第23話 訪問

 登校すると、下駄箱に待ち人がいた。


「今日、プー太郎の家行くから」


 うんともすんとも答える前に、長い黒髪をなびかせた月冴さん。

 それから特に会話もなく、パッと割愛して放課後。

 帰路。月冴さんが何度も僕の行方を見失った。コーナーで差を付けろ。

 追跡されるより、尾行だけは名探偵級の僕。ピシャーンと閃いた。


 てれれてっててー、グーグルマップぅ~!

 人材派遣部の胡散臭いアプリより、100万倍便利でユーザーが存在する凄いやつ。


 月冴さんに住所を伝え、僕は先行してご足労願った。

 なぜか、恨めし顔だったけど杞憂だね。

 そして、熊野家のリビング。テーブルで落ち着いた頃合い。


「ついに、友好的な態度を取らなかったツケが回って来たじゃない。案の定、誰にも声をかけられないわ」


 開口一番、月冴さんはフンと鼻を鳴らした。


「遠足のメンバー?」

「そうよ」

「月冴さんと同じ班になりたい人は、潜在的人数が1番多いはず」

「だとしても、実数0は現実を叩きつけられた気分ね」


 実は、内心凹んだらしい。

 ちゃちなプライドを捨てて、孤高なるイメージを払拭するか。ただ今、せめぎ合い中。


 月冴さんがそわそわと黒髪を弄んだ。

 何もしない人は、指示があるまで待機が得意である。

 むしろ、指示を受けても初動が遅い。じっくりと先方に時間を与えれば。


「……あんたもどうせ、ひとりぼっちでしょ? わ、わたしを誘えば? 特別に応じてあげてもいいけど」

「あ、僕はもう2人組作ったよ。どこか別の2人組と合体すれば、チーム完成だ」

「は?」

「班分けが最終日にもつれ込まないなんて、こんなに素晴らしいことはない」

「プー太郎、妄言はやめなさい。現実から目を背けて何の意味があるわけ?」


 月冴さん、刃のごとき眼光で敵を射抜いた。

 そして、辛辣である。


「ともだちレンタルなんて怪しげな集団に頼ってなお、早々に裏切られたわたしは滑稽かしら? 笑いなさいよ、万策尽きたわ」


 月冴さん、乙女の儚き眼差しで己を憂いた。

 そして、憐憫である。

 ジェットコースター並みのテンション乱高下で、僕も三半規管をやられてしまう。


「いやいやいや、大丈夫だって。単純に、余り者には余り者グループがあるんだよ。コミュニティーに属さない枠で一括りされて厄介だけど」

「わたし、そのおかしな集団にも入ってないじゃない」

「月冴さんは存在感が鮮烈だから。羨望枠だよ」

「無理なフォローはやめなさい。惨めになるだけじゃない」


 ぷいっとそっぽを向いてしまう、月冴さん。

 うーん、彼女はどうも、熊野風太郎より人間の魅力がないと勘違いしていた。

 超絶勘違い甚だしいものの、原因は僕の2人組マウントに帰結する。

 慣れぬ所業、行うべきにあらず。魔が差した、と容疑者は語っており――


「あのー、すいません」

「何よ」

「月冴さんに誘えって誘われたの、すごく嬉しいと伝えておこうかと、はい」

「ふん、もう他の奴を選んだんでしょ? 慰めなんて必要ないわ」


 行く手を遮る壁は高かった。

 意固地な美人に会うため、僕は遥か頂を目指していく。


「まだ1人しか決まってない。ほら、あれだよ! プレミアム会員、優先権っ。何もしない人は、そろそろ依頼人の次のオーダーを募集中」


 いかんせん、できれば自宅待機を続けたい。静まれ、本音。正直さが美徳は仇となれ。

 先方が少し考えるそぶりを見せるや、口を開いた。


「あんたがどうしてもって言うなら、一緒の班に入れてあげてもいいわよ」

「どうしても! 月冴さんと同じ班のメンバーに加わりたい!」

「……ん」


 月冴さんが小さく頷いた。僅かに口角が上がったみたい。

