第26話 利害の一致
校舎屋上に繋がる階段の頂にて、依頼人を発見。
先方は体育座りの恰好で、俯き加減に体を丸めていた。
階段を上る音にピクリと反応する。
「……笑いなさいよ」
「別に笑わないよ」
「1人すら満足に誘えなくて呆れたでしょ?」
「いちいち皆に注目されると、途端にできなくなるやつ?」
疑問形なのは、久しく注目された例がないゆえ。悲しいね。
「プー太郎の手を煩わせたのに、ダメだったわ」
「失敗すると凹むよね。僕は、失敗が当たり前で慣れたけど」
「あんたはいつも達観気味ね」
「ただの諦観です。何もしない人は、流されるだけだから」
月冴さんの隣に腰を下ろした、僕。
「一応言っとくけど、ともだちレンタルの主なサービス内容は代行業。月冴さんがやれと命令すれば、僕が高陽田さんに遠足班の件をもろもろ頼むよ。面倒は投げ出すに限るね」
率直な感想だった。できない、やりたくない。楽をしたい。大いに結構。
「あなたはすでに、対価をじゅうぶん支払っています。どうしますか?」
何もしない人が無感情に尋ねた。
冷淡な態度の請負人に、依頼人は普段の冷徹さを潜ませて。
「……やだ。ここで押し付けたら、もう変われないじゃない」
「月冴さんくらいの人には、いくらでもチャンスが巡って、」
「それにっ。プー太郎がただの雇人になっちゃうでしょ。対等に、なれないわ」
間違っても、僕と月冴さんは根本的に対等じゃない。
彼女は人生という平坦ならざる道で少しばかり躓いてしまったが、きっかけを掴めばいくらでも踏破できる存在だ。意思も力も持っている。
僕の場合、やる気を出すほど空回りして酷い結末を迎えるだけ。
昔、通知表のコメントに、君は向上心の欠片もない、と記載されていた。
熊野風太郎を的確に捉えるなんて、クラス全体を俯瞰できたに等しい。
なるほど、かつての担任は優秀だったか。さしづめ、万能教師か。
いや、僕の過去は捨ておけ。目下、関心事は月冴さん。
「やっぱり、諦めない人か。じゃあ、今度は人気の少ない場所で挑戦しよう」
「……あんた、わたしを試したわけ?」
「何もしない人は、先方の希望に寄り添うだけ。言われたら従うだけ」
「ふん、誘導したのがバレバレでしょ。プー太郎のくせに生意気よ。うざ」
月冴さんに、熱を秘めた冷たい眼差しが戻った。
「いててぇ~」
なぜか、僕は頬をつねられた。暴力、ダメ絶対。
クライアントの違反行為に、僕はプレミアムプラン解除を告げる寸前。
「熊野くん! ここにいたのかぁ~、探したんだからねっ」
高陽田さんがひょっこり顔を出す。
同じタイミング、月冴さんはどこ吹く風で手を引っ込めていた。
「高陽田さん、わざわざこっち来たの? いつメンが心配するよ」
1軍グループって、どこへ行くも一緒じゃないの? 単独行動は悪だよね?
偏見はそこそこに、そもそも連中を束ねるお方が高陽田さんである。
「聞いてた予定と違うからね。おかしいなぁ~、問題発生かな?」
「問題は発生してない。ちょっと意気込みが引っ込んじゃっただけ」
「ふ~ん?」
ニコニコ笑顔の高陽田さん。クラスの人気者がそこにいた。
「六花ちゃんが、あたしと話したいって聞いたけどなぁ~。ご用件は何かな?」
「まず、その偽りのキャラをやめてちょうだい。虚飾まみれな仮面を外しなさい」
初手、否定。
思いがけぬ先制パンチを受け、高陽田さんがパチクリと瞬いた。
「やっぱり、見抜かれてたかぁ~。今まで相手にされなかったのが頷けるよ。慧眼だね」
「高陽田の振る舞いを見れば、すぐ分かるに決まってるでしょ。のぼせていなければね」
「あたしは、六花ちゃんみたいに強い人じゃないんだ。嫌でも守りを選んじゃう」
「処世術を否定する気はないわ。わたしには実現できない技量に驚嘆するばかりよ」
僕を置き去りに――置き去りは常々だが、謎の応酬が繰り広げられた。
「ねえ、プー太郎を騙してどうするつもり?」
「人聞きが悪いなぁ~。別にどうもしないよ。いろいろとお願いはするつもりだけど」
「どゆこと?」
突然のぶっこみに、僕は首を傾げるばかり。
「あんた、バカなの? 冷静に考えて、クラスの人気者で可愛い女子が、パッとしない男子と一緒の班を結成したいわけないでしょ。冗談は薄っぺらい存在感だけにしなさい」
「正論すぎて返す言葉はないです。異議なし」
「じゃあ、どういうつもりよ?」
依頼人の事情はペラペラ喋らない。やる気のない僕も、最低限のルールは順守する。
「僕は単に、仕事で1人分のスペースをお貸しする立場でして、えぇ」
「急に他人行儀な態度で誤魔化さないでちょうだい。きも」
クライアントの理不尽なクレーム。社畜は辛いよ。はよ、辞めたい。
「あたしが怪しいなら、六花ちゃんも同じくらい不審だけどね」
「わたしが? どこに高陽田ほどおかしな点があるわけ?」
「どこと言われれば、全体的に。学校で1番の美人さんが冴えない男子を捕まえて、すごく重宝してるみたいだからね。これを怪しまないのは無理があるなぁ~」
「……っ」
高陽田さんが、名探偵よろしく顎に手を当てた。
言葉に詰まった、月冴容疑者。
これで、証拠を出せ! と嘯けば、十中八九犯人はお前だっ! 何の?
「とりあえず、僕がディスられディスカッションは勘弁して。やっぱ、辛いよ」
「あたしは、熊野くんの真価に賭けてるよ。だから、ここにいるんだけどな」
「来てくれて助かります。高陽田さんの気配り上手は伊達じゃない」
「期待通りに動くのは得意だからね。役に立ったかな?」
そっと目を伏せた、高陽田さん。
自嘲的に聞こえたものの、もう1人の依頼人は容赦なく応じた。
「ふん、プー太郎を甘やかさないでもらえるかしら? かすかな希望を与えたくせに、無残に奪うなんて酷な話じゃない? こいつは調子に乗った途端、すぐ下手を打つわ」
「断言しちゃうねぇ~。2人で喋ってるとこ、ほとんど見たことないけどな?」
「それはこっちのセリフよ。高陽田こそ、いつも4人の召使いに担がれてるじゃない。クラスの女王様が、戯れに下人と火遊びに興じたいわけ?」
月冴さんは、挑発的に綺麗な脚を組んだ。
どちらかと言えば、月冴さんが綺麗な女王で、高陽田さんが可憐な姫のイメージ。
「……」
「……」
嗜虐的な笑みとニコニコスマイルが、バチバチと火花を爆ぜた。
ただの下人に、苛烈なプレッシャーを耐える術はなく。
「ちょっと、待って」
「なによ」
「なにかな?」
視線一閃。
刹那、デッドラインを超えそうになった。走馬燈が駆け巡っていく。
否、碌な思い出があらず、現実を取り戻した。三途リバー、Uターン。
「妙に2人がケンカ腰だけどさ、ヒートアップする必要がないよ。もっと、クールに、」
「誰のせいで、わたしが魔性の女と対峙してると思ったわけ? あんたのせいでしょ」
「あたしは穏便に済ませたいけどなぁ~。でも、熊野くんを魔の手から救わないとね」
「「――ッ!」」
いかん、このままでは闘争に発展してしまう。世界に平和が訪れないわけである。
……どうしてこうなった? 僕、また何かやっちゃいました?
