二
その日、わたくしたち公爵家三兄妹は王城へと呼び出されました。
お父さまもお城までは付き添ってくださり、馬車の中で事情を話してくださりました。
「星護りの巫女にお会いすることになったよ」
「ずいぶん急な話ですね」
お兄さまの反応に、お父さまは含んだ笑い方で応えました。
「今のところ、巫女の望みはだいたい通す、というのが国と教会の方針だからね。
巫女が同年代の話し相手が欲しいと言えば、すぐにでも友人を用意するのが国策、ということだよ。
けれど教会内には身分だったり年齢だったりちょうどいい子がいないとかで、まずは第一王子殿下となったのだけれど、同性もいたほうが良いだろうということになって、ティアに白羽の矢が立ったんだ」
「姉上だけでは心配です」
「そう。だからね、せっかくだから私の子ども三人ともはいかがですか、ってお薦めしたんだよ。
そうしたら、巫女がぜひ、て言ってくれてね」
「お父さまは、もう巫女様にお会いになったのですか?」
「ああ、君たちに伝えたその日のうちに。
それから毎日ごきげん伺いだよ。
私やレオなんか、まだ若く見えたみたいで、進んでお話ししてくださってね。
どんな方だろうかと様子を見ていたけれど、ティアに会わせてもとくに問題はないとわかったからね、ティアも巫女のことを心配していただろう?」
お父さまがさすがの筆頭公爵様ぶりを発揮しているのですけれど、巫女様、というよりはわたくし中心に動かれていたようなのが、言葉の端々から伝わります。
お父さまが過保護なのはお兄さまやファウストの比でなく、どうも幼少期からのお父さま大好きアピールはここへ来ても過剰に効果を残していて、やり過ぎたかもしれない、というのは最近のわたくしの反省点です。
「レオのところのラガロの星も、借り出されるんじゃないかな。
あとは宰相子息とスコルピオーネ子息も、というところかな」
「殿方ばかりでは?」
「ティアがよければ、ベアトリーチェ嬢とヴィオラ嬢も明日以降には面通しとなるよ」
「わたくしがよければ、なのですか?」
「だって、ティアと仲良くなれなかった時、二人のほうだけが巫女の友人となったら嫌だろう?」
さも当然のようにお父さまは仰いますが、そのお考えは、本当に当然なのでしょうか……。
仲良くならなくてもいいよ、と暗に言われているような気がいたします。国策とは。
「まあ、そのうち学園に通い出すと私は思ってるけどね。
巫女のあのご気性では、教会に閉じこもっているのは一週間が限度だろう」
「活発な方なのです?」
「会えばわかる、かな。
良くも悪くも、こちらとは世界が違う方だから」
(異世界召喚ですもの。世界が違うというのはそういうことですわね)
わたくしに会わせてもいいとお考えになったのですから、お父さまとしての心象は、可もなく不可もなく、ということなのでしょうけれど、含んだ仰りようが気にはなります。
(乙女ゲームの異世界召喚ヒロイン……わたくしたちとしても待望の「星護りの巫女」様なのですから、はじめから愛され系の方かと思いましたけれど、お父さまはどちらかというとシニカルな立場をとっていらっしゃるのね)
乙女ゲームはあくまでゲーム、ということでしょうか。
現実に見ると、なかなか複雑な事情が絡みあっていそうです。
「最初は驚くかもしれないけれど、害意はないから気にしなくていい。
話しをしてみて、合わないとなれば公爵家は手を引くし、あとは王家と他の家に任せればいいよ」
要はわたくしの気が済めばそれでいい、というおつもりで今回の席を用意してくださった、ということのようです。
(……お父さまの愛が重いですわ)
今にはじまったことではないですけれど。
「いいえ、お父さま。
巫女様はわたくしたちのために星の神様が遣わしてくださった方ですもの、何かわたくしにできることがあれば、少しでもお手伝いしたく存じます」
「私の天使、ティアならそう言うとは思ったよ。
けれど、絶対に無理をしてはいけないよ」
ほら、とお父さまがわたくしを抱き寄せました。
馬車の中とはいえ、公爵家の馬車は広くて揺れも少ない特別仕様なので、隣に座っていたお父さまの膝に簡単に抱き上げられてしまいました。
「また少し、軽くなったのではないかい?
