恋のポエム日記に隠された重要なポイントに、殿下たちもそろって顔を上げました。


「巫女、星について他に何か記されていないだろうか?」

「ほかに?」

「どんなものだとか、どこで見つけたかとか、なんでもいいんだ」

「場所かー。何かの名前はたくさん出てくるんだけど、ヒトなのか地名なのかなんとなくしかわからないんだよね。

 あ、ひとりおっさんって書かれてるけど」


 ココ、と巫女様が示したところには、


『あのおっさんマジでうるさい』


 とポエムとは真逆の、素のトーンと思われる一文が。

 殿下たちには読めなくて何よりです。


「星の声が聞こえるとか星が導くんだとか言ってて、マジでヤバいやつだって書いてある」


(おっさん様!たぶん重要人物ですのに!!)


 巫女様の言葉に、ふと考え込んだような殿下が、何か思い出したように身を乗り出しました。


「待って、聞いたことがある。

 ステラフィッサ王国の建国の際、尽力してくれた星の民というものたちがいたと」


 殿下曰く、星の民とは、星の声を聞いて行う占星術などを生業としていた一族で、とくに力が強いもの、族長などになるとアステラ神様と言葉を交わせるほどだった、とか。


「この千年で、姿を消したと言われているけれど……」


 前の巫女様がおっさんと呼んで邪険にしている方は、おそらくわたくしたちにとっては是非とも導いていただきたい存在に違いありません。


「殿下、それは、能力を持つものがのか、単純に姿のか、そのどちらでしょうか」


 お兄さまが二本指を立て、可能性を問いました。


「そのどちらとも、今ははっきりはわからないな」

「左様ですか。

 では、巫女様の助けになるべく我々がすべきことは、まずは今ある日記からできるだけ情報を得ること、前の巫女様の他の日記を見つけること、そして星の民の消息を調べること、に絞られますね」

「それから、その十二の星を探す、という具体的な行動に移れる、ということか」

「はい。闇雲に探しても、時間の浪費にしかならないでしょうから」


 力強く頷いたお兄さまに、なんて頼りになる攻略対象様でしょうかと思わず惚れ惚れしてしまいます。

 一気に、物語が動き出したような感じがいたします。


(それでしたら、わたくしができることは)


「ティア、すまないけれど、巫女様が地名かお名前かわからないと仰るところを、読みあげていただいて書き出してくれるかい。

 私たちなら判別はすぐにつくし、人名も、調べれば何か手がかりにはなるかもしれない」

「私も手伝います」


 ファウストが名乗りをあげてくれたので、分担ができました。

 殿下とお兄さまが、日記のありかと星の民の消息を。

 巫女様とわたしとファウストで、今ある日記の解読作業を。


「わぁ。ただのポエム日記だと思ってたのに、見る人が見るといろんなことがわかるんだねぇ」


 巫女様は感心したように目をパチクリさせていますが、わたくしがその日記にすべて目を通したら、もう少し情報が引き出せるような気がいたします。


(読めないことになっているのが、惜しいですわね)


 歯がゆいですが、こればかりはどうにも。


「探しものについては、シルヴィオとフェリックス、ラガロにも動いてもらおう」

「それがよろしいかと」


(……?)


 さも当たり前のようにお二人は納得しておりますが、そこでようやくわたくしは違和感を覚えました。


(国をあげて災厄に対処しなければならないのに、まずは国王陛下や宰相様に指示を仰いだりいたしませんの?)


 乙女ゲームのシナリオで言えば、攻略対象に手伝ってもらい十二の星の秘密を探る、というのもわかる気はするのですけれど。

 

(ここでそれを言えば、シナリオが変わってしまうのでしょうか?

