閑話2-8

「報告のレポートを読ませてもらった。よくまとまっていてわかりやすかったよ」

 伯爵様の執務室を訪ねると、一番に労いの言葉をかけられました。

「はい。魔力溜まりに巣くっていた魔獣は一掃したので、しばらくすれば、また魔獣が近寄れない濃度に魔力が高まり、結晶化が始まると考えられます。そうすれば、魔力流が安定して浅層の境界も落ち着くでしょう」

「中層の魔獣の遺骸が浅層で確認された件については、急遽ジャンジャックとフィルミーで中層を見回ってもらった。こちらの結果も推測を裏付ける方向で働いたから、問題ないだろう」

「ありがとうございます」

「それにしても、ポイズンコートスパイダーか。ポイズンはいいとして、蜘蛛なのに外套コートでも着ているのかな」

 ん?

「───って思う奴、いっぱいいるんだろうな! 実際には女王種クイーンを頂点とした社会性を宮廷コートなぞらえてそう名付けられたんだが」

 なんだか不自然な間が空いたように思います。いや、まさか、魔獣の第一人者たる護国卿ヘッセリンク伯が、初心者あるあるネタをかまして突っ込まれたので慌てて訂正したかのような挙動をするはずがありません。きっと気のせいでしょう。


「ポイズンコートスパイダーと、共存していたダニについての考察だが、仮定も推論も無理が感じられなかったし妥当だと思う。一応口頭でも説明してもらえるかな?」

「はい、今回の件は、強い魔力の耐性を持つポイズンコートスパイダーが、氾濫で弱体化した魔力溜まりに陣取った事が始まりです。そこに、たまたま寄生していたダニが血液と一緒に魔力を吸い上げてため込むように変化したことが組み合わせられ、問題となりました」


 その代わり、ダニ自身は魔力の変動に極端に弱くなってしまい、魔法が使える人物や、魔力を活性化させた道具に触れるだけでパンクするようになってしまいました。それを守っていたのが、ポイズンコートスパイダーの吐き出す蜘蛛の糸でした。

 この蜘蛛の糸はコートスパイダーシルクとよばれ、魔力を非常に良く通します。この糸をダニは身体に巻き付け、労働種と繋がり余分な魔力を逃がすことによって、外部の魔力をから身を守っていたのでしょう。同時に宿主と一緒に狩りをする時に、獲物めがけて落下するための足がかりとして、あの不思議な機動を行っていたのです。


「ポイズンコートスパイダーは、本来ならそれほど繁殖できる魔獣ではありません。女王種が産卵するには大量の餌が必要ですが、兵士種と労働種がそれに見合うだけの獲物を狩ることが出来ず、小集団で均衡してしまうからです。しかし、魔力を吸い上げ行動不能にさせるダニと共存関係を築くことで、大量の餌を手に入れられるようになりました」


 急に魔力を吸い上げられた獲物は、魔力欠乏に陥って行動が鈍り始めます。しばらくすれば、あの騎士団の方のように、気絶して行動不能になるでしょう。そしてダニは、長期間獲物にとりついて血液を吸い上げます。一週間程度は余裕で吸い上げ続けるから、回復する暇もありません。


「ダニは満腹になったらため込んだ魔力と共に離れますが、その頃にはダニの媒介する病気がちょうど潜伏期を終えます。既存のものだと、発熱、粘膜の出血、神経症状、知覚異常、けいれん、そして麻痺です。」


 結局、魔獣に効く毒物などは存在しなかったのです。魔力欠乏で動けなくした上で、病気により行動不能になる。獲物として選ばれたのが、ウルフ種やカウ種といった魔獣だったのは、この病気の宿主だからと考えられました。

 飢餓状態のまま長期にわたって魔力を吸い上げ続けられる合わせ技となれば、生命石から魔力が流出し、小さくなるのでしょう。


「動けなくなった魔獣を餌として女王種の産んだ卵は、他の魔獣の遺骸と一緒に全量を処分済みです。周辺の継続監視を続けていますが、孵化した形跡は見つかりません。影響は皆無と判断します」

「ありがとう。刺された騎士についてだが、実は近日中に王都から医師に来てもらう予定があるんだ。今のところ大事にはなっていないようだが、改めて診察してもらって安心しよう。あ、今の話はまだ秘密で頼むよ」

「かしこまりました」

「再発の可能性についても、ほとんど心配しなくてよさそうだな。ポイズンコートスパイダーを駆逐して魔力変動からの保護を失った以上、ダニの変種についても、魔力が森を循環するようになれば環境に適応できずに死滅してしまうだろう。幸いにも、といっていいかは分からないけれどね」


 それについては───どうしようも、ない、のでしょう。一つの種が、環境の変化で消え去ってしまうのは。

 消え去ってしまった花について思い出すのは、少しだけ勇気が必要でした。


「・・・・・・落ち込んだ顔をしているな。状況が落ち着いたら、一緒に森に行ってもらうぞ。これは最重要ミッションだからな」

 そんな自分に、伯爵様がいたずらを思いついたような顔で、話しかけてきます。

「オーレナングの森に、花を植えに行こう。我らが天使によって救われ、我が屋敷の花壇で咲き誇る、天使の花を。自分のお願いが、我儘でなく救いになったと知ったら、きっとユミカは喜ぶぞ」

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