第18話 スーパー

 お宅訪問前に、駅前スーパーにやって来た。

 月冴さんが物珍しそうに、店内でキョロキョロ目移りしている。


「スーパーって久しぶりね。小学生以来かしら?」


 月冴さんは徐に独り言ちた。


「買い物はほとんど、ネットショッピングと宅配で済ませていたから」

「今日は何で寄る気になったの?」

「特に理由はないわ。冷蔵庫のストックが心許なかった気がしただけよ。別に、あんたをもてなしてあげようなんて全く考えてないけど? だって、招かれざる客じゃない」

「そっすね」


 あれ、僕って迷惑? 帰る? 帰れば、帰る時! セルフ帰宅ラッシュだ!


「で? 昼食のリクエストはあるの? わたし、今日の献立を決めてなかったでしょ」

「そうなの?」

「そうなの!」


 月冴さんは視線を合わせず、僕にレジカゴを押し付けた。


「今回は特別に、あんたが決めなさい。役に立つチャンスよ」

「……」


 口は悪いけど、性格は悪くない。

 まるで、ツンデレヒロイン。

 さりとて、深刻なヒーロー不足。


 月冴さんのポテンシャルが輝く運命の日、僕は背景役で出演できるかな?

 エキストラの実績は、自己PRに載せていいか考えたところで。


「焼きそばにしよう。日曜日の昼と言えば、焼きそばだから」

「わたし、焼きそばってほとんど食べたことないわね」

「そんなバカな!? カップ麺とかも?」

「カップ麺は口にしないわね」


 月冴さんがきょとんと首を傾げた。

 一体、普段何を召し上がっているのか。キャビア、フォアグラ、トリュフとか?


「あんた、わたしを高級食材しか食べない成金だと思ったでしょ」

「ぜ、全然っ」

「できるだけ料理はサボりたくないわけ。趣味だから」


 僕たちは野菜コーナーに回るや、陳列されたキャベツを手に取り睨めっこ。

 鮮度の良いものは、重くて、外葉が瑞々しく、芯の切り口が小さいものらしい。

 他には、ニラ、もやし、卵パック、豚肉のこま切れをカゴへ入れていく。

 月冴さんが総菜コーナーに関心を向ける間、僕は焼きそば麺のパックを確保した。


「月冴さん?」


 振り返ると、そこに依頼人の姿はなかった。


「目を離した途端消えるのは、僕のアイデンティティーなんだけどな」


 鮮魚や精肉、乳製品コーナーへ向かったが、月冴さんは見当たらない。

 ひょっとして、僕の存在を忘れて先に帰っちゃった? あり得ないは過言にあらず。


 在りし日、迷子探しに協力したら、迷子発見の報を僕だけ知らされず、永遠にさまよった経験がある。迷子共々早々に撤収しており、あの時は泣いた。

 ――辛いことがあったら、過去を振り返ってごらん。あれはもっと辛かっただろ?


