閑話2-2

 地図に書かれていた1つめの魔力溜まりに到着した時も、異変が起きていることは明らかでした。

 魔力溜まり。森の外ではパワースポットと呼ばれ、レイラインの結節点からしみ出す魔力が周囲に影響を与える特別な聖地として扱われたり、あるいは教会や領主の館といった重要施設が建てられる場所として選ばれます。

 この浅層では、吹き出した魔力は利用されることなく、ほとんどがそのまま森へと循環していきます。何も知らない頃は主的な存在がいると思っていたのですが、なんでもオーレナングの森の魔力溜まりは濃度が尋常ではないらしく、魔獣といえどその場に留まり続けることが難しいのだとか。そのため、森の中なのに突然ぽっかりと開けた荒れ地に、地面から突き出すように結晶化した魔力塊がぼんやりと明滅する光景が広がっているはずだと、騎士団の方から聞かされていました。

 しかし目の前に見えるのは、小ぶりな結晶のかけらが地面に散らばり、弱々しく外光を反射しているだけのものだったのです。

「ここは、竜穴に相当する場所ではなかったのか? それにしては、ずいぶんと荒れ果てているようだが」

 オドルスキさんが首をかしげました。なんでも、かつて修行中に竜穴、つまりはパワースポットを巡ったことがあり、気圧されるほどに見事な滝や濃密な気配を纏う神木がそびえ、侵しがたい神聖さと畏怖を感じたそうです。

 私は手袋をはめて結晶の欠片を拾うと、魔力を遮断する布で包みました。高品質の魔力結晶は取り扱いが難しく、魔力操作に長けた専門家でなければ高濃度の魔力によって身体が浸食されたりする危険があるのですが、この結晶は私でも取り扱えるほどに劣化してしまっていたのです。

「一応、持ち帰りましょう。これを採取して持ち帰れるということ自体が異常であると、伯爵様は理解できると思います」

 中身が露出しないよう丁寧に結紮した包みを騎士団の方に渡していると、クーデルさんが耳打ちをしてきました。

「オドルスキさんがなにかを気にしているようなのだけれど、心当たりはあるかしら?」

 そう言われてオドルスキさんの方をこっそり見ましたが、私にはいつもと様子が変わったようには見えませんでした。しかし、他ならぬクーデルさんがそういうのなら、きっとそうなのでしょう。

 私はもう一度地図を取り出して見直し、そして魔力溜まりの近くにある注意書きを見て、事情を察しました。

「それでは出発しましょう。浅層に異常が発生していることが確認されましたので、通り道にある他の場所も無理のない範囲で立ち寄り、判断材料を増やそうと思います」


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「───ああ、これは」

 前に訪れたときとのあまりの違いに、思わず声が漏れました。

 視界いっぱいに花が咲き乱れていたはずのその場所は、氾濫で暴走した魔獣によって踏み荒らされていました。難を逃れたわずかな株も、すっかり色あせ茶色くなっています。

 まだ状態が良さそうな株をそっと手で支えてみましたが、もはや茎で自立することさえ出来ずにくたりと倒れてしまい、掘り返すことも難しい状況でした。

 オーレナングの森の固有種だった美しい花は、もはや失われてしまったのです。

 ちらりと横目でオドルスキさんの様子をうかがうと、無表情に花畑だった場所を眺めているだけでした。

 いまなら、その心情を推し量ることが出来ます。

 結婚を祝う場でユミカちゃんから花束を渡されたときの、嬉しそうな笑顔。泣き出してしまったユミカちゃんをアリスさんに引き渡したときの、優しげな顔。ここで咲き乱れていた花は、あの時の思い出とも結びついてるはずなのですから。

 この人は、ユミカちゃんの、アリスさんの、そして他の家来衆の前では、実に表情豊かでした。ですが、辛くなると、逆にそれを押し隠すために超然と振る舞うのです。

「エリクス。───時間を無駄にしてしまったな。遅れを取り戻すために、急ぐとしよう」

 そういって去って行ったオドルスキさんの後ろ姿は、忘れられそうにありませんでした。

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