4


 家電量販店にやって来た。主な目的は百ヶ狩ひゃっかり音論ねろんの格安SIM契約だが、姉さんの買い物もあるらしく、荷物持ちとして僕も同行させられた。


 車から降り、ドアを閉める。トランクにはダンボールが三箱積まれており、そのほとんどが姉さんがプレゼントした服で、荷物が増えすぎたので帰りは車で送ることになったようだ。


「さて、音論ちゃんのスマホを使えるようにするのと、なんだったらネット契約もしちゃう?」


「ネットっていくらくらいなんでしょうか? あまり高額だとネット環境と引き換えに私の生活環境が……」


「お店によるけど、スマホと同時契約なら安くしてくれるところが多いよ。こういう家電量販店とかね」


「おおお、知りませんでした……っ! そ、それで経営は成り立つんですか……??」


「あはは。成り立つから、この家電量販店は全国展開してるんだよ」


 なんかあれだよな。姉と同級生の会話に混ざる勇気がない。すごく場違い感があって、早く帰りたい。


葉集はぐる、これ」


 と、そんなアウェイに飲み込まれた僕に、姉さんから一枚のメモが渡された。


「そこに買いてあるやつ、どれがいいか選んどいて」


「いいけど、僕チョイスで良いのか?」


「うん全然いいよ。あたし優柔不断だから選ぶと時間かかっちゃうし、葉集に候補絞って貰ったほうが時間効率いいっしょ」


「わかった。じゃあ最低でも二択にしとく」


「よろしくね。あたしは音論ちゃんの契約に同席するから。ネット契約するなら、ある程度知識がある人間がいた方が心強いだろうしね」


 その言葉に契約予定の当人は、ヘッドバンキングのように頷いている。首が丈夫でなによりだ。


「んじゃあたしらは三階だから」


 と、エスカレーターに乗ったのを見送り、僕はメモを再度確認する。


 買い物リストによると、姉さんが欲しいのは、小さい冷蔵庫、災害用のバッテリー、骨伝導ワイヤレスイヤホン。


 災害用のバッテリーはおそらくサークルの打ち上げキャンプとかで使うのだろう。(ソーラーパネル付いてるやつがいい)と書いてある。


 とりあえず一階の生活家電コーナーから攻めて、冷蔵庫から攻略するとしよう。


 ということで冷蔵庫。小型を欲しているので悩むことなく決めた。大型は数が多いが、小型になるとそこまで数は多くないので、候補を二つ絞る。あとは姉さんが保存量やデザインで選べばいい。


 次はバッテリーか。バッテリーに関しては知識なんてない。だからテレビで見たことのあるやつを選んだ。ソーラーパネルを使って太陽光でも発電できるので、メモの要望通りならば問題あるまい。


 最後は骨伝導ワイヤレスイヤホンか。


 普通のワイヤレスイヤホンじゃなく、骨伝導と指定されているのなら、そもそも僕が候補を絞る必要も感じないが。


「いや、そうでもないな……」


 思いのほか、骨伝導ワイヤレスイヤホンの種類が多い。


 知らなかった。まさか骨伝導ってここまで拡大していたのか。


 骨伝導ってどんな感じなんだ? 音が骨を伝わり聴こえるんだよな?


 なにそれ、改めて思うとすごい技術じゃねえか。


 やばくね、骨伝導。


「……僕も欲しくなって来たな」


 よし。姉さんに使用感を確認してから、僕も買おう。まずは姉さんを人柱にして、満足のいく性能だったらその時に僕も買うとしよう。


 あるいは姉さんが使わなくなったら僕が使うでもいいな。


 と、姉さんを人柱にすることが確定したので、使わなくなった場合に貰うことを考慮して、一番高いやつを選んだ。どうせ貰うなら高いやつ一択だろう、という僕のセコさが全面に出たチョイスだ。


「お、いたいた。葉集、絞り込みできたー?」


 骨伝導ワイヤレスイヤホンに時間を使い過ぎて、スマホ組が合流した。どうやらスマホは契約できたようで、割安になるのでネットも契約したらしい。


「柿町くん! 見て見て、これ私の電話番号だよっ、私の!」


 嬉しそうにしてるなあ。電話番号を個人で取得したことが相当嬉しいのだろう。なんか気持ちはわかる。初めて自分のスマホを持ったとき、僕も自分だけの電話番号にテンション上がった思い出があるからわかる。


