二
ほのかな間接照明だけのバルコニーは、煌々と照らされている夜会の会場内とは正反対の静けさです。
目がまだ夜闇に慣れないうちに、その青年はするりと影から現れるようにわたくしの前にいらっしゃいました。
「今晩は」
軽やかな声は、夜に優しく響く子守唄のように耳心地のいいもので、わたくしはあまり警戒心も持たずに青年と向き合っておりました。
「ごきげんよう」
軽く礼をとり、わたくしから名乗るべきかしばし考えてしまいました。
自国の貴族同士であれば、高位のものから声をかけて相手が名乗ることを許すものですけれど、青年は先に声をかけていらっしゃいました。
男女の出会いでそんな儀礼は無粋かもしれませんが、名乗らずとも相手はわたくしが誰かを知っていると思うのは、自惚れが過ぎるでしょうか。
ですが今日の夜会の招待客で、ガラッシア公爵家の令嬢を知らないという方はいらっしゃらないと思いますし、わたくしが誰かを知っていて声をかけていらっしゃったのだろうなというのが、なんとなく態度から察せられます。
立ち姿はとても優雅で、高位の貴族と言われても遜色ないように思うのですが、頭の中の貴族名鑑を紐解いてみてもはじめてお会いする方のはずです。
(だって、こんなに似ていらっしゃる方なら、覚えているはずですもの)
親しげな微笑み方がどうにもレオナルド様を彷彿とさせるのは、その佇まいに加えて、髪の色のせいか、黒の装いのせいか。
はっきりと目鼻立ちが似ている、というわけではないのです。
ただ、なんとなく、雰囲気が似ている。
そんな気にさせる方でした。
「……わたくしから名乗らせていただいたほうがよろしいのでしょうか?」
相手が何かを待っているようでしたので、わたくしから切り出してみましたが、
「ガラッシア公爵家のルクレツィア様でございましょう?」
青年はもちろん知っていると少し可笑しそうに笑みを深めました。
(やっぱりこういう場面であまり格式ばってしまうと、かえって野暮ったくなりますわね)
前世の小説でたくさんこういうシチュエーションを読みましたわ。
夜会を抜け出したバルコニーで見目麗しい男女が出会うなんて、王道中の王道ではございませんこと?
それなの生真面目にマナーについて頭の中で必死に考えているのですもの、わたくしの恋愛音痴ぶりはもうフリではなく天然ですわね。
そもそも前世を含めて記憶にある恋心はレオナルド様から更新されておりませんから、スマートに振る舞うなんてとてもムリ。
乙女ゲームや小説のシチュエーションを参考に真似ようと、咄嗟に気の利いたセリフも出てきません。
新たな気づきを得て恥じ入るわたくしに、青年は一歩近づいて正式なボウアンドスクレープを見せてくれました。
「このような素晴らしい夜にルクレツィア様にはじめてお目にかかれましたことを
私、フォーリアと申します」
「フォーリア様」
やはり覚えのない方。
姿形ではなく、そのお名前もあまりステラフィッサ国では一般的ではなく、家名でもありません。
「もしかして、聖国からのお客さまでいらっしゃいますかしら?」
「ご明察のとおり、つい先日聖国から主人に従いステラフィッサ王国に参りました」
聖国からお客さまがいらしていることは、お父さまから伺っておりました。
そうして確か歓迎の式典も催されたはずですが、お父さまの聖国に対するアレルギー反応が顕著過ぎて、ほんの数分間お父さまだけが顔を出して、お母さまもお兄さまも、もちろんわたくしもファウストも公爵家は欠席しておりました。
そもそも、式典があったこと自体、わたくしは後で知らされたのですけれど。
「遠路はるばるお越しいただきましたのに、ごあいさつが遅れ申し訳ございません」
お父さまが聖国嫌いなのは承知しておりますが、本日の夜会はペイシ家が聖国の使節団の皆さまを歓待するための催しです。
わたくしもこうして顔を合わせてしまったのですから、式典を欠席した失礼はお詫びしなければなりません。
ガラッシア公爵家はステラフィッサ王国の筆頭貴族ですし、相手がわたくしをご存知ならなおさら、ご気分を害してなければ良いのですけれど。