学園に通うようになってから、折れそうなほどでお父さまは心配だよ」
腰に手が回り、肩に額を預けてお父さまが気弱な声を出されます。
「お父さま、ティアももう一六歳ですのよ。
恥ずかしいですわ」
軽くなったなんてとんでもない。
幼い頃と比べれば、ずいぶん女性らしく育ったつもりなのですけれど。
恥ずかしくて真向かいに座るお兄さまとファウストの視線が気になりましたが、お父さまを咎めるでもなく、二人も似たような心配そうな顔をしてわたくしを見ております。
(あぁ、わたくしの言動がふわふわとしていて心配なのではなくて、本当に体調や気疲れを心配なさっているのだわ)
過保護とは思っていましたけれど、ここまでとは。
(……ここまで愛されていれば、いざ断罪となっても、きっと守ってくださいますわね)
一緒に没落、は避けたいですから、やはり断罪自体を回避するのが目標です。
(断罪回避を目指しつつ、巫女様がシナリオを進められるようにお手伝いをする……なかなか忙しそうですわね)
はじめからさっさと攻略対象を決めて進めていくような仕様のゲームだといいのですけれど、果たして巫女様はどなたを選ぶのでしょう。
(逆ハーレム狙いだけは、やめて)
それだけを強く願いながら、結局、王城まではずっとお父さまのお膝の上で過ごすことになりました。
*
「えっ、すごい、可愛いっ、お人形さんみたい!」
はじめてお会いした巫女様の第一声がそれで、とにかく素直で可愛らしい方、というのが第一印象でした。
王城で通された応接室で
(なつかしい、セーラー服ですわ!)
せっかくお城にいるのに、ドレスではなく制服のままなのは、乙女ゲームの仕様なのでしょうか。
スタンダードに白地に紺の襟、スカーフも紺色、膝丈のプリーツスカートはこちらの世界では目のやり場に困る丈なのでしょうけれど、紺のハイソックスと合わせて、わたくしには少なからず郷愁を誘うものです。
「あ、ごめんなさい!
はじめまして、天野セーラです」
心の声が先に出たことを恥ずかしがるように、巫女様は頬を染めてペコリと頭を下げ、自己紹介をしてくださいました。
(セーラー服のセーラ様)
デフォルト名なのでしょうか。
覚えやすくも安易な気がいたしますけれど、星の巫女様っぽいと言えばそうなのかしら?
巫女様自体は、さすがヒロインと感心してしまう可愛らしさなのですけれど、それよりも巫女様は、わたくしに関心がおありのようです。
たたっと走り寄ってくると、躊躇もなくわたくしの手をとりました。
「公爵様の子どもたちってあなたたちでしょ?ねえ、名前は?」
「ルクレツィア・ガラッシア、と申します」
これが現代の女子高生のコミュ力なのでしょうか。
それともヒロインだから?
面食らってカーテシーも披露できませんでした。
「ルクレツィア……ルーちゃん?」
「家族には、ティアと呼ばれております」
「ティアちゃん!私のことも、セーラって呼んでねっ」
お、おう……。
心の中の三十路が、その圧倒的な眩さにダメージを受けております。
(これは、どちらかしら?)