 目下、率直な気持ちを熊野風太郎・名言集から引用したタイミング。

 月冴さんが視界に映った。

 置き去りにされなかった! あなたって実は、優しい人なのね。


 感動してルンルンと距離を詰めるも、言わずもがな気付かれなかった。黙ったまま待つと日が暮れてしまうゆえ、声をかける他あるまい。

 しかし、月冴さんはとある一角で熱心に商品を凝視していた。


「おーい」

「……」


 返事がない、ただの無視のようだ。

 甘かった。僕が声をかけた程度で、集中した人に認識してもらえるなんて。

 否、我に秘策あり。先方の興味対象に、インターセプト。

 商品棚に並んだそれを素早く掴み、顔の近くまで持ち上げて強制カットイン。


「探したよ」

「きゃっ」


 悲鳴が上がった。悲しいね。

 ビクッと身体を横に逃がした月冴さんだったが、すぐに体勢を整えた。


「っ、プー太郎! あんた、顔が薄いくせに驚かさないでよ! いきなり現れて、オバケかと思ったじゃない! わたし、初めて幽霊の存在を認めなきゃいけない寸前だったわ」

「ごめんなさい、ごめんなさい。置き去りにされたと思ったら、月冴さんがまだいたのが分かって、嬉しくてつい」

「置いていくわけないでしょ。何のためにここに来たのかしら?」


 月冴さんは優雅に黒髪を払った。


「焼きそば、うちで食べさせてあげるわ」

「月冴さん……っ!」

「あと、スーパーに迷惑じゃない。ここ、迷子センターないもの」

「やっぱりね」


 大方、予想通りでした。

 一方、予想外な物がありまして。

 僕は、自分が取った商品の詳細を調べる。


「ミニかわ・チョコエッグ? ……食玩?」

「ちょっと、返しなさいっ」


 慌てて商品を奪い取った月冴さん。顔が赤いような。

 周囲を見渡せば、食玩コーナーだった。

 アニメやマンガキャラのフィギュアとお菓子の抱き合わせ商法だと思いました。


「食玩、集めてるの?」

「微塵も集めてない」


 月冴さん、無表情で否定する。


「食玩、好きなの?」

「微塵も好きじゃない」


 口が堅い容疑者である。


「ミニかわって最近人気のやつだよね。詳しくは知らないけど」

「わたしも知らないわ。SNSで人気な四コママンガに熱心なわけないでしょ」

「なるほど。これも秘密の趣味……ってコト!?」

「……」


 黙秘権を行使した、月冴さん。

 利益誘導なる難しいコトは分からないので、かつ丼を用意するべきか逡巡した頃合い。


「あんた、わたしにミニかわなんて似合わないと思ったでしょ。笑いなさいよ」

「大人でも可愛いキャラクターを好きな人はたくさんいるし、いちいち笑わないよ」

「……ほんと?」


 月冴さんが不安そうに縮こまった。

 彼女はおそらく、イメージギャップの露見を恐れている?

 思わず聞きそうになったが、僕は所詮、何もしない人。

 クライアントの事情を暴いたりしない。要望があれば、応じるのだが。


 けれど、人材派遣部の落ちこぼれ。ともだちレンタルの売上最下位は伊達じゃない。

 往々にして、失点を犯すのである。


「じゃあ、会計行こう」


 僕は、月冴さんが死守するミニかわのチョコエッグを預かった。

 オマケにもう1個、同じ食玩をカゴへ加えた。


「プー太郎? たとえこれが好きだとしても、何個も買い漁る真似はしないわよ」

「こっちは僕の分。食後のデザートにすこぶるチョコが食べたくて」

「は?」


 月冴さんが怪訝な表情になる。


「あ、このチョコエッグは、ミニかわのフィギュアがランダムで入っているのか! 僕は外身が目的だから、中身は要らないやっ。どうしよう」


 僕がチラチラと視線を送れば、月冴さんは目を細めつつ。


「なによ、その茶番は。外身だけ欲しい? あんた、いつからチョコ好きになったわけ?」

「今日の昼だけ期間限定スイーツ」

「ふん、とんだお節介よ。それで私が喜ぶとでも? 浅慮、甚だしい」


 くるりと踵を返すや、レジへ向かった月冴さん。

 一歩、二歩、進んだところで。


「でも、中身を捨てるのはもったいないし、わたしが管理するわ――ありがと」

「月冴さんの役に立てて良かった」


 この辺り。

 え、何だって? を平然と吐けない時点で、ラブコメ主人公にあらず。才能ないよ。

 僕も優しい所が好きと言われてみたいなぁ~と泡沫の願いが弾ける直前。


「プー太郎、人に優しく出来るのに独りなのね。何か他に、致命的な欠陥があるでしょ」

「か、影が薄いとか?」

「存在感がまるでない」


 SE、ガーン。

 ない。ゼロ。ナッシング!

 ついぞ、空気キャラを極めてしまったか。いや、上には上がいるものだ。

 まだ見ぬ隠者(と書いてきょうてきと読む)に備えて、僕は一層励まなくては。


「プー太郎を探すのは大変なのよ。いい加減、鈴でも付けてちょうだい」

「え、月冴さんに飼われる……ってコト!?」


 ある意味、すでに買われていた。プレミムプランはお高いのだ。


「バカっ。冗談は顔だけにしなさい。時々印象が思い出せなくなるの、嘆かわしいわ」


 月冴さんは不服そうに鼻を鳴らすと、今度こそ足早にレジへ向かった。

 彼女の背を見送りながら、僕は立ち止まっていた。

 わざわざ僕の姿形を想起する人がいたなんて、この世は不思議で満ちているな。

 自分自身、いてもいなくても変わらないと自負がある。熊野風太郎の摂理だ。


 しかし、依頼人は輝かしい存在。舞台の上、スポットライトを浴びるべきお方。

 僕の想像が妄想でなければ、月冴さんの現状に甘んじた格好は正しくない。

 ――ライクアスワン。


 白鳥が優雅に泳ぐ姿は美しいものの、水面下では必死にバタ足をしている様。

 否、僕の印象はこうだ。

 飛べるなら、さっさと羽ばたけ。自由な大空を舞え。

 飛べねぇ鳥は、ただの焼き鳥だ。


 元より翼がない僕は、憧憬たる先方を見上げる他ない。

 何もしない人は、何かしたいと思ってしまった。

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