第7話 高陽田マリィ

 1年2組でクライアントが待っている。

 さっさと会いに行け、話を聞いて来い。

 パワハラ部長に蹴り出され、僕は渋々自分のクラスへ戻った。


 夕暮れ時。

 茜色の光が差し込む教室で、1人のクラスメイトが窓際の席から校庭を望んでいた。


 他の級友たちの姿はなく、静寂のとばりが厳かな雰囲気を醸し出す。

 そよ風がカーテンを揺らした。


「あ、熊野くんっ。こっち、こっち」


 僕を視認するや、パッと眩しい笑顔を咲かした高陽田さん。

 普段、気付かれにくい僕だけど、周囲に人がいなければ気付かれやすい。

 いや、高陽田さんはいつも僕を見つける稀有な存在だったか。


「ごめん、待たせちゃって。えっと、人材派遣部<ねこのて>をご利用いただきありがとうございます。本サービスを担当する――」

「そんな他人行儀な挨拶はナシナシッ。あたし、普段通りに接してね」

「分かった」


 僕は頷いて、席に着いた。

 隠者ゆえ会話は苦手だが、仕事と割り切って頑張ろう。


「まず、高陽田さんがともだちレンタルを使うのが意外すぎる。僕でさえ喋ったことがあるコミュ力オバケだよね。もしかして、友達100人いるんじゃないの?」

「ん~、幼稚園から数えたらもっといるかな」


 ひえ~。背筋が凍った。

 これが本当にあった怖い話か。

 高陽田さんが、人差し指を顎に当てたまま。


「友だちが人材派遣部の部員やっててね、元々興味はあったんだよ」

「名前、聞かせてもらっても?」

「楓ちゃん……あ、野々村楓ちゃん」

「ごめん、知らない」

「そっかぁ~。面倒見の良い子だよ」


 僕は、<ねこのて>メンバーの半数以上存じ上げない。人間力が低い弊害が出た。


「その人は、ともだちレンタルやってないの?」

「さあ、どうだろぉ~。けど、楓ちゃんには頼まないし大丈夫」

「そうだった。高陽田さんがともだちレンタル使うのが意外って話だった」


 僕は、慎重に踏み込んでいい線を探した。


「基本的に、依頼者の事情に深入りしないんだけど、一応最低限は指名した理由を教えてほしい。参考程度に。もちろん、守秘義務。僕の場合、話す相手がいないだけだけど」

「簡単な理由だよ。ちょっと1人の時間が欲しかったの……変かな?」

「いや、全然。昨日、1人カラオケに付いて行ったばかりだし」

「え~、なにそれっ。2人カラオケじゃん。もうデュエットだよ!」


 クスクス笑いながら、ツッコミを入れた高陽田さん。


「ちょうどさ、熊野くんにお願いするしかないって思ってたんだぁ~。君ならあたしのお願いを叶えてくれる。あとは人材派遣部の話を聞いて、ピンときちゃった」

「人の願いを叶えられるほど立派な人間じゃないけど。だって、僕は」

「何もしないをします、だから?」

「っ!」


 先手を打たれ、僕はパクパクと開口させるばかり。


「言ったじゃん。たまには1人の時間を満喫したいって。けど、本当にひとりぼっちだとちょっとね……」


 高陽田さんがそっと顔を伏せる。

 人気者には、いろいろ気苦労があるらしい。


「オーケー。その手のタイプは、僕の担当だ。唯一、得意とする依頼。いてもいなくても変わらないけど、寂寥感を紛らわせてみせる」


 ……寂しさ、紛れます?

 自分のことながら、一抹の不安を覚えた。


「やったーっ。熊野くんは、意識しても邪魔にならないもんね。誰かに縛られず、思い切り羽を伸ばせそうかな」

「ははは」


 ひどい理由である。

 でも、それで良いんです。

 空気キャラ、たまには役に立つ。


「ところで、よくプレミアムプランなんて登録したね? 実のところ僕、<ねこのて>で一番使えない部員の烙印を押されたばかり。控えめに言って、ワゴンセールの別称だよ?」


 高陽田さん、瞳パチパチ。可愛い。


「そのくせ値段は法外――ではないけど、高校生が払うには結構な額だったし、クーリングオフは今のうちに、」


 上客を手放すんじゃない。部長の声が聞こえた気がする。


「え、プレミアムプランに加入すると、熊野くんがずっとあたしのお願い聞いてくれるんだよね? すごくお得で助かったなぁ~」

「……なん、だとっ!?」


 再び、開いた口がアングリー。

 別に怒ってない。はよ、塞がれ!

 高陽田さんが、パンっと両手を叩いた。


「さっそくだけど、今度の土曜日。熊野くんの仕事ぶり、見せてもらおうかなっ」

「当日は、薄っすら背後霊の気配を感じる体験ができるよ」

「幽霊にしては怖くないかなぁ~。じゃあ、あたし今から予定入っちゃってるし先に行くね。バイバイッ」


 高陽田さんは僕と握手するや、ピューッと風を切って退出してしまった。


「美少女の手、すごく柔らかい」


 一人、教室に残された僕。実質、教室はもぬけの殻。ここ、閑静な住宅街だっけ?

 昔同じ状況で、電気を消されたり、何度もカギを閉められた。悲しいね。

 冗談ではないがさておき、僕は考える人ばりに考える。


 高陽田さんの依頼については承りました。おひとり様支援コース、入ります。

 しかし、彼女がこのオーダーに至った裏事情までは計り知れない。

 いわゆる、本当の理由である。


 友人レンタルで僕を選ぶ人間は、往々にして胸中に隠し事を秘めている。

 果たして、影響力がない人間でひとりぼっちを回避する真相は如何に。

 けれど、暴くつもりはあんまりない。


 依頼人がそれを語らない限り、僕は尋ねない。

 何もしない人。寄り添うだけで助かることがある。そんな距離感。

 それが僕の、仕事の流儀である。

 ……まるで、プロフェッショナルじゃないですが。

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