第40話 親友

「プレミアムプランに加入した、月冴さんと高陽田さん。やっぱり、2人が仲良くなればいいと思う」


 別に、大事なことなので2度言ったわけじゃない。

 いわゆる、CMまたぎ。Bパート、みたいな?


「何を言い出すと思えば、それは無理な相談よ。同じ班で行動できないくらい相性最悪でしょ。あんた、頭プー太郎なわけ? 働かずの異名は伊達じゃないわね」


 モブの戯言に、うんざり気味な月冴さん。


「全身プー太郎だよ。間違えた、働かされる風太郎です」

「あたしは、元々気になってたよ。六花ちゃん、つれなくて全然相手にしてくれないんだ。ひどいね、困っちゃうなぁ~」


 高陽田さんが頬を膨らませるや。


「この前、告げたはずでしょ。上っ面だけ整えて、笑顔を振りまく精神が合わないって」

「その慧眼とズバズバ切り捨てる胆力に惹きつけられたんだけどね」


 スッと真面目な表情に改めていく。


「……っ」


 よそ行きの月冴さんも目を見張る迫力だった。

 するりと隙間に挟まるのが得意な僕は、微妙な緊張感が漂い始めたので。


「月冴さんは、真の友情を探し求めてるんだ! 表面上の付き合いじゃなくて、もっと深い付き合いができる存在を追い求めています。美人とお近づきになりたい好奇心や損得勘定をチラつかせる相手に興味がないんです。その点、高陽田さんは大丈夫だよ。気配上手だし、空気を読むのも自分に望まれたキャラを提供するサービス精神が発端だし」


 僕は、高陽田さんに視線を送った。


「へぇ~、そんな背景があったんだね。納得したよぉ~」

「ハァ……そんなわけないでしょ。プー太郎、わたしがいいと言うまで黙りなさい」


 月冴さんが苦笑を滲ませながら。


「荒唐無稽な妄想をでっち上げて、垂れ流さないでちょうだい。真の友情? 存在しないものを探すほど、暇じゃないわ」


 僕、存在しないものにガタッと反応。何もしない人はどこにもいない?


「あんたは辛うじて、存在してるでしょ」

「月冴さんっ」

「たまに……よく見失うけど、いないよりマシだから」

「月冴さんっ」


 この世に生を認められる。こんなに嬉しいことはない!


