第22話 除け者は
放課後。
高陽田さんに新しい依頼をお願いされ、視聴覚室へ案内した。
プレミアムプランの上客と顔を合わせ、部長が両手をまごまごさせていた。
拝金主義はさておき、パーテーションで区切った個室スペースに案内する。
「ごめんね、熊野くん。時間、貰っちゃって。忙しくなかった?」
「全然、今は空いてるし」
いつも大丈夫だろ。つい見栄張っちゃった。
「そもそも、高陽田さんはプレミアム会員だから気にする必要ないよ」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなぁ~」
高陽田さんは、こくりと頷いた。
粗茶ですが、などと部長が出しゃばったが無視。シッシ。
「今度の要件は、遠足関係なんだよね」
「昼のこと? ちょっと揉めそうだったけど」
「もしかして、ずっと見てたのかな?」
「僕、隣で食べてたから」
高陽田さんたちはいつも、彼女と前列の席を合体させて5人で囲っていた。
いつもうるさいもとい騒がしいもとい楽しげなパーティーである。
気配り上手な高陽田さんとはいえ、僕の居場所を捉えるのは困難だ。
自席を一歩も移動してない事実を置き去りにしつつ。
「えーっとね、何というか……友達の醜聞みたいで、言い辛いんだけどね」
「聞いた内容は秘密にするよ。僕、暴露する相手も影響力もないからさ」
「熊野くんは優しいから、人の弱みに付け込むような真似をしないんだよ」
「いや、スキャンダルに興味ないだけ……水掛け論になるから、先どうぞ」
僕は、粗茶を飲もうとした。腕が空を切った。
なぜ? お客さんにしか振る舞われていないから。部長に期待した僕が浅はかなり。
「ギスギスしちゃった原因は、班決めなんだよね」
「何か問題が? いつもつるんでる仲良しメンバーで組めばよろしい」
「あはは。熊野くん、お昼時のあたしたちをよく思い出してほしいなぁ~」
「やってみる」
人に名前と顔を忘れ去られる分、僕はなるべく記憶に留めようと努めてきた。
――存在を抹消される悲しみは、僕が皆の代わりに背負っていくよ。
熊野風太郎・名言集を引用しながら、脳内でランチタイムを再現する。
高陽田さん、サッカー部のイケメン、軽音部のチャラ男。とりま盛っとくギャル、ボーイッシュな王子系女子。
この5人が1年2組のメインキャラ。クラスにおける優先的地位の特権階級様だ。
孤高と評判な月冴さんは例外で、カースト制を超越した別枠である。
刹那、脳裏にピシャーンと閃きが。
「主要人物が……5人? あれ、遠足グループは4人?」
「そうっ。問題に気づいたね」
勢い余って立ち上がった、高陽田さん。
「あたしたちは、5人で一緒にいる時間が多いんだぁ~。つまるところ、1人だけ弾かれる計算になっちゃうよね」
「あー、なるほど。完全に把握した」
僕は常時落選メンバーゆえ、その発想に至るまでに時間がかかった。
「昼のアレは、お互いに牽制し合ってたのか。俺が、私が、高陽田さんと班を組むって」
「うん。お恥ずかしい限りかな?」
「そりゃ、皆、高陽田さんと一緒になりたいに決まってるよ」
「えへへ、参ったねぇ~」
高陽田さん、照れてる場合かい? 素直に可愛い。
僕は、どうしたものかと顎に手を当てた。
まず、正直に告白しよう。
リア充のいざこざ、大歓迎。諍い、もっと荒れ果てろ。つぶし合え。爆ぜろ。
本人たちに悪気はない。自分たちが中心なのは当然であり、ルールなのだから。
しかし、僕みたいな木端は教室でデカい顔してデカい声を出す輩が嫌いである。
そんな連中のために頑張りたくない、関わりたくないなあ。
「熊野くん? げんなりしてないかな?」
ハッとした。
「だんないどすえ」
「はんなりじゃないからねっ」
依頼人の呆れ顔で、僕は正気を取り戻した。
「現状を整理すると、高陽田さんグループは誰が抜けるかで一触即発。もちろん、誰も譲らないから揉め事になりそう。1人が除け者になるまでギスギスが続く感じ?」
「あたし、何も解決策が思い浮かばなくて。禍根が残らない方法、相談しようと、」
「どうにもならない」
「え?」
高陽田さん、呆気に取られてしまう。
「この手の話、僕は門外漢だよ。いつも余り者集団の一派だし、班分け問題に力は貸せそうにない。手伝えと言われれば従うけど、着想には期待しないで」
友人関係の悩みなんて、解決できるはずがない。
可能ならば、僕は今頃友達100人できてるよ。
「そっかぁ~。流石に無茶振りだったかな? 熊野くんに力を貸してもらえば、どうにかできると勝手に期待しちゃったんだ。押し付けようとしてごめんね」
高陽田さんが無理やり笑った。
申し訳ないものの、基本的に何もしない人は何もしない。そして、何もできない。
敗戦ムード濃厚で解散の流れになったタイミング。
「ちょっと待ったぁぁあああーーっっ!」
パーテーションを押し退けるや、部長が強引登場。
「おい、プー太郎っ! オメー、諦めてんじゃねーぞ。プレミアム会員様が困っていらっしゃるんだ! 全身全霊全力で! ねぇ知恵絞りやがれッ」
「ないものはない。ナッシングです」
「うるせぇ! 得意の屁理屈はどうしやがった。できねえとは言わせねえーぞッ」
ちょ、部長っ。ヘッドロックキメないで。
暴力反対、パワハラまかり通るブラック部活っ。もう退部してやる!
「あの、部長さんっ。熊野くん、ほんとに苦しそうですから!」
「いいや、お嬢さん。こいつはいつも使えねえー奴よ! だったら、クライアントの案件には死んでも役立ってもらおうじゃねーかッ」
部長は、ニヤリと挑発的に口角をつり上げて。
「人材派遣部は慢性的な人材不足。だがな、猫の手を借りるつもりは毛頭ねえ! 仮にもオメーは、初代部長が欲しいと唸った掘出し物だろ?」
「組織名を否定しないでください」
「フン、<ねこのて>なんてただの皮肉だ。あの人はシニカルだからよう」
解放された僕は深呼吸を強いられた。え、こんなに美味しい空気がタダなの?
「どうだ、プー太郎。活を入れてやったんだッ。ナイスアイディア、ビンビン来たよな?」
「考える余裕があったと思います? めちゃくちゃ揺らされて、気分が悪いです」
「ああん? もういっちょシェイク行っとくか? 何を吐くか、お楽しみだな」
「ナイスアイディア、ビンビン閃きました!」
昼食を戻してしまう前に、とある提案が口からポロリした。
「高陽田さんが危惧する問題を取っ払う方法はある」
「ほんと!?」
ぐいっと身体を机に乗り出した、高陽田さん。
「ランチタイムの光景を察するに、排除するべき相手は決まってるよ。確か、面子はイケメン、チャラ男、ギャル、ボーイッシュ――」
果たして、遠足班のメンバーから弾かれる者とは。
固唾を呑む高陽田さん、なぜかドヤ顔の部長。
僕は、名探偵よろしくビシッと指をさした。
「落選するのは、あなた、だっ。高陽田さん!」
「……っ!? あ、あたし?」
呆気に取られてしまい、開いた口が塞がらない様子である。
「率直に言って、いつもの5人組のリーダーは高陽田さんだ。そもそも、問題の発端はあなたと組みたいという欲求の衝突だった」
「うそっ? みんな、それぞれ仲良いけどなぁ~」
「内側からじゃ見えない構図は存在するさ。たとえば、中心人物が不在時、チームの関係性とかね。友達の友達が仲良しとは限らない」
などと、友達がいない奴が得意げに語っております。
「第三者が客観視すれば、火を見るより明らか。昼休みの出来事、まるで高陽田さんに対するプレゼンテーションだった。自分と組むのが相応しいって」
イケメンとギャル、チャラ男とボーイッシュはちっとも視線が合わなかった。
「策を弄するは、垂涎の品を没収! 奪い合うものがなければ、争う必要がなくなる。奴ら全員から取り上げてしまえ、高陽田さんを!」
僕は珍しく、ハッキリと口調を強めた。
はあはあ……連続で喋り過ぎて、体力の限界。もう、ダメぽ。
「はーん? 要するに、問題の棚上げだな。お嬢さんのグループから1人脱落者を出すと関係が気まずくなりやがる。ちっ、最初からベター狙いかよ。問題自体をぶっ壊して、今まで通りを先延ばしってか。プー太郎お得意な、空中楼閣戦法じゃねーかッ」
「僕は、解決できるなんて言ってません。都合の悪い事態を回避するだけで精一杯」
机上の空論、まかり通ればそれでヨシッ。不採用でも構わないよ。
だって、友達がいない奴に友達問題をぶつけるのが悪い。僕は、悪くねえ!
然るに、全ての決定権は依頼人が握っていた。さて、どんな判断を下すのか。
高陽田さんはムムムと目をつぶって、必死に考え込んでいた。
綺麗な瞳に光を溜め込むような、一瞬を経て。
「大胆な発想だったよ。ふふ、あたしが原因かぁ~。確かに、あっちこっちで八方美人した結果と言われれば頷けちゃうね」
美人は言い過ぎかな、と付け加えた後。
「熊野くん、1つ教えてくれないかな?」
「どうぞ」
「あたしが遠足班から抜ける作戦、最初から考えてあったんだよね? 提案しなかったのはどうしてかな?」
「……」
高陽田さんが、柔和な笑みを携えた。
怒らないから言ってごらん? まるで、子供を諭す大人のごとく。
「今回の相談は、ともだちレンタルの一環。依頼人が損をするプランは選択肢から外した。それだけだよ」
本来、先方が身を引く必要などない。正々堂々とした魅力の賜物ゆえ。
さりとて、異議ありと余計な先輩が出しゃばった。
「けっ、働かずのプー太郎でも、美少女の前では見栄を張りたいってか! 正直に、お嬢さんが貧乏くじを引かされるのは癪に障るって言っちまいな! どう転んだって、選ぶ側の人間じゃねえーか」
「部長、また適当なことを……」
僕は、肩をすくめるばかり。
高陽田さん、クスクスと堪え切れない様子で。
「やっぱり、熊野くんが優しかったってことかぁ~。あたしの目は正しかったね」
両手を合わせるや、うんうんと頷いた。
「いや、その理屈はおかしい」
「ふふ、良かった、良かった」
ダメだ、聞いちゃいねー。
匙をへし折るレベルで、僕はうな垂れる他なかった。特技は、スプーン曲げ(物理)。
「熊野くんの案を採用するよ。あの4人にはちゃんと、仲良くなってほしいからね」
「さいで」
リア充たちの処遇はわりと極めて興味なかった。できれば、滅ぼし合ってほしい。
ジェノサイド理論を傍らに、僕は関心を向けてくれた人が納得すれば満足である。
「部長さん、熊野くんのやる気を引き出してくれて感謝です。助かりました」
「かまわねぇーぞ。今度使えねーと思ったら、蹴っ飛ばしてやれ。俺が、許可するッ」
「真に受けないでね。その人はちょっと、アレだから」
高陽田さんが部長と世間話を交わす。人材派遣部や僕に関して熱心に聞いていた。
今度こそ、解散の運びだ。視聴覚室を退出したちょうどその時。
「そうだ。今ここで言っちゃおう」
「ともだちレンタル、終了のお知らせ?」
「はずれぇ~、もっと頑張らせちゃうよ。もう1つ、お願いを聞いてくれるかな?」
「うい」
高陽田さんは振り返ると、神妙な面持ちで迎えた。
「あたしね、遠足の班は訳あって、いつもの子たちと離れなきゃいけないの」
「知ってます。今さっき、その話をしたはずじゃ?」
あれ、僕の記憶がおかしいのか? ついぞ、存在を抹消された? 往年のセカイ系?
「だから、熊野くんと一緒に班を作るからね。いいよねっ」
「いや、その」
「はい、決まり。あと2人どうしよっかなぁ~」
僕の返事を待たず、高陽田さんが嬉しそうに握手を強行した。
スベスベと柔らかい感触を3Dプリントするため、僕は脳の演算処理を加速させた。
「余り者代表の僕が誘われた……? まかさ、幻術か。ここは誰? 僕はどこ?」
想定を超えた負荷がかかり、言いまつがいの頻度が増えていく。
くるりとスカートを翻した、高陽田さん。
「早速、みんなに4人グループ結成を打診しないなぁ~。落選は、あたし! 遠足を機に、お互いをもっと知ろう。理由は上手く誤魔化すから、あとは任せてね。熊野くんのおかげでピンチがチャンスになったよ。ありがとう! じゃあねぇ~」
依頼人は嵐のごとく吹き荒び、風と共に去っていった。
1人取り残された、僕。
平穏な日々を愛するごくごく平凡なぼっちゆえ、本来の姿に戻っただけである。
だが、しかし。胸に残った寂寥感はどうしたものか。
「アーン? プー太郎、お嬢さんに置き去りにされて、寂しいってか? アオハルじゃねえーか」
「持たざる者は、何も期待しませんよ。希望なんて大きな荷物、何もしない人は抱えきれないので」
部長がドアに寄りかかっていた。
「オメーは後向きに前向きだぜ。たまには太陽を見上げて、歩いた方がいいぞ」
「僕は、普通の人が乗り越えられるもので躓きます。悲しくて俯いてるわけじゃない」
足元が常人より疎かなのだ。注意深く確認しないと、滑りこけてしまう。
「ったく、初代部長もプー太郎のへりくだりを矯正した後に旅立てってモンだぜ」
「そういえば、あの人はどこへ行方不明に?」
「留学した事実以外、俺は全く知らんッ。縁があれば、またひょっこり現れるだろ」
「振り回されると疲れるし、自由の国で暴れてください」
だな、と一言添えて部長は仕事に戻った。
僕は廊下を歩き始め、ふうと脱力していく。
高陽田さんの悩み事が展望しそうで良かった。あとは、彼女の交渉次第。
たった1つの冴えないやり方しか提案できず、忸怩たる思いがなくもなくもない。
何もしない人に、結果を求められても困る。自分、不器用ですから。
ふと、別の案件が脳裏を駆け巡っていく。
「班決め問題、まだ不安なプレミアム会員がいるなあ」
僕と全く違うケースで、交友関係が完全閉鎖中のお方。
プー太郎に心配されるなんて業腹よと嘯きそう。
否、僕はすでに2人組まで作れたよ! あれ、月冴さんはまだなの? ニチャア。
初めてマウントを取れそうなものの、そんなやりとりを軽快に交せるならば、僕はとっくに友達4人と組み終えていると思いました。
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