 安堵したらしく、お茶請けのクッキーをかじっていく。

 これでようやく、僕が思い描くプランが進めそうだ。


 ともだちレンタルを利用する2人は正反対の立場で、実質同じ悩みを抱えていた。

 問題を一気に解決へ導く方法を探れば、ひとえに僕の安寧に繋がるのだ。

 何もしない人は、何もしないために、何かする。


「実は、月冴さんに誘ってほしい相手がいるんだ」

「誰?」

「先に僕が組んでもらった相手」

「プー太郎とそのオマケで3人じゃないの? それとも、新参者は挨拶が必要なわけ?」


 すっかり元気を取り戻した、月冴さん。弱々しいのは似合わないと思います。


「高陽田さんって言えば分かるよね? 無名すぎる僕を認識できるくらいだし」

「知ってるわよ、高陽田マリィでしょ? あんたの席の左隣の子じゃない」

「うん。つきましては、月冴さんが高陽田さんを仲間に、」

「――待ちなさい」


 停止のギアス。

 車は急に止まれなくとも、僕は瞬時に止まった。慣性の法則、働いてくれ。


「高陽田マリィは、クラスで1番の人気者よね? わたしにも噂が流れてくる有名人」

「うい」

「プー太郎とは対極を歩む存在。友達に囲まれて楽しく過ごす彼女が、あんたを遠足メンバーに指名した? はあ……プー太郎、夢は閉じゆくものよ。いい加減、目覚めなさい」


 優しい眼差し、やめて。

 もっとバカにして。侮蔑の視線、ちょうだいっ。やだ、被虐趣味に目覚めちゃう。


「僕の願望でも妄想でもなく事実だって! もちろん、理由はハッキリ判明済みさ」


 僕は、かくかくしかじかと月冴さんに経緯を説明した。


「友人たちの関係崩壊を防ぐバランス調整? ふーん、仲間外れはいないと錯覚させて、友達を継続するのが魂胆? ただの詭弁じゃない」

「リア充グループや1軍メンバーって呼ばれる人たちは、序列とか階級みたいな伝統制度を重んじる傾向が強いから。どっちが上か下か、よく揉めるらしい」

「くだらないしきたりね。わたし、馴染めそうにないわ」


 月冴さんは、億劫そうにため息を吐いて。


「あまり頼りにならないけど、下僕はプー太郎で事足りるわ」

「発想がナチュラルに貴族! どうりでカースト制をぶち抜くわけだ!」


 もしや、爵位持ってます? 例外中の例外は、伊達じゃなかった。

 僕は、クライアントに先の展開を促していく。


「皆から一目置かれた月冴さんと高陽田さんが合流するのに、異論を挟めるクラスメイトはいない。あとは、テキトーに数合わせを2人見繕った感じでお願い」

「ちょっと待って」

「待ちます」


 背筋をピンと伸ばした。


「高陽田があんたを指名した理由を詳しく教えなさい」

「教室で最も影響力がないのが僕だから。顔も名前も曖昧な人間に悩みがバレたところで、月冴さんも気にならないよね? 波風立たせないに関して、僕はその道のプロだよ」


 さりとて、アマチュアでいたかった。

 妹が勝手に履歴書送って、どうでもいい奴オーディション合格したパターン。

 書類選考で見向きもされず、どうでもいい奴の一線を画しちゃったよ。


「却下」

「何?」

「わたしが高陽田を遠足班に誘うの」

「如何に?」


 意味が分からなかった。ベストじゃないけど、ベターな案。大体、丸く収まるのに。

 僕が本気で呆気に取られるや、月冴さんはロングヘアーを揺らしながら。


「だって、プー太郎が都合よく利用されてるだけじゃない。納得いかないっ」

「ちゃんとお願いされたよ。あの人はいちいち下々を見下すタイプじゃないし」

「ふーん、あっちの肩持つんだ? あんた、いっつも鼻の下伸ばして下卑た視線送ってるものね! あれ、気持ち悪いから今後一切やめなさい」


 そこまで下賤の輩じゃないでゲス! 端正な横顔を芸術的に、チラリズムでゲス!

 可愛いと綺麗な女子が隣の席に来たら、どっちも見ちゃうんだ。

 可能性が皆無でも、冴えない奴ほどこの業には抗えない。


「僕の様子に気付く洞察力が恐ろしい。まるで、注意深く観察されてた気分」

「――っ! そもそも、あんなキラキラ女子と馴染める気がしないのよ。何不自由なく満ち足りた学園生活を守りたいなら、もっと自分で苦労して解決するべきだわ」

「確かに、そう見えるかも……急に早口でどうしたの? あ、いや、大丈夫です」


 触れてくれるなと睨まれた。

 僕は弱い生物なので、ピンチに陥ればビクッと反応する。

 しかし、此度は己を奮起させなければいけなかった。


「月冴さんこそ、今の環境を良しとせず、現状を打破したい気持ちがあったよね? 自分から歩み寄る時期が迫って来たんじゃないかな?」

「人生の岐路は待ってくれないものね」

「あちらも諸事情があるし条件はイーブン。根回しはこっそりやっとくから」

「わたしが高陽田を誘う……断られて、ショックで立ち直れない……」


 セルフ・ネガティブキャンペーンが展開されていた。

 月冴さんには堂々としてほしい。

 ダメなイメージ、負の感情を背負うのは僕の方が似合っている。


 仕方がない。人にお願いする時の態度、その奥義を開帳しよう。

 床に膝をつくや、深々と頭を垂れたのでございます。


「高陽田さんと組んでくださいっ、お願いします! 何でもはしませんから! 何でもはしないですから!」


 初手、土下座である。

 プライドをどこかに置き忘れたゆえ、ちっともまるで自尊心が傷つかない。


「……そこは何でもします、じゃないかしら?」

「何もしない人ですから!」


 本質を守る男・熊野風太郎です。

 上からはぁ~とため息がこぼれた。


「わたし、土下座は嫌いよ。見苦しいもの。顔を上げなさい」

「了解」


 すぐさま椅子に座り直した僕。こいつ、素人じゃないね。

 手慣れた動きに、ゴミを見るような月冴さん。侮蔑がきつい。


「分かったわよ。声をかければいいんでしょ」

「え、ほんと?」

「プー太郎のお願い、聞いてあげる。でも勘違いしないでちょうだい、別にあんたのためじゃないからね! 高陽田の交友関係の広さは利用価値がある。それだけよ」


 まるでツンデレヒロインのごとく、月冴さんが赤面していた。

 やれやれ、僕がラブコメ主人公ならば告白してフラれる場面だよ。

 鈍感アピールで告白が勘違いのくだりは、どこかの本物に任せつつ。


「流石、月冴さんは決断できる人! じゃ、早速明日決行しよう」

「急が過ぎないかしら? もっとこう、順序を考えましょうか」


 急が過ぎるほど、弱気な月冴さん。美人がもじもじと慌てる姿、萌えポイント高し。


「僕が頼りないのは、全く以って反論できない厳然たる事実だけど。それでも――」


 刹那、闖入者が現れた。


「――プーちゃん、おやつの時間だぜぇ~いっ! ティーカップを用意し、な……?」


 愚妹がお客さんを察知する時、お客さんもまた愚妹を察知する。

 月冴さんの圧を感じたのか、楓子は驚愕につき凝固してしまう。


「どなたかしら?」

「多分、僕の妹。違うと、一縷の望みにかけたい」

「個性的な子ね。全然、顔は似てないじゃない」

「楓子は、愛嬌豊かでして、えぇ」


 余所行きの楓子は、しっかりした子なんです! 家だとだらしないだけです!


「珍妙具合はプー太郎と遜色ないわ」

「僕はあんなにはしゃげないよ」


 妹くらい騒々しいと、あるいは陽キャになれるかもしれない。いや、なれない。


「プーちゃん、集合。ちょっとこっち来て」


 硬直状態を脱した楓子が一心不乱に手招きする。

 行って来いと依頼人が目配せして、僕はリビングの端っこへ追いやられた。

 部屋のスミスは旧知の仲ゆえ、落ち着くなあ。


「プーちゃん、いくら払ったの!? 正直に答えてっ」


 しゃにむに声を荒げた、妹。


「何の話だよ」

「とぼけても無駄だぜ。あんな素敵女子が家を訪ねて来るとか、これなんてエロゲ? パターンだよん。プーちゃんはエロゲを持ってないし、他に出会い系しか考えられない! さぁ、いくら払ったか白状したまえ」


 なるほど、分からん。


「エロゲ、やめなさい。せめて、ラノベって言いなさいね。普通にお客さんの線は?」

「友達をまともに作れない兄が、あんな息を呑むような可憐女子をお招き? 冗談は顔だけにして、冗談は顔だけにして!」


 そして、ドヤ顔である。


「楓子の疑問は納得せざるを得ないけど、現実は小説より奇なりだった。なんせ、お金を貰って会ってるのは僕の方だからさ」

「寝言はグッナイ、寝言はグッナイ!」


 僕の妹はオウムだった?

 繰り返すのは中止せよ。繰り返す――あれ?


