第113話 首都ネルベイラ攻略戦…開戦
「リュークサマ、街が見えましたよ?」
馬に乗って前を歩くローゼンシアがそう言う。
人類軍は縦列になって北へ行軍していると、ついに目的地へと到達した。
ミルアド首都ネルベイラ。大陸南部において最も交易が盛んでかつては商売の街として栄える大都市であった。
しかしそれも今や昔の話。魔族軍の進軍を受け、ミルアドの軍は壊滅的なダメージを受けた。命からがら逃走に成功した者の数は少ないだろう。
どれだけの人間がミルアドからカルゴアまで避難できたのかはわからない。ただ大部分の人間は逃げ遅れ、魔族軍に蹂躙され、その命を奪われたことは確実だろう。
たとえ生かされたとしても、その境遇は奴隷以下の家畜だ。
魔族軍に捕まった者は、精神支配を受けている可能性がある。だからたとえ魔族軍から助けることができたとしても、救助者を人類側に受け入れることはできない。
よくて隔離。最悪としては処刑。それが原則だ。
――いや、今はそれを考えるのは止そう。無駄だ。
魔族軍に捕まった人間の末路は悲惨だが、僕にはどうにもできないことだ。ならば考えるだけ無駄だ。僕がすべきこと。それは僕ができることだけだ。
「全軍止まれ!銃兵部隊、前へ。歩兵部隊は密集陣形を組め!敵のお出ましだ。急げ!」
首都ネルベイラを目前に人類軍の行軍が停止する。やがて総司令官より命令が飛ぶ。
ネルベイラは堅牢な壁を築いている城郭都市だ。都市は分厚い壁に囲まれており、防御に強い。
平原を挟んでまだだいぶ距離のある位置だが、どうやらこちらの動きは既に敵に気付かれていたらしい。まあそうだよな。
なにしろ南に向かったバルゴアード軍が人類軍に破られたのだ。奴らとてバルゴアードの動きには警戒していたはずだ。
ネルベイラの南門は既に開かれており、そこから敵軍が現れる。
あれは――奴隷兵だ。
ボロボロの服を着ている人間の集団。細い剣や槍を持つだけで、それ以外に目だった装備がない。
一見するとただの素人集団。だが奴らは命令されれば命を捨てる覚悟で玉砕してくる。
ネルベイラの都市から続々と現れる奴隷兵の集団。集団は二手に別れるように横に広がり、横陣の群れを作る。その数はだいたい2000から3000といったところか?もしかしたらもっと多いかもしれない。
「うん?なあリューク、数少なくないか?」
奴隷兵の動きを遠くから見ていると、隣からゼイラにそんなことを言われる。
「そうか?…まあ奴隷兵といっても流石に数に限度があるからな。ギュレイドスの進軍時に100万人も使ったわけだし、そろそろ数も底が尽き始めたのかもな」
僕はカルゴア防衛戦の時を思い出す。あの時は本当に膨大な数の奴隷兵がいた。
しかしいくら魔王リューゲールが精神魔法の使い手だからといって、100万の奴隷兵をホイホイ作れるとは流石に思えない。
なにより魔族は人間を次々と皆殺しにしているのだ。消費が早い分、奴隷兵の数もすぐに無くなっていく。
精神魔法があるといっても、肝心の人間の母数が足りなければ奴隷兵は作れまい。
そんな考えもあってそう言ったわけなのだが、馬に乗って背後を見ているゼイラは「いや、そうじゃなくて」と否定する。
「人類軍の数が少なくなった気がするけど?」
「え?そうなの?」
「ああ。だって人類軍は3万のはずだろ?数が減ったような…」
それは……なんでだろ?
「うーん……今回の作戦でミルアドの軍は人類軍とは別に行動するらしいから、それじゃないのか?」
「それは銃兵部隊の話だろ?奴らは前線に出てるから減ってるわけじゃないぜ?」
現場は慌ただしく、各指揮官の指示のもと陣形が組まれていく。兵士たちは忙しなく動き、軍靴の足音を鳴らし、着々と魔族軍への進撃の準備を進めていく。
そう、順調なのだ。そんな順調な雰囲気の中でゼイラはかすかな違和感を察知したようだ。
ただ、あくまで何も知らない現場の違和感なだけだ。きっと上層部、それこそ司令部からすれば予定調和なのだろう。
僕らが知らないってだけで、司令部では知ってて当然のことかもしれない。
「おそらく何かの作戦で動いてるんじゃないのか?なにしろこの部隊の総司令官はあの…」
そう。あのバルゴアード軍に対して滅茶苦茶な奇襲をしかけたあの女総司令官…
「ああ、知ってる。ヴィラだろ?」
僕が名前を言うまでもなく、ゼイラは今回の作戦を指揮する総司令官の名前を口にする。
「あれ?知り合いか?」
「いや、直接は知らない。でもヴィラ・ガルビアって言ったら結構有名だぜ?」
「へえ、そうなんだ」
冒険者にまで名前が轟くなんて、さぞや勇名に優れた名将なのだろう。
「ヴィラ・ガルビア。十年ぐらい昔に暴れまわってた元盗賊団の女首領だな。あいつ賞金首だぜ?」
違った。名将ではなく犯罪者だったようだ。
「当時12歳のガキがさ、次々と隊商を襲って物資を強奪してたんだよ。当然、いろんな冒険者とか傭兵が討伐しようとしたんだけど、みんな返り討ちにあってた。でも確か、どっかの国の騎士団が捕まえたって言ってたな…、そっか。ジンライドの騎士団が捕まえてたんだな」
まるで当時のことを懐かしむように語るゼイラ。どうやらうちの総司令官はなかなかの危険人物のようだ。
「ふーん…でも今はほら、人類のために戦ってるし、更生したんじゃないのか?」
「いやいや、してないだろ?他国の壁を勝手に倒して敵をぶっ殺すような奴だぜ?あれは民間人だって平然と殺すタイプだろうな!」
と知り合いでもないのにはっきりとそう言い切るゼイラ。それは…まあ僕もなんとなくそんな気はする。
「だからよー、ミルアドの話を聞いた時、どうも腑に落