運命の仕分け人

中里 蓮

午後4時00分

僕は、赤い車で国道を走っていた。

もう少しで家に着く。


カーラジオから懐かしい曲が流れている。

上を向いて歩こうって、じいちゃんがよく口ずさんでいた。


幸せは空の上に。

子どもの頃はそう信じて、一緒によく空を見上げていたけれど。



時計を見ると、午後4時00分を過ぎたところ。

助手席には、真っ白い生クリームたっぷりのバースデーケーキ。

透明なレジ袋からブロッコリーと檸檬れもんが透けて見える。


今日は日曜日で、息子は5歳になる。

妻はいつも機嫌が悪くて、僕は彼女になにか悪いことをしたのかな?


世界がコロナウィルスに侵されてから、僕はいつもひとり。

仕事部屋でパソコンに向かっている。

同じ屋根の下に家族がいたって、孤独は容赦無く覆いかぶさってくるものだ。


今日は息子の誕生日だから、パパとして笑っていようと思う。




国道から、交差点の真ん中へ。

右のウインカーを出すとカチカチと忙しない音がする。

少し右へハンドルを切る。


アクセルから足を離し、ゆっくりとブレーキを踏む。

信号は青。

対向車が途切れそうで途切れないから、その間を爽快にすり抜けて右折する光景を思いうかべてみたりして。 



対向車線が混み始めてトロトロと列をなす。

親切な軽トラがスピードを落とし、行っていいよとヘッドライトをウィンクさせた。


軽く頭を下げてハンドルを右に切った途端、トラックの脇から黒いバイクが突進してきた。


こめかみに冷たい衝撃がぴりっと走り、心臓がズンと鳴った。



鉄と鉄が不本意にぶつかる何とも言えない音。

バイクが車の鼻先に突っ込んで、つんのめるようにひっくり返った。


瞬間にやってきた時速0㎞。


バイクは全てを切り離すかのように、ヘルメットの若者がバイクから浮き上がり、地面に転げ落ちていった。


まるで、音のないスローモーションのように。




ガシャン。

転がる原付バイクが最後に地面に倒れた音で、突然再生されたビデオのように我に返る。


僕は、どれだけ強くブレーキペダルを踏んでいたのだろう。

震える足で、赤い車から降りた。


ヘルメットの若者は、ダンゴムシみたいに路肩に転がっている。

僕の心臓は大暴れして、喉から出てしまいそうだ。


かける言葉が見当たらない。


ヘルメットが動いた。



「イッテェ」

若者は手で地面を押して頭をもたげて座った。


原付バイクは無残に壊れてしまったけれど、若者はかすり傷だ。

よかった、生きてる。



僕は顎をあげ、空にふうとありったけの息を吐きだして、呼吸をとり戻した。

そして目線の先にある光景に息を飲むと、喉がごくりと鳴った。

雲の上からこちらを見降ろす、人の姿が見えたのだ。

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