第39話 3者面談

 すべてはあの日、あの場所から始まった。

 何もしない人を未知なる領域へ踏み込ませ、禁断の計画が始まった約束の地――

 放課後の教室だね。ホームルームのはずが、なぜかいつもアウェイを感じる場所。

 僕は黙々と、自分の席で待ち人の来訪を期待する。


 カーテンが揺れ、夕日が教室に差し込んだものの。

 机に反射した茜色の光は、意地でも持ち主を照らそうとはしなかった。


「はいはい、僕は日陰者ですよ。太陽の野郎、わざわざサンパワーで線引きするな」

「それ、独り言かな? あたし、ちょっと待ってみようかなぁ~」


 高陽田さん、刹那のインターセプト。


「ふぁっ!? た、たたたたた……っ!」


 イスから転げ落ちた、僕。コントじゃないぞ。


「高陽田だよぉ~。ビックリした? いつも驚かされるから、今回はお返しだね」

「一体、いつから?」


 高陽田さんがう~んと頬っぺたに指を当てながら。


「熊野くんが――すべてはあの日、あの場所から始まった、って独白した辺りかな?」

「え。さっきのやつ、モノローグのつもりだったんだけど」

「バッチリ聞いたけどなぁ~」


 高陽田さんにくすくす笑われ、僕は冷や汗が止まらない。くま汁ブシャーッ。

 もうダメだ、おしまいだ。皆に言いふらされるんだ。うぅ、引きこもるしかあるまい。


 否、皆とは誰だ? 熊野風太郎に皆と呼称できるほど知り合いが存在ない。

 ゆえに、笑い者にされない。やったね! そもそも、どなた? 悲しいね。


「あたしは、君の存在に注目してるよ。油断しすぎかな?」


 慢心を悔い改めるのに必死で、高陽田さんのお言葉を聞き取れなかった。

 え、何だって? 難聴アピールを披露しかけた矢先。


「プー太郎、床を這いつくばった姿がお似合いじゃない。名人芸だわ」

「テーマは、世知辛い人生の末路。現代アートに登録してほしい」

「5点」


 そして、辛辣である。


「ところで、月冴さんはいつご到着に?」

「あんたが、わざとらしくすっ転んだ場面。オーバーリアクションじゃなければ、気が付かなかったわ」

「道化は、バカにされてナンボの商売だから」


 昨今、狂言回しにも個性が求められるらしい。せいぜい、カンペ持ちの黒子か縁の下の力持ち……を支える人程度のプー太郎には荷が重い。深刻な存在感不足である。

 モブ業界でも端役な僕の涙ぐましい小細工を露呈されたところで。


「2人とも、来てくれてありがとう。多分連絡しても、気付かれないと思った」

「心配しなくて平気だよ。なぜか、通知音が鳴らなかったけどね。あと、アイコンが表示されないのはどうしてかな?」

「プー太郎のメッセージが来た後、スマホがサイレントモードに変わってたのよね。あんた、遠隔操作するウィルスでも仕込んだわけ?」


 何もしない人、濡れ衣を着させられる。体が冷えて風邪引いちゃうね。くしゅんっ。

 耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、パワハラに涙し、僕は机を3つくっ付けた。

 いわゆる三者面談の構図だ。


「お掛けになって」

「どういうつもり?」

「お掛けになって!」


 月冴さんの疑問に答えず、僕は己を信じ――あ、睨まないで。疾く説明します!

 月冴さんと高陽田さんが並ぶ形で、正面に座った僕。


「今日はどんな趣向かな? 楽しい時間になるといいね」

「まずこの前の、遠足の話」


 高陽田さんの悪戯心が宿った眼差しをひらりと避けた。無邪気は邪気だ。


「僕に至らぬ点があったようで、月冴さんと高陽田さんの気分を害してしまった。あまつさえ、怒らせた原因も未だ究明できず。想像だにしない体たらく。まことにすいません」


 初手、謝罪。深々と頭を垂れた、僕

 静寂の間隙が果てしなく長く感じた。


「ふん。プー太郎は至らぬ点の権化でしょ。今更よ」


 月冴さんの冷たい一言。

 許されたいわけじゃないけれど、実際突き放されるとすこぶる凹んだ。


「そうだよね。依頼人の怒りは甚大。責任を取って、僕はともだちレンタルを辞職し」

「勝手に帰ったのは、わたし。だからその、まあ……こちらにも非がないわけでもないわ」

「え?」

「え?」


 予想外の返事に驚くや、月冴さんはムッと眉根を寄せて。


「あんた今、辞めるって言おうとした? いい加減、冗談は顔と態度と言動だけにしてくれる? 真面目な話を語りたいなら、ふざけないでちょうだい」

「全否定された気がするけど、前回の失態に対する処遇は?」

「ないに決まってるでしょ。勝手に辞められた方が迷惑だわ。プー太郎は、わたしの役に立っていればいいのよ。二度も言わせないで」


 月冴さんは仏頂面を背けたものの、高陽田さんのニコニコ笑顔と鉢合わせ。ご機嫌が斜めへスライドしていく。


「あたしも六花ちゃんと同じ考えかな?」

「一緒にしないで」


 仲良くして。


「つい感情的な態度を見せちゃってごめんね。熊野くんに嫌な思いさせちゃった。横柄な態度のお客さんを相手するの、気が滅入っちゃったかな?」

「そんなことっ、全然あったけど」

「ははは! 正直だね、君は」


 高陽田さんがうんうんと頷いた。


「でも、あたしたちをダシに使って仕事を抜けるつもりは感心できないかな?」

「そんなことっ、全然あったけど」


 つい正直が出ちゃうのが、僕の悪い癖。隠してきたけど実は、労働が嫌いです。


「過酷なアルバイト生活に耐えられる体力が、もう」

「プー太郎」

「アットホームな職場なので、毎日粉骨砕身で奉仕します。社員はファミリーッ!」


 すなわち、働いてる時も実質家で休んでるだろ? オメーの休憩ねえから。


「少なくとも、プレミアムプランは続行します。2人の気が済むまで」

「2人……? 待ちなさい、あたしと高陽田って意味かしら?」

「精神的ダメージの余波でつい口を滑らすけど、月冴さんと高陽田さんが僕のクライアント。目下、2人はともだちレンタル継続中だよ」


 図らずも、僕はポロリした。

 守秘義務? 機密保持? とある計画にそれは邪魔だ。問題があるなら、本当にクビにすればいい。喜んで! もとい、忸怩たる思いで解雇されよう。部長判断でオーケー。


「あ~、やっぱりそうなんだっ。なんとなく、予想してたけどね」

「あんた、気付いてたわけ!?」


 目を大きく見開いた、月冴さん。


「うん、さっきのやりとりでやっぱりなぁ~って確信したよ」

「どうして」

「どうして、それを早く言わなかったか? 熊野くんが黙ってたから。騙すために隠す人じゃないし、多分依頼人とか仕事の内容は話しちゃいけないのかな?」


 高陽田さんは、僕にウィンクをくれた。


「理由は人それぞれ。センシティブな内容。君は秘密を守るからね」

「告げ口する相手がいないだけです」


 僕の認知度と信頼度では、最初からオオカミ少年。

 繰り返さなくても、1度でウソと伝わるよ。悲しいね。


「ふーん、照れなくてもいいのになぁ~。あたしは感心してるのに」

「プー太郎はわたしのネタを、高陽田に何も言わなかったわけ?」

「全然聞いてないよぉ~」

「あんたに聞いてないわ。まったく、プー太郎らしいじゃない」


 月冴さんは、艶色のロングヘアーを払った。


「高陽田の件は驚いたけど、特段何か変更する必要ないでしょ。あっちの事情は興味ないし、詮索しないわ」

「あたしも、同好の士の存在がサプライズだったよ。六花ちゃんが熊野くんにご執心なワケ、すご~く気になるけどなぁ~」

「――」


 無視である。

 あの熊野風太郎でさえ、これほど気に留められない経験など滅多にない。

 ……ごめん。見栄を張っちゃった。稀によくある蔑ろっぷりだったね。

 アウトオブ眼中の申し子がどこ吹く風に受け流されて、共感性羞恥を発揮しつつ。


「謝罪が済んだところで、今日の本題を伝えてもいい?」

「どうぞ」

「手短にね」


 2人が続きを促した。

 可愛い子と綺麗な子の視線が突き刺さり、僕はビクッと反応してしまう。業務上いくら交流しても、未だ慣れない羨望のオーラが眩しかった。


「僕が担当の、ともだちレンタルを利用する2人に提案がありまして」


 何もしない人が聞いて呆れる。出しゃばるな。

 心中、もう1人の僕が警鐘を鳴らした。


「前々から感じてたことを発表します」


 お前ごときの意見など軽んじられる価値すらない。余計な真似を、失望させるな。

 ――1番困るのは、お前じゃないんだぞ?

 己の愚行を重々承知で、胸の鼓動が鳴り止まない。

 否、それでも震える唇を必死に動かした。


「プレミアムプランに加入した、月冴さんと高陽田さん。やっぱり、2人が仲良くなればいいと思う」

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