第38話 激励
帰宅。
「プーちゃん、六花さんとケンカしたん?」
「お前もかい、妹よ」
自分の部屋で着替えていると、突然楓子が詰め寄ってきた。きゃーエッチ。
「だって、1週間くらい表情が暗いんだもん! まるで、残業続きで生気の抜けた中年サラリーマンのごとくっ」
「疲れた顔はいつもだろ」
「確かに!」
そして、納得である。
「って、そうじゃなくてさ! いつもは、覇気のない表情でしょ? 今回はなんか、やるせないおセンチな表情で、違和感フェイスだったの。全然似合ってなくてマジウケた」
「正直な感想ありがとう。それがなぜ、月冴さんに繋がるんだ?」
僕が首を傾げるや。
「え、最近プーちゃんがお熱なの、六花さんじゃん。他に何があるんだい?」
さも当然と言わんばかりに、目を丸くした妹。
「言っとくが、仕事の付き合いだぞ」
「またまたぁ~。照れちゃって、我が兄は思春期かい?」
テヘッとウィンクされた。イラッ。
「お熱ねえ……何もしない人は、特定の誰かに熱心にならないよ」
「へー? でも、誰かじゃなくて、六花さんならできるでしょ?」
妹は僕にまとわりついて、屈託のない笑みが弾けた。
「楓子が焚き付けたい理由は分からんけど、相手してくださいと下手に出る予定だぞ」
「およ? な~んだ。もうやる気が戻ってたん? 善きかな、善きかな。これ以上、ダラダラするつもりなら、タイキックだったぜ?」
「年末の笑ってはいけない。やらなくなると、見たくなるもんだ」
大晦日をしみじみと振り返るや、楓子が少し不満げに。
「プーちゃんはだらしないし、ぷりちーな妹が励まそうと思ったのにさ。どこかの誰かさん、げきを飛ばしてくれたようで感謝だよん。もしかして、友達できた!?」
「いや、人材派遣部の上司的なサムシング。ハラスメント顔だけど、メンバーのコンディションを大事にする稀有なリーダー」
手持無沙汰なのか、妹が脇をくすぐってきた。やめて。
「兄に人の優しさと触れる機会を与えてくれたなんて、お歳暮送らないとっ」
「優しくはない。事業存続。黒字維持のために、何でもする人だから」
初代部長からの預かりもの。守りたいのだろう、何もしない人を使ってでも。
僕は、ベタベタお触りしてくる楓子を引きはがした。
「可愛い私におざなりな対応! ひどいっ。おに! あくま! プー太郎!」
「ほーん、せっかく誕プレ渡そうとしたのにな。アイパッド、返品し」
「兄者、愛してるよぉぉおおーんんっっ!」
歓喜に打ち震えた妹が僕に向かって飛びついていく。ベッドへダイブイン。
「プーちゃんはやればできる子! 自慢は……まあ横に置いといて、リアルガチのシスコンで困っちまうぜ。付き合わされる身にもなりたまえ!」
「頬っぺた、グリグリするのやめたまえ」
「好いではないかぁ~、好いではないかぁ~」
妹の執拗なまさぐりに、僕の初めては奪われた! ぐすん。
俗に言う、シスハラだった。
「プーちゃん! 最低限、これくらい六花さんに寄り添うんだよん。極めて、スキンシップじゃぁ~っ!」
「僕がやったら、セクハラで捕まっちゃうけど」
「確かに――ピーッ。いやぁ~、あの人はいつかやるんじゃないかと思ってました!」
インターホン越しのご近所インタビューやめろ。君、親族側でしょ。
「ちゃんと仲直りしたまえよ? 彼女は私の、義姉になるかもしれない女性だッ」
「いや、それはないね」
別に、告白しに行くわけじゃない。玉砕コース、回避せよ。
月冴さんも色恋沙汰を所望したわけにあらず。
果たして、彼女の要望をもう一度考え直してみれば――
「僕にベストな案は閃かない。今よりちょっと、気が紛れるだけ」
楓子に元気を押し付けられ、僕は仕方がなく超過分を消費することに。
残念ながら、依頼人ズが抱える問題を同時に解決する主人公パワーを持ってない。
秘められし力の覚醒パートなど、今更期待できないだろう。
たとえ終始地味な話し合いが続いたとしても、やり遂げなくてはならない。
2人には、ともだちレンタルを利用したことを後悔してほしくなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます