episodio:エンディミオン──初恋は叶うか

 第一王子エンディミオンの婚約は、六歳で決まった。

 相手はステラフィッサ王国で並ぶもののいない筆頭公爵家の令嬢、ルクレツィア・ガラッシア。

 天使か妖精と見紛うほど美しく可憐な少女は、六歳を過ぎる頃までは頻繁に王城を訪れて、エンディミオンの遊び相手として、初恋の相手として、輝くほどの笑顔を向けていてくれた、けれど───

 婚約が決まり間もなく、ルクレツィアの母である公爵夫人が、暴漢に襲われ儚くなった。


 それから。

 彼女が王城を訪うことはない。



 彼女との「面会」が叶うのは、新年の挨拶、お互いの誕生日、それだけ。

 それも父親のガラッシア公爵は必ず同席で、一時間いっときにも満たない時間だったかもしれない。

 その一時間にも、交わす言葉は少ない。

 はじめは、あったかもしれない。

 彼女の好きな花や菓子を持って、会いに行けるのは楽しみだった。

 けれど彼女の言葉は段々と少なくなり、公爵を介して頷くか首を振るかとなり、笑顔は、もうだいぶ前から消えてしまっていたのだ。

 それでもいいと思っていた気持ちが、いつから義務に変わったのか。


「婚約解消はできません」


 疲れたように言う母──王妃は、哀れむように息子を見ながら、頑なに婚約をなかったことにするのを拒んだ。


「あの娘との婚約は、なのです」

?」


 語られたのは、王家でも一部のものしか知らない、ガラッシア家の秘密。


「私はね、エレオノーラに出会う前のラファエロをよく知っている。

 何もかもつまらないし、何も感じない、真っ暗な目をしていてね」


 父──国王が話す公爵は、エレオノーラ公爵夫人が存命だった頃の印象とはあまりにもかけ離れたものだった。


「公爵のあの瞳、珍しい色をしているでしょう?

 あれは呪いなのです」


 ガラッシア家に稀に生まれる、ソラの瞳。


「情に深く、一途。

 裏を返せば執念深く、ひとつのもの以外に関心のない、そういう性質のものが、あの目を持って生まれるのです」

「ラファエロがエレオノーラを得たのは確かに奇跡だが、奇跡を実現させるだけの執着と力を、あの瞳の持ち主は持って生まれるんだ」


 五歳でひとつ歳下のエレオノーラを見初めたラファエロは、幸運だった。

 世界が彼女のために回りはじめ、彼女の清らかさに相応しい男であろうと、無意識にもあの目のタチの悪い部分を押し込めて、今までの公爵を作っていた。

 それが、その執着の対象を理不尽に奪われたら───


「彼が今後、何をしでかしても不思議はないのです」


 すっかり変わってしまった公爵は、押さえ込んでいた生来の本質が楔から解き放たれた状態だ。


「何人か、ガラッシア家に送り込んだスコルピオーネとジェメッリの手勢も、誰一人戻っては来ません。

 オフィユコの一族は、すでに公爵の手中です。

 我々ができることは、これ以上彼を刺激しないこと」


 国王の沈黙が、全てを肯定していた。

 なんの落ち度もない公爵一人を捕らえるために国を動かすことはできず、不穏分子として秘密裏に討ち果たすにも分が悪すぎる相手だ。


「第一王子の婚約者の父として、国に仇なすことがなければいいのです。

 あちらが、こんな婚約すぐにでもなくなってもいいと思っていても、ワタクシたちは、彼をどうしても繋ぎ止めておかなければなりません」

「ルクレツィア、嬢は、」


 王妃は首を振るしかない。

 

「あのまま、まだあの娘の存在が彼をコチラ側に留まらせているなら、手を出すことはなりません」


 この婚約が、悪夢のはじまりだったのか。

 エンディミオンにはわからない。

 初恋の少女を救う手立てもなく、生贄のようにして、国を守る。

 それが、王家に課された使命なのか。


「あぁ……エレオノーラ様……どうして……」


 絶望の色の濃い王妃の嘆きは、彼女一人のものではない。


「決して、ラファエロの逆鱗に触れぬよう、慎重に頼むぞ」


 自らをにして、エンディミオンはルクレツィアに会い続けなければいけない。


 公爵の目は、いつも自分を試している。

 いつでも、その手を放せばいい、と。

 軽んじて、遊んでいる。


「……承りました」


 その誓いが破られた時、ステラフィッサは、ルクレツィアの運命はどうなるのか───



***



「流れ星にお願いごとを三回唱えると叶うっていうのが、私の故郷の言い伝えなんですよ?」


 そう言って泣きそうに微笑み、小さな手を組み流星に願いをかけた聖なる巫女に、想いを寄せるのは罪だったのか。


 ───星が降るのは不吉の兆し。

 ステラフィッサに伝わる迷信は、果たして本当にただの迷信だったのか───


 エンディミオンが知るのは、もう少し未来サキの話だった。

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