第14話 サービス残業

 高陽田さんとの交流を終え、僕は帰路に就いた。

 何もしない人は、何もしなかったが、何かした。

 初手哲学をキメる程度には、疲労が蓄積である。

 妹のお土産コールを無視しながら、自室のベッドへダイブイン。


「疲れたぁ~」


 僕は、家に仕事を持ち帰らない主義の人間。

 ビジネスとプライベートはきっちり区別しているのだ。

 ……はい。単にいつも、現地集合、現地解散なだけでした。あと、依頼人と関係性が極めて他人のまま別れるので、風呂に入る頃には具体的な内容を忘れちゃう。


 記憶力の低下に関して検査するべきと自省しつつ、今回は引継ぎが発生していた。

 なんせ、此度のともだちレンタルの相手は高陽田さん。

 知り合い。人気者。クラスメイト。隣の席。僕の存在を認知する人。

 一体どうして、忘却の彼方を目指せるか。


 せっかく直帰したのにもかかわらず、今日の出来事が脳裏で自動再生されていく。

 僕は頭を抱えていた。

 あの時アレをしなければ、言わなければと反省してしまう。それ、ノーギャラね。

 やめろ、サービス残業だ! 在宅ワーク、認めません! 働きたくないっ。


 ――トゥルルルルー。

 強迫観念に迫られる中、スマホが呼び出し音を鳴らした。

 居留守のプー太郎の名を冠する僕だが、着信名を見て渋々プッシュ。


「おーっす、プー太郎。お疲れさん」

「残業、ダメ絶対! ブラック部活、許すまじっ」

「ちょ、おい!? 何だ、藪からスティックに!?」


 部長が素っ頓狂な声を上げた。


「……はぁ、部長ですか。僕は今、忙しいんですけど」

「断言するぜ、オメーは暇人だ。天下の部長様に対して随分な挨拶じゃねえか、営業成績最下位の平部員のくせによおッ」

「やはりパワハラ、と。ちなみに、この会話は録音されてますよ」

「ったく、近頃の部員ときたら減らず口ばかりでやんなっちまうぜ。俺はこの部長がすごい! ランキング、校内第3位だぞ?」


「そんなランキングないですって。そもそも、我々は非公式の団体じゃないですか」

「ま、冗談はさておきだ。首尾はどうだった?」

「まぁー、いつも通りです。知り合いが相手だと、やり辛いと言えばやり辛い。適度にフラットな距離感を保つのが僕のやり口なんで、次こそ背景に徹すれば適応できます」

「そいつはダメだな」

「……如何に?」


 怪訝な表情を作った、僕。

 ビデオ通話じゃないのに、部長のニヤケ顔が思い浮かぶ。


「俺が友人レンタルのサブスクを提唱した手前、サービスを利用した方が満足できたか心配だったわけよ。弊社が派遣する人材は末席を汚しまくるメンバー……ワゴンセールの余り者、働かずのプー太郎」

「部長、要点をまとめて簡潔に述べたまえ」

「プレミアム会員様にサービス利用後のアンケートを取った! 結果、先方はお前とのコミュニケーションを増やせとご所望だ! 高陽田マリィ、すこぶる変人だな?」

「……何、だと……?」


 僕は思わず、天を仰いだ。知ってる天井だった。


「その要望はおかしい。僕は今回、通常の3倍は喋りましたよ? 明らかに出しゃばったなとベッドで転げまわってたところです」

「ハーン? プー太郎と会話しても生産性はないし、超絶つまらねー男なのになッ」

「――大体合ってます。反論はないです」

「ここは否定しろやぁぁあああーーっっ! 意地、見せんかい。カァーッ、俺が後輩をイジメてる酷い奴に見えちゃうだろ!」


「面倒なメンバーを抱え込んで、金儲けに転じる手腕は尊敬してますよ」

「フン、別に俺のアイディアじゃねーな。すげえのはパイオニアの初代だぜ」


 人材派遣部、初代部長か……あの先駆者は確かにメチャクチャな人だった。

 懐古趣味に興じて、回想シーンに突入する間際。


「話が脱線したなッ。俺が案じていたのは、プー太郎がサボらず仕事をこなしているか、依頼人が満足しているのか、だ。その確認及び対策なわけだが……アドバイスは1つ」


 勿体付けるような間を置いて。


「もっとプレミアムな依頼人にちょっかい出せ。積極的に絡んでいけ」

「何もしない人とコンセプトが矛盾しますね。あと、2つでしたけど?」

「細かいことは気にすんな。大体、うちはお客様の要望を最優先させる! プー太郎のモットーなんて、どうでもいいし捨て置け。曲がりなりにも人材派遣部の使者、それができないオメーじゃあるまい?」


 挑発的な言い草で煽った、部長。

 部員の管理・育成・指導・斡旋、それが彼の主な役割である。


「報酬を貰う分、善処します。期待は裏切るでしょうが」

「一向に構わん。オメーが突然張り切ったら、気持ち悪いだけだしな」

「さいで」


「明日のクライアントは、月冴六花……これまた美麗なお嬢さん。美少女が群がる秘訣をぜひご教授願いたいぞ、プー太郎」

「秘訣は、どうでもいい存在になることです。秘密が露見しようが問題ない、何と思われても構わない。僕の選出理由はそれしかない。あと、席が隣だった」

「確かに要因だな。それでも金を払ってまで、無能が人を引きつける理由にはなり得ない。オメーにも長所はある。それが刺さったんだ。期待してるぜ、プー太郎」


 最後に激励するや、部長が返事を待たず電話を切るのだった。

 口が悪くても、人の良さは隠せない人だなあ。

 僕は、スマホを充電コードに繋いで脱力する。

 今日は疲れたし、明日はゆっくりしようと考えていた。


 残念ながら、仕事だ、労働、ああ嫌だ。

 明日のともだちレンタルは、難易度が高そうである。より困難、よりハード。

 高陽田さんは、僕にも友好的な優しい女子だったが。


「月冴さんはいつも機嫌悪そうだし、怖いし、圧が強いし……」


 想像するだけで、ホンマもんのパワハラを味わえそうだ。

 どうか、痛いのは勘弁してください。顔はやめな、ボディもやめな!

 この時の僕は、まさかあんなことになるなんて露ほども思っていなかった。


 ――予想だにしなかったのだ。

 ……定番のモノローグを挟んでみたけど、特に意味はないです。

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