閑話2-5

 重苦しい空気の中、横たわっていたオーガウルフを手早く処分することにしました。毒物に汚染されている可能性があるため、先ほど倒したオーガウルフから収集した素材も、生命石以外はまとめて処分します。

 積み重ねた遺骸に火を付けようとしたのですが、動揺してしまったのか、いつもより2回も多く炎弾を打ち込んで、ようやく燃え始めました。

 自分が情けなくて、腹が立ちます。私は、あの狂人ヘッセリンクの家来衆なのに。

「───お館様は、お前に何を期待したのだろうな」

 じっと炎を見ていると、近寄ってきたオドルスキさんに、そう言われました。

「それを思い出せないのならば、身の振り方を改めることを考えた方がいい」

 ただ、そう言われました。

「自分の、なすべきこと」

 頭の中で、その言葉がぐるぐると回ります。頭をかこうと手を挙げかけたところで、毒物に触れていたかもしれないことを思い出し慌てて引っ込めました。

 そもそも何の毒なのかの見当がつきません。粘膜の水疱、目の充血、瞳孔の散瞳は、植物毒の症状にいくつか当てはまるものがありますが、ふらつきや意識の混濁を引き起こしても身体を麻痺させるような症状にまではいたりません。そもそも魔獣を麻痺させられるような毒物なら、もっと積極的に利用されているはずなのです。

「エリクスさん、近くになにかが来てる。警戒を」

 思索に沈んでいたのを引き戻すように、クーデルさんが声をかけてきました。

 すると、少し離れた茂みの中から、蜘蛛が2匹、姿を現しました。

「ポイズンコートスパイダー・・・・・・だと思います。でも、ちょっと違和感があります」

「ポイズン? オーガウルフの毒と関係あるのかしら」

「この蜘蛛は毒液を飛ばしてくるんですが、正確には消化酵素なんです。なので吐きかけられた毒液が皮膚に付着するとその部分が溶けてしまうし、目に入ると失明の危険があります。避けるか、金属や植物素材は溶かせないので盾で防いでください」

「なかなかやっかいね」

 とはいえ、オドルスキさんが相手をするなら、別に手強い敵ではありません。特にこの種の特徴として階層化が・・・・・・。

 そこまで考えたところで、さっき感じた違和感の正体に気付き、あわてて叫びました。

「周辺警戒! まだ隠れている蜘蛛がいます!!」

 クーデルさんはその言葉を聞くと同時に、先行したオドルスキさんの死角をカバーするために駆け出しました。騎士団の人たちも、私を挟むように盾を構え、前後を警戒します。

「ポイズンコートスパイダーは、蜂や蟻のような分業をする社会性の魔獣です! ほとんどの場合、作業を担当する労働種ワーカーと、戦闘を担当する兵士種ソルジャーが組んで動くのに、その2体はどちらも兵士種です!」

 そこまで言ったところで、少し離れた木立から飛んできた毒液を、騎士団の人が大盾で防ぎました。オドルスキさん達の方にも毒液が吐きかけられたようですが、距離が離れていたためクーデルさんに軌道を読まれ、食事の時に広げる敷布で受け止められました。

「炎弾! 炎弾!」

 オドルスキさんたちに毒液を飛ばしたあたりに向けて、魔法を飛ばして牽制します。

 近くの茂みから更に2体の蜘蛛が出てきて自分たちの方に向かってきましたが、騎士団の人が盾を構えて受け止めました。

「その労働種も、普段の見た目と違ってます! 変則的な攻撃に警戒を!」

 労働種は前足を振り回し、盾にたたきつけますが、騎士団の2人とも力をいなしながら捌きました。しかし、盾で押し合いながら拮抗したところで、労働種の背中に付いていた、赤いこぶのようなものが、突然投げ上げられたかのごとく上に跳ね上がりました。

「盾を飛び越えるようになにか来ます! 位置をずらして!」

「「おおおぉぉぉ!!!」」

 騎士団の人は、力を振り絞って労働種を押し返しました。

 これで位置関係が変わり、上に放り投げられた物体の落下地点から離れたと思った瞬間、物体は突然落下の軌道を変えました。まるで見えない糸に引っ張られたかのように。

「炎弾! 炎弾! 間に合え!」

 とっさに護呪符を握りしめ、最速で炎弾を発動しました。護呪符が赤い光を放ちながら崩れると同時に、炎弾がものすごい速度で放たれ、落ちてくる物体に命中して爆発を起こしました。そして。

「うあああ!!」

 迎撃が間に合わなかった方が真下にいた騎士の腕に当たり、悲鳴が響き渡りました。


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次回の更新は木曜日になります

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