第3話 プー太郎

「今日はありがとう。おかげで吹っ切れちゃった。さあて、次の運命と巡り合わないと」


 そう言って、女性は過去を振り返ることを止め、新たな恋路を急ぐのだった。

 ……男と違って、女は切替が早いなあーと思いました。


「あ、そうそう! これ、貰ってくれる? 何って、あの人からのプレゼントよ、去年貰ったやつ。流石に、捨てるのは忍びないし、どう処分するか迷ってたの。今日のお礼ってことでね。もちろん、代金はちゃんと払うわ。あと、別にメルカリで売っても――」


 以下略。

 ……男と違って、女は切替が早いなぁーと思いました。

 閑話休題。


 僕の名前は、熊野風太郎。

 特徴がないのが特徴。強いて挙げれば、存在感が霞のごとく薄いらしい。

 平凡な高校に通う、ごくごく普通な高校1年生さ。


 変な名称の部活に所属してるけど、特段美少女率は限りなくゼロに近い。

 誰も聞いてないのに、ラノベ主人公を見習って自己紹介してみる。悲しいね。

 そんな妄言を用いて、月曜日の登校なる眠気の権化と熾烈な争いをしていた。


「ふぁ~」


 しかし、億劫さを誤魔化せるほど敵は甘くなかった。

あくびを噛みしめつつ、1年2組の教室に到着。窓際2列目の最後尾。僕の机へ向かう。


「つ、疲れた……」


 崩れ落ちるように机に突っ伏した、僕。

 起きるまで、起こさないでください。


「やあ。熊野くん、おはよう! 月曜日から元気ないね~」


 パンパンッと、威勢よく背中を叩かれた。一瞬の出来事だった。


「うぅ、月曜日だから、元気ないんだけど」


 恨めしやと視線で訴えかける。


「そんな死んだ魚みたいな目しちゃって、一週間乗り切れるのかな?」

「まあ、高陽田さんを見れて、少し元気出たよ」

「え、あたしに見惚れちゃった?」


 見惚れてはない。すこぶる可愛い人だけど。

 高陽田マリィさんは、笑顔が眩しい陽だまりに咲く向日葵と評判な女子。緩くウェーブした金髪をリボンで結い、顔が小さい分希望を写した瞳はやたら大きく見えた。


 可憐な容姿から放たれる愛嬌は魔法と言って遜色ない。

 あと、小柄なのにスタイルが良いと、非モテ男子の連中が騒いでいた。


「でも、ごめんね。今は誰かと付き合うとか、考えてないんだ」

「残念」


 なんか、フラれた。悔しー。これで10回目だっけ?

 ドッと疲労感が増して、僕は再び夢の世界へ旅立とうとした。

 しかし、首根っこを掴まれた。


「また噂の部活?」

「うん」

「確か、何でも屋?」

「大体合ってる。人のお願いを聞いて、報酬を貰う感じ」


 僕が所属する部活は、人材派遣部<ねこのて>。

 スマホアプリで利用者を募って、人材を派遣するサービスを展開中。

 もちろん、営利目的の団体である。

 言わずもがな、学校非公認の部活。書類上では、ボランティア部らしい。


「昨日、何をしてそんなに疲れたのかな?」

「詳しいことは守秘義務だけど、依頼人の思い出巡りに付き添ったんだ」

「へ~、なるほどね」


 考え込むような仕草をした、高陽田さん。

 僕は思わず首を傾げる。

 高陽田さんが意を決したかのように、妙に真面目な面持ちだったゆえ。


「あの、熊野くん! 実はねっ」


 ほぼ同時。


「オッハー、まりりん! ねえ、聞いてよ。昨日、カレシがさぁ~」

「マリィちゃん、マリィちゃん。かまってー」

「ん~、私のマリィは月曜からキュートだねえ」

「お前ら、落ち着け。高陽田が困ってるぞ」


 高陽田さんが一瞬で友達に囲まれて、その姿を捉えられなくなった。

 彼女は校内屈指の人気者ゆえ、仕方がない。

 本来、モブ男子が絡んではいけないヒロイン枠の存在である。


 加えて、脇役の中でも希薄な存在感を醸し出すのが熊野風太郎。

 席が隣とはいえ、HR前に軽く挨拶を交わせるだけでも幸運なのだ。

 高陽田さんの質問は気になったが、また明日の朝に聞いてみよう。


 これでようやく、平穏な日常のスタート。

 姦しいお喋りをBGMに、僕はノンレム睡眠へ誘われていく。


「……殺気っ!」


 刹那、楽しげな会話と逆方向から死の気配が飛んできた。

 咄嗟に開眼すると、僕は冷たい視線で見下ろされていた。


「月冴さんっ!? お、おお、おおおっは」


 噛んじゃったのは仕様です。

 僕が恐れおののき、冷や汗をブシャーすれば。


「うざ」


 月冴さんは雑魚に興味がない強者らしく、一言残して隣の席に着いた。


「お、おう……」


 挨拶したら、初手ウザい。

 自分、涙いいですか。


「ねぇ」

「……」


 月冴六花さんといえば、近寄る者を拒み寄せ付けない孤高に咲く花という評判。


 高陽田さんのようなニコニコ笑顔とは無縁だが、クールビューティとして君臨している。真っすぐ下ろしたロングヘアーは、全ての光を飲み込むような艶色の漆黒。切れ長の目は、小心者を失神させるほど迫力あった。制服を着崩して、すごく胸元がすごいです。