「まあ、察するに例のバイトかにゃ? 怪しいお仕事で美少女を家に連れ込むとは、なかなかどうして犯罪だねー」

「僕が人を呼ぶわけないだろ、仕事以外で」

「出た、僕は働かない人ぷー」

「何もしない人だ」


 プークスクスと笑うや、楓子は回れ右していく。

 愚かな兄妹の茶番が視界に入り、依頼人の表情が冷めきっていた。


「初めまして、プーじゃなくて、風太郎の妹・楓子です」


 ぺこりと一礼する、楓子。


「あまり役に立たない兄の相手をしていただき、ありがとうございます。存在感が薄いくせに、使えない場面だけは目立ちますが、彼も一生懸命生きています。何卒よろしくしていただけたら幸いです。プーちゃん、綺麗な女子に命令されると泣いて喜ぶ性癖です」

「ほぼディスりじゃん。勝手に性癖追加アップデートするな」

「いててぇ~、やめっ、プーちゃんこんなところでらめぇ~」


 楓子のほっぺをガチつねりもといスキンシップを交わしていると。


「ふふ」


 月冴さんに笑われた。嘲笑?


「兄妹そっくり、仲が良くて羨ましいわ」


 誹謗中傷だった。


「これ以上、楓子が僕と類似しないことを祈るよ」

「兄者、妹を想う愛かい?」

「悲哀さ」


 楓子、露骨に肩を落としてしまう。


「プー太郎の妹、つまりプー子? わたしは、月冴六花よ」

「六花さん! イメージ通りの美しいお名前! プーちゃんには勿体ないっ」

「勿体あるなしは関係ないけど」


 僕のツッコミ、華麗にスルー。


「ところで、六花さんはなぜプーちゃんを指名したんですか? ともだちレンタルについて疎いですけど、もっとまともな人選があるに決まってますよね。ねっ」


 ぐいぐいぐいっ。


「ちょ、ちょっと、プー太郎。この子、距離感おかしいんだけど」

「人見知りしないフレンドリーな妹でして。テキトーに流してくれれば」

「こんなに綺麗な人が家に来るなんて、ん~~~お赤飯炊かなきゃ!」


 楓子がやったーとガッツポーズ。

 間髪入れず、月冴さんにいろいろと質問攻撃を投下していく。

 やれ僕に友達がいないのが嘆かわしい、やれプーちゃんはやればできる子と力説。


 身内の必死なフォローが恥ずかしい。肩身が狭くなる誰得アピールに耳を塞いだ。

 数分間、何も聞こえない人に準じれば、状況が変化していた。


「プー子は見所があるじゃない。わたしの後輩と認めてあげる」

「はい、光栄です! 六花さんのご期待に沿えるよう、頑張りますっ」


 2人はなぜか、固い握手を結んでいた。

 僕が首を傾げると。


「プー太郎、兄想いのデキた妹に感謝しなさい。これ以上の幸福があるわけ?」

「そーだそーだ」

「???」


 フクロウよろしく、首が一回転しそうだった。もげそう。

 頭痛が痛くなったものの、一応確認してみる。


「月冴さん、楓子とは普通に交友できるんだ。教室でも同じ風に臨んでみては?」

「プー子はあんたと同類でしょ。抵抗なく接触できたのも頷けるわ」

「僕は、こやつほど他人に過干渉になれないよ」

「プーちゃんは、気になる相手じゃないと頑張れないもんね~」


 そんなことはない。お金を払うか、払わないか。

 部長じゃないけど、ともだちレンタルは有料サービスです。

 報酬が高いほど、強くなります。僕のステータスが。


「六花さんみたいな美人、どうりでマイブラザーがやる気満々なわけだぜ!」

「……っ! あまりプー太郎に懐かれても鬱陶しいじゃない。けど、料金を払った以上、がむしゃらに馬車馬のごとく働かせないとね」


 月冴さんが、艶めく黒髪を弄んだ。


「ぜひ、愚鈍な兄の手綱を引いてお尻を叩いてください! ヒヒーンと鳴いて喜びます」

「ガチウマじゃないからな。彼らも人間様の所業に怒り心頭だろ」


 僕と妹が同類? 否、ちっとも馬が合わないよ。


「プー子が心底懇願するなら、あんたを調教してあげるけど?」


 別に、よしなに頼んでないのだが。

 ふと、我が妹と目が合った。ニコニコスマイル、携えて。


 ――ちょっと、プーちゃん! この人、チョロインや! いけるで、グイグイ攻めたれーっ! 春爛漫、桜咲きまくりや! この勝負、もろたで工藤!

