第37話 発破

「オメー、お嬢さんとケンカしやがったか?」


 視聴覚室へ赴くと、部長が尋ねた。


「ケンカできるほどの仲じゃありません。それ、友達同士の諍いでは?」

「カァーッ。プー太郎の意識の低さは病気だと思ってたが、こりゃ重症だぜッ」


 大仰にやれやれと肩を落とした、部長。


「ただの性質です。今更どうしました? 僕の性格や能力、言動に至るまで、この学校でわりと把握してるのは部長でしょ」

「ああん、初代がバックレやがったからなあ! ったく、不良品押し付けやがって」

「お、退部案件ですか? 君、明日から来なくていいから!?」

「目を輝かせるな。足手まといを見捨てねえのが、俺の人徳のなせる業よ!」


 そして、ドヤ顔である。


「……流石です。部長の懐の深さに脱帽……はあ~」

「露骨に嫌がるな、プー太郎。話を戻すが、1週間新しい依頼が入ってねーぞ。これはオメーが粗相をしでかし、依頼人を怒らした。それ以外、考えられないよなあ?」

「僕はいつも、何もしません。人の感情に作用できるほど、影響力がないのがウリです」


 ともだちレンタルを利用する際、僕がもたらす1人分のスペースに納得したはずだ。


「今回のサブスク計画は失敗でしたね。プレミアムプラン不評につき、サービス拡大は中止。来月は、細々と隙間営業に戻ります」

「ケッ、甘いな。ちょっと失敗したくらいで俺様が諦めるわけねえだろ?」


 部長は、僕の肩に重圧をかけた。


「失点したなら、取り返せばいい。ともだちレンタルは、お客様を満足させる商売だ。責任を果たせ。プー太郎が何もしないでミスったなら、何かしやがれッ」

「でも、コンセプトが」

「そんなチャチはどうでもいい! 即刻、捨ておけ。第一、オメーにプライドはないんだろ? すでに一度、お嬢さんを嫌な気分で帰らせた。何もしないは、ただの言い訳か?」


 ニヤリと笑みを漏らした、部長。


「プー太郎よ。俺は、できない奴にできないことをやれとは言わねーぞ。人材派遣部の部長は、酔狂だけじゃ続けられないからな」


 たまに見せる真面目な先輩に、僕は黙って頷くばかり。

 この人は、お節介が過ぎる。使えない奴なんて、追い出した方が簡単なのにさ。


「まだ、利用期間は残ってます。守銭奴な部長が返金対応を拒否する以上、僕がクライアントに相手をしてもらわないといけないのか」

「おう、決まってんじゃねえか。なんせ、うちはブラックな職場環境だろ?」

「そこは改善してください。訴訟も辞さない」


 部長は、ハッハッハと爆笑。いや、誤魔化されませんけど?


「ったく、面倒な部員が多くて困ったもんだ。猫の手も借りたい忙しさだな」

「<ねこのて>になるのが、我々の仕事では?」

「初代の皮肉を真に受けるな。あの人の信者は、厄介極まりない連中だぜッ」

「怪しげな営利団体に加わるくらい、信用しちゃいましたね。部長と同じです」


 そうだなと、部長が苦笑する。

 僕もつられて笑った。

 問題は何も解決してないけれど、もう一度フラットな距離感を量ろうと思った。

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