閑話2-4

 魔力溜まりに近づくにつれ、オドルスキさんの指摘が正しいことを痛感しました。

 目的の魔力溜まりは、浅層と中層の境界に近い場所にあります。もっと強力な魔獣の気配を感じられてもおかしくはないはずです。なのに、フィルミーさんに教えられた斥候の技術で探ってみても、魔獣の痕跡が、特に直近に付けられた新しいものを見つけることができなかったのです。

「───悔しいわね。フィルミーさんなら、もっと上手に出来るはずなのに」

 同じように痕跡を観察しているクーデルさんも、歯がみしていました。

 無意識のうちに、腰のホルダーに収められている護呪符を確かめました。火魔法の符が1枚、試作の火魔法符が1枚。自分自身は使えませんが、念のために持ってきた土魔法の符が1枚。作り貯めていた分は氾濫の時に消耗してしまったため、試作品を含めてもこれが残りの全てでした。

 そうしていると、周囲を警戒していたクーデルさんが手を挙げて皆を留めました。

 指さした先には、魔獣が1匹、横たわっています。まったく魔獣が現れなかった現状では、非常に不自然な状況でした。

「・・・・・・周囲には気配無し。でも、最大限の警戒を」

 既に抜刀して身構えているオドルスキさんに続き、騎士団の方達も盾を構えました。私もホルダーに手を添えながら、じりじりと魔獣に近づきます。

 クーデルさんが気配を消しながら先行し、魔獣までたどり着きました。そのまま周囲を警戒し続けますが、なにもなさそうだと判断したのかこちらへと手招きしてきたため、私たちも陣形を崩さないよう気をつけながら魔獣の元へと移動しました。

「エリクスさん、こいつ、まだ生きてるわ。なんでもいいから調べて」

 酷く衰弱したオーガウルフ。しかし、離れた場所から見たところどこにも外傷はなく、怪我をして動けないというわけではなさそうです。つんとした臭いはおそらく排泄物で、下半身部分に汚れが見えます。私は厚手の手袋をはめると、慎重にオーガウルフに近づきました。触れる距離まで近づいても反応がありませんでしたが、耳を澄ますとかすかに苦しそうな呼吸音が聞こえ、確かにまだ生きているようでした。

 背中側から近づき、注意しながら背中を触っても反応がありません。ただ、触っただけで骨が浮き出ているのが分かり、腹の方に手をやるとあばら骨の感触が伝わってきました。そのまま背骨に沿って頭の方へと手をやると、首筋でなにかにぶつかったような感触。不思議に思って探ってみましたが、他には何も見つからなかったので頭に手を移し、口を開かせました。ウルフ種は体温調整のために長い舌を持っているはずなのに、なぜか奥へと引き込まれていて見えません。ただ、口の中の粘膜がただれており、水疱が潰れ血がにじんでいます。閉じているまぶたを押し開くと、白目がひどく充血していました。

「誰か、明かりを。そう、そのあたりで持っていてください。───次は明かりを左右に振って。いや、もっとゆっくり、離れるように振って」

 近くで光が移動しても反応なし。明かりを近づけても、瞳孔が開いたままでやはり反応なし。

 最後に、動かない四肢を握って動かそうとすると、重い感触と共にゆっくりとですが動かすことが出来ました。

「症状から推定すると、おそらく何らかの毒物で中毒をおこしているようです。周囲に水辺なし。食事の痕跡もなし。毒物の由来は不明」

 そこまで話したところで、突然オーガウルフの足が大きく動きました。悲鳴を上げながら尻餅をついた私と入れ替わるようにクーデルさんが割り込んで、オーガーウルフの首筋に短剣を突き込みました。

 オーガウルフはか細い声と共に、息絶えました。傷跡からはおびただしい血が流れているのに、身体のほうはさっき動いたのと同じ足だけがピクピクと動き、他の部位は微動だにしない、いつもと違う末期の様子が恐怖を感じさせました。

 騎士団の人に差し伸べられた手を握って引き起こしてもらいながら、私は推察の続きを口にしました。

「周囲に同種の魔獣の姿なし。よって、他の場所で動けなくなったこの魔獣が、何らかの目的を持ってここへ移動させられた可能性があります」


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