「は、無視するつもり?」

「え、何だって?」


 図らずも、ラブコメ主人公を演じた途端。

 ギロリと睨まれた。


「はい、聞いてます聞いてます。ご用件はっ!?」


 即座に、僕は椅子に正座した。座して待て。


「あんたの名前ってさ……プー太郎でしょ? 何でそんな名前なのよ、ださ」


 そして、失笑である。


「いや、風太郎だって! 熊野風太郎っ」

「ふーん、くまのプー」

「赤い服を着たことで下半身を露出させるクマとは無関係だから」


 一切合切、関わりなし。

 誠に遺憾ながら、プーさんイジリは幼稚園の頃から現在まで続いた。

 だって熊野風太郎とか、完全に狙ってる名前じゃんと言われる。僕もそう思うよ。


 本気の改名も候補に入れながら、僕は月冴さんの様子をチラリズム。

 伸ばした脚を組むや、短いスカートから白い太ももが露わになっていた。


「舐めるような視線が気持ち悪いわね、ヘンタイは」

「いや、違うよっ。床の調子を確認してたの。最近、べた付くし!」

「あっそ」


 月冴さんが頬杖をついて前を向いてしまう。

 今度こそ、僕に興味をなくしたようだ。

 ……床の調子って何だい? 清掃業者かい?

 心中、虚しいツッコミが反響する。


 月冴さんの印象は、めっぽう美人で超怖い人。

 控えめに言って、一睨みされただけで緊張しちゃう。ヘビに睨まれたゲロ。

 さりとて、たとえ暴言でも話しかけられると嬉しいものだ。僕は基本どこでも空気扱いされるため、黙ってしまえば即存在を忘却されてしまう。


 ゆえに、美人になじられるという朝の日課が嫌いじゃなかった。

 別に、被虐趣味じゃないよ? 逆に優しくされたら、もっと怖いけど逆に。

 僕は、今日の準備をしようとバッグに手を伸ばした。


 ピコーンと通知音。スマホを覗けば、部活の招集メッセージ。

 了解の旨を送るや、月冴さんが怪訝な表情だった。


「な、何か?」

「あんた……今、ラインしてた?」

「そうだけど」

「……っ!」


 月冴さんが目を見開いた。


「うそ」


 明かされるは驚愕の疑問。


「……友達、いたの?」

「……いるよっ! って、言いたいけど、断言できる自信はないね」


 僕は、無の感情で耐え忍んだ。

 悲しいかな、僕は友達の定義を知らない。つるんだり、遊びに誘ったり、河原で殴り合ったのが友達ならば、そんな関係性は構築されていない。え、僕もしかして友達0人?


「ただの業務連絡」

「ふふ、やっぱり」


 なぜか、妙に嬉しそうだった。人の不幸はハニーテイスト?


「そういえば、プー太郎。いつも放課後になるとコソコソしてるでしょ。どんな悪事に手を染めてるわけ?」

「非合法じゃなくて、非公認。ただの部活。人材派遣部<ねこのて>って名の何でも屋」

「何でも屋?」

「そ。人のお願いを聞いて、報酬を貰う感じ」


 あれ? このやりとり、さっきもした気がするぞ。デジャブかい?

 やはり、月曜の朝は疲労感この上ない。1時間目は、存分に脳を休めよう。


「ふーん、なるほど」


 月冴さんは悪魔の笑みで、綺麗な黒髪を指で弄びながら。


「じゃあ、あんたにどんな命令もできるんだ?」

「いやいや、僕は基本在籍してるだけだからっ。あと、何もしない系だし!」

「何もしない? あぁ、だからプー太郎なのね。言い得て妙だわ」


 月冴さんが納得するや。

 キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。


「おーい、席に着けお前ら! HR、始めっぞ」


 担任がドアを力強く開け放ち、教室へ入ってきた。

 自然と会話を打ち切って、僕たちは教卓を見据える。

 今日はたくさん喋った珍しい展開だが、僕と月冴さんは友達ではない。


 なんせ、彼女は普段、その意思を冷たい氷に閉ざしたように誰とも慣れ合わない。       

 人が近寄れない絶壁に咲いた一輪の花のごとく、皆が憧憬の念を抱く存在なのだから。

 僕はただ、偶然隣の席にいただけだ。暑い日に暑いと言う程度、他意はないさ。


「人材派遣部、ね。やっと、聞き出せたわ」


 すでに舟をこいでいた、僕。

 ノンレムちゃんの誘惑は魅力的で、隣の呟きに反応できる余裕はなかった。

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