第29話 解散

「わたしに妙案があるわ」

「良い案だね。即採用かな?」

「……っ、遠足班で出席が済んだ以上、徒党を組む必要はもうないでしょ。ここから先は好きにさせてもらうわ」


 月冴さんは、優雅にロングヘアーを払った。


「えぇ~、一緒の班になったのに残念。あたしはみんなと回りたいけどなぁ~」

「建前は不要よ。高陽田のみんなって、いつも騒いでる輩たちでしょ?」

「今日は、あの子たちと合流する気はないよ。せっかくのチャンスだからね」

「ふーん?」


 高陽田さんの言い回しに、月冴さんが疑いの目を向けた。


「ある程度一緒に回ったら、六花ちゃんと同じ提案するつもりだったよ。自由行動、大いに賛成かな?」

「いつでもどこでも、団体で群れる高陽田が1人で平気なわけ?」

「もちろん、平気! 絶好の……いやぁ~、どうかな?」


 朗らかな笑みを携えた、高陽田さん。


「ちょっと寂しいね。心配だなぁ~」

「ほら、言った通りじゃない。お仲間に迎えに来てもらいなさい」

「そうだっ。熊野くんに付き添い頼んじゃおうっと」

「は? 遠慮させてもらうわ」


 僕の代わりに、月冴さんが返事をした。


「六花ちゃんには聞いてないけどね。おーい、こっそり帰宅を企む熊野くん。出番じゃないかな?」

「ギクッ」

「ギクッ、だってあはは!」


 2人の諍いに乗じて、僕は行方不明になる算段だった。

 指示待ち人間であると同時、長時間放置で隙あらば帰宅しちゃう習性ゆえ。

 ――やる気がないなら、帰れ! はい、分かりました! おつかれっしたぁー!


 僕のパッシブスキル(強制)・ステルスムーブを看破するなんて、高陽田さんは本当に周囲へ目を配っていた。ぜひ、鷹の眼の称号を進呈したい。


「いや、違うよ? 電車に飛び乗れば、僕の勝ちとか全然思ってないよ? できるだけ距離を稼いで、物理的に合流しにくい状況など狙っておりませんとも。間隙をつき、裏方くんと合流するのもやぶさかでは」

「熊野くん、ペラペラ流暢に喋るキャラだったかな?」

「語るに落ちたわね」


 見目麗しい女子たちに詰問されるなんて、望んでもなかなか経験できないね。わーい。

 僕は渋々、もとい黙々と元の位置へ戻されていく。


「そういえば、寡黙さがウリのハードボイルド路線だったね。キャラが迷走しちゃった」

「冗談は顔だけにしなさい。あと、言動と態度」

「君は変に生真面目だからね。ハードボイルドはないかなぁ~」


 そして、散々である。

 どう足掻いたところで、仕事をワーク(多重表現)しないとダメか。はあ~。

 ため息を吐いた途端、右腕を掴まれた。

 あ、嘘ですっ。労働の喜びを噛みしめたところですよ!


「プー太郎は、わたしが預かってあげるわ」

「六花ちゃんこそ、1人で過ごしたいんだよね」

「別に、気が変わっただけよ」


 月冴さん、僕を強めの拘束。


「一応、4人組を作るために奔走した功労者よ。即解散の流れだけど、感謝してるもの。ご褒美をあげないと、報われないじゃない」

「それならあたしに任せてほしいなぁ~。熊野くんをたっぷり労っちゃおうかな?」


 高陽田さんが、甘い香りと共に僕の左腕を絡め取った。

 もにゅっ、と柔らかい感触が押し付けられる。ナンダロナー。

 よく分からないので、豊穣なる弾力について精査すべきと即決した頃合い。


「高陽田に苦労はかけないわ。わたしが対処するから」

「いやぁ~、あたしは純粋に熊野くんと出かけたいだけだよ」


 右に引っ張られ、左に引っ張られる。


「この時間が徒労よ! プー太郎を渡しなさいっ」

「六花ちゃんが離すまで、こっちは譲らないからね」


 やめてっ、何もしない人のために争わないで! できれば、何もしないで!


「いでででで! 腕、取れちゃうから。ストップ、ストーップッ」


 ムキになってヒートアップし続ける2人を宥めた、僕。


「ひとまず、落ち着いて」

「そもそも、あんたはどっちと行きたいわけ?」

「え!?」

「熊野くんが、相手を決めれば解決だね。まあ、聞くまでもない選択かな?」


 月冴さんが眉根を寄せて詰め寄り、高陽田さんは陽気に小首を傾げた。

 美少女に迫られるとは、なかなかどうしてラブコメ主人公。

 いやさ、僕の場合は好意ではなく業務。先方共々、ともだちレンタルの利用者だ。


 どちらかを優先させれば、どちらかが後回しになる。

 どちらも、プレミアムプランの上級会員。どっちかなんて選べない。

 助けて、部長……っ! 利益損失の危機ですよ!


 僕の懇願むなしく、救いの手はけっして差し伸べられなかった。窮地に陥るや、友達のいない僕は己の機転で生き残る他ない。人生万事、セルフサービス。


「分かった! 2人が一緒に仲良くショッピングして、お邪魔な僕が退散し、」

「却下」

「だぁ~め」


 万策尽きた。

 何もしない人は、答えを導けない。何も決めないを決める人だから。

 僕の意見はいつも見過ごされる些事ゆえ、急に求められても対応しかねます。

 半ばやけくそ気味な僕。ええい、ままよ(ママじゃないよ)!


「じゃあ、ジャンケンで。勝った方に付いてく。その後、負けた方に合流する」


 頭を悩ませた結果、テキトーな考えしか思い浮かばなかった。


「僕は、いてもいなくても影響力がカロリーゼロと同じ実質0。月冴さん、高陽田さんは順番に頓着するような癇癪持ちじゃない。どうぞ、ジャンケン。さぁ、ジャンケン」


 するりと魅惑の拘束を脱して、僕は柄になく強気な姿勢を発揮する。


「逃げたわね、意気地なし」

「優柔不断な態度は、優しさとは言えないよぉ~」


 クライアントたちが不服そうに、不平不満を漏らした。

 僕は、甘んじて三重否定を受けざるを得なかった。土下座いる?

 仕事とは一に根気、二に我慢、三、四はセットで忍耐だ。

 不屈の精神? 出勤ラッシュの途中でなくしちゃったよ、屈します。


「熊野くんが困っちゃったみたいだし、ジャンケンしよっか」


 高陽田さん、何もしない人の期待にすら応えた采配。

 なるほど、気配り上手なキャラに疲れてしまうわけだ。


「プー太郎は、美人にこき使われて喜ぶ奴よ。むしろ、甘やかさないでちょうだい」


 月冴さん、クールに手厳しい。熊野風太郎について、解釈違いだった。


「六花ちゃんは勝つ自信がないんだね。順番、お先にどうぞかな?」

「は? わたしが高陽田に臆するとでも? 施しは不要よ。勝ち取るから」

「あたし、ジャンケンは負けたことがないなぉ~。あとで文句言わないでね」

「ふん、無敗は趣味じゃないの。常勝以外、興味ないわ」


 月冴さんの瞳に覇気が宿り、艶色の黒髪をなびかせた。

 常勝と無敗。似てるけど、全然違う。


「うんうん、そうでなくっちゃ」


 高陽田さんが満足そうに頷いた。


「それじゃあ、いくよぉ~。じゃーんけーん」

「――っ!」


 必勝対無敵。そんな構図だった。

 果たして、

 その結果や、如何に――

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