 シナリオ改変をして破滅回避につながればいいのですけれど、思いもよらない方向から破滅フラグがやってくるとか、もしくはうまく攻略が進められないことで、災厄のほうが回避できなくなってしまうとも限りませんから、どちらが正解か、判断がつきかねますわ)


「報告は、どのように?」


 悩んでいると、またしてもファウストが声を上げてくれました。

 わたくしの悩んでいることがすべて筒抜けのようなタイミングのよさですけれど、わたくしと思考回路が近い、ということかもしれません。

 攻略対象寄りではないような気もいたしますが、顔に表情が出にくいだけで、頭の回転はこの中の誰よりも早いのがファウストですから、ほかの誰よりも気づくことが多いのですわね。


「もちろん、国王陛下には進展があったことを直接報告するけれど。

 ……ああ、そうか、ファウストは知らなかったか。

 今回の災厄について、陛下から裁量権を賜り、私が指揮を取れるようにお願いしたんだ」


 驚いたことに、殿下は半年前の「神託」から、陛下に掛け合って災厄に関する責任者となり、その任命もすでに受けていたそう。

 わたくしも存じ上げませんでしたわ。


「すでに立太子されているとは言え、国の上に立つものとして実績が欲しかったのもあるけど」


 お兄さま含め側近候補の皆さまを動かし、その動きが国の動きとして連動されるように組織編成も行われているそうで、わたくしの知らないところで殿下は頑張っていらっしゃったようです。

 説明をしてくださっているエンディミオン殿下の眼差しが、わたくしに何か期待するように熱心に注がれます。


(あら?いつものキラキラが……)


 巫女様がいらっしゃるので油断しておりましたが、殿下のファイアオパールの瞳が訴えかけるように煌いて、雄弁に想いを伝えてきます。


「?」


 わたくしはそれには気づかない設定でおりますけれど、果たして現役女子高生の巫女様がその意味に気がつかないものでしょうか。


(まさか、殿下、巫女様がいらっしゃるのに、)


「ルクレツィア、貴女にいいところを見せたい一心だと言ったら、軽蔑するだろうか?」


 切なげなお顔で、手も握られそうな距離で覗き込まれてしまいましたわ。


(アウト!)


 横でご覧になっていた巫女様が、恋愛映画のワンシーンでも見ているような反応で、ときめきに瞳を輝かせておりました。


「殿下がご立派であられることは存じておりますし、軽蔑することなど何もありませんわ?」


 ニッコリと笑い、殿下の瞳の訴えるものなどひとつも受け止めずに、わたくしはいつものようにスルースキルでお返ししました。

 が。

 

(……今のは危なかったですわ。

 油断してましたから、うっかり真に受けてしまうところでした)


 ドッドッ、とトキメキとは真逆の方向に内心では動揺して心臓が高鳴っております。


 そもそも、巫女様の前でわたくしを口説くような言動をとるなど、殿下は攻略対象としてのご自覚がありませんの?

 これで殿下ルートから巫女様が一歩引かれたらどうするのでしょう。

 闇属性のイザイアはなしとして、あとは側近三銃士の皆さまに期待するしかなくなりますのに、この様子ですとその三人も先が思いやられてしまいます。

 シナリオ冒頭のことですからまだリカバリーが効くかもしれませんが、自動的に殿下のお心が巫女様に向かうようなシナリオの強制力なら大歓迎ですのに!


「……やはり君は手強いな。

 これからもルクレツィアに失望されないよう、今以上に執務に邁進するしかないね」


 殿下の聞き慣れた溜め息に、わたくしは何も気づいていない様子で首を傾げます。

 これでいつものやり取りは終わりのはず、でしたのに……。


「えっ、えっ、エンディミオン様とティアちゃんってそういうこと?!」


 巫女様が目をキラキラさせてわたくしと殿下を交互に指差します。


 それはさすがに前の世界でも不躾……なんてそれどころではありませんわね!

 巫女様が現役女子高生らしく、ロマンスの気配にはしゃいでいらっしゃいます。

 

(そういうこと、にしたくありませんのに、すでに巫女様の認識は落ち着いておりますわね。困りましたわ、とても困りましたわ!)


