四章

★★★星の巫女様の恋のお悩み相談室★★★


 ガタゴトと、王都へ帰る馬車は揺れる。

 王家のために設えられた内装は、触り心地がよくフカフカの座席が快適で、本来ならこんなに揺れるような構造でもないはずだが、今はかなり飛ばして前進しているものだから、その反動も大きく馬車に影響している。


 星の巫女セーラは、同乗者三名の顔をゆっくりと見渡した。

 どの顔も、疲れと焦りが浮かんでいる。

 それぞれが何を思っているかは考えなくてもわかる。


(早く王都に帰ってルクレツィアの顔が見たい!)


 ただそれだけ。


 ルクレツィアがみんなから愛されてしまうのも当然だろうと、星の巫女は一人頷く。


(だってめちゃめちゃお人形さんみたいに可愛くて、お話ししてもふわふわの妖精さんみたいで、 私だって守ってあげたくなっちゃうショーシンショーメイ完全無欠のお姫様だもん!)


 異世界からやって来て何より心惹かれたのは、キラキラの王子様でもなくツンデレなメガネでもなく甘くて刺激的な年上の先輩でもなくクールで精悍な騎士でもなくて、とんでもなくキレイな公爵一家だ。

 父親の公爵から子どもがいるとは思えない美貌と若さで一目で恋に落ちかけ、その夫人が人間ではなく女神だと言われて納得してしまう圧倒的な「美」だったもので恋心なんて出来損ないのシャボン玉みたいにあっさりと吹き飛んで消えてしまった。

 その子どもたちもその二人を正しくハイブリッドした姿形で、その中でも、同じ人間の同性とも思えない天使がセーラにとっては衝撃だった。


 可愛くて、可愛くてっ、可愛い!!


 語彙力が五歳児になるくらい可愛いのは公爵令嬢のルクレツィアだ。

 思わずティアちゃんなんて愛称で呼んでしまっているけれど、できるなら元の世界に連れて帰りたいくらいに可愛い。


 そんな可愛い天使に、この国屈指のハイスペック男子たちがこぞって恋をしているのは至極当然だとセーラも納得のことではあるけれど、それではその天使の恋の行く先は?

 これが目下、セーラがとても気になっていることである。

 馬車の同乗者三名も、わかりやす過ぎるくらいにわかりやすくルクレツィアへの恋心に溢れているけれど、当のルクレツィアはいまひとつわかっていないようで響いている様子がない。


 一人目──この国の王子様、エンディミオン。


 爽やかアイドル系イケメンに、見たこともないオレンジ色の、夕日よりもうるうるな目で見つめられるときゅんとしちゃうけど、ルクレツィアへの愛情表現があざとい気もする。


 二人目──宰相様ってよくわからないけど、要は総理大臣っぽい人の息子のシルヴィオ。


 頭は良いし、押しつけがましくなく気が利くところは将来の旦那様としては百点満点。

 ちょっと言い方が強い時もあるけど、あれがツンデレってやつなら効果はバツグンだと思う。

 こっちはティアちゃんを好きなことを隠そうとしてぜんぜん隠せてない感じが不器用過ぎる。


 三人目──外務大臣が何する人かくらいはわかるつもりだけど、その息子のフェリックス。


 見たまんま遊んでるっぽいけど話してるといちばん楽しいし、女の子の扱いもさすがって感じのチャライケメン。

 だけどティアちゃんにだけ空回りしてるのがギャップ萌えポイント。


 ここにもう一人、もう一台の馬車に乗っている無口な騎士ラガロを足して、よりどりみどり。

 いろんなタイプのイケメンがルクレツィアを取り巻いているのに、どのタイプにも特別な関心がないのか仲の良いお友だちの範囲から誰ひとり抜け出せていないのが現状の彼らだ。


 ルクレツィア本人に、誰か好きな人はいないのかと訊いたこともある。

 それには驚いたことに、悲しい初恋の話が返ってきた。

 苦い初恋の相手に騎士のラガロの父、騎士団長の名前を出されて、「わかるー!」とセーラは声を出して同意してしまった。

 あの包容力。

 なるほど、ルクレツィアの好みから言えばきっと王子様たちでは物足りないだろうとも思ってしまったけれど、それはそれ、新しい恋の可能性を問い質してみたものの、いまひとつ消極的な様子で、逆にセーラの恋の可能性を問われてしまった。


(答えは、ナシ!)


