第10話 水族館

《2章》

 地元から電車に乗って30分。

車窓の景色は、マンションやビルが次第に減っていき、広大な田畑へと移り変わった。


「故郷をしのぶ牧歌的な田舎かな」


 たった今、地元を離れたばかりなのにおかしいね。

 駅前の小さなコンビニは盛況で、人が列を作っていた。

 不快に響く踏切音、かすれたバスの時刻表、ロータリーにずっと居座るタクシー。


「僕がイメージする田舎の風景がここにあった」


 感動した! わけもなく、軽度な熱中症かもしれない。日差し、強し。

 まだ6月に入ったばかりというのに、早くも夏の到来を告げていた。

 背中が蒸れて汗の不快な感触がひしひしと伝わる。扇いで誤魔化せ……ない。

 七分袖のシャツではなく、おとなしく半袖を着て来れば良かったと後悔。


 今日は土曜日。

 高陽田さんと約束した日である。

 僕は、動物園と隣接した水族館に向かう最中だ。

 ともだちレンタルは基本、現地集合現地解散。


 本当の友達ではないため、最寄り駅が近くとも一緒に目的地を目指さなかった。

 や、依頼者が要望すればその限りではない。

 個人的な感想を言えば、校内屈指の美少女と並んで電車に乗るのは緊張しちゃう。

 どうせ、全ての視線が高陽田さんに注がれるので、僕は気付かれないのだが。


 恥ずかしいとか、自意識過剰。オメー、誰にも認識されてねえから!

 事は内面の話なんだ。

 閑話休題。

 水族館に近づくにつれ、人通りが増していた。


 休日のレジャースポットは混む。不変の真理である。

 イルカとアシカのアーチをくぐるや、そこは青と水が織り成すアクアリウム。

 巨大クジラの張りぼてが大口を開いていて、趣向を凝らした入り口だった。


 エントランスには、待ち合わせの家族やカップルでごった返していた。

 僕はパッシブスキル、ステルス・ムーブを使い、人混みをするりとすり抜けていく。


 ……この能力、なんで常時発動型なのかしら。悲しいね。

 どこかで異能力バトルが開催されてないか、期待を抱いたちょうどその時。


「高陽田さん」


 目が合った。


「熊野くん?」


 高陽田さんが、きょろきょろと周囲を窺う。

 視界に入っただけでは、姿が映らないことが稀によくある。それが熊野風太郎。

 じっくり5秒間、僕は高陽田さんに存在をアピールする。

 この既視感、まるでウォーリーをさがせ、だなあ。


「あっ、ビックリした! 正面にいたのに、見失っちゃうなんて不思議」

「僕は背景と同化する性質なんだ」

「カメレオンみたいだねぇ~。まさか、俳優志望?」

「演技派じゃないよ、ただ隠れてるだけ」


 エキストラは得意である。多分、同作品でモブ役5人やっても気付かれない。

 僕は、改めて高陽田さんの恰好を眺めた。


 目深なバケットハットに、レースの刺繍付き花柄ワンピースを、ハイウエストベルトで引き締めている。足元は、スクエアデザインのローヒールサンダルを履いて涼しげだ。


「ジロジロ見ちゃって、どうしたのかな?」

「いや、高陽田さんの私服姿初めてだから、新鮮で。すごく似合ってる、と思う」

「ありがとう! 嬉しいよっ」


 高陽田さん、花丸スマイル。

 女子のファッションはさっぱりだけど、可愛いのは理解できる。


「ははーん、もしかして惚れちゃった? 熊野くん、ごめんね……わたし、今はちょっと考えられないの」

「そっか、残念だなー、またフラれたなー」


 女子にフラれる練習が捗ると思いました。

 そもそも、告白する機会はないだろうし無駄な経験かもしれない。


「確認するけど、今日は水族館巡りと自然公園でキャンプ体験。僕は、依頼者の後を付いてく。基本、何もしない。というプランです」

「うん、あたしが1人の時間を満喫するから見守ってくれれば大丈夫」


 高陽田さんがヨシと腕を前に出す。


「レッツゴーッ」


 僕たちは、受付でチケットを提示した。

 待合室のインフォメーションを確認がてら、パンフレットを貰い、フロアマップと睨めっこしつつ歩いていく。


 屋外エリアの目玉スポットは、ペンギン大行進と空飛ぶペンギン。

 エリアの端から端へ繋がった橋を、よちよち歩くペンギンの群れ。

 可愛い動物の可愛らしい動作。癒し系である。

 頭上にいくつも伸びた管上の水槽を、すいすい泳ぐペンギンたち。


 まさに、ペンギンが飛んでいる。羽ばたいていた。スカイハイ!

飛べねえペンギンは、ただのペンギンだ。そんな映画の名言あったよね?


「集客力、かあ……」


 思わず、言葉が漏れた。

 水族館で期待していただろうイメージ映像が、目の前にある。

 事実、他のお客さんたちは夢中で眺めていた。


 小さな子供がはしゃぎ、親は我が子の笑顔をREC。

 中学生くらいのグループは、ペンギンを追いかけようと走り回る。

 若い女性は、いいね欲しさにパシャリと撮影。


 田舎の水族館といえど、ペンギンゾーンは盛況の一言。

 高陽田さんも、周囲の雰囲気と等しく楽しんでいるだろう。

 僕が、本日の依頼も滞りなく務められると油断していれば。


「――」


 否、彼女はペンギンに一切見向きもしていなかった。


「……何、だと?」


 あまつさえ、愕然とした僕さえ置き去りにひたすら次の展示場へ移っていく。

素通りである。

 いや、待て。落ち着け、プー太郎。


 単に、高陽田さんがペンギン自体に興味がないだけかもしれない。

 趣味なんて、人それぞれ。日本でちっとも浸透しないダイバーシティを信じろ。

 って、誰がプー太郎だ! 僕は働いてるし、ハチミツも好きじゃないっ。

 虚しいセルフノリツッコミだった。


 次のエリアは、アシカのアクアリング。

 階層を跨いだリング状の水槽を、くるくるとアシカが上っていく。

 と思えば、2階から下りてきたアシカと狭い通路を譲り合った。


「ママー、アシカさん、ぶつからなかったの。しゅごーい」

「凄いねー」


 幼女が楽しそうで何よりです。


「パパはきのう、クルマぶつけたのに、アシカさんはちゃんとよけた!」

「唯ちゃん……詳しくお話聞かせて」


 ママも楽しそうで何よりです。

 家族の団らん風景を横目で流しながら、僕はクライアントの様子を確認する。


「――」


 アシカより速い足取りで2階へ向かった、高陽田さん。


「なるほど」


 僕は首を傾げてしまう。

 行動原理がよく分からない。

 水族館に来たら、普通水辺の生き物に癒しを求めると思っていた。

 しかし、高陽田さんは再び素通りをキメた。


 お目当ての動物がいるのかもしれない。たとえば、イルカショーとか。

 いつも友達に囲まれて談笑を交わす高陽田さん。動物の戯れ姿に、はしゃぐはず。

 何もしない人は、形容しがたい不安を覚えた。


 誰か、誰でもいい。海でも川の魚でもいい。頼む、高陽田さんの関心を引いてくれ。

 口数が少ないのは、僕の仕事だ。この無言、僕でなきゃ息苦しさに窒息しちゃうね。


 新鮮な酸素を求めて、コイのように口をパクパクさせた僕。次のエリアに乞うご期待。

 ちなみに、カワウソの生態とエサやり体験コーナーはスルーされる運びとなった。

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