 の意味を理解していないキョトン顔を作りながら、わたくしは心の中で大いに焦りました。

 この心と顔の表情を連動させない技だけは日々磨きに磨きがかかっておりますが、その間に必死で頭をフル回転させてどうやって誤魔化そうかと考える量は比例して増大しておりますから、本当に最近疲れが溜まっている気がいたします。


「巫女、まだルクレツィアがではないんだけれど、やはり見る人にはわかってしまうものかな」


 などとまんざらでもなさそうに殿下が仰いましたが、「見る人にはわかる」じゃありませんのよ。

 思いっきりいう意図を明らかにしていらっしゃいましたわよね?!

 内心で鋭くツッコミを入れますが、この場で代弁してくださる方はおりません。

 やれやれ、という見守るスタンスのお兄さまに、巫女様も「エンディミオン様の片想い?!」とキャッキャと華やいでいて、ファウストは表情を変えずに黙っているだけです。


(巫女様、喜んでいては恋がはじまりませんのよ?殿下ルートのフラグ、と思わしき悩ましいご事情が今のところわからないのですけれど、手と手を取り合って災厄を止めることでこれから恋が生まれるはずですのに自らフラグをへし折っていらっしゃるご自覚はおあり??!)


 すべてこの場でぶちまけてしまいたいほど、ものすごくストレスが溜まっております。


(もう妖精キャラをやめてツッコミキャラに路線変更…………は現実的ではありませんわね)


 ふぅ、と心を落ち着けるように、誰にも気づかれないように細く長い息を吐き出します。


(殿下も、ハッキリと言葉で恋情を伝えないのはわたくしの心がご自分に向いていないことをわかっていらっしゃるからかと思いますけれど、だからこそ、わたくしも何がどう転んでも無理だということをお伝えできなくて、平行線のまま乙女ゲームがはじまってしまったのは誤算でしたわ)


 殿下が意外と一途でいらっしゃること、そして言葉と表情をうまくお使いになって、わたくし以外がその気持ちに気づくようにわかりやすく振る舞っていること、そのどちらもわたくしには対策する術もなくここまでズルズルと来てしまいました。

 それは側近三銃士の皆さまも同じではございますけれど、やはり殿下が何枚も上手でいらっしゃるように思います。

 殿下をお支えする立場故の遠慮も多少あるのかもしれませんが、殿下のいらっしゃらないところではなかなか皆さま情熱的でいらっしゃるし、その扱いにも困るところは大いにあります。

 そういう意味では、わたくしに唐突に求婚してくださるその他のご令息たちは、単純で御しやすく、やりやすい相手でしたわね。


(レオナルド様から、またどなたかに恋する気持ちが湧いてこない、というのも敗因ではありますけれど……)


 レオナルド様への失恋以降、わたくしの心はすっかり枯れて、トキメキに動くことがありません。

 どれほど想いを向けられても、どこか遠くて、わたくしの中には届いてこないのです。

 その感触が、きっと殿下たちにもあるのでしょう。

 その言動が決定打に欠けるのは、わたくし自身に寄るところも大きいのです。


(こんなことで思い悩んだりしない、普通の恋をして、青春したかったはずですのに)


 目の前にヒロインである巫女様がいらっしゃる以上、わたくしの考えに間違いはなかったということですから、破滅対策はやはり続行、殿下たちとの関わり合いも、恋愛沙汰にしてはいけない、ということです。


(いつになったら、安心して過ごせるのかしら)


 憂鬱な思いで、巫女様がエンディミオン様の恋バナを掘り下げようとなさっているのをぼんやり眺めていると、


「姉上」


 口もとに、先ほど巫女様が召し上がっていたクッキーが差し出されました。

 驚いて見返すと、


「今朝も何も召し上がっていらっしゃらなかったでしょう?