 ……工藤って誰だよ。似非関西弁の幻聴を右から左に聞き流すや。

 徐に立ち上がった、月冴さん。


「だいぶ長居してしまったようね。そろそろお暇させてもらうわ」

「うん、ほとんど無駄な時間だったけど、例の作戦は明日決行するよ」

「高陽田に声をかければいいんでしょ? 他愛もないことじゃない」


 自信に満ちた依頼人に、僕は一抹の不安を覚えた。

 それが容易ならば今頃、先方は希薄な人間関係を憂いてなどおるまい。

 何もしない人、忙しくなりそうで憂鬱である。明日、学校休みそう。

 玄関まで月冴さんを見送ると、彼女は手招きがてら囁いた。


「プー太郎、後でわたしの家に来なさいよ」

「今日はお勤め終了では?」

「夕食。今度作るって言ったでしょ。時は来たわ」

「僕、自宅に帰った瞬間、全てのやる気が失われる性質でして」


 熊野風太郎は日々、省エネを心がけて環境問題に取り組んでいます。

 SDGsなるお題目を掲げて、仕事してるアピール以前より実践中。

 何もしない人は、地球に優しいって証明されました。ハッキリ分かったね。


「わたし、屁理屈を聞かされたかしら? 今夜はカレーよ。分かった?」

「あ、はい。後で必ず伺います」


 そして、パワハラである。

 国連には、二酸化炭素の放出量削減より、ハラスメント撲滅を実施してもらいたい。

 目指せ、国連事務総長! 何も決めないを決めるの、僕も得意ですよ?


「スーパー寄るなら、荷物持ち要員の出番じゃないの?」

「料理が完成するまで、あんたは自宅待機よ。その、出迎えのシチュがやり――っ、何でもないわ」

「え、シチューが何だって? 献立はカレーじゃないの?」


 ここ、難聴アピール! 鈍感ポイント、高し。

 昨日読んだ、マンガの主人公をリスペクトしてみた。

 僕が耳に手を当てる仕草を披露したところ。


「あんた、慣れない振る舞いがへたくそね」


 月冴さんが一睨み残して、熊野家を去っていくのであった。


「まあこうなるよね」


 僕は、やっぱりと呟いた。

 ラブコメ主人公を再現するには、ラブコメ主人公でなければならない。

 嫌味を消すスパイス、アマゾンとかで売ってないかな? 僕はプライム会員だ。


「月冴さん、ホームパーティーに友達を招いたシチュエーションがやりたいのか?」


 友達役を僕にやらせるのは、流石に無茶振りと言わざるを得ない。

 なんせ、誕生日パーティー、打ち上げ、親睦会等。呼ばれた例がないよ!

 自慢じゃないけど、いないことにも気付かれないんだ。お楽しみ会は続く。

 本当に自慢じゃない謙虚な僕は、いつも滂沱の涙で枕を濡らしていた。悲しいね。


「プーちゃん、六花さんもう帰宅しちゃったん?」

「した」

「えぇ~。せっかく、兄ピッピを押し付けられる人が奇跡の降臨を果たしたって、神様に感謝してたのにぃ~」


 がっくしと肩を落とした、楓子。

 その1秒後。


「でも脈ありだぜ、プーちゃん。釣った魚はデカいじゃないかっ」

「逃げた魚はデカいだろ。何でも恋バナに繋げたがるのは楓子の悪癖だぞ。僕のクライアントにあまり迷惑をかけないように」

「むぅ~、プーちゃんのあほんだらぁ! にぶちんラブコメ主人公!」


 妹がむくれたものの、僕は意に返さない。


「少なくとも、ラブコメ主人公は担えない。無神経なすっとぼけ、後に引くから」


 なぜか、ポカポカ胸を叩かれる始末。どうしてこうなった?


「そういえば、誕生日プレゼント。今度の東京遠足で寄り道したら買っとく」

「プーちゃん、愛してるぜぇ~っ! 我が兄ピッピ、マジリスペクト!」

「釣られた妹はデカいな――態度が」

「商品選びにお困りなら、かわゆい妹は札束で我慢するぜ? 手間取らせちゃ、申し訳ないもんねぇ~。諭吉チャンス」


 そして、現金な奴である。

 どうやら、真に尊敬するは福沢先生だった。

 慶応行って、学問をすゝめなさい。


 たとえ天は人の上下に人を造らずとも、されど人は人の上下に人を造るのだから。

 国語の偏差値52の僕では、ちんぷんかんぷんで読み解けないと思いました。

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