閑話2-7 ※オドルスキ視点

 浅層の最奥へ進み、目的地の竜穴に到着する。

 エリクスと騎士団の2人を残した場からここに来るまでの間にも、何体もの魔獣が無造作に倒れたまま動かないのを目にした。オーガウルフが多かったが、中層にいるはずの脅威度Cの魔獣、マーダーディアやボムカウも複数いたのには少々驚いた。マッドマッドベアのような大物を獲物にするようになるのも時間の問題と言っていた、エリクスの見立ては確かなようだ。


 エリクスの本分は、研究者だ。その資質は、情報を収集分析し、既知から未知を解明し、選択肢を広げるためのもの。そして、闇に覆われたナニカを暴き出し、過度の恐れを振り払うことで、不必要な選択肢を刈り取るためのものでもある。

 決して、戦うことでは、ない。それは、我らの分野なのだから。

 それを思い出したエリクスは、十分な結果をだした。


 結晶様の魔力塊が消失して障害物がなくなり、開けた荒れ地となったその場所には、中央に大きな個体が鎮座しているのが見えた。

 ポイズンコートスパイダーの群れの主、クイーンコートスパイダー。

 戦闘力どころか移動力もほぼなく、食事をしては産卵し、群れを拡大させるこいつの討伐と、近くにある卵の破壊が、探索の最終目標として設定された。

 隠れる場所もないため、ほぼ正面から堂々と近づいていくことになる今回の戦いは、数を頼りに包囲されることになるためやや面倒ではあった。


 クーデルと頷きあいながら呼吸を合わせ、茂みから走り出すと、周辺にいた十匹以上の兵士種が反応して群がり始める。援護するように手近な労働種からも毒液が吐きかけられるが、全力で走っている最中には当たるはずもなかった。

 手近な1匹に一太刀入れ、まとめて足を切り飛ばす。恐怖心が薄く、自らの負傷に無頓着な昆虫類は、元からやっかいな相手だ。

 だが、この兵士種は搦め手をほとんど使ってこない。力持ちだが鈍重な労働種と違い、俊敏に動き回るための代償として、兵士種は腹部に毒液を貯めて吐き出す能力を喪失している。また、蜘蛛特有の、糸を周辺の木に付着させて立体的な動きをする能力も、この平地では使うことが困難だった。労働種の吐きかけてくる毒液は、クーデルのサポートがあれば簡単に避けられる。


 故に、警戒しなければならないのは。

「くるわよ!」

 周辺にいた労働種から放たれる、ダニの投げつけ。大量に宙を舞う赤いダニは、空中で軌道を修正して目標を追いかける。

 しかし、クーデルが取り出した布包みを放り投げると、ダニたちは一斉にそちらをめがけて殺到した。そして、地面に落ちた途端に破裂音が連続して響き、たまたま近くにいた兵士種が吹き飛ばされる。時間差を付けて再び投げつけられたダニも、同じように自ら軌道をそらして布包みの方に殺到し、はじけ飛んだ。

「ちゃんと機能してる! 魔力塊の方に引きつけられているわ!」

 エリクスは、その奇妙な軌道修正を、上に投げ上げられたダニ自身が、身体に付いている細い糸を引っ張ることで行われていると推定した。そして、ダニは視覚がほとんど発達していないため、落下するための目標とするのは、生物が帯びている魔力だろうと。

 ダニに刺された騎士は、直前に全力を振り絞って蜘蛛を盾で押し返したそうだ。そのときに身体強化を腕にかけたので、よりはっきりと目標にされたのだろう。

 なので、エリクスが前の竜穴で拾った魔力塊のかけらに、魔力を放出させる媒体として活性化させた地属性の護呪符を貼り付け、おとりとしたのだ。


 初見殺しはもくろみ通りに封じられた。ならばあとは、ただの手順の問題だ。


 兵士種を殲滅しながら前進し、そして更に我が身を盾にせんと割り込んでくる労働種を簡単に切り伏せる。


 残るは、巨大な腹部に産卵前の卵を大量に詰め込んだクイーンコートスパイダー。そしてその背中に乗っている、真っ赤な大きめのダニ。あれが、女王種から濃密な魔力を吸い上げて一番最初に変化した、原種といえる存在なのだろう。

「・・・・・・控えめに言っても、気持ち悪いわね」

 前にも気になったが、戦場ではそういった感情の揺れは不要なものだ。あとでメアリとまとめて説教しなければ。

 クーデルがエリクスから受けとった、試作の火属性の護呪符を活性化させ、魔力塊と共に投擲する。


 それはダニに命中してはじけ飛び、ダニがいままで大量に貯め込んでていた魔力を変換。クイーンコートスパイダーごと、荒れ地を業火で焼き尽くした。

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