 お菓子なら食べると仰っていたので」


 ファウストが心配そうな目で、わたくしに「あーん」をしております。


 ……わたくし、とても驚いております。


 どこで育て方を間違ってしまったのか、姉を邪険にする様子もなく、重度のシスコンになってしまったファウストですけれど、いつ頃からか手を繋ぐなどのスキンシップはしなくなり、その成長を寂しく思っておりましたのに。


(これは、「あーん」をせざるを得ませんかしら)


 手ずから食べ物を食べさせてくれるなど、今までにないことです。

 それだけ心配をさせてしまっているということかもしれませんわね。


「…………」


 じっと見つめてくる目は、わたくしが口を開けるまで引き下がりそうにありません。


(人前で恥ずかしくはあるのですけれど……)


 仕方なしに、わたくしは控えめに口を開いて、ファウストの気の済むようにしようと覚悟を決めました。

 ホッとした様子で眉尻を下げたファウストが、恐る恐るといった手付きで丸いクッキーをわたくしの口へ運んでくれました。


(恥ずかしくて、味がしませんわ)


 口を押さえて咀嚼していると、今度は横からお兄さまの手が伸びてきました。


「なるほど。考えたね、ファウスト。

 こうしてあげれば、ティアも食べる気になってくれるのか」


(お兄さままで!)


 楽しげなお顔をしているのでファウストほどの深刻さを感じませんが、年頃の妹に「あーん」をするのがそれほど楽しいこととは思えませんわ。

 差し出されたブドウを見つめて困った顔をしても、


「さあティア、口を開いて」


 と言ってやめるつもりは毛頭ないようです。


(なぜ、殿下と巫女様の前でこのような羞恥を……)


 観念して少しだけ口を開くと、お兄さまは大層嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、わたくしの唇にブドウの粒を押しつけました。


 ガタン、と。

 その瞬間に大きな音を立てて殿下が立ち上がりました。


「アンジェロ、ファウスト!ずるいぞ!」


 何がどうしてずるいのか、わたくしの羞恥心は誰も気に留めてくださらないのでしょうか。


「殿下、こればかりは家族の特権でしょうか。

 食の細い妹を心配して行っていることとは言え、殿下にそんなことを許してしまえば、私が父に叱られます」


 申し訳なさそうなお顔のわりに、お兄さまは次々に果物をわたくしの口に運んで、その合間にマフィンなどの柔らかいお菓子をちぎってファウストが食べさせてくれます。


「……公爵の名を出すのは卑怯ではないか?」


 お父さまの存在は殿下にも脅威のようで、悔しそうに歯噛みしておりますが、お父さまよりまずわたくしの許可を取ろうとはお思いになりませんの?


「ティアちゃんちはみんな仲良しさんなんだねー」


 巫女様はほのぼのと三兄妹のやりとりを受け止めていらっしゃいますが、ツッコミ適性はないということですわね。


「お兄さま、もう、たくさんですわ」


 まだまだ食べさせようとするアンジェロをそっと押しとどめ、わたくしはこの「あーん」地獄から抜け出すことにいたしました。

 イベントとしては、もっと甘やかな、キュンとするようなシチュエーションのはずですのに、ちっとも心が躍りません。

 かえってなおさら心にダメージを負いました。


「そうかい?

 また食べていない様子だったら、今度は父上に食べさせていただくことになるよ」


(なんという甘やかな脅し!)


 お兄さま以上に嬉々としてわたくしへ食べ物を差し出すお父さまが想像できてしまいました。

 その時はきっと、またお膝の上に乗せられるような気がいたします。

 ちょっとだけされてみたいような、それでもやはり恥ずかしいが勝りますので、できれば避けたい事態です。


「少しお顔の色がよくなりました」


 ファウストだけは純然な心配だけを見せてくれるので、その心遣いを無碍にすることはできず、もう少し意識して食事をするように気をつけることを約束しますけれど、


「失礼します」


 そう言って、おそらく汚れてしまっていたであろう口元を指先で拭われたのに、わたくしの心臓が一瞬だけひっくり返ってしまったのは、驚きからですのよ。本当に今日はファウストの言動に驚くことが続きますわね。


(これも巫女様の登場が原因でしょうか?)


