第32話 レモネード

 数年前に流行った、レモネード専門店が生き残っていた。

 当時、高陽田さんはハマっていたらしく一緒に注文した。


「う~ん、久々の味だよ。ビタミンCが効くねぇ~」

「レモンにビタミンCは、言うほど含まれてないみたい」


 僕は、店の至る所にインテリアとして配置されたレモンを眺めるばかり。

 立ち飲み席で追いレモンをキメた、高陽田さん。レモ汁、ブシャー。


「ひょっとして、熊野くんは物知りかな? クイズとか強そうだね」

「全然。この前、部長が得意げに語るもんで耳に残ってた」


 カウンターの人に呼ばれ、僕はレモネードソーダを受け取った。

 一口飲めば、ハチミツレモンの爽快感と炭酸のシュワシュワが口に広がっていく。

 プラカップはオサレなデザイン。店のロゴ看板と合わせてSNSに写真をアップ。


 女子ウケを狙ったバズらせ作戦は、功を奏したらしい。

 もちろん、熱狂的なブームほど冷めるのは一瞬。泡沫のレモネードか。


「そっちはレモネードソーダ注文したんだ?」

「初めての専門店、結構好きかもしれない」

「気に入ったのかな? あたしも、ソーダ飲みたいなぁ~」


 チラチラチラと、おねだり光線が飛んできた。楓子がよくやる仕草。

 視線に耐えかね、僕は召使いよろしく献上品を差し出した。


「あの、よければどうぞ」

「え、いいのかな? 催促しちゃって、悪いよね」

「貰えるまで粘る意志を感じた。依頼人にサービスするのが僕の仕事だから」

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおっか。いただきまぁーす」


 高陽田さんは嬉しそうにカップを両手で支え、ちゅーちゅー飲んでいく。

 すぼめた口がアヒルを連想させたクワッ。


「美味しいっ。刺激がクセになるね」

「高陽田さんが満足そうで何よりです」

「あ、いけない。つい、ほとんど飲んじゃった」


 やっちゃった、と舌ペロ。


「別にいいよ。お茶持ってきてるし」

「そうはいかないよ。代わりに、こっちのレモネードと交換ね」

「え」


 高陽田さんにレモネードを差し出され、僕は戸惑った。

 先方といえば、学校のツートップ美少女である。今更か。

 彼女が口を付けたドリンクなんて、オークションにかければ会場騒然の逸品だ。


 そんなブツに冴えない男子が粗相したと露見すれば、暴動が起こる。

 普段、空気と一体化した熊野風太郎でさえ注目を受けるだろう。

 たかが、間接キス。されど、間接キス。プー太郎、体育館裏に呼び出し確定な。


 否、僕たちの学校にイジメは存在しない! 担任さまの言う通り!

 問題は、釣り合わない立場。カースト制度は飛び級を許さないのだから。


「こちら、謹んで返品させていただきます」


 将来を憂いて、僕は自己防衛おじさんと化した。まだ若いよ。

 僕の心情を知ってか知らずか、高陽田さんが不服そうに口を尖らせて。


「ふうん、熊野くんはあたしのレモネードが飲めないと申すのかな?」

「まことに遺憾ながら、検討段階でして」

「ショックだよぉ~。あたしの飲みかけ、そんなに嫌なんだね」

「当方もご期待に沿えない結果だと自負しております」


 なんちゃってビジネス会話は得意だ。もうしわけー。

 今後ますますのご活躍をお祈り申し上げたところ。


「これはクレーム案件だね。部長さんに抗議しないと」


 高陽田さんが風船のごとく頬を膨らませた。


「部長はお金が絡むとうるさいからな。どうにか機嫌を直してください」


 下手に出るに関して、僕より上手な奴はあまりいない。平伏せよ。


「あたしは傷つきました。レモネードを飲んでくれないと、もう立ち直れないからね。美味しそうに全部飲むんだよ? いっき、いっき」

「客の横暴……っ!?」


 俗に言う、カスハラである。

 ハラスメントには立ち向かう所存だが、高陽田さんの満足度は重視したい。

 ピコンと、スマホにメッセージが。


 ――あんた、いつまで待たせるつもり? そんなに高陽田と一緒にいたいわけ?

 別の顧客からもクレームが入った。月冴さん、激おこぷんぷん丸(死語)。

 ダラダラと遅延戦術を展開する猶予など残されていない。


 妙案、閃かず。仕方がないと、僕は覚悟を決めた。

 先方のレモネードを受け取るや、ストローを凝視した。

 細かいこと気にしたら、負け! でも、気になっちゃう。プー太郎、繊細でして。


「熊野風太郎、いきまぁーす」


 全ての懸念を棚上げして、ゴクゴクと一気飲み。

 甘さと酸味が、疲弊した脳にひと時の清涼感を与えていく。


「うわぁ~、すごい飲みっぷりだね。あたしのレモネード、全部なくなっちゃった」

「これで期待に応えられた?」

「大満足。でも、もう1回見たいなぁ~。おかわり注文していい?」

「の、ノーサンキュー……」


 地球に優しい僕は、ゴミをちゃんと分別して捨てた。

 心中、サステナブルなる見えない何かに踊らされながら。


「急用が入ったんで、行ってきます。高陽田さん、ご用件があれば連絡して。なるはやで戻って来るから」

「なるほどね。六花ちゃんに呼び出されたかな?」

「そ、それは、どうだろう」


 初見看破されました。多分、金魚くらい目が泳いでる。


「あたし、プレミアム会員なんだけどなぁ~。置いてきぼりは寂しいね」

「これは、本当に返す言葉もございません。まことにすいません」


 実は、あちらもプレミアムプランです。

 依頼人の使用履歴は口外しないため、言い訳を必死に考えたタイミング。


「六花ちゃんと仲良くしたいんだけどね。熊野くんほど上手くいかないなぁ~」

「僕は、ただの荷物持ちだよ。お近づきの件、月冴さんにそれとなく促してみる」

「頼んだよ、君だけが頼りなんだっ」


 高陽田さんはレモネードソーダを飲みながら、いってらっしゃいと送り出してくれた。

 そそくさともう一方のプレミアム会員の元へ急いだ、僕。


ともだちレンタルの同時進行は、スケジュール管理がきつい。進捗、ダメです。

それ以上に、レモネードでお腹をタプタプさせて走るのはきついと思いました。

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