第17話 カフェデビュー
テーブル席に沈痛な雰囲気が流れる。
「……笑いなさいよ」
月冴さんは、両腕で顔を隠すように伏せていた。休み時間の僕かな?
「満足に注文も出来なかったわたしを、笑いなさいよ」
「別に、笑わないけど」
本当にラフったら、デスるでしょハハッ。
「正直、月冴さんがスタバ初めてなのは驚いたよ」
「だって、注文難しそうだったし……1人で入るの、恥ずかしいじゃない」
「分かる。僕は中二の時、洗礼を味わった。背伸びしたら、ハンマーで叩かれた気分」
「プー太郎も?」
月冴さんは普段のクールな様子を薄めて、あどけなさを感じさせる顔を露わにした。
可愛らしい美人、ね。控えめに言って、危険だ。直視するや、思い焦がれて振られるのみ。僕は真のモブキャラ。持たざる者は何も得られない。
「けど、普段のイメージとはだいぶ違う様だった」
「孤高の存在って評判なわたしがみっともなくて失望したわけ? どうせ、あんたも」
「そんなわけない。月冴さんも、僕と同じ失敗で凹むんだって感動した」
「プー太郎と一緒にしないでくれる? この程度、わたしが落ち込むわけないでしょ」
コーヒーに口を付けた、月冴さん。ガムシロ2つは見逃そう。
「ちなみに、仕事中の出来事は他言しないから。依頼人の狼狽、機密保持」
「勝手にしなさい。一応、お礼は言っとくけど……ありがと」
月冴さんは、追加注文したバスクチーズケーキを舌鼓。スマイルが零れ落ちる。
「あんたのそれ」
「マンゴーパッションティーキャラメルマキアートモカクリームフラペチーノ?」
「長い」
僕がマンゴーのフラペチーノをちょびちょび飲んでいると。
「駅ですれ違う人がたまに、それに似たドリンクを持っていて関心があったわけ」
「フラペチーノを頼めばよかったのでは?」
「ふ、愚問ね。コーヒーよりオーダーするのが難しそうじゃない。それくらい瞬時に理解してくれないかしら?」
「サーセン」
なぜか、偉そうな依頼人に僕が怒られる運びとなった。バイトは辛いよ。
「……」
じろじろじろじろジロジロジロジロ。
フラペチーノを手にするや、月冴さんの極・強めな視線が注がれた。睨まないで。
「あっ」
僕が口に運ぼうとしたタイミング、悲痛な面持ちを見せる先方。
……はぁ。やれやれと肩をすくめた、僕。
ラブコメ主人公を見習うならば、鈍感力を履修するべきだった。
「よかったら、こちら差し上げます」
否、献上致します。
「本当に貰っていいわけ? あんたが気遣いするなんて、不気味よ」
ひどい言い草である。ともだちレンタルの半分は、優しさで構成されている。
フラペチーノを譲渡した途端、月冴さんは嬉しそうだった。
いつもその調子なら、高陽田さんとニコニコ笑顔対決が決出来そうだ。
「ちょっと待って」
「なに、もう返さないけど」
奪われまいと両手でしっかり支えていた。
「返品じゃなくて、ストロー外さないと。僕、何度も口付けてるし」
「ふん、そんなこと? 別に構わないけど」
「いや、だって」
「あんた、まさか間接キスやら嘯いていちいち騒ぐタイプ? くだらないわね」
そう言って、月冴さんは一気にストローを吸引していく。
全然見てないけど、綺麗な薄紅色の唇だ。カラカラと音が鳴り始めた。
「わざわざ指名した相手が使ったストロー程度、平気に決まってるでしょ」
「男前だなあ」
「それは嬉しくないわ」
月冴さんが困惑気味に。
「わたし、他人のものは本来拒否する性質なはず。半ば勢いかしら、それとも……」
「シリアスな顔してるけど……もしかして」
SE、ピシャーン。
「フラペチーノをおかわりしたいけど、注文が出来なくて困ってる? 女子は甘い物が好きだもんね。行ってこようか。それも仕事だし」
「……ふーん、謎が解けた」
脱力必死な月冴さん。心なしか、呆れた表情。
「プー太郎は意識するような存在じゃない。だから、自然に動いてしまったわけね」
「え、そうだけど? 今更、僕の基本設定?」
「あんたが暢気な顔って再確認しただけよ。冗談は薄っぺらな印象だけにしなさい」
「もごっ!?」
突如、フォークに刺さったチーズケーキを口内へ押し込まれた。ごっくん。
「味はどう?」
「焦がしたほろ苦さとチーズの濃厚さが美味しい」
「よろしい」
ご満悦である。
「あんた、もう1つ感想があるでしょ」
「如何に?」
「わたしが使ってたフォークでチーズケーキを食べた感想はどうなのよ?」
「まさか、僕がそんなことするわけ――ふぁっ!?」
果たして、口の中にバスチーの味が残っているのはなぜか。
月冴さんに食べさせてもらったからだ。あ~んの構えで。
焦った僕は汗をかいた。ダジャレを言ってる場合じゃない。
「月冴さん! このことはどうか、ご内密に……」
「は? わたしと間接キスしたのが不服なわけ?」
月冴さんがムッと眉根を寄せた。リアルガチに怖い。
「違うよっ。あなたは、学校でめちゃくちゃ美人って有名なの! そんな人と無名男子が喋るだけでも! あまつさえ、デザートを食べさせてもらったと露見した暁には! 比類なき僻みと怨嗟の数々が待ち受けている!」
「わたしが見目麗しいのは当然の話じゃない。それにたとえバレても、プー太郎のことなんて誰も知らないでしょ。まあ、わたし以外は」
「そうだけど、そうじゃない!」
「どちらかにしなさい」
孤高の存在がツッコミを入れる。
「悪意が向く時に限り、普段どれだけ目立たない存在でも表面化するんだ!」
「一理あるわね。でもそんな常識、あんたの希薄な存在感じゃ該当すらできないでしょ」
「いやあ、僕って規格外な存在かな?」
「ただの非常識よ」
――確かに。
「どうでもいい他人を気にする必要ないわね。それ、無意味じゃない」
「あのー、僕、どうでもいい他人を売りにして働いてるんですが、どうしたらいいでしょうか」
何もしない人、存続のピンチ。廃業だね、仕方がない。部長お世話になりました。
「プー太郎には、わたしが暇を弄ぶ相手をさせてあげる。光栄に思いなさい」
「プレミアム会員、バンザーイ」
クライアントをヨイショするのは、ともだちレンタルの基本なんだ。
月冴さんは気を良くしたみたいで。
「ふん、次にこの店舗に来る機会にまた……あ、あ~んでもやってあげるわ」
「あ、それは結構です。固辞します」
「は? 感涙に咽び、甘んじて受け入れなさいよ! うざ」
そして、ご立腹である。
閑話休題。
コーヒー・フラペチーノブレイクを経て。
「そういえば、この店に来た目的をすでに達成したけどこの後の予定は?」
「他にも訪ねたい場所はたくさんあるわね。1人だとその……気が乗らなかったのよ」
「いざ入口まで足を延ばしたけど、直前で心細くてなって入れないやつ」
「あんたどこで覗き見たわけ? この変態ストーカー。きも」
月冴さんが強がりを誤魔化すように、早口でまくし立てる。
「いや、ただのぼっちあるあるだって。ぼっち同志とよく共感してる」
「プー太郎に友達なんていないでしょ。いつもクラスで孤立してるじゃない」
「友達とぼっち同志は別区分なんだけど、まあこの差異は伝わらないか」
敵ではなく、仲間でもなく、中立なわけでもない。
切羽詰まった状況にて徒党を組む存在、ぼっち同志。クラスに数人、潜伏中。
「ソロは慣れちゃって、そこまで苦じゃないけどなあ。僕は、学校生活が世界の全てなんて1ミリも思ってないし」
絶望できるほど、我が人生に希望を持ち合わせていない。悲しいね。
「時々、月冴さんに話しかけられて嬉しいのもある。学校にも良いことあった! おかげさまで、一日中喋らなかった状態を回避できるんだ」
「……っ! ふ~ん、わたしと喋れて有頂天になるわけね」
髪の毛をくるくると指に巻き付けた、月冴さん。
「別にいつも様子を窺ってるわけじゃないけど? プー太郎があまりに可哀想だから、思わず温情をかけてあげてるのよ。もっと感謝してほしいわ」
「――でも、眼力がガチで心臓に悪いです。もう少し、手心を加えてもらえれば」
「うざ」
月冴さん、カエルを睨むヘビのごとし。
ケロケロな僕、生存本能が機能する。
「お昼! お腹空いたよね? この辺は、チェーン店が群雄割拠! ど、どどど、どうする? 隣の串揚げ屋行っちゃう? カレーにうどん、しゃぶしゃぶでもオールオーケー行っちゃいなよ!」
口調がおかしいのは仕様です。
「わたし、回転寿司の気分――ラーメン食べてみたい」
「スシ食いねぇっ!」
「生魚は苦手なのよ。焼いてちょうだい。炙りサーモンは美味しいでしょ」
「しかたがねぇっ!」
好き嫌いは人それぞれである。
紙ナプキンで口を拭き、月冴さんが立ち上がった。
「チェーン店巡りは次の機会に取っておくわ。日を改めて、カラオケとか映画の予定も立てなきゃいけないもの。今日はひとまず帰りましょうか」
「じゃあ、本日のお勤め終了? よし了解っ、あざしたー」
僕は飛び上がり、テーブルのゴミをちゃちゃっと片付けていく。
――想定より早く帰れるなんて、こんなに嬉しいことはない。
帰宅部のエースが残した言葉である。僕をスカウトした北久保くん、元気かな?
足早にスタバから撤退せんと、入口の自動ドアを眺望した僕。
ちゃんと認識てくれよ……頼む! 僕は、ここにいるぞっ。
刹那、背中に悪寒が走った
「待ちなさい。あんた、どこへ行くつもり?」
「うっ」
振り返った途端、体の自由を支配されていた。
まさか、停止の魔眼!? ではなくて、フィジカルで確保されている。
「仕事は終わりじゃ?」
「冗談は顔だけにしない、プー太郎。冗談は顔だけにしなさい」
「2回言わなくても伝わったけど。月冴さんが帰宅の意思を示したはずでは?」
「そうよ、帰るわ。あんたも付いて来るに決まってるでしょ」
え、何だって? 風が強くてよく聞こえないよぉ~(室内)。
同じクラスの自称ごくごく普通な高校生・守屋久田くんの真似をしてみた。
彼は、幼馴染とその親友、留学生、生徒会長などといつも一緒にいる。偶然たまたま、全員端正な顔立ちの女子たち。僕でさえ存じ上げているメインキャラの方々だろう。
しかし、高陽田さんと月冴さんがハーレムメンバーに加わっていないのは謎である。
あの学校でラブコメを展開するなら、パーティーにこの2人は必須。縛りプレイ?
……知り合いが少なすぎて、つい贔屓しちゃったね。各関係者方面、すいません。
「プー太郎? 急に黙ってどうしたわけ?」
月冴さんが僕の顔を覗き見るように寄っていた。
「ハッ、まつげ長い!」
「は?」
そして、威圧である。
「あんた、間抜け面したり、奇声上げたり、忙しない変質者ね」
「気を付けます。何もしない人は普段、超大人しいんですが、顔見知りの女子が相手だと距離感を量り損ねています。部長には、もっと詰めろ言われる始末でありまして」
「ふーん、きも」
月冴さんは、僕の言い訳に興味がないらしく。
「結局、プー太郎はわたしの家が嫌で駄々をこねてるわけね」
「まかさ! 僕が月冴さんのさらにプライベートに踏み込むのはマズいのでは?」
噛んじゃったのは仕様です。
「ふん、どうせあんたにはいろいろバレてるんでしょ? 怪しげなサービスに手を出した時点で今更よ」
「未確定の情報は言いふらさないよ。そもそも、告げ口する相手がいなかった」
「わたしが特別に招待してあげるって言ったのよ? さっさと来なさいっ」
僕の腕を無理やり捕まえ、歩き出した月冴さん。
密着した脇腹に、彼女の二の腕の柔らかさが伝播していく。美人の感触にタジタジ。
このドキドキ感はまるで一種の緊張感。それ、すなわち。
「――連行」
「あら、自覚があったの? 現行犯よ」
「ざ、罪状は?」
月冴さんが澄ました笑みを携えて。
「給料泥棒。プー太郎はもっと働かないと、わたしの出資額に見合わないわけ。ほんと、名は体を表すのね」
「いや、プー太郎の由来は赤いシャツを着ることで下半身露出テクに乗じた――」
「ふふ、自宅に友……知り合いを招くのは初めてよ」
月冴さんの足取りが軽やかに弾んだ。
何もしない人の本分を思い出すや、僕はサイレントモードへ移行。気配も消えるよ。
ここは静かに、厳かに。
なんせ、依頼人が楽しそうだったから。
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