「いえ、私はルクレツィア様にそのように仰っていただくような身分ではありませんから、どうぞ気になさらないでください。
本当は、私から声をかけさせていただくのも烏滸がましいことでしたが、偶然にも星の聖霊が手の届くところにいらっしゃった幸運に、その目に触れたいとつい欲が出てしまいました」
フォーリア様の歌うような美辞麗句は、やはり耳心地がよくてわたくしの中にすんなりと入ってきました。
そうして困ったような気恥ずかしいようなお顔で見つめられると、ふと、かつて思い描いた初恋の夢が蘇って、甘くて苦しい感傷まで呼び起こされるようでした。
(レオナルド様を重ねてしまうのは、失礼ですわね)
心の中の揺らぎをどうにか表に出さないよう、さんざん聞き続けてきたお世辞と同じような顔で受け取ると、少しだけ傷ついたお顔をされたような気がしたのはきっとわたくしの思い過ごしでございましょう。
「フォーリア様が従っていらっしゃったというのは、」
「主人は、
話題を無理矢理に変えたわたくしに、フォーリア様はいやな顔もせずに答えてくださいました。
「ステラフィッサ国にいらっしゃった使者様の代表ですわね」
「我が主はこちらの国の出身ですから、彼以外に使節の任に適している人材もおりませんでしょう」
「使者様は、ステラフィッサ王国のご出身ですの?」
それははじめて聞く情報でした。
お父さまがあまり話題にされないことは、わたくし知らないままのことが多いようですわ。
「はい。
聖国に入る者は家名を捨てますから、どちらのご出身かまでは訊いたことはないのですが……」
「こら、フォーリア!
大人しく見張りをしていろと言ったのに、私の話題をダシに公爵家のご令嬢を口説いているとはナニゴトだっ」
フォーリア様のお話を伺っておりましたら、バルコニーの外から幼い声が割って入って聞こえてきました。
(バルコニーの外?)
ここはペイシ家のお屋敷の二階ですから、外側から声が聞こえるのは不思議なことです。
思わず声のほうを向くと、バルコニーにその枝を伸ばすように聳えている樹の上、太い幹に座って怒り顔をしている男の子と、もう一人、男の子の隣で青い顔をしている、よく見知った少年が樹にしがみついているのが目に入りました。
「まぁ、オリオン殿下!」
エンディミオン殿下の弟、第二王子のオリオン様が、おそらくフォーリア様の主人のグラーノ様と一緒にいらっしゃいました。
「今晩は、ルクレツィア嬢……」
青い顔をしながらも、王子としての体面を保とうとされるオリオン殿下はさすがと言いましょうか、手はしっかり樹にしがみつきながらも、なんとか引きつる笑顔を作ってみせる様子がかえって可哀相です。
「今晩は、ガラッシア公爵令嬢!」
先ほどまで怒り顔だった男の子は、オリオン殿下とは対照的にわたくしに明るい笑顔を向けると、そのまま座っていた幹を蹴ってなんの躊躇もなくジャンプしました。
(落ち……?!)
落ちてしまうと驚いたのも束の間、男の子は真っ直ぐフォーリア様の腕の中に飛び降りたようです。
フォーリア様も慣れたもので、危なげなく受け止めました。
(びっ、くり、しましたわ……)
心臓が止まるかと思いました。
「グラーノ様、ここは聖国ではありませんから、公爵令嬢が驚いてしまわれますよ」
「うむ、そうか?」
フォーリア様は窘めるというにはあまりに優しい諭し方で、そっとその主人──聖国からの使節を務める、グラーノ様をバルコニーの床に下ろしました。
聖国からの使者と聞いて、そしてフォーリア様が仕える主人だというので、勝手に年嵩の方を想定しておりましたけれど、グラーノ様は正反対の小さな男の子でした。
フォーリア様の腰に届くかという身の丈で、小麦の穂のような茶金髪に葉っぱを数枚付けております。
まだ幼い、という形容がしっくりくるあどけなさです。
「この従者に聞いたかもしれないが、我はグラーノ、聖国から使者として遣わされた副神官長である!」
エヘンと胸を張って自己紹介をしてくださったグラーノ様に、わたくしも改めてカーテシーでごあいさつをいたしました。
「ステラフィッサ王国筆頭公爵家が息女、ルクレツィアでございます。
グラーノ様、どうぞお見知りおきくださいませ」
ひととおりお行儀よく自己紹介は終わらせましたが、それよりもなによりも気になるのは樹上に置き去りにされてしまっている我が国の第二王子殿下です。
「あの、それで……オリオン殿下は、どうして樹の上にいらっしゃるのでしょう……?」
窺うようにグラーノ様からオリオン殿下に視線を移すと、グラーノ様はまた誇らしげに胸を張りました。
「うむ!オリオン殿が木登りをしたことがないと言うからな、我自ら手ほどきをしていたのだ!」
「木登りを」
しがみついた樹から少しも手が離せないようなオリオン殿下は、頷く代わりにわたくしに助けを求めるような視線を向けてきます。
オリオン殿下は今年で十一才、星の探索にご多忙なエンディミオン殿下に代わり、聖国からの使者、お年も近そうなグラーノ様の歓待役を任されてペイシ家の夜会にも同伴していらっしゃったのでしょうが、どちらかというと控え目な性格でいらっしゃいますから、押しの強そうなグラーノ様のお誘いを断れず、お付き合いで木登りをするハメになってしまったのですわね。
(安全に降りられる気が少しもしませんわ……)
心許なく震える足元が今にも幹を踏み外してしまいそうで、ペイシ家の夜会で第二王子殿下が聖国の使者のせいで怪我をされるなどととんでもない醜聞が生まれることは、ペイシ家の体面のためにも、マリレーナ様のためにも、なんとしてでも阻止したいところですわね。
周りにはオリオン殿下の従者も護衛も見当たらず、グラーノ様が先ほどフォーリア様に見張りをしていろと仰っておりましたから、人目を忍ばなければならない状況、というのはグラーノ様もご理解されてはいるようです。
「オリオン殿、いつまでもそんなところにいては人目につこう。我のようにぴょん、と下りたらよいのだっ」
グラーノ様が木の下からその下り方も指南しますが、オリオン殿下がグラーノ様のように飛び降りてフォーリア様に受け止めていただくのはとても難しそうですわね。
わたくしはこの緊急事態に仕方がないと心を決め、バルコニーの床に伸びる自身の影にそっと呼びかけました。
「イザイア」
「はい」
姿を現さず、声だけで所在を明かしたイザイアは、わたくしの言わんとしていることはわかっているようですが、あまり前向きとは言えない声色です。
「公爵閣下に、お嬢様の身の安全より優先するものはないと厳命されております」
「イザイアなら一瞬で済むでしょう?」
「聖国の人間がそばにいるところで、一瞬でも目を離しては公爵に合わせる顔がありません」
「グラーノ様もフォーリア様も、危険なことなんてひとつもありません。
けれどオリオン殿下をこのままにしてしまったら、わたくしは心配で倒れてしまうかも」
「……誰か人を呼べば」
「イザイア、わたくしすぐにでも倒れてしまいそう。
わたくしの身の安全が優先、ですわね?」
「………………承知しました」
ようやく納得してくれたらしい護衛に長いため息を吐かれましたけれど、あんなに怯えてしまっているオリオン殿下があまりにも哀れですし、人を呼んでこんな姿を衆目に晒してしまうのもできれば避けて差しあげたいですもの。
「オリオン殿下、せっかくグラーノ様にお教えいただいたところ、わたくしの差し出口をお許しいただきたいのですけれど、そこから殿下が飛び下りていらっしゃると想像しただけでも心配で胸が押し潰されそうですから、どうぞわたくしの護衛に手助けをさせていただけませんか?」
本来、わたくしの陰なる護衛では王族に触れていい身分ではございません。イザイアは貴族でも騎士でもありませんから、オリオン殿下のその目に触れることも許されない立場です。
けれどオリオン殿下も限界そうですし、わたくしの身勝手を許していただく形でお助けすれば、殿下の体面も守れるはず。
「ゆるすっ」
コクコクと必死で頷くオリオン殿下に、わたくしの陰から、ではなく近くの暗がりから現れたように見せて、イザイアが助走もなく軽い跳躍で同じ幹の上に飛び上がりました。
(本当に人間の身体能力かしら……?)
いつ見てもとんでもない運動神経ですけれど、今は感心している場合ではありませんわね。
「失礼します」
イザイアが一言声をかけ、オリオン殿下を腕に抱えました。
オリオン殿下がお姫様抱っこをされた王子殿下、ということはお墓まで持っていこうと思います。
子供とはいえ人ひとりを抱えているという事実を無視して、飛び上がった時と同じような軽さでイザイアは木の上から飛び降りました。
「ヒャァ!」
オリオン殿下から乙女のような悲鳴が聞こえてきたことも、わたくし生涯誰にも言わず、胸に秘めておくことを誓います。
目を瞑ったままのオリオン殿下に、下ろします、と合図すると、腰を抜かしたようにバルコニーに座り込んだオリオン殿下には目もくれず、現れたときのようにイザイアはあっという間に暗がりの中に身を潜めて姿を隠してしまいました。
(戻りましたわね)
なんとなく、イザイアが自身の影に収まっている感覚がわたくしにもわかってきましたから、そこにいないとちょっとした喪失感がございます。
一瞬でも職分を逸脱させてしまったことは、あとできちんとお詫びいたしましょう。
「オリオン殿下、わたくしのワガママを聞いてくださりありがとう存じます」
座り込んだままの殿下に合わせるようにわたくしも膝をつくと、驚いてオリオン殿下はすぐに立ち上がろうとなさいましたが、まだ足腰から力が抜けているようです。
「いえっ、僕のほうこそ、助かりました……。
あの護衛は、スゴイんですね。
お礼を言えなかったな……」
素直なエンディミオン殿下とそっくりな大きな目が、わたくしの背後を覗いてイザイアの姿を探しているようでした。
「もったいないお言葉です。
わたくしから、殿下のお気持ちは伝えさせていただきますわね」
「ぜひそうしてください」
殿下の素直なお気持ちが陰の中にも届いたようで、なんとなくイザイアが身じろぎしたような、そんな不思議な感覚が伝わってきました。
「ルクレツィア嬢!彼はなんだ?ニンジャか?!」
オリオン殿下が立ち上がれるまでまだしばらく時間が必要そうかと思っておりますと、目をキラキラさせたグラーノ様が、バルコニーのあちこちを駆け回ってイザイアの姿を探しはじめました。
「ニンジャ?」
聞き慣れない言葉をオリオン殿下が繰り返しましたが、この世界にも「忍者」が存在しているほうにわたくしは驚きました。
「ニンジャとはな、東の大陸のその果てにある国に存在する戦闘民族だというぞ!
夜闇に潜み城壁を駆け登り、屋根から屋根へ飛んでまわって主君の敵を討つ!と、本に書いてあった」
オリオン殿下の問いかけるようなお顔に、グラーノ様が賢しらに教えてくださいましたけれど、私の前世の知識と似たような存在なのでしょうか。
極東の戦闘民族、というあたりにニホンみは感じますけれど、果たして忍者の存在が乙女ゲームの世界観に必要な設定なのか、疑問は大いに残るところです。
「先ほどの彼は、そのニンジャなのですか?」
グラーノ様のキラキラが移ったようにオリオン殿下まで目を輝かせて、わたくしを見上げてきます。
(そう言われてみれば、結局イザイアの正体はわからずじまいですわね)
そう思って影の中の気配を窺うと、否定も肯定もなく、ただただ白けている様子なのはなんとなくわかりました。
「その、ニンジャ、というのはわたくしもはじめて聞きましたから、彼がそうなのかは、わたくしにもわかりかねますわ」
困ったように首を傾げ、子供たちの夢を壊さないようにわたくしは言葉を選びました。
「そうか!ニンジャは敵地に潜入した場合その正体を知られてはいけないと書かれていたからな、我は誰にも口外しないぞ!」
いつの間にかグラーノ様の中でイザイアは忍者だという認識が出来あがってしまっておりますけれど、その理屈で言うとステラフィッサ王国はイザイアにとっての「敵地」になってしまいますから、筆頭公爵家が身内にそんな存在を囲っているのは大変まずいことのように思います。
本当のことではないので大した意味もないように思いますが、国外からのお客様に、あたかも本当のことのように信じ込まれていることがとても問題だと思うのです。
かと言って、子供らしい思い込みを変に正そうとしても余計に忍者疑惑が深まるだけでしょうし……困惑して従者というより保護者の立場になりそうなフォーリア様を頼るように目を向けますと、フォーリア様はおかしそうに笑っているだけです。
わたくしの視線に気づくと、気にしなくていいという意味か、今は何を言ってもムダだという意味か、どちらともとれる苦笑で小さく首を振られてしまいました。
「……彼がスパイだったら困るなぁ」
自分を助けたヒーローが実はスパイだったのではないかと、オリオン殿下まで半分本気にして肩を落としていらっしゃるので、第二王子についてはあとでお兄さまのお力を借りて認識を改めてもらう必要がありそうです。
「……フォーリア様、あとできちんとご説明して差し上げてくださいませね」
興奮で鼻息も荒いグラーノ様に関してはわたくしではやはり手に負えませんので、従者たるフォーリア様に骨を折っていただくことにいたしましょう。
オリオン殿下をお助けしたことに後悔はありませんが、イザイアが少し特殊な存在感というのは否めませんから、安易に人前に出してしまったことは反省いたします。
けれどイザイアを人前に出したのも、慣れない木登りでオリオン殿下が下りられなくなったせいですし、グラーノ様に甘くていらっしゃるようなフォーリア様が主人を止めなかったことに少なくない責任があるように思いますから、わたくしは少し咎めるような口ぶりでフォーリア様に釘を刺しておくことにしました。
「承知致しました」
それにはどこかうれしそうな笑い顔になって、フォーリア様は恭しくお答えになりました。
(雰囲気のせいか、受け応えにどうしても好意を感じてしまいますわ……)
これはわたくしの期待混じりの思い過ごしなのでしょうか。
(レオナルド様に似た方に好意を寄せられたいなんて……我ながら浅ましい期待ですわね)
エンディミオン殿下やフェリックス様たちに同じような好意を寄せられてもうまく受け止められないのに、フォーリア様からの好意なら素直に受け止められそうな、むしろ自分から期待してしまうのは、やはりまだ心の奥に残る失恋の痛みのせいなのでしょうか。
エンディミオン様たちの強引なほどのそれよりも、大人の余裕を感じさせるフォーリア様の押し付けがましくない雰囲気に惹かれる、ということももちろんあるとは思うのですけれど。
(乙女ゲームの攻略対象かもしれないのに)
聖国側の登場人物としてあり得ない話ではないと頭の片隅では考えているのに、ただの従者だからとか、レオナルド様とキャラクターがかぶってしまうからとか、そうではない可能性を無意識に探ろうとしている自分がおります。
(考えるのはやめましょう!不毛ですわ!)
調子が狂ってしまうのは、いつもわたくしの周りにいる皆さまが遠のいてしまっている寂しさからに違いありません!
どうにか自分の心をそう結論付けて、わたくしはいつものガラッシアの妖精らしく、何も気がつかない鈍感さを全面に押し出そうと、心に引っかかるフォーリア様の存在感を振り切りました。
「オリオン殿下、まだこちらで休まれますか?」
こういう場面で手を差し出せないのは不便ですが、本当ならオリオン殿下には従者も護衛もついているはずですから、貴族家のご令嬢が王子殿下に手を貸して立ち上がらせるという事態そのものが想定外なのです。
遠回しに自分で立ち上がれるかを確認すると、もう大丈夫です、とオリオン殿下は頷かれました。
気を利かせたフォーリア様がオリオン殿下のお手伝いをされ、ようやく何事も起きなかった体が整ったところで、室内からわたくしを探すベアトリーチェ様とマリレーナ様の声が聞こえてきました。
「こちらにいらっしゃっいましたの?」
窓越しにわたくしの姿を見つけたらしいマリレーナ様がバルコニーに顔を出すと、一緒にいたオリオン殿下とグラーノ様にもすぐに気がついたようです。
「オリオン様、グラーノ様、当家の催しにはもう飽きてしまわれましたかしら?」
夜会を主催するペイシ家の令嬢として、主賓ともいうべきお二人が会場を抜け出していることを責めるでもなく、心を痛めたような憂い顔を作り、潤んだ瞳で見つめてパーティー会場に戻るよう促すマリレーナ様の手腕に感心してしまいます。
「マリレーナ嬢!そんなことはありません!」
先ほどまで力なく座り込んでいたオリオン殿下が、勢いよく答えてすぐにでも会場に戻る素振りを見せたので、マリレーナ様の振る舞い方は流石としか言いようがございませんわね。
「それはようございました!
それではわたくしが再度お二人をご案内してもよろしいでしょうか?」
今度はうれしそうに頬を染めてオリオン殿下の調子に合わせているのを見ると、貴族のご令嬢とは本来こうあるべきなのだわと見習いたい思いです。
「ルクレツィア様はいかがいたしますか?」
言外に、もう少し休んでいてもいいと伝えてくださるマリレーナ様の気遣いに、わたくしは甘えることにいたしました。
(ひと息のはずが、確かに何も休めておりませんわね)
新たな出会いに乱れた心には、もう少し夜風の冷たさが必要そうです。
マリレーナ様たちと入れ違いにいらしたベアトリーチェお姉さまに今の気持ちを正直に相談するか、わたくしはバルコニーから瞬く星を見つめて重い悩むこととなりました。
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