閑話2-6

 とっさに両方の蜘蛛に牽制の炎弾を放ち、注意をそらしました。

「だ、大丈夫です! 一瞬だけ激痛がありましたが、今は平気です!!」

 悲鳴を上げた騎士の方は、片腕をだらんと下げたままではあるものの、無事な方の腕と身体で盾を支えながら返事をしてきました。

 そこにもう一人の騎士の方が、蜘蛛を押しやって合流してきました。二人の盾を併せて防御を堅め、隙間から再び牽制の炎弾を放ちます。それで、再び膠着状態に持ち込むことができました。蜘蛛のうち片方は、護呪符を使った炎弾の炎を間近で浴びその威力にひるんだようで、火を怖れていたのも幸いでした。

 しかし。

「ぐ・・・・・・なんだ、か、気分が」

 片方の騎士の方の動きがみるみる鈍り、盾を支える手が震え始めていました。気のせいか、下がった方の腕についたままの、上から落ちてきた赤いこぶのようなものの色味が変わっているように見えました。

「おい!しっかりしろ!!」

 隣の騎士の方が声をかけますが、やがて耐えられなくなったのか、崩れ落ちるように倒れてしまいました。

「いや、ここまで持たせれば十分だ」

 そんな声と共に、振り上げられていた足が綺麗に切断され、宙を舞いました。

 兵士種を始末したオドルスキさんが、こちらに来たのです。


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 倒れた騎士の人を敷布の上に寝かせ、楽な姿勢にしました。腕には、子供の握りこぶしくらいの大きさの、赤いこぶがまだついたままです。

「あの、エリクス様。こいつは大丈夫なんでしょうか」

 無事だった方の騎士の方が、心配そうな顔で尋ねてきます。

「今から処置します。なにがおきても、慌てないでくださいね」

 そういってなだめると、クーデルさんを呼びました。

「クーデルさん、お願いしてもいいですか」

「まかせて。こういうのは得意だから」

 割と無茶ぶりのような相談をしたはずなのに、頼もしい言葉を返してきたクーデルさんにうなずくと、処置を始めました。


 さきほど魔獣の処分をするために燃やした火から持ってきた燃えさしを赤いこぶに慎重に近づけます。

 すると、突然もぞもぞと動きだし、ポロリと落ちたかと思う間もなく、そのまま、クーデルさんの短剣で串刺しにされました。

 傷口から赤い液体を流すそれを、クーデルさんはそのまま地面に縫い止めます。

「ダニの一種です。激痛のあと、すぐに痛くなくなったのは、口吻を刺した後に唾液を注入して周辺を麻痺させたからですね」

 傷口を調べて、出血痕の周辺に異物が付着していないことを確かめました。あとは、顔色や呼吸を観察しながら傷を水で洗い流し、布で押さえます。

「ここをしばらく抑えていてもらえますか。意識は・・・・・・しばらく、もどらないと思いますが、急に苦しみ始めるようなことはないはずです」

 騎士の方に圧迫止血を任せると、虫特有の生命力の強さで、モゾモゾと動き続けるダニを検分しました。

「気持ち悪いわね。見たことがないけれど、魔獣なの?」

「いいえ、オーレナングの森の固有種ですが、ただの虫です。自分の記憶しているよりも大型ですので、特定の条件───おそらくは、氾濫の影響で変異したばかりなのでしょう」

 そういいながら、そっと腹部に手を近づけました。

「・・・・・・きゃっ」

 ダニは突然、パンっと小さな音を立てて破裂し、不意を突かれたクーデルさんが悲鳴を上げました。

 自分が悲鳴を上げなかったのは、反応が追いつかなかったというのというのもありましたが。

「やはり。そうなのか」

 半分くらいは、推定したとおりだったためです。

「足の様子は通常のダニと変化がなかった。あのおかしな機動はダニ単体で行っているものではないのか」

「さて、それはそれとして、我々は決断しなければならないわけだ」

 オドルスキさんがこちらをじっとみながら、促します。

「負傷者をかばいながら、このまま探索を続ける。負傷者と世話人をここに残し、無事なものだけで目的を達成する。全てを中断して負傷者を連れながら引き返す」

 今後取り得る状況を、挙げました。

「エリクス。我らが選択するべきは、どれだ」


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 状況を分析し。

「考えろ。考えるんだ」

 森の特殊性。種族特性。減少した魔獣。

「枯渇した魔力溜まり。ポイズンコートスパイダー。大型化したダニ」

 不可思議な共存関係。行動不能になった魔獣。

「魔獣を行動不能にできる毒物。なぜいままで見つかっていなかった」

 急性中毒を引き起こす毒物。不自然な症状。

「浅く速い呼吸。粘膜の出血。光反応の消失。散瞳」

 仮定の立案と棄却を繰り返して精度を確固たるものとしながら。

「もし、魔力溜まりから吹き出す魔力流に、晒され続けたのならば」

 相手の手札を暴き出し、情報で優位に立つ。


「───見えた。オドルスキさんとクーデルさんだけで、元凶を仕留められます」

「そうか」

 オドルスキさんは、にやりと笑いました。

「ならば、負けん」

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