 だって、目の前の天使に夢中な男子相手に、ムダな恋心を向けるほどこの世界をエンジョイしようとは思わないよ!

 それだったらルクレツィアを取り巻く恋愛模様を側で見ているほうがずっと楽しい。

 貴族のお姫様、王子様たちの恋愛事情に首を突っ込めるなんて、この世界にこなければきっと体験もできないことだと巫女の心は踊っている。


(まずはやっぱりティアちゃんの気持ちを動かさないことには恋は発展しないと思うんだけどー)


 状況は横一列。

 誰もスタートから走り出せていないのだ。

 今だって、一足先にルクレツィアの元へ文字通り飛んで帰ったのは弟のファウストだ。

 兄妹仲の良い公爵家の、家族愛にさえ勝てていない。

 突然姿を消したファウストが、星の力を得てまで誰より先にルクレツィアの元へ帰った事実は、王子たちを意気消沈させていた。

 だから一秒でも早くファウストに追いつきたいと、馬車を飛ばしているところなのだが。


「何がダメなんだろ?」


 セーラの口から、思わず考えていたことがこぼれ落ちた。


「巫女?」


 三人がそろってこちらを向いたので、セーラは改て三人の顔を見渡した。


「三人ともティアちゃんが大好きなのは見ててわかるんだけど、ティアちゃんにはぜんっぜん響いてないのはなんでだと思います?」


「ぜんぜん」「響いて」「ない」


 これでもかとぐっさり刺さる言葉が、突如三人を襲った。


「三人とも絶対モテるのに、好きな人にモテないのは何か原因があると思うんですよね。

 この際だから、いっしょに考えてみましょ?」


 セーラの妙なやる気に押され、三人は頷くしか選択肢が出てこなかった。


「うーん、エンディミオン様はわかりやすくぐいぐい行ってるけど、ティアちゃんの反応をみるとぜんぜんダメだし、単に好みじゃないってことかなあ」

「単に、好みじゃ、ない」


 エンディミオンの傷は深いぞ。


「あっ、ごめん!

 でも現実を見るのは大事ですよ?傍から見ると、このままじゃぜんぜんまったく脈なしだと思います」


 ぐさっ。ぐさぐさっ。

 巫女の言葉がエンディミオンの心を容赦なく突き刺す。


「今だって一方的に口説いてる、って感じなんだし、このまま押し切ってどうにかなるならいいけど、ティアちゃんだしなあ、ムリっぽい......そのへんちゃんと見えてます?」

「セ、セーラちゃん、それくらいで」


 再起不能になりそうな第一王子の代わりにフェリックスが止めるが、自分に向き直った黒い瞳が今度は自分に容赦ない刃を突き立てることは容易に想像ができた。


「フェリックスさんの場合、そもそもティアちゃんに浮気なキャラって絶対合わないし、心の中で一途に思ってるくせに、めちゃくちゃ女遊びしてますーって見せかけてる意味がよくわかんないんですよね。

 それで振り向いてもらおうって、ティアちゃんじゃなくてもムリかも」


 フェリックスのアイデンティティを全否定、だが正論。

 

 ぐうの音も出ないフェリックスの屍に内心で合掌したシルヴィオは、フェリックスにも立場があるだろうと弁明してやりたい気持ちもあったが、巫女の矛先が自分に向くのがわかっているので、口を挟むのは差し控えた。


「…………」


 窓の外を眺めるフリをして触れてくれるなと暗に訴えたが、巫女の言葉の刃はやっぱりシルヴィオにも振り下ろされた。


「シルヴィオさんもさ、黙ってるけど似たようなものですよ?

 エンディミオン様への遠慮もあるのかなーって思うけど、中途半端がいちばんカッコ悪いです!

