午後4時08分

時は戻って、午後四時を回ったばかり、国道を見下ろす雲の上。


小柄な男が雲の淵に立っている。

片手に双眼鏡を持ち、腕時計を確認しながら地上を見下ろしていた。

赤い車が右折するところ、道を譲ったトラックの後方から直進する黒いバイク。


「ふむ、予定通り。3、2、1」

男はきゅっと目を閉じた。ガシャンという音に肩をすくめてから、もう一度地上を見下ろした。


事故の状況を確認すると、持っていた帳面に赤いハンコを押した。

「はい、仕分け済み。さて…」


紐で括られた帳面をめくろうとした時、足下から風が吹き上がった。

すると、その一枚が帳面から外れてひらひらと舞い上がり、地上へと落ちていった。

「あちゃ、しまった」


男は慌てて首に下げた双眼鏡を掴んで、紙の落ちる行方を追った。



赤い車の事故現場は、遠巻きに人が集まってザワついていた。



当事者である僕は、申し訳ないが上空を見上げている。


事故のショックで呆然と立ち尽くしているように見えただろう。

一心に目を凝らすと、どうやら雲の上からこちらを見下ろしているのは男のようだ。

すると1枚の紙がひらりひらりと降ってきて、僕の足元に落ちた。

手に取ると何やら書いてある。


「九月五日 午後四時〇八分 国道を右折する赤い車、バイクと衝突」



紙には事故の説明が書いてあって、仕分け済みという赤いハンコが押されていた。いったいどういう事だ。

もう一度見上げると、さっきの男はもういない。



すると、僕の肩のあたりで声がした。


「返してもらいますよ」


雲の上にいた男だ。

いつのまにか僕の横にちょこんと立っていて、僕の手からその紙を抜き取った。



事故現場には、誰かが通報したパトカーと救急車が仰々しくサイレンを鳴らしながらやって来たところだ。


「では」

男は頭を下げてその紙を帳面に挟むと、地面からふわりと浮いた。


「待って」

とっさに僕は男の足首をつかんだ。


「ひゃ」

男は小さく叫んで、足をばたつかせながら、ぐんぐんと空に昇っていった。


僕は全身で風を感じながら、男の足を離さなかった。




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