「熊野くんは友達ってことかな? じゃあ、友達の友達は友達だよね」

「別に、プー太郎は友達じゃないけど?」

「ん~?」

「ただの下僕よ。頼りなくて空回りするし、わたしの要望に応えきれない要領の悪さが如何ともしがたいものね。なによ、プー太郎って。そんなにハチミツ好きなわけ? ださ」


 赤い服を着たことで、下半身露出を強調させた黄色いクマは関係ない。

 僕が以前の説明を繰り返すや、月冴さんはちっとも聞いていなかった。


「アハハハ! 六花ちゃんは独占欲が強いねぇ~。君も大変苦労してるみたいだ」

「被虐趣味のプー太郎にとってご褒美じゃない。わたし、束縛は嫌いだわ」

「じゃあ、熊野くんを貰っていいかな? あたしは甘やかすの、得意だよ?」


 高陽田さんが可愛く小首を傾げた。

 美少女に甘やかされる泡沫の夢を幻視した、僕。


「あげるわけないでしょ、チンチクリンでもわたしの家来よ。出来が悪くて見捨てるほど、わたしは薄情じゃないの」


 ムスッと顔をしかめた、月冴さん。

 バブルは弾ける。ハッキリ分かったね。


「取られたくない気持ちは十分伝わったよ。ところで、君自身はどう思ってるのかな?」

「いつの間に、下僕と家来の掛け持ちなのか疑問だけどさ。問題なし、と」


 僕は、何もしないをするだけ。肩書は本来、何でもいい人。


「あっ。プレミアムプラン的に、高陽田さんの従僕と家臣も務めないといけないね」

「ちょっと、プー太郎!」

「熊野くんがあたしの従僕ぅ~?」


 高陽田さんが口をちょこんとすぼめるや。


「確かに、条件は同じかな? あたしは、役割を受け入れないほど薄情じゃないんだ」

「高陽田は青春ごっこで忙しいでしょ。こいつの相手はわたしが担当してあげる」

「そんなことないよぉ~。六花ちゃんの言う通りなら、ともだちレンタルなんてわざわざ利用しないよね。あたし、友達いっぱいいるじゃない?」


 月冴さんと高陽田さんの間にバチバチと火花が爆ぜていく。


「やっぱり、周囲の顔を窺ってばかりな人と、わたしは仲良くなれそうにないわ」

「六花ちゃんは人見知りみたいだね。もしかして、今まで誤解しちゃったかな?」

「だったら、何? 高陽田とは関係ないでしょ」

「少なくとも、イメージを押し付けられるストレスは共有できるかな?」


 同じ悩みを持つ者同士、どうか寄り添ってください。

 1人になりたい、1人は寂しい、とベクトルの向きが逆なのは面白い。

 何もしない人、ぼぉーっと経緯を見守っていると。


「そもそも、あんたはわたしとこの女、どっちがいいわけ?」

「……え?」

「熊野くんにそれを聞くのは酷と思うなぁ~。現実を突き付けるのは非情だよ」

「何だって?」


 ちゃんと聞こえたけれど、僕は聞き返してしまった。

 目下、ラブコメ主人公の心情を悟った。お前ら、大変だったんだな。

 逡巡したところで、もちろん答えなど出るはずがない。


「どっちかなんて」

「選べないという選択肢はないわ」

「君が男を見せる時は、この瞬間かな?」


 ――封殺。

 何もしない人は、何も選べない。

 可憐な女子と美人な女子が前のめりで顔が近い。どちらも、僕に光を差した存在。

 その輝きに目が眩み、僕はフラフラと混乱するばかり。


 何か言え、何か言え、何か言え、何か言え。でも、何も言えなかった。

 月冴さんがふんと嘆息して、高陽田さんは苦笑いをこぼした。

 冷徹な忠告通り、失望させてしまっただろうか――


「プー太郎を困らせるが目的じゃないでしょ。わたしが悪かったわ。この攻め方は撤回させてちょうだい」

「無理やり迫って困らせるのは、あたしもみっともなかったかな?」


 月冴さんと高陽田さんが姿勢良く座り直した。


「けれど、1つだけ答えなさい。遠足の時、どうしてあんたは高陽田にだけ贈り物を用意したわけ? これでよく、2人は仲良くなれやら友達になれとのたまえたものじゃない」

「そうそう! せっかく2人で楽しいデート中、こっそり六花ちゃんへプレゼントを選んでいたのは感心できないなぁ~。流石にあたしの堪忍袋も大爆発しちゃったからね」


 ……どゆこと?


「……どゆこと?」


 大事なことなので2度言いました。大事なことなので2度言いました。


「「はっ!?」」

「とぼけないでちょうだい、プー太郎。冗談は顔だけにしなさい。現場は押さえたはずよ」

「現行犯、確保すればよかったかな?」

「今のはすっとぼけじゃなくて、2人の認識は重要な部分がズレてた。どゆこと?」


 月冴さんと高陽田さんが怪訝な表情でにらめっこすれば。


「「はっ!?」」

「わたしはプー太郎から何も貰ってないけど。高陽田に渡したんでしょ?」

「あたしも熊野くんから何も貰ってないよ。六花ちゃんが受け取ったんだよね?」


 動揺を隠せない先方たちに、僕は事前に用意していた証拠の品を取り出していく。

 ギフト用のクラフトバッグだ。


「もしかして、お目当てのブツってこれ?」

「うん。しっかりプレゼントだなぁ~。可愛いラッピングを送る相手は限られるよね」

「もちろん、妹への誕生日プレゼントに決まってるさ」

「――は?」


 なぜか、高陽田さんと月冴さんがフリーズしてしまう。

 僕は包装紙を丁寧に外すや、中身を披露した。


「求められたのは、アイパッド! お値段、キュキュッパッ! いやぁ~、高校生が10万の誕プレ買うのほんと辛かった」


 愚痴ついでに、どうでもいい裏話を付け加える。


「楓子にこの三者面談を開催する理由をかいつまんで説明したら、クラフトバッグごと持っていけと言われたんだ。終盤にこれを見せれば、全てが解決する……これは予言じゃー! って、息巻いてたよ。一応試したけど、我が妹は家だとほんと恥ずかしい生物です」


 僕は、やれやれと肩をすくめた。

 いかんせん、まるで解決しないのだが。想定外は想定内です。


「ま……ま、ま」


 視線を落とした月冴さんがわなわなと肩を震わせている。

 間違いなく、失笑されることこの上なし。まあ、それが僕の歩む日常――


「紛らわしいのよ! プー太郎! わたしはてっきり! あんたが高陽田にだけ、贈り物したと思ったじゃない! それを目撃して、イライラした自分が恥ずかしくて! 勝手に帰った自分が情けなくて、ちゃんと謝れなくて! もうメチャクチャだわ――っ!」


 月冴さんが怒鳴った。

 いつもの冷たい態度が嘘のように、激情を沸騰させていく。

 揺れる瞳を直視叶わず、僕が先に視線を逸らした。


「ご、ごめん。まさか、僕が人に影響を与えるなんて盲点だった」

「ふんっ、許さない。その愚かな思考を本気で信じてるところが、特にね」


 いつも通り、睨んでください。侮蔑の眼差しが恋しい。いやさ、被虐趣味じゃないよ。

 僕にはどうにもできない事態を抜け出さんと、救世主にすがらざるを得ない。


「う~ん、君が悪いかなぁ~。でも、勝手に勘違いしたのはあたしたちだよ」

「そんな、神は僕を見捨て給うた!」


 あ、自分無宗教です。


「こーゆーオチ、嫌いじゃないけどね。ほら、六花ちゃん。気持ちはよく分かるけど、泣いちゃダメだよ。熊野くんをまた困らせたいのかな?」


 高陽田さんがあっけらかんと、月冴さんの背中をさすっていく。


「触らないで。セクハラはプー太郎だけで間に合ってるわ。わたしが、くだらない事で泣くわけないでしょ。勘違いしないでよね、怒りを超えて呆れただけなんだからねっ」

「え! 人材派遣部で僕が、一番コンプライアンスを順守してるけどっ」


 身に覚えのない冤罪に、僕は無実を訴えた。それでも僕はやっていない。

 月冴さんが何もしない人を恨めしいご様子で。


「あんた。じゃあ、アンティークショップで品定めしてた目的は何よ」

「……? ちょっと待って。思い出すから」


 はて、とクエスチョンマークを浮かべた僕。どうでもいい記憶、すぐ忘れちゃう。


「可愛いランプ、熱心に見てたよね」

「ランプ! テーブルに並んでたやつか。あれは、こういう品をおねだりするなら、妹にも可愛げがあるなって物思いに耽ってたんだ」

「紛らわしいシスコンね! おかしなシスコンしないでちょうだい!」


 サーセン。僕ってそんなにシスコンかしら。ちょっと仲良いだけである。


「えぇ~、熊野くんに妹いたんだ? お兄ちゃんそっくりな幸薄い系?」

「薄幸の美少女を名乗るのはおこがましい。家で寝転がってる時とよそ行きのイメージが乖離してて、高陽田さんは共感できるかもしれない」

「じゃあ今度、会いに行っちゃおうかなあ。いいよね?」


 高陽田さんは、瞳を輝かせてお願いのポーズ。

 不肖の妹が、3時のおやつを僕から強奪する時と構えが一緒だ。


「プー子は、プー太郎と違って見所があるわね。今は、わたしの妹みたいなものよ」

「いや、その理屈はおかしい」

「六花ちゃんはもう会ったことあるんだぁ~」


 会話中、ナチュラルにスルーされた僕。スキップ機能使った?