 どんな因果関係が、と問われればまったく皆目わかりませんけれど、シナリオが動き出したことで、心境に変化が出てくるものなのかもしれませんわ。



 ともかく、巫女様に会った感触として、ご自身が乙女ゲームのヒロインという自覚はおありではないようですし、逆ハーレムを狙ったり、わたくしを陥れるような策謀を巡らす方ではなさそう、というのはひとつのポイントでしょうか。

 巫女としての務めを果たすお気持ちもあるようですし、少し、いえかなり現代的な一六歳の少女らしい方ではありますけれど、その分こちらの貴族社会に翻弄されないようにお手伝いをするのはやぶさかではありません。

 シナリオを進める方向性も初期としては妥当だと思いますし、あとはどのように、誰のルートに進んでいただくか、そのフォローが何よりも重要、というところですわね。

 初手で殿下ルートは消えてしまったようにも思いますが、恋の応援をしているうちに、されているうちに……ということも世間ではなくもないと聞きます。


(そこに賭けるしかありませんわね。

 わたくしが振り向くことは絶対にありませんし、心折れたどなたかを巫女様がお慰めすればどうにかワンチャン、あるのではなくて?)


 メインシナリオと恋愛イベントを進めることを考えると、このあたりが妥協点でしょうか。

 悪役令嬢転生して、これほどまでに攻略対象とヒロインの恋愛に心砕くことになるとは思いませんでしたわ。

 意地悪をしない、ワガママに振る舞わない、というだけでこれほど面倒な展開になってしまったのは両親譲りのこの顔のせいだとは思いますけれど、転生した悪役令嬢が溺愛されてしまうパターンもたくさん読みましたから、あとはわたくしがしっかりと意思表示をして、攻略対象キャラクターには興味がないことをお伝えしていくことで、どうにか破滅フラグから逃れたいものです。

 わたくしの断罪回避だけなら、溺愛されていてもここまで頑なになったりはしないのですけれど、ことは星の災厄、世界の命運に関わることですから、巫女様にはがんばって乙女ゲームを攻略していただかなくては。


「巫女様は学校に通っていらっしゃったのですわよね?

 でしたら、わたくしたちの学園にもご興味はございません?」


 待っていてもどうせそうなるのなら、わたくしから学園生活を薦めたってなんの問題もございませんわよね?


 ニコニコと唐突な提案をするわたくしに、殿下も兄も弟も慣れております。

 ボンヤリといつも何を考えているのか、とスカーレット様にはよく叱られますが、「まあ、ルクレツィア(姉上)だから」と許容されておりますのよ。


「ええ?私も学校通えるの?

 教会にもお城にも退屈しはじめてたところだから、外に出られるのはうれしいよ!」


 巫女様も素直に提案を受け入れてくださいましたから、あとは段取りをつけるだけ。


「殿下、お兄さま、わたくし巫女様ともっと親しくなりたいですわ」


 一言お願いすれば、あとは勝手に物事は進んでいきます。


「わかったよ、ルクレツィア」

「ティアのお願いなら、聞かないわけにはいかないね」


 そろって快諾してくださいましたので、


「ありがとう存じます」


 うふふ、と楽しみが溢れ出すように微笑んで、わたくしは巫女様にも笑いかけました。


「どうぞ、仲良くしてくださいませ」


 悪いようには、いたしませんわ!


**


 ドレスができると、いよいよ巫女様は学園に通えることになりました。

 セーラー服の襟とリボン、スカートの一部にプリーツを残してデザインされた巫女様用のドレスは、日常使いしやすいようにシンプルさを追求しております。

 スカートの丈は足首まで伸ばさせていただきましたが、前世の世界のワンピースに近いすっきりとした形に収め、巫女様が敬遠された苦しさや動きにくさは緩和されたのではないでしょうか。

 デザインをすっきりさせた分、生地にはこれでもかとこだわりましたので、貧相だと侮る方がいらっしゃれば、己れの無知を晒すことになるだけですわね。


 色違いやデザイン違いもたくさんお作りして、これから巫女様のクローゼットをいっぱいにするつもりですので、巫女様にもきっと喜んでいただけるはずですわ。


 巫女様が編入されたのは、もちろんわたくしと殿下と同じ二年次の社交コース、わたくしと殿下の間の席に座っていただくことで、ようやく殿下の隣専用だったわたくしの席も合法的に離れることができました。

 巫女様が殿下に妙な気を遣って、殿下を挟んだ反対側に座るか、またはわたくしを挟んだ席順になりそうでしたのは、華麗に回避です。

 殿下と筆頭公爵家令嬢のわたくしとで巫女様の両脇を固めることで、一段と巫女様の尊さが際立つのですわ!