 恥ずかしいのかもしれないけど、見ててわかりやす過ぎるほど態度に出ちゃってるんだから、そっちのほうが恥ずかしくない?」


 ようやく最近開き直ろうと思いなおしたところではあるが、まだ何もできていないので反論の余地がない。

 大きく抉られた心が無残だ。


「うーーーん、みんなまとめて、独りよがり?なのかも?」


 巫女の結論は、三人の急所を越えてさらに深いところにまで突き刺さった。


「自分の気持ちをぶつけるだけで、ティアちゃんの気持ちを考えてないっていうかー、愛情の押し売り?

 あ、私の世界の友だちがね、好きでもないクラスメイトが勘違いして恋人面してきてキモかったって言ってた……ってあれ?」


 そこまで言って、ようやくセーラは三人が息をしていないことに気が付いた。


「あ!三人がそうだって言ってるわけじゃないです!ぜんぜんないです!そういうこともあったっていう例え話でっ」

「…………うん、巫女、わかったから、もう」


 それ以上何も言わないでほしい。

 エンディミオンは切実に思った。


「オレたちが独りよがりだとして、ラガロは?あいつは?」


 ここにいないだけで被弾していないもう一人に、フェリックスは話の矛先を向けた。


 もう一台にはアンジェロとラガロ、そしてクラリーチェも乗っている。

 クラリーチェと一緒の馬車に乗ろうとしたら、顔を真っ赤にして拒否された。

 いつもなら頼まなくても隣に座るのに。

 そうして公爵家の馬車にクラリーチェとアンジェロが二人というわけにもいかず、身体のいちばん大きいラガロが三人乗りになるのが自然な流れだったのだ。


 それだけの理由でラガロだけ難を逃れるのは許さない、道連れにしてやるとあとで聞かせるつもりでフェリックスは話を振ったが、セーラの答えはもっと上をいくものだった。


「ラガロさん?

 ラガロさんはですねぇ、もう独りよがりも振り切ったというか極めてるというか。

 ティアちゃんに振り向いてもらえるつもりなんかぜんぜんないと思うんです、あの人。

 なんだか一生片思いを捧げそうな雰囲気すらあります」


 ちょっと引いてすらいる顔で言った巫女に、誰ひとり否定できなかった。

 もちろん巫女の言葉ほどはっきりとそう感じていたわけではないけれど、的を射ていると、妙に納得してしまうだけの何かはそこはかとなく感じていたのだ。


「追われるのがうれしい女の子もいますけど、たぶんティアちゃんって、押されると引くタイプっていうか、ぜんぜん真逆のアピールをみんなしてるんじゃないかなーって、見てて思います」


 ここへ来て、目の覚めるようなアドバイスだった。

 誰も客観的に自分たちのことを見られていなかった、というのもある。


「巫女は、よく見ているんだな」


 シルヴィオは感心するように呟いたが、本来は彼こそがその役目を担わなければならなかった。

 ルクレツィアの前だとポンコツになって働く頭もなかったので、それも無理なことではあったけれど。


「ファウスト君なんて、見習うといいと思うんですけどねー。

 ティアちゃんのこといちばんに考えてて、ティアちゃんのために何ができるかいつも考えて寄り添ってるでしょ?

 弟じゃなきゃ、一歩リードって感じ」


 弟じゃなきゃなー、なんて巫女は残念そうに言い足したが、三人はお互いの顔を見合ってしまった。


「……ファウストはルクレツィアの弟ではあるが、義理の弟だよ」


 苦いものを飲んだ小さなで、エンディミオンはセーラに教えた。


「えっ」


 本人たちが口にしなければ、誰もわざわざその事実を口に出して公爵家と王妃にケンカを売るようなことはしなくなって幾歳月。

 巫女にそのことを伝えるものはいなかったらしい。


「ファウストが四歳だったか、分家の子爵家から引き取られているから、血の繋がりはないな」


 知っていて、見ぬふりをしてきた事実にシルヴィオは溜息をついた。


「ファウストが一歩リード?