「ところで、なぜ知ってるのかな? 熊野くんの家族構成なんて、極秘情報だよね?」

「別に、非公開情報じゃないです。インサイダー取引の材料にならないけど」

「……っ。どうでもいいでしょ、わたしがどこで知ったかなんて」

「はは~ん」


 しらを切った容疑者に対して、高陽田さんはニヤニヤとほくそ笑む。

 会話中、またしても気配を消された僕。絶好調だね。

 存在しない人は、その特徴を活かして直帰を企てていく。お先です。

 唯一の楽しみにテンションが高揚するや、ついでとばかりに天啓閃いた。


「結局、2人が怒って帰ったり、仲良くなれないって意地を張ったのってさ! もしかして……自分だけプレゼントを貰えな」

「「違うっ」」


 綺麗にハーモニーが調和した(重複)。赤面がてら。


「わたしがそんな子供じみた理由で駄々をこねるわけないじゃない」

「そんなにわがままじゃないよぉ~。六花ちゃんは真の友情を結んだソウルメイトかな?」

「わたしと高陽田は親友に決まってるでしょ。当たり前のこと言わせないで」

「――え」


 炸裂高速手のひら返しに、開いた口が塞がらない。

 偽りの友情に乾杯する月冴さんと高陽田さん。シンクロ率100%。


「プー太郎、これで満足かしら? はい、この話はおしまい。あんたの望みを叶えてあげたのよ、感涙に咽びなさい」

「熊野くん、これ以上は詮索禁止だよ。勘が鋭いと、君の場合は生き辛くなるからね」


 そして、パワハラである。クライアントたちの晴れやかな笑顔がおどろおどろしい。

 ハラスメントと断固戦う所存な何もしない人。プー太郎、動きます。


 さりとて、事態が丸く収まるならば僕は何でもいい人ゆえ飲み込んだ。問題を棚上げする棚、アマゾンでまとめ買い。これが大人になると言うことか。違うね。


「学校とは別の顔を他人にさらけ出すのは勇気がいる。でも、月冴さんと高陽田さんが親友なら心配いらないか。気の置けない関係の間に割って入るのはお邪魔だし、僕はそろそろ失礼します。ともだちレンタルの役目も全うした感じで感慨深いよ。いやあ、残念だけど最早ここまで。あとは、若い2人に任せよう!」


 徐に立ち上がると、僕はそそくさと教室からの脱出を試みた。

 最後まで先方たちの物語を見届けられないのは残念だけど、僕のようなモブに観客席は与えられず。美少女と関われたプレシャスメモリーを胸に、明日からも強く生きよう。


 アディオス!


「あんた、よく喋るじゃない。やましいことでもあるわけ?」

「きゃっ」


 ドアを出ようとした瞬間、月冴さんに腕を掴まれた。乱暴はよして!


「あたしたち、今日から親友を始めるの。お互いのこと、まだ全然知らないんだぁ~」

「さ、さいで」


 高陽田さんに逆の腕を絡め取られてしまう。むにゅっと柔らかい感触が伝わる。

 まかさ、ハニートラップっ!? 痴漢、冤罪、ダメ絶対!

 断じて、熊野風太郎はハチミツ好きにあらず。僕は何もしないをするだけプー。


「というわけで! 親睦会を兼ねて、熊野くんのお家に招待されちゃおうっ」

「え、僕の家はいろいろアレだよ! マズいですよ!」

「またまた照れちゃってぇ~。あたし、お持ち帰りされちゃうんだ。でもごめんね、君とは付き合えないかな? 誰かさんがまた泣いちゃうもんね」


 そして、てへぺろである。

 月冴さんが鬼の形相で僕をつねるので、冗談はやめてください。


「プー子に連絡しとくわ。盛大に祝う準備を可及的速やかに、と」

「如何に?」


 帰宅が唯一の楽しみなのに、気分は憂鬱メランコリー。

 僕の性根は変わらない。主人公なら成長してた。


「決まってるでしょう」


 何も変わらない人に、何か変わった人たちが相好を崩して。


「――プー太郎が友達を2人も家に連れて来る奇跡よっ」

「1週間お仕事サボった分、たっぷり働いてもらおうかな? 気まずくなったら間に入ってちょうどいい距離感を作るの、君の仕事だよね?」


 ともだちレンタル・プレミアムプラン。

 遺憾極まりないが、まだ継続されるらしい。

 ほんと残念だ。実は僕、あまり働きたくないのである。学生の本分は勉学だぞ。


 ――サブスク解禁したら、学校の美少女にこぞって指名されました。

 仕方がない。報酬を貰っちゃった手前、しばらく1人分のスペースを提供しよう。

 月冴さんと高陽田さんが楽しめるなら、僕は何でもいい人です。

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