「これで私も現代人になれたよお……現代人デビューしたんだ、えへへ」


「良かったな」


 テンションの上がり方が僕の思い出と全然違うので、感覚の違いが浮世離れしているぜ。


「柿町くん、連絡先教えて?」


「あ、ああ、いいよ」


「どうやって交換するの? 番号言う? メールアドレスってどれ?」


「……まずスマホの使い方から学ぼう」


 メールアドレスって久しぶりに聞いたな。


 使わねえもんな、メールもメールアドレスも。


「あ、現代人が呪文みたいによく言うラインってこれ?」


「それは計算機な」


「え、スマホに私が写った!? どうして!?!?」


「インカメラ起動したからだろ」


「胃カメラ?!」


「インカメラ!」


 そんなやり取りをしていたら、姉さんは追加書きしたリストを僕から奪って買い物に向かってしまった。


「とりあえず、入り口の自販機で何か飲みながらアプリのダウンロードから教えるよ」


「お、お願いします……私を現代でも通用する、恥ずかしくない女にしてくださいっ!」


「うん、誤解されそうな言い方しないで」


 女にしてください、って言葉を一番大きな声で言うから、一瞬僕に周りの視線が集まったじゃねえか。


 やたら通る声質が僕を追い詰めたので、そそくさと入り口にある自販機コーナーに移動した。


「なに飲む?」


「大丈夫だよ。自分のは自分で買えるよ」


「どうせ卵買ったお釣りだし、気にすんな」


「私に奢るくらいなら、貯金したほうが将来のためだよ? 年金はね、私たちが貰えると思ってたら痛い目見るかもしれないんだよ……?」


「高一から老後を見据えて貯金させようとするなよ。夢なさすぎるだろ日本。いいから好きなの押せ」


 小銭を入れて、僕は彼女がボタンを押すのを待った。


「……後悔しない? あのとき貯金しておけば、って本当に後悔しない?」


「しねえよ。むしろここでお前がボタンを押さなかった方が僕は後悔しそうだよ。老後までずるずる引きずるよ」


「へんなの……ふふ」


「いいからボタン押さないと、小銭落ちてきちゃうぞ」


「うん、ありがとう。いただきます」


 ポチッと。ボタンを押した。おしるこ。


「おしるこでよかったのか……?」


「もちろん! あんこ飲めるって夢のようだよ!」


 まあ、本人がいいのなら、いいんだろう。


 僕はコーヒーにしよう。カシュっと缶を開ける。


「うへ、うへへ……あんこだ、いま私あんこ飲んでる」


 変なトリップが始まった。普段カロリーが足りていないから、脳がカロリーの摂取に慣れていないのかもしれない。


 作画崩壊みたいな顔しておしるこ飲むなよ。


 なんでおしるこで作画崩壊みたいな顔できるんだよ。


「お口の中、あんこ味で……いっぱいだあ……」


「……………………」


 お口の中、ってワードだけで、僕を少し興奮させるその声質ズルいだろ。


「とろとろ〜」


 これは狙って言ってるのか?


「おしるこ最強。お腹も膨れる。おしるこ最強。カロリー摂取できてお腹も膨れて甘くて幸せ……貧乏には最適解だよ、おしるこ無敵」


 なんかわからないけれど、今度高カロリーな食べ物を奢ってあげたい。ハンバーガーとコーラのセットで飛ぶんじゃねえかこいつ?


 貢ぎたい感情が湧いてくるって、やべえな。


 今まで、動画配信者に投げ銭する人の気持ちを全くもって理解できなかったけれど、ひょっとしたらこういう感覚なんだろうか。いやでも冷静に考えてみると、動画配信者の方が稼いでるのに、平凡年収の視聴者が投げ銭してるだろうから、その感覚とは違うだろうな。


 よかった、僕はまだ正常だ。


 金持ちに『おいしいもの食べてください』ってコメントつけて投げ銭する一般年収の気持ちなんて、僕は知りたくないからな。言われなくても食べてるだろ、って思いながら動画見てる僕は正常だ。


 よし、僕の正常も確認できたことだし、


「んじゃ、アプリのダウンロードから始めるか」


 と、最低限のスマホ活用レクチャーを始めるとしよう。


「ダウンロード……いよいよ私、ダウンロードを覚えるんだね、緊張してきたっ!」


 貧乏というより、過去から来たの? ってレベルだな。

 

 そういうところは徐々にアップデートしていけばいい。


 スマホ使えば、勝手に脳も自動更新されるだろう。たぶん。


 しかし、スマホでこのレベルならば、パソコンなんて使えるんだろうか……。


 ネットも契約して来たらしいが、パソコン使わせて大丈夫か……? 変なとこクリックして多額の架空請求詐欺にあったりしないだろうか……今から不安になってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る