 本気出されたらこっちは十歩も百歩も出遅れてるよ」


 苛立ったように言い捨てて、こちらも見ないフリをしていた現実から改めて目を背けるようにフェリックスは窓の外を見やった。


「だからオレたちは大慌てで王都に帰ってるわけだけど、セーラちゃん、どうやったら追いつけると思う?」


 流れ去る景色は、ようやく王領に入りカンターノの森の三分の一を進んだところだろうか。


「はぁ~~~っ、思ってた以上に複雑!

 義理の弟もからむ恋の六角関係とかもう泥沼!盛り上がってきたねえ!!」


 新事実を知った巫女は、それでも自分のことではないのできゃーきゃーと大喜びである。


「まあ、わたしはみんなの恋を応援したいから、誰かだけのお手伝いをするつもりはないんだけど、確かにファウスト君は家族だし同じ家で生まれ育ってるっていちばん有利な環境かも。

 だからね、先を越されて落ち込んでるみんなに、特別にわたしの世界の恋の駆け引きを教えちゃおうかな!」


 巫女の言う「恋の駆け引き」という言葉に、三人はそろって顔を向けた。

 この他人との距離感が親密過ぎる少女が生まれ育った世界の恋の手管とは。

 少し興味を持ってしまった。


「今まではティアちゃんにアピールするだけで押せ押せだったからね、ここで効くとっておきの作戦だよ!」


 果たしてこの巫女の恋の助言は役に立つのか、もったいぶる巫女に、三人がわずかな希望を持ってしまったのは果たして正解だったのか────



★★★★★★★★★★★★



 サジッタリオ領の星を得てからしばらく、わたくしの周りはなぜだかとても静かな日々でございます。


 というのも、休み時間毎にいらっしゃっていたフェリックス様、シルヴィオ様、ラガロ様が姿を見せなくなり、王子殿下もわたくしへの接触が仲のいいクラスメイトの範囲の当たり障りないものだけになり、あとは学内にある王子殿下用サロンに皆さまでお集まりになって、次の星探しのご相談をされるようになったからです。

 もちろんそこにはセーラ様もお兄さまも参加しているのですけれど、わたくしは呼ばれておらず、もしかして仲間はずれにされてしまったのでしょうか。


(いよいよシナリオの強制力というものの足音が聞こえてきたということでしょうか……)


 顔を合わせれば、皆さま親しくごあいさつしてくださいますけれど、今までのような積極性はなくなりました。

 節度を保った、どこか空々しいまでの態度なのです。

 ようやく皆さまに向き合おうとした矢先のコレなので、わたくし少々気落ちしております。

 そしてそんな気持ちのときに寄り添ってくれるはずのファウストとも距離を置かなくてはならなくなり、わたくし、本当にどうしたらいいのでしょう。


 ファウストは星探しのメンバーとも距離を置いているようで、お兄さまの要請でお手伝いをすることはあっても、やはり最初の星の力を得てしまったせいか、ほとんど正規メンバーの扱いだったはずが、それも外されてしまったようです。


 ファウストが移ったガラッシア家の別邸というのは、貴族街の一等地にある本邸とは別に王城の近くにある小さめのお屋敷です。

 小さめと言っても、本邸に比べてというだけで、前のガラッシア公爵──お祖父様が公務でご多忙の際に寝泊まりに使用していたものですので、公爵家の威容は保ったそこそこの規模のものです。

 お父さまは基本的にどんなことがあろうとお母さまのいらっしゃる本邸に帰る、という信念がおありのようなのでほとんどお使いになってはいませんでしたが、もともと常駐していた召使いに加え、ファウストに付いていた少数精鋭の侍女や従者を伴っていきましたから、身の回りのことに困ることはないとは思うのですけれど。


(元気に過ごしていますかしら……)


 学園でも、学年が違えば会う努力をしなければ偶然に顔を合わせるということもあまりありませんから、入学から少しの間だけ、一緒に登下校していたことがもう懐かしくなってしまいました。

 遠目にでは、あの人形のような無表情の下でムリをしていないか確認もできませんわね。

 何かの研究や物作りに没頭してしまうと、わたくしが様子を見て一緒に休憩を取らせないと寝食も忘れてしまうのですもの、セルジオに言って、別邸でもきちんと管理してもらわないといけないかしら。


(……そんなことしたら、弟離れができていないと思われるのかしら?)