何もしない人は基本的に、何もしないので怒られるのだが。
「本題! 遠足の班作り! 2人には、一緒のグループになってもらいます」
話し合いで解決する理想論を初めて信じた瞬間だった。
「ふん、仲良く観光はできないわね」
「ひょっとして気まずいのかな? あたしのウォークマン、貸してあげよっか」
もはや、目を合わさなくなったご両人。
代わりに、僕を睨んだりつつかないで。ともだちレンタル、きついっす。
「正直、友好関係には期待できそうにないね」
「当たり前じゃない」
「みんなと仲良くする仮面、持ってるけどなぁ~。あ、今日はもう外しちゃったかな?」
もはや、収拾を付けること叶わず。
名司会じゃない僕は、自分の役割だけ全うしよう。
「しかし、利害は一致してるはず。それぞれの事情、思惑、その他諸々、人生いろいろですが、嫌でも組んでください。ここで断ると、お互い最初からプランを練り直す羽目になってしまう。それを回避したい願望だけは、必ずや一致できますね。ねっ」
「残された時間は少ないし、理屈は分かるわ」
「感情的な部分が納得してないよね」
「もっと前向きに検討させてちょうだい」
「交渉成立を狙うなら、奥の手を披露してほしいなぁ~」
この人たち、僕を困らせるために協力していないか?
即席のチームプレイなのに、息が合っていた。犬猿の呼吸? 阿吽は何処。
いかんせん、熊野風太郎は企画書を通せるほどプレゼン上手じゃない。
キャッチーなコンセプトなど思いつかず、白状した。
「僕は理由がどうあれ、月冴さんと高陽田さんに誘われてはしゃいじゃった人なので、2人と一緒に回れれば満足かな」
「「……」」
先方たちが、改めて顔を合わせた。
緊張が走った矢先、場の雰囲気は軟化していく。
「まぁ、プー太郎がどうしてもと懇願する以上、妥協は必要ね」
「熊野くんのお願いは叶えて進ぜよう。あたしたち、持ちつ持たれつだからね」
月冴さんは黒髪を弄ぶや、高陽田さんが両手を合わせた。
「本当にいいの? 絶対まとまらないで、結成前に解散かと思ったけど」
「価値観の相違は払拭できなかったわ」
「音楽性の違いが響いちゃったしね」
バンドを組もうにも、どうしても僕が邪魔だなあ。いてもいなくも同じはずなのに。
1人カラオケの付き添いで鍛えたタンバリンで、メンバー入りに挑みかけたところ。
「じゃあ、僕は4人目を誘ってくるから。2人とも、先に戻るね――」
「待ちなさいよ。あんた、わたしを置いて、」
「六花ちゃんと人気のない場所は不安になっ、」
制止を振り切って、僕は一心不乱に駆け抜けた。
いい加減、息が詰まって苦しい! 酸素を、新鮮な酸素をくださいっ!
廊下を走るものの、横切った生徒は気付かない。
遅れて聞こえた足音にビクッとするや、幽霊騒ぎ。悲しいね。
「どうして仲良くできないんだ! あの2人、コンビで最強だろッ」
正直な感想をまき散らしながら、1年2組の教室へ舞い戻った。
僕は自分の席に着き、とあるクラスメイトとアイコンタクト。
「――」
「――」
廊下側最前列の席でラノベを嗜む、裏方くん。
人生はクソゲーと嘯く彼はぼっち同志ゆえ、言葉など不要。
一応、翻訳しよう。
(……東京遠足の件について。余り者同士、いつもの手筈で)
(デュフッ。委細承知。拙者、それがしと運命共同体で候。東京遠征とは、なかなかどうして捗るでござるよ)
4人目など、仮の姿。裏方くんは、1人目に誘ったに等しい。
僕と彼は、いつも最後まで残るタイプなので最初から強制的に同じ班員。
逆説的に、運命を決定づけられた相手。真の相棒かもしれない。
さりとて、お互いの正体はよく知らず深入りしない。
ぼっちは寂しさに負けてつるんだ途端、敗北者に成り下がるのだ。気位を誇ろう。
元々、学校生活の敗北者だろ。強がり、乙。生きてて楽しい?
そんな意見がある。フッ、くだらない。浅いことこの上なし。
しかし、なるほど……ぐうの音も出ない正論だと思いました。
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