第8話 月冴六花

 高陽田さんと予定を確認した後、10分程度が経過した。

 ガラガラガラ、と。

 教室のドアが開け放たれ、僕は背筋をピンと伸ばした。

 女子生徒が現れる。


 気だるそうにバッグを背負い、とはいえ視線の鋭さが衰えることはなかった。奇しくも高陽田さんと同じように、僕の隣の席で異彩を放つクラスメイト・月冴さんだ。


「ふん」


 なぜか、一睨みされた。

 自然と膝が笑い、ゴクリと唾を飲んだ。

 こちらがホストな手前、上客をもてなさなければならない。

 話題を提供するのが一番苦手である。スーハー深呼吸。


「あの、月冴さんっ」

「なに」

「本日はお日柄も良く、」

「もう夕方だけど?」


 お日様、営業終了間近。

 愕然とした、僕。

 夕日のバカ野郎! と叫ぶ寸前。


「……別に身構えなくていいでしょ? わたし、プー太郎を指名しただけなんだけど」

「承知」


 リアクションがおかしいのは仕様です。


「確認するけど、月冴さんはともだちレンタルを利用したいと?」

「……ん」


 そっと目を逸らした、月冴さん。


「僕が担当する、1カ月利用し放題のプレミアムプランで間違いない?」

「……ん」

「軽く理由を教えてもらっても?」

「理由……」


 月冴さんが言葉に詰まり、唇を震わせた。

 普段感じる意志の強い瞳が揺らいでいる。


「言いたくないなら、ノーコメントでも、」

「やりたいことがあるから。それだけよ」


 僕は、そうだよねと答えた。


「月冴さん、人材派遣部を知ってたんだね。あまり興味なさそうなのに」

「あんたが金儲けの部活で私腹を肥やしてる話が聞こえたの。隣の席だから」

「営利団体なのは確かです」


 スマホで<ねこのて>のアプリを開く。


「担当者の特徴は、基本付き添うだけで何もしません。僕が言うのもアレだけど、プレミアムプランは割に合わないと思うよ? 人畜無害がいるだけで料金が発生するなんて!」


 商売において、正直は美徳にあらず。コラーッ、と部長が怒りそう。


「ふふ、あんたがバラしちゃったらダメじゃん」


 月冴さんが微笑を添える。


「馴れ馴れしくされるの、好きじゃないわ。プー太郎くらい薄い影響力が丁度良いの。お金払って雇えば、気にせず連れ回せるし」

「さいで」


 がっくしと肩を落とした、僕。


「……それに、邪魔じゃないから」


 突如、ボリュームが最小になった。

 これはラブコメ主人公じゃなくとも聞き取れない。


「ん? ごめん、もう一度お願い」

「は? 何も言ってないけど?」


 そして、激おこである。

 長い黒髪を払った、月冴さん。


「とにかく、プー太郎はあたしのために全てを捧げて働くんでしょ」

「ともだちレンタルには限度があるよ。理不尽と暴力系の命令はちょっとね」

「わたしがそんなことするわけないじゃん。プー太郎、分からせてあげましょうか」


 僕は、首を傾げるのみにとどまった。偉いね。いっぱい褒めてくれ。


「あんたが本当に使えるかどうか、日曜日に判断してあげる。駅に10時。遅刻厳禁よ」

「今週の日曜日か」

「まさか、予定あるの……? どうしてもと懇願するなら、別日にするわ」


 月冴さんが不服そうな視線を飛ばした。配慮ができるお客さんだった。


「大丈夫。あってもズラすよ、月冴さんはプレミアムプランだからさ」

「そう、クレーム入れずに済んだわ」

「クーリングオフは部長激怒案件だし、お客様満足に努めないとね」


 クライアントあっての<ねこのて>です。


「打ち合わせはもう充分でしょ。わたし、もう行くわ」


 そう言って、月冴さんは下ろしたバッグを背負い直していく。

 綺麗な黒髪をなびかせるや、颯爽と廊下へ歩を進めた。


「ちょっと待って」

「なに」

「月冴さん、よく孤高の美人って呼ばれてるけど! いつもクラスで空気な僕を気に留めてくれて、ありがとうっ」

「……ふん、孤高なんてただの誇張よ」


 教室と廊下の境目にて、じっと動かない月冴さん。

 脚が長いなぁ~、後ろ姿も綺麗だと思いました。

 くるりと振り向くや。


「プー太郎のくせに自意識過剰じゃないの? きもっ」


 そして、辛辣である。

 足早に去っていく孤高の美人を見送った、僕。

 さて、高陽田さんと同様に、月冴さんも含みがありそうである。


 2人共、ともだちレンタルなんて利用するような人に見えない。

 人は見かけに寄らないものの、もしや見立てが間違っていたのかもしれない。


 高い料金を払って、一般ぼっちなんか傍に置きたい理由は果たして?

 僕は何もしない人だけど、何ももたらさない人にならないよう気を付けよう。

 とりあえず、顔見知りの美少女と出かけるのは想像するだけで緊張します。

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