第12話 ソロキャン

 湖のほとりに草木が豊かに繁茂した公園。

 休日は、地元の憩いのスポットとして有名な理由があった。

 自然公園でキャンプを嗜む。

 昨今、ソロキャンが流行っているのは風の噂で存じていたのだが。


「人、多すぎっ」


 桜が満開の花見よろしく、敷地の至る所にテントが設営されていた。

 あっちこっちにテープで陣地を定められ、同じような光景が軒を連ねている。ふと近所の集合住宅を思い出したが、日常の喧騒を忘れるキャンプなのに皮肉だね。


 ファミリー層やウェーイ集団のエリアは別のようで、ストレスを感じるほど騒ぐ輩はいなかった。1人や数人のキャンパーが各々、持参した目的を満喫している。

 僕は、高陽田さんのソロキャン活動を傍観するつもりだった。


 なんせ、自分指示が出るまで何もしない人間なんで。

 言われたことしかやれねぇのか! はい、もちろん。勝手なことしても怒鳴るくせに。

 近頃の若者よろしく、消極的な指示待ちマンを積極的に披露したところ。


「せっかくだし、熊野くんもテント張ろうよ。見てるだけなんてつまらないからね」

「ら、らじゃ……」


 指示が出てしまったので、僕は渋々キャンプ体験に馳せ参じた。

 できれば、働きたくないぷー。プー太郎の名は伊達にあらず?


 高陽田さんの気配を背中で感じながら、レンタルしたキャンプ道具を荷解きしていく。

 公園スタッフの実演指導やガイドブックを参考に、慣れない作業を敢行した。


「あれ? んっ、こなくそ」


 刹那、四苦八苦。困難を極めた。


「進捗どうかな?」

「進捗ダメです」

「どの段階で躓いちゃったの?」

「一段目。テントが風でびらびら流されます!」


 簡単に設営できると言われたドーム型テントをペグ打ちする都度。

 どこからともなく一陣の風が吹きつけた。案の定、傘の骨組みがへし折れるごとく、テントのフレームが曲がってしまった。仮住まい、崩壊。


「初心者あるあるだねぇ~、懐かしい」

「高陽田さんも同じ経験を?」

「まあね。ちょっと貸してみて。入り口を風下にして組み立てた方が簡単だよ」


 高陽田さんは慣れた手つきで、折り畳まれたものを広げ、四方をペグ打ちした。

 おおと感心した僕。時々、妹に押し付けられる日曜大工を頼みたくなるよ。

 あっという間に、テントが膨らんでイメージ通りのシルエットになった。


「ごめん、結局全部やらせちゃった。僕、本棚の組み立てでも諦めるレベルだから」

「ふふ、あたしはDIY女子でもあるからね。設営に挑んでみて、どうだった?」

「……正直、コテージが良かった。家だし、楽だし、虫いないし」

「そっかぁ~、君は正直でよろしい」


 特段気にした様子はなく、作業の続きに戻った高陽田さん。

 テントにシュラフを放り投げ、テーブルにチェアを設置。


 クーラーボックスから冷えたジュースを取り出す。ランタン、バーナーを机に並べて、軽食作りのスキレットやホットサンドメーカーがご登場。食パンがこんがり焼けました。


 高陽田さんがちょうど良い距離の樹木にハンモックを繋げ、僕に寝そべってみろと指示を出した。う~ん、小鳥のさえずりと自然の心地良さを強いられたね。


「あとは、火起こしかぁ~。熊野くん、たき火台を運んでくれるかな」

「御意」


 やはり、言われたことだけやってる方が円滑だと思う。

 他人に期待しない、求めない。現代社会はストレスの温床ゆえ。

 ステンレス製のたき火台は、鉄網と脚付きのカゴみたいな形状だった。

 たき火台を高陽田さんの足元へ届ける。そこそこ重量があり腰がきつい。


「ありがとう。はい、一休みっ」

「どうも」


 キンキンに冷えたラムネを貰い、僕はゴクゴクと飲んでいく。

 くぅ~、この一杯のために働いたっ! などとのたまう社畜にはなりたくないよ。


「火起こしって、地面に落ち葉とか枝を集めてやるイメージなんだけど。焼き芋とか?」

「自然公園だと、地面に直接薪を置くたき火はほとんど禁止されてるよ。キャンプブームが盛り上がるにつれて、マナーの悪い人が増えちゃったからね」

「あー、そのパターンか」


 人口が増えるほど、揉め事や問題が拡大していく。

 事実、周囲の地面に視線を泳がせば、空き缶やペットボトル、お菓子の包装にプラスチックのパックが散乱していた。草むらに、ぽっかり開いた黒い焦げ跡も残っている。


「片付けまでがキャンプなんだけどね……さっ、台に薪を並べて、たき火の準備しよっか」


 沈んだ気持ちを持ち直すように、パンっと両手を合わせた高陽田さん。

 僕は言われた通り、バケツに入った薪をたき火台に乗せていく。


「太い薪をそのまま入れると燃えにくいから、小さく折ったり、細い枝で組んでみて」

「あ、言われてみれば確かに! 高陽田さん、もしやアウトドアの達人?」

「これくらい基本だよぉ~。あたしはソロキャン、初めてじゃないからね」

「僕も普段、ソロキャンみたいな生活してるけどな」


 家や学校、専ら1人で活動しております。僕はプー太郎、ソロだぜ?

 ハハハと乾いた笑いが漏れた。否……目頭は湿っていた。


「どうりで火が付きにくいわけだ」


 結局、上手く火起こしできない僕は、高陽田さんの技と着火剤に頼るのであった。

 最早これまで、何もできない人。クーリングオフ、待ったなし。

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