見たままの素直さなのか、逆ハーレムを狙っている計算なのか。
一応、お兄さまとファウストも一緒に来ているのですけれど、そちらには目もくれずにわたくし、ということはどういうことなのでしょう。
「巫女、ルクレツィアが驚いているでしょう?」
困惑気味のわたくしを救ってくれたのは、王子殿下でした。
「エンディミオン様、だって、すごくお姫様みたいなんだものっ」
興奮している巫女様の目はキラキラと輝いて、こちらを見ております。
(……これは計算ではありませんわね)
わたくし、この目をよく見知っております。
王妃陛下が、お母さまを見る目と同じですもの。
王妃陛下の場合、これにもっと崇拝が入っておりますけれど。
「ごめんね、ルクレツィア。急に呼び出したりして。
巫女、こういう時は、紹介されるのを待つほうがマナーに適いますから、少し、落ち着こう?」
「はーい」
殿下に諭されて、ようやく巫女様の手が離れていきました。
なんでしょう…………すでに疲れが。
お父さまの仰っていた世界が違うというのは、この距離感のことでしょうか。
確かに、前世の世界は貴族社会とは無縁の生活ですし、巫女の振る舞いも前世の世界なら少しコミュ力が高いくらいで普通の範囲ですわね。
(けれどわたくし、ボッチでしたし。
前世の記憶は、かつて女子高生だった頃のものはほとんどなくて、三十路の人間関係に枯れ切った中、ゲームと小説に明け暮れるだけの生活で、普通の範囲外におりましたのよ)
公爵令嬢としては、ジョバンニ様という例外はおりますけれど、周囲はマナーに則った礼儀正しい方ばかりでしたから、この距離の詰め方は慣れませんわね。
殿下ともすでに打ち解けているようですけれど、引き合わされたのはわたくしたちと一日と差もないようなお話だったと思います。
(これがヒロインのポテンシャル……)
おそろしさに眩暈がいたします。
この距離感で次々と攻略対象を籠絡するというのなら納得ですが、わたくしには到底マネできない振る舞いです。
「ルクレツィア、それにアンジェロ、ファウスト、「星護りの巫女」のセーラ・アマノ様だ。私とルクレツィアと同じ、一六歳でいらっしゃるそうだ。
こちらではない異世界からやって来られた、と言ってもどう説明すればいいのかわからないけれど、とにかく、そういうことらしい」
異世界召喚。
わたくしはすんなり受け入れられますけれど、殿下たちにとってはそうではないようです。
殿下の説明に、お兄さまとファウストも、そのお顔に困惑の色が見て取れます。
もちろん、家族にしかわからない範囲で、ですが。
「私もまだビックリしてるんですけど、別の世界に来るなんて、アニメかマンガかと思っちゃいます」
目をくるくる回している巫女様の表現が正確に伝わっているのは、わたくしだけですわね。
アニメもマンガも何のことやら、お兄さまと殿下の頭の上にハテナが。
「物語のよう、ということでしょうか?」
唯一、天才枠攻略キャラクターのファウストが、その意図を読み取ることに成功したようです。
さすがファウスト、できる子です。
「あ、そっか、アニメもマンガもないんだった……。えっとー、アナタは?」
「……ガラッシア家二男、ファウスト・ガラッシアと申します」
「ファウスト君!よろしくね!」
パッと手を差し出され、お兄さまより先に名乗ってもいいのかと逡巡しながら自己紹介をしたファウストは、さらにその行為に時を止めてしまいました。
「巫女っ、こちらでは異性間での握手という行為はないと先ほども説明しただろう?」
「あ、そうだった!
でもそれって不便じゃありません?
どうやってこう、信頼とか、親愛?みたいのを表すんです?」
心底不思議そうな巫女様ですが、何と申し上げたものか、悲壮感とか、そういうものがないのでしょうか。
見知らぬ世界へ飛ばされてまだ四日目でしょうに、戸惑いとか、そういうものが見て取れないのです。
(海外に遊びに来たような感覚なのでしょうか?)
まだ実感が湧いていないとか、夢の中のような、とか。
そういう段階、ということでしょうか。
王子殿下にも物怖じせず、自分とは異なる文化に不満を伝えるあたり、まだ一六歳の少女、子どもなのだという気もいたします。
「私はアンジェロ・ガラッシア、二人の兄に当たります、以後お見知りおきを。
……こうするのが、私たちの親愛の表現でしょうか」
そう言って柔らかく笑い、美しくボウ・アンド・スクレープを見せたのはお兄さまです。
さすがお兄さま、最近本当にお父さまに似てきて、非の打ち所がありませんわ!
「!」
あまりの美しさにか、巫女様は顔を赤らめて頬を押さえております。
開いた口から声なき悲鳴が出ているようです。
「~~~ほんとうに、キレイ人しかいないんですねっ。公爵様もとびきり素敵でしたけど、まさかお子さんが三人もいるなんて思わなくて、でもでもっ、三人もすごくキレイで、お城ってすごい!!」
悲鳴より先に、心のまま、思ったことが口から飛び出してきました。
(本当に、素直な方)
いっそ微笑ましいくらい。
殿下もお兄さまも苦笑しておりますが、それはとても好意的なものです。
(なるほどこれがヒロイン)
この素直さは、貴族令嬢には出せないものですから、目新しく魅力的に映るのかもしれません。
(けれど!お兄さまにはリチェお姉さまがいるのです!そこは譲れません!)
いくら可愛らしかろうが、お兄さまをクソヤローにするわけには参りません。
お父さまにお願いして、まずはお兄さまの婚約者としてベアトリーチェお姉さまを紹介してもらって、お姉さまの慎ましく清楚な圧倒的な淑女の振る舞いを見せつけて、お兄さまはまず「ムリ」と判断いただくのがよろしいかしら。
あとは徹底して、公爵家ではわたくしが巫女様のお相手を引き受ければ、お兄さまを守れますかしら。
ちょっと距離感が近くて苦手なタイプではありますけれど、素直な可愛らしい方ですもの。
がんばりましょう。
お母さまは、どのように王妃陛下のお相手をしていらしたかしら。
(そうですわ、慈愛。慈愛の心。それで、巫女様を導くのですわ)
導くといって、まず気になるのはやはりお召し物ですわね。
(わたくしには見慣れたセーラー服も、この国の、とくに高位貴族の皆さまがよく思われないことは一目瞭然ですのに、なぜ誰も正そうとなさらないのかしら?)
アフタヌーンティーの用意されたお茶の席に落ち着いて、わたくしは気になっていたことを訊ねることにいたしました。
「あの、巫女様、お聞きしても?」
「なーに、ティアちゃん?」
ビスコッティとバーチ・ディ・ダーマという丸いクッキーにクリームの挟まった焼き菓子で真剣に迷った巫女様は、後者を選んでひとつ摘むと、美味しそうに顔を綻ばせました。
感情が見ていてすべてお顔に出ていらっしゃるわ。
(わたくしも前世の若い頃はこうでしたかしら?
……まったく思い出せませんけれど)
満員電車でつまらない事務の仕事に向かい、業務で必要なこと以外ほとんど誰とも会話をせずに定時で帰り、あとは家に籠もってゲームや小説を読んで孤独を紛らわせていた記憶しか本当にないのです。
五歳の頃からそれが変わることはなく、社会人としての一般的な教養と、手当たり次第やり尽くしたゲームと読んだ本の内容は覚えているのに、それ以外がちっとも。
それ以外のところに、この
(いつからか、思い出せることにあまり期待もしなくなりましたわね)
あるかもわからない希望に託すより、今できる対策をとるのみと、達観してここにおりますのよ。
それはさておき、巫女様のセーラー服問題でしたわね。
「巫女様が着ていらっしゃるのは、とても素敵なお召し物ですわね。それは、巫女様の世界のお衣装ですの?」
「そう、学校って言ってね、あ、こっちにも学校ある?高校の制服でけっこう気に入ってるの。わりとどこにでもあるデザインだけど、これがいちばん可愛いと思って」
「よくお似合いでいらっしゃるわ。
たくさん持っていらっしゃったのですか?」
「えぇ~、制服はこれ一着だよ~。
あのね、学校が終わって、友だちとおしゃべりして帰ったの。そしたらなんとか流星群が見えるってテレビでやってたから、ベランダから見てみようと思って。そしたらなんかパッと光って、気がついたらこっちに来てたから、何にも持って来られなかったの。スマホもないし、もうサイアクだよ~」
サイアクの基準が低くて、心配してみせるのも滑稽な気がして参りました。
(元の世界に帰れるとか帰れないとか、シナリオがわかりませんし、巫女様の情報もないのでわたくしには知りようもないのですけれど、そこはもうクリアになっているのでしょうか)
なんとなく、帰れると思っていそうな感じがするのですけれど、その方法は教会や「聖国」が把握しているのでしょうか。
(いつどこに巫女が現れるとも、どんな災厄が起ころうとしているかもわかりませんでしたのに?)