 

 姉離れ、弟離れができたというのは、お父さまはどのように判断されるのか、今ひとつ基準がわかりません。

 家族として健康を気遣うことは許容範囲だとは思うのですけれど、余計なことをしてファウストの立場がさらに悪くなるようなことは避けたい事態です。


 このようにファウストに気を遣い、エンディミオン殿下たちからも心なしか距離をとられ、はじめの星を得てからというもの、わたくしの身の回りはすっかり環境が変わってしまいまいた。

 唯一、ジョバンニ様だけが変わらないスタンスで安心するのですけれど、ジョバンニ様は、ファウストと星から得た「転移」の魔法を研究することに夢中のようで、こちらもあまり顔を合わせる機会が減りましたわね。


 いつもわたくしを取り巻いている方々がいらっしゃらなくなり、わたくしの周りは自然と裏寂しい雰囲気になっております。

 クラスメイトの皆さまも何か感じることがあるのか、ソワソワと遠巻きにわたくしとエンディミオン殿下を見るばかり。

 その側には必ずセーラ様がいらっしゃいますから、スカーレット様のご機嫌は日々悪くなる一方です。

 今のところわたくしに八つ当たりするだけですので、それはまったく一向にかまわないのですけれど、いつセーラ様にその矛先が向かってしまうか、そちらを考えると胃が痛くなりますから、わたくしは極力サンドバッグになってスカーレット様のおそばにいるほうを選びます。

 巫女対公爵令嬢のおかしな構図ができるのは困りますから、セーラ様とは出来得る範囲で積極的に仲良く振る舞っておりますけれど、周りが勝手に噂をすることまでは止められません。


(やっぱりシナリオの強制力……?)


 あれだけ対策を立ててきたのに、そんな理不尽なものに運命を捻じ曲げられたくはありません。

 気鬱げなわたくしに、みんなの態度が変わっても心配ないよとセーラ様はニコニコと仰います。

 お兄さまに相談しても、何か知っていらっしゃる様子ではあるのですが、セーラ様と同じく気にしなくてもいいと詳しくは教えてくれず、簡単な慰めの言葉だけで、


「父上にも、殿下たちをよく見てあげるように言われたんだろう?

 近すぎて見えないものも、遠くからならよく見えるかもしれないよ」


 などと、煙に巻くような助言をくださるのです。

 お父さまに言われたことや、ファウストが別邸に移ることになった経緯も、包み隠さずお兄さまにお話ししているのですけれど、わたくしが戸惑っていても、お兄さまが進んで解決はしてくれないのです。

 わたくしが、自ら決めないといけないことだから、ということですが……。


 お父さまに言われたとおり、エンディミオン殿下、フェリックス様、シルヴィオ様、ラガロ様を見直してみようと思うものの、シナリオの強制力が気になって、結局乙女ゲームの攻略対象としてしか見ることが出来ずにおります。

 さらに、今さら恋の対象として考えようとしても、やはりスカーレット様やクラリーチェ様、マリレーナ様にヴィオラ様のことを考えると二の足を踏むことばかり。




 ────そうして、まったく進展しないわたくしの心情に忍び寄るようにして現れたのは、新たなる登場人物。



 物寂しい様子のわたくしを気遣ったマリレーナ様からご招待を受けた、ペイシ家主催の夜会にて。


 いつもエスコートをしてくれるファウストはおらず、お忙しいお父さまとお母さまに代わり、アクアーリオ侯爵夫妻とベアトリーチェお姉さまに付き添っていただいていたわたくしの周りには、普段は公爵家の鉄壁のガードで近寄れもしないという殿方がたくさん集まっていらっしゃいました。


 ひとりひとり丁寧に言葉を交わさせていただき、ダンスのお誘いは丁重にお断りしながら、あまりの千客万来ぶりにどうにか一息をつこうと逃れたバルコニーに、黒髪に星明かりが煌めくような、少しだけレオナルド様に似た、漆黒の装いの男性が先客でいらっしゃいました。

 


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