第28話 集合

 東京駅の学生待合所は、混雑していた。

 他所の学校も遠足や修学旅行らしく、学ランとブレザー姿がごった返している。

 集合場所に到着したのに、顔見知りの姿が窺えない。まさか、置いていかれた?


 本当に、熊野風太郎に知り合いがいたのか? 今までの出来事、全て妄想ではないか?

 そんな問答をされてしまえば、はっきり否定できないのが悲しいところ。


「熊野氏」


 胸を打つ言葉に振り返った。


「裏方くん、健在だったかっ」

「然り! いやー、盛況ですな。拙者、東京駅なる魔の巣窟にて迷走したで候」


 ぼっち同志が1人、裏方くんと合流を果たした。

 これで元気百倍、百人力……といかないのが、ぼっち同志。

 半人前が2人いても、一人前には届かない。


「都会慣れしてない人は必ず迷うらしいよ、この迷宮」

「でゅふ、さしずめ東京ダンジョンでござるな。構内に溢れ出す瘴気。魑魅魍魎が跋扈せし地下鉄! ほむんほむん、拙者閃きましたぞ! 大作ラノベ、予感あり!」


 裏方くんは、ラノベ好きが高じて、ラノベ作家を志している。

 時々、彼のネタ集めを手伝わされた僕。


 実際、使えそうなネタ、面白そうなコンセプト、サブカルへの造詣の深さ、雑学などの多彩な知識を持っていた。なるほど、ラノベ作家を目指す土台作りは完璧だ。

 否――


「でも、裏方くん。ちっとも長編書かないよね? この前豪語してた、異世界コンビニ・うちのクレーマーはガチでモンスターな件!? あれ、どうなった?」

「……フ、風太郎殿。拙者、インプットの時期は断じて筆など執らんよ。いくら焦ろうとも、真の原稿は完成しないでござろう。じっくりと好機を待つ。無我の境地ですぞっ」


 この通り、言い訳ばかり達者だった。

 センスと時間を持て余した、裏方くん。いざ長編に着手する段階で、あれこれ難癖と粗探しに興じて、プロットを否定する。構想無限大、制作期間0の超大作にご期待あれ。


 とにかく、原稿を書きたくない。ある意味、作家の才能を秘めた表れかもしれない。


 小説のハウトゥー本は極めて読みづらいでござる! まず己が出版物にハウトゥーを実践してほしいものですな! もっと楽に新人賞を取れる方法を、簡単にご教示願いたいで候! フヒヒ、サーセン。


 裏方くんの主張はさておき、支柱の裏に担任を発見。

 高陽田さんと、少し離れた壁に月冴さんが寄りかかっていた。

 高陽田さんが素早く僕に気付いてくれた。俯瞰してるのかな?


「あ、先生ぇー。あたしたちの班、全員揃いましたぁ~」

「ああん? おい、高陽田。熊野が来てないだろ。いるかいねえか分らん奴だが、流石に存在を無視するのはイジメだぞ。1年2組に、イジメはない。いいな?」


 僕たちの学校に、イジメは存在しない。僕の存在より重要な確認だね。


「先生、僕はここにいます」

「ひゃっ!?」


 眠そうな担任が驚愕に目を見開いた。


「く、熊野!? お前、どこから現れやがった?」

「正面から普通に」

「そ、そうだったな。ちょっとよそ見してて、気付かなかった。ハハハ」


 先生は、すまないと笑った。


「先生いけないんだぁ~。熊野くん、辛いよね。傷心で学校来れなくなっちゃう」

「平常運転だよ。これが僕の日常風景」


 二度見で済めば、視界良好である。あなたの視力は正常です。


「と、とにかく! 点呼取るからな。高陽田、月冴、裏方、熊野。全員揃ったか?」

「はぁ~い」


 高陽田さんが代表で挙手した。


「よし、節度を保って東京遠足に行って来い。一応言っとくが、羽目を外すなよ? 俺が迎えに行かなきゃならん状況だけは勘弁しろ」


 あくまで自分本位な担任に送り出されるのであった。

 団体さんの邪魔にならないよう、待合所の端っこに陣取った4人。


「そういえば、班作りに満足して、どこへ行くか相談しなかったね」

「無計画ね。先が思いやられるわ」

「六花ちゃんが仕切って決めてくれれば良かったのにねぇ~」

「ふん」


 先が思いやられる2人だ。

 決めることが最も苦手な何もしない人は、決定権を無条件譲渡すれば。


「同志よ」


 裏方くんに手招きされた。

 他のメンバーに聞かれたくないのか、少し距離を置いた。


「拙者、馳せ参じねばならぬエデンがあるゆえ、これにてドロン」

「え、マジ?」

「本気と書いて、マジでござる。火急の件につき、もはや一時の猶予も皆無で候」

「……如何に?」


 裏方くん、無駄に低いボイスとイケメン風の作画だった。作画?

 彼が発した緊張感が伝わり、僕はごくりと唾を飲むや。


「無論、女性声優さんの新曲ライブ&トークショーに決まってるでござろう!」

「え、何だって?」

「笑止! アキバにて、人気ナンバーワン声優の限定イベント開催なりや! 拙者は……拙者は、参加することを強いられていますぞぉぉおおおーーっっ!」


 裏方くんは、僕の制止を振り切って。

 疾風迅雷と怒濤を詰め合わせたような勢いで走り去ってしまった。

 呆気に取られた僕は、率直な感想がこぼれた。


「やれやれ、裏方くんは真の相棒じゃなかったようだ」


 この場合、裏方くんが主役の追放ものが始まるのか?

 確かに、彼が抜けてしまいパーティーは瓦解しそう。いたところで崩壊は間近だよ。


 追放より、僕が一方的に置き去りパターン。新しく放置ものがブームの兆し?

 ウェブ小説の流行も裏方くんは詳しいので、やはり追放ものだと思いました。

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