これは、きちんと誰かが説明して差し上げたのでしょうか……胡乱な気配がいたします。
きっと、きっと誰かが、そう例えばマテオ様、ヴィジネー大司教様がそのお役目をきっと担ってくださったはずです。
その、はず……!
国としてそんな不確かなことを言って巫女様のお気持ちを損なうようなことは隠してしまおう、なんて、そんな、……ああ、政治って、そういうものでしたわね……!
わたくしも公爵令嬢の端くれ、妖精を演じていてもわかりますよのそれくらい!
(シナリオ冒頭からシリアスなヒロインではきっとお話しも進みませんものね。
明るく前のめりに巫女様として取り組んでいただくため、ということで、わたくしも、飲み込むことにいたしましょう)
巫女様の様子に国家という巨大なものの闇にうっかり触れてしまいましたけれど、そう、わたくしは妖精、気づいてはいけないのです。
このお話しはなかったことに。
わたくしが出来ることは、巫女様のお召し物をいかにこの世界になじませるか、というその点だけです!
「お召し物は、それだけ?」
わたくしはわざと目を見開いて、大げさに驚いて見せました。
それでも身についたおっとりさは抜けませんから、さらに衝撃が伝わるように言葉で巫女様にたたみかけます。
「ま、まぁ、タイヘンっ、お着替えなど、教会ではどのような扱いを?」
そわそわと、大変なことを聞いてしまったという
「ルクレツィア、大丈夫だから、落ち着いて」
「けれど、」
「これは、巫女の意思で」
「……ああ!ティアちゃんは、私が着の身着のままだって思ってるの?
ヤダっ、ちがうよ?昨日まではドレスとかすっごいの着させてもらってたんだけど、コルセットとか苦しいし、動きにくいから、もうこれでいいですって私から言ったの」
「……そうなのですか?」
ガラッシア家伝統のハの字眉にして心配そうに巫女様を見つめると、殿下とわたくしたちと、ご自身の格好を比べて場違いなことにようやく気がついたのか、巫女様も急に不安そうなお顔になりました。
「やっぱりおかしいかな?
いつもの格好のほうが落ち着くんだけど」
「……おかしいなどと。その、ヴィジネー大司教様はなんと?」
「巫女の聖なる装束だからなんにも問題ないって」
(ヴィジネー大司教様……出来る方かと思っておりましたけど、巫女様に対してネジが少しゆるくていらっしゃるのやも)
生粋の、敬虔な
加えて、ほとんど教会で育ったような方ですので、貴族社会とのズレも感じられます。
……これは穿った見方かもしれませんけれど、もしかすると、巫女様が元の世界に帰れるかどうか、ということもあえてお伝えしていない可能性もございますわね。
生きる星の神の化身として、一生お仕えするようなお気持ちでいらっしゃるなら、そのあたりをごまかしてお伝えしている後ろめたさもあるような。
巫女に誠心誠意尽くしたい気持ちと相反しているような気もいたしますけれど、ご自分の手のうち降りてきた巫女様をあっさりと手放せるようなご気性の方かといえば、ヴィジネー家の方は、そうではない、とだけ断言いたします。
(やはりわたくし、巫女様に多少のフォローはして差し上げたいと思います)
お節介が過ぎると虎の尾を踏みそうですので、あくまで目立たず控えめに、ですけれど。
「出過ぎたことを申し上げるのは重々承知しておりますけれど、そのお召し物に似たような、できるだけ苦しくならないようなものをお贈りしても?
