嘘である。ハグルマンは僕が付けた名前だ。
すまん姉さん、勝手に僕の名付け親にしてしまったけれど、内心で謝っておくから許してくれ。
『チェリーパープルプラグインって曲名もハグルマンが考えたの?』
『それも姉さんだよ』
ごめん姉さん。許せ。
これからもご飯作るから許せ姉さん。
『もし、私の曲に名前つけるなら、どんな名前にする? ハグルマンなら』
『ハグルマンならもっとセンスの良い曲名をつけると思うぞ』
『どんな?』
『それは内緒だろ』
『ハグルマンけちなの?』
『ハグルマンはけちだぞ』
『葉集くんは?』
『僕は普通だな』
『じゃあ私の曲は葉集くんが作詞してね』
『ハグルマンはダメなのか……?』
『だめー! 葉集くんじゃなきゃダメー!』
『なんでだよ』
『だって私はハグルマンに作って欲しいんじゃなくて、葉集くんに作って欲しいんだもん』
『僕もハグルマンも同一人物だっての。あまり期待するなよ?』
『する! 作ってくれたら葉集くんに一番に聴いてもらうから!』
『じゃあ期待に応えられるように頑張ってみるよ』
『うん! そう言えば、私の曲どうやって渡せば良いの? 書くには必要だよね?』
『あー、そうだな。データで送ってくれればいいよ』
『どうやって送るの? 今からでも送れる?』
『じゃあスマホで楽譜の写メ撮って、送ってくれ』
『やってみるー!』
ふう……。
本当に作詞するのか。いや僕が言ってしまったことなんだが、いざ話が進むとモチベーションを上げるのも苦労するんだよな。
モチベーションってなんで下がるんだろう。不思議だぜ。
常に一定以上のモチベーションをキープするには、どうすればいいんだろうか?
あとで姉さんにでも聞いてみるか。姉さんはあれでも作家だし、モチベーションをキープする方法くらい知っているだろう。
『こんな感じで平気かな?』
そんなラインと一緒に、楽譜の写メが送られて来た。
若干暗いが読めなくはない。
『おっけーおっけー』
『それだけで書けちゃうの?』
『僕のパソコンにも編集ソフト入ってるから、この楽譜を元にして簡単に編曲する。それを聴きながら、メロディのテンポに合う歌詞を書いて当てていく感じだよ』
『結構大変? 無理させてない?』
『大丈夫。聴きたいって言ったの僕だし、そこは責任持って書かせてもらうよ』
これでもアマ作詞家だからな。一応。
書くと言ってしまった以上、書く。
クオリティがどうなるかは、出来上がらないとわからないが。
『じゃあ、お願いします!』
『わかった。しばらく時間を貰うぞ』
『うん、無理しないでね?』
『しないよ。僕は無理が嫌いだからな』
『本当かなあ?』
『僕が無理してるとこ想像できるか?』
『あ、できない!www』
『だろう。だから無理はしないよ』
『わかったー。楽しみにしてます!』
『じゃあ早速取り掛かるから、またな』
『うん、おやすみかさい』
最後に誤字ったな……おやすみかさい、って。
おやすみと返そうとも思ったが、返信はしなかった。
照れ臭いというか、わざわざラインで言うようなことでもないだろうし。
さて、とりあえず編曲をしてみるか。
僕はパソコンを立ち上げ、ソフトを起動。
一から編曲か。時間はかかる気がするが、とりあえずやってみよう。
それから結局、軽めの編曲に三時間掛けた。
だけど、眠ることができなかった——だって。
この曲は僕のモチベーションを上げてしまったのだから。
なんと驚くことに、月曜日の夜から土曜日の夜まで、僕はそのモチベーションをキープした。
いや、キープさせられたと言うべきか。曲に。
「だけど、まだ完成じゃない……もっと書ける」
書いては消し、書いては消し、書いては消し。
繰り返し繰り返し、書き続ける。
こんなにもモチベーションをキープしたのは生まれて初めてだろう。
やる気があるというより、テンションが上がっている。
書くということにここまで向き合ったのは初めてだ。
いつもなら今の歌詞でオッケーを出して、姉さんに渡している。もちろん最終的に合格点を決めるのは姉さんであり、サークルのメンバーだが、これまで僕は、自分でオッケーだと妥協してもなんとかなっていた。
だけど、今はセルフ合格点に届かない。
いや、違うな。ここを合格点にしたくない。そう言った方が正しい。
もっと良い歌詞が書ける。この曲なら——と、自分を追い込んでいる。
「僕らしくねえな……ったく」
自室でパソコンに向かい、小さく呟いた。
僕らしくとは言ったが、僕らしさなんてきっと把握していない。
こうして無駄なことを考えている時間すら惜しいはずなのに、この無駄な時間で考えることを歌詞に反映してやりたいとさえ思える。
なにが僕をやる気にさせているんだろう。
曲か? それとも音論の歌声への期待か?
どっちでもいいや、書けるなら。書き上げるなら、どっちだっていい。
「もっと、もっともっと……まだ足りないっ」
ワードが弱い。彼女の声質に負けない強いワードが欲しい。
ならどうする。所詮、僕のレベルではこのくらいがマックスだと理解はしている。
だけど納得できない。
「無理……してんのかな、僕」
してるんだろうな。僕。
眠い。眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い。
でも早く聴きたい。音論の歌を早く聴きたい。
寝たら聴けない。寝たら遠のく。
「ぐっすり寝てえなあ……」
目を閉じると曲が流れる。脳内再生は余裕。
勝手に脳内に流れてくるので、ぐっすり眠れる気がしない。事実今週はぐっすり寝ていない。
正直クソだるい。こんなダルい思いをしてまでやらなきゃいけないことか、と自分に問い掛けると、返ってくる答えはずっと同じ——いけないことだ! である。
別に音論を使って僕が作詞家として羽ばたこうと思っているわけじゃない。うん、それは違う。
じゃあどうしてかと問われれば、それはもう、僕ごときでも彼女のきっかけになれるんじゃないかと思っているからだ。
それくらい音論には才能がある。才能のない僕が保証する。
本物だ。作曲能力も声質も、完璧な才能を持った彼女がどこまで羽ばたくのか——それを僕は見たい。
「僕は踏み台で構わない……」
存分に踏み台にしてくれて構わない。
それで、音論の才能に気づく人がいる。絶対にいる。
だから僕は——天才を送り出す凡人になろう。
それが音論にしてやれる唯一のことだ。
「……………………」
黙々と。黙々と書く。黙々と黙々とただひたすらに書く。
「あと少し、もう少し強い歌詞を……」
その数時間後、僕は寝落ちした。
書き上げた歌詞を確認し、音論に送ってからデスクでぐっすりと。
タイトル——『離さないで(仮)』
ねえダーリン本当に私は綺麗 Yes honey キミの輝きは太陽を超える
ねえダーリン本当にそう思うの聞かせて頂戴 Yes honey 僕の心はキミだけの心さ
馬鹿ね嘘言わないで 知ってるのよあなたが誰にでもそう言うこと No honey それは違うさ騙されている
気づいてる 私の輝きはあなたを照らしていない
救えない嘘つきね でも 私ほどじゃないわ
あなたの知らない私を教えてあげる
ほら乱れて乱れて乱れてもっと激しく乱暴な快楽
撒き散らしていいの 好きでしょう ピストルからの乱射絶頂
気持ちいいことすればいいの だって私あなたのこと 好きじゃないんだもの お楽しみはまだこれからなのよ
道具にしてよ 玩具にしてよ そそる声で鳴いてあげるから
激しく頂戴 熱い熱い種を流して ほらほらほらほらまだ出るでしょう 足りないのよ これじゃ足りない満たされない
私の中で枯れて欲しい キツく搾り取るから もっと激しく剥いで流していっぱい掛けてドロドロに 渇いた唇にクリームを垂らして 白いゼリーで汚してよ いつもみたいに ねえ
これが最後だから ねえお願い
だけどあんたなんか大嫌いよ
ごめん嘘 イかないで 愛してるの……Myダーリン
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