 巫女様の学園編入とともに、国中に巫女様の降臨が喧伝されましたので、クラスメイトの皆さまもあまり躊躇いなく巫女様を受け入れることができたように思います。


(スカーレット様を除いて、ですけれど……)


 案の定、殿下に気安い態度をお取りになる巫女様は、スカーレット様の癇に障ってしまったようです。

 わたくしが殿下の隣をあっさりと譲ってしまったのも、スカーレット様には承服しかねることだったようで、


「貴女が相手だからと大人しく引き下がっておりましたけれど、突然現れたマナーも何もないあんな女が馴れ馴れしくなさっているのは許せませんわ!」


 と、二人きりになった時になぜかわたくしが叱られることに……。


(今までまったく大人しく引き下がっていらっしゃるようにも見えませんでしたし、わたくし相手に引き下がる必要もなかったのですけれど)


「言いたいことがあるならはっきり仰いなさい!」


 顔には出していないはずですのに、思っていることがこういう時だけスカーレット様に伝わってしまうのは学園七不思議です。


「わたくしたちのために別の世界からいらしてくださった方なのですもの、あんな、などと仰らないで。

 わたくし、スカーレット様といっしょにお支えしたいのですわ」


 はっきり言えと言われて本当に思っていることを伝えるような愚は冒しませんので、わたくしはできるだけ悲しげに見える顔でスカーレット様を諭します。


「…………そんなこと、わかっていてよ。

 ですけれど、わたくしは絶対、貴女以外は認めませんわ」


 悔しそうにそれだけ呟くと、スカーレット様はツン、と顔を背けて行ってしまわれました。


(そうですわよね……殿下ルートになると、スカーレット様が泣くことになってしまいますわよね……)


 自らが障害となりつつも、陰ながらスカーレット様の恋を応援している身としては、これは悩ましい問題ですわ。



 悪いようにはしないと意気揚々と学園生活をはじめてみたものの、いざ巫女様の恋愛イベント攻略をアシストしようとしても、かねてより懸念していたこの問題にぶつかりました。

 スカーレット様のためを思い、殿下ルートをやめてフェリックス様ルートを進めようとしても、クラリーチェ様とマリレーナ様はお二人で競い合ってきたのですもの、突然別な方がフェリックス様の恋のお相手になってしまったら、釈然といたしませんわよね。

 フェリックス様の振る舞いは、基本的にはずっと泣きぼくろキャラのまま軽薄に見えるようにしているおつもりのようですけれど、わたくしに同じようにしようとしても、そこに見え隠れする緊張はわりとわかりやすく、そんなフェリックス様に、クラリーチェ様とマリレーナ様が気が付いていないはずがないのです。

 それでも「お二人で競う」という点は決して揺らがないので、あのお二人の想いがどちらも無為になってしまうのは、わたくしには忍びなく思えてなりません。


 ではシルヴィオ様ルート、と言いたいところですけれど、実は最近ヴィオラ様がシルヴィオ様に想いを寄せているのではと気づくことがありましたので、簡単におススメするには難しい相手となりました。

 わたくしにはいまだに挙動不審で、精一杯の自己アピールの仕方が不器用な方ではありますけれど、実直で、公平な方に違いはないのです。

 わたくしに関わらないところでは冷静沈着、言葉のきついところはあるらしいのですが、周りをよく見て、さりげなくフォローすることに長けていらっしゃるというのですから、助けられた方々がファンになってしまうのも頷けます。

 ヴィオラ様は、そのさりげないフォローに何度も助けられたとかで、お優しい方です、と憧れを込めて頬を染めたお姿のなんと眩かったことでしょう。


(わかります、わかりますわ。

 何の下心もないさりげないフォローに、わたくしも恋に落ちた口ですもの)


 苦い初恋を遠く思い出しつつ、シルヴィオ様のそんな一面をついぞ見ることがないものですから、わたくしが彼のアンテナを狂わせてしまっていることに申し訳ない気持ちがいたします。


 最後の砦はラガロ様なのですけれど、彼も彼で人気が高く、わたくしと仲良くしてくださっているお花畑の皆さまの中には真剣に想っている方もいらっしゃるよう。

 日頃からストイックに鍛錬に励み、今では騎士たちで行われる御前試合では常に優勝候補、それも争う相手はレオナルド様かフリオ様、各騎士団の団長クラスですので、若手ではもうラガロ様の右に出る方はいらっしゃいませんわね。

 二重人格キャラをどこに捨ててしまったのか、あの日から直向きさだけが全面に出て、滲み出るわたくしへの恋情が妙な色気となって女性を惹きつけるようです。

 相変わらずムダに愛想よく振る舞うような方ではございませんが、その多くを語らない姿に憧れを抱くご令嬢多数。

 そして、少し素行の悪い騎士崩れの学園生に絡まれているところをラガロ様に助けられたというご令嬢も多数。

 切なる想いを秘めてラガロ様を見つめるわたくしのお花畑の皆さまを差し置いて、巫女様だけを応援するのはフェアではない気がいたします。


 ……いくら星の災厄を食い止められるかがかかっているとはいえ、どなたも、わたくしの勝手で意図的に結びつけるような無粋はしたくありませんわね。


(まして、一方通行の矢印がこちらを向いている以上、わたくしがしゃしゃり出ても裏目に出ることもあるわけで……)


 巫女様をどう思うか個別に聞いてみたところ、すわ自分に興味が湧いたのかと勘違いさせてしまう始末で、


(これ以上の余計なお世話は身を滅ぼすことにもなりかねませんから、自然に任せるのがよろしいのかしら……)


 などと、すぐにお手上げな気持ちとなってしまいました。


 もちろん、殿下と三銃士の皆さまだけが攻略対象ではありません。

 けれどアンジェロお兄さまはそもそも候補に入れておりませんし、イザイアのことは信用しておりますが、底が知れないところは変わらないので、巫女様に万が一のことが起こっては困りますから彼も候補外。


(わかってはおりますのよ。

 消去法として、残っているのは、)



 ───ファウスト。



 悪役令嬢と思わしいのは姉のわたくしのみ、商会の仕事ばかりで王城のお茶会に顔を出すこともあまりしなかったため、今のところわたくし以外のご令嬢と積極的に関わることもせず、どこにもフラグが立っている様子はございません。

 それでしたら、わたくしさえ口を出さなければ、自然と仲良くなるものなのかもしれません。

 でも一度だけ、気になって巫女様をどう思うか聞いてみたところ、


「巫女様は、巫女様です」


 首をコテンと傾げる癖は昔のまま、何の感慨もなく淡々と答えられてしまい、わたくしなぜだか少々ムキになってしまいました。


「可愛らしいですとか、好ましいと思うことはありませんの?」

「なぜです?」

「なぜ……って、だって、巫女様ですもの……」


 ヒロインだから、という理由はわたくしにしかわからない事情ですから、うまく伝えられずに口ごもっていると、


「それを聞かれて、どうなさるのです」


 ピシャリと、突き放すように言われてしまいました。

 もしかしたらわたくしの言わんとしたことが分かったのかもしれません。


(やはり余計なお世話ですわよね……)


 しゅんとしたわたくしに、


「可愛らしいのも、好ましいのも、姉上です」


 シスコン全開で真面目に断言されたものですから、やはりファウストはファウストなのだわと少しだけ安心してしまったりして、わたくしもまだまだ弟離れができておりませんわね。


(けれど乙女ゲームとしては八方塞がり……巫女様も、女子高生らしい親密さがあるだけで、どなたかが気になる様子はありませんし……)


 悩める日々ではありますが、メインシナリオである星の災厄については順調に攻略が進んでおります。

 殿下とシルヴィオ様が、前の巫女様、建国王様と眠る王妃様の霊廟で、はじめの日記を見つけられたのです。

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