その一着しかないと仰るのならなおさら、普段着になさるにはもったいなく存じますわ」
「それはいいね。
巫女様、我がガラッシア家で作るドレスは、国の流行をも作っていると言われておりますから、きっとお気に召すものをお贈りできるかと」
お兄さまもお話しに乗ってくださり、巫女様に微笑んで後押ししてくださいました。
お兄さまに笑顔でぜひ、と言われて断れる女性がこの世にいるはずもなく、巫女様は一も二もなく頷きました。
「えっと、そんなことしてもらってもいいのかな?」
いちおう、王子殿下に確認はして見せましたが、お心はすでに新しい服に向かっているようです。
「もちろん。教会には、私から伝えておくよ」
すかさず殿下もフォローしてくださったので、お召し物問題は解決でしょうか。
殿下もお兄さまも、何も言わないだけで思うところはあったのでしょう。
異性として、どのように伝えるべきか考えあぐねていらっしゃったのかもしれません。
巫女様のごきげんを損ねることだけは避けなければならないでしょうし……。
(さて、巫女様のお召し物に問題がなくなれば、あとはいよいよシナリオを進めていただかなくてはなりませんわね)
のんびりお茶などしておりますが、災厄はいつのタイミングで、どうやって災厄から世界を救うのか、巫女様は何もご存知ないということでしたけれど、手がかりはないのでしょうか。
(乙女ゲーム的に言えば、一、二年の猶予はありそうですわね。
一年後、お兄さまの卒業パーティーで断罪イベントが発生して、その後すぐのクライマックスか、それともさらに一年かけて親睦を深めるタイプか……)
最悪、シナリオ的にわたくしの余命もあと一年ということかもしれませんもの、悠長に構えている場合ではありませんわね。
ヒロインの巫女様とお会いして、わたくしにもようやく焦りが出て参りました。
「巫女様は、これからどのようにお務めを果たされるのでしょうか」
どのように話を持っていくか考えていると、意外にもファウストが巫女様へ先に問いかけました。
(まぁ、なんて直球を)
会話の文脈だとか、巫女様の気分を害さないようにだとか、そういう配慮の一切ない切り口で、わたくしのほうが驚いてしまいました。
「ファウスト、いきなりそんな話をされては、巫女様が驚いてしまうよ」
「…………失礼しました」
お兄さまも苦笑しながらファウストを嗜めますが、ファウストの真っ直ぐな目は、巫女様に問いかけたまま、答えを求めてじっと注がれております。
「いいですいいです!
私もよくわからないことが多いから、誰かに聞いてほしかったし」
巫女様は、どのように段取りをつけていこうかと悩んでいたわたくし(おそらく殿下とお兄さまもですが)の思いとはウラハラに、あっけらかんと答えてくださいました。
「えーと、まずね、マテオさんからは、好きに過ごしていいって言われたんだけど、私って、巫女っていうのなんでしょ?
だから何にもしないわけにはいかないと思って、そしたらね、マテオさんがこんなのを預けてくれて」
そう言って巫女様は、何かの冊子を取り出しました。
(……あれは、メモ帳?)
前世ではよく目にしたことのある、リングタイプの小さなノートですが、こちらの世界にはないものです。
製紙技術などの問題で、まだまだこちらの文明では作り出せていないもののはず。
(それを、ヴィジネー大司教様が持っていらした?)
どういうことでしょう。
「マテオさんは、星の巫女の聖典だって言ってたんだけど……」
「聖典?そんなものを持ち出して大丈夫なのかい?」
「大丈夫だと思う。……ていうか、これね、前の星の巫女の日記だと思う。
誰も読めないっていうからどんな難しいことが書いてあるのかと思ったんだけど、これ私の故郷の文字だよ」
そう言って巫女様が広げた「聖典」には、確かに「ニホン語」が。
(……ん?そういえば、巫女様と私たちって何語で話しているのでしょう?)
妙なところに引っかかってしまいました。
問題なく意思の疎通はできておりますが、わたくしは転生してからずっとステラフィッサの公用語で話しておりますし、「ニホン語」を発音することがもうできません。
読み書きはまだできますから、「聖典」の内容は理解できますけれど。
(えーと……?あら、まあ)
「これは、読めないね」
「何と書いてあるんだい?」
殿下とお兄さまはまったくお手上げの状態ですけれど、わたくし、しっかり読めてしまいました。
その内容というのが、
「全部読んでみたんだけど、本当にただの日記。
この、バル様っていう人に、だいたい恋しちゃってるようなポエムな感じ」
(そうですわね、これは、確かにポエムですわ……)
書いているその時はよくても、あとで読み返すと本人でも恥ずかしくていたたまれなくなる、あの恋する乙女のポエム日記です。
(それを、一千年かけて聖典として保存され、かつ後世の巫女様に読まれてしまうなんて、前の巫女様もお気の毒に……)
わたくしだったら軽く二回は死ねます。
(えぇと、問題はそこではありませんわ!
前の巫女様といえば、)
「つまり、前の巫女、ステラフィッサ王国の初代王妃陛下も、巫女様の世界からいらしたということですか」
「そういうことになるね」
ファウストも同じ結論を出し、エンディミオン殿下も同意しました。
殿下も異世界の血を引いている、という事実に。
「バル様、バルダッサーレ一世のこと、と思っていいのかな」
「わからないけど、ここにね、こっちの国の言葉かな、一生懸命綴りを練習しているのがそのバルダッサーレ?さんの名前かな」
そこには、ステラフィッサの古い書体の文字で「バルダッサーレ」と何度も書く練習をした健気な跡が。
(~~っ、こんなものまでヒトサマに見られてしまうなんて、本当に、本当に前の巫女様がお気の毒ですわっ)
共感性羞恥心というのでしたかしら。
わたくしまで恥ずかしくなってしまいます。
「この、書いてある冊子も、巫女様の国のものでしょうか」
恥ずかしくなっているのはわたくしだけで、殿下やお兄さま、ファウストは淡々と重要な事実だけを拾っていきます。
「そうだと思う。ここに、メイドインジャパンって書いてある」
「メイ……?」
「ニホン製ってことだよ」
「千年も前から、これほどの技術が……?」
物作りをしているファウストならではの視点ですわね。
けれど。
(千年も前に、ニホンでもこのようなノートはありませんでしたわ。
つまり、千年前にいらした巫女様も、わたくしの前世や巫女様のいた時代と、大差のない頃の方、ということですわね)
「こっちの世界では千年も前のヒトだけど、ニホンでは、私と変わらないくらいの子だったんじゃないかな」
巫女様も、同じことに気がついたようです。
時間軸がどうなっているのか、世界を越える時、時間も超えているのかなんなのか、異世界召喚にありがちといえばそうですけれど、巫女様にしてみれば、同年代の少女と思われる前の巫女が、すでにこの世界では千年も前に亡くなっているということになります。
(そうして、あちらには帰らなかった)
その事実に巫女様が気がついたかどうかはわかりません。
前の巫女様も、帰れなかったのか、帰らなかったのか、それもまだ何もわからないのです。
「この日記ね、たぶんだけど、一部なんだと思う。
もう何冊かあるんじゃないかな」
「どうして?」
「ここへ来た頃のことが何にも書いてなくて、途中からなの。
何か、星みたいのを探してるって書いてあるんだけど……」
「星?」
「災厄を止めるためにね、十二の星を探さないといけないらしくて、その五つめくらいを見つけたところからなの」
(!)
巫女様っ、それがおそらくこの聖典ではいちばん重要なところですわ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます