4時13分 雲の上で 

二人とも雲の上に投げ出された。

背中にあたる雲の柔らかさは、とても心地よかった。


各々立ち上がって、衣服をはたくように整えた。


足元がふわふわして覚束ない。

綿菓子がそこら中に敷き詰めてあるみたいだ。


でもここが雲の上なら、数百メートル下はコンクリートの地上。

恐る恐る下を覗くと、バイクの若者と警官たちが、目と口を見開いて空を見上げている。


理解不能な摩訶不思議を、頭で処理できない姿だった。

僕も、いま何が起きているのかよくわからない。



「こんな雲のふちに突っ立って話すのもなんですから。こちらへ」

男について行くと、お役所のような建物が現れた。


「ここは運命仕分けセンターです。さあどうぞ」


男は、思いだしたように腕時計を見た。

4時13分。

「あ、ちょうど今頃。あなたは大事故の予定でした」


僕は笑った。

「いや、もうさっき事故を起こしたよ4時08分。大事故…では無いかな」


男は眉間にしわを寄せて軽く咳払いしてから、帳面を読み始めた。

「9月5日 午後4時13分 国道を右折した赤い車、県道を80kmで走ってきたダンプカーと衝突。運転手の居眠り運転による」

男は、大きくため息をついて続きを読んだ。


「両運転手、車窓を突き破って投げ出され、意識不明の重体」


ぐしゃぐしゃになった赤い車と白いバースデーケーキ、道路に投げ出された自分の姿を思い浮かべて、背筋がぞっとした。


「でも今朝」

男は人差し指をペロッと舐めて帳面をめくった。

「あなたは、蜘蛛を助けました」


そう、僕は蜘蛛を台所から庭へ逃した。


妻は虫が苦手で、そんな時だけ僕を呼ぶのだ。

小さくて綺麗な若葉色の蜘蛛だった。


「じいちゃんに、生き物をむやみに殺すなといわれて育ちました」

じいちゃんはいつも学校から帰ると家にいて、僕に色んなことを教えてくれた。


「なるほど。昨日おじいさまがこちらに見えましたよ。この運命仕分けセンターでは、皆さまの『徳』を管理しております。えーと、ちなみに不殺生は3ポイント」


貯まったポイントを適用して人間の災いを軽減するのが、仕分け人だという。


「へえ」

胸の奥が弾んだ。まだまだこの世界は知らないことばかりだ。

「なぜ、じいちゃんがここに?」


僕が尋ねると、男は帳面を見せながら言った。

「そりゃポイントを届けにですよ」


ポイントとじいちゃん、僕の事故とどんな関係があるのだろうか。


男は僕の顔を見上げて言った。

「申し遅れました、私は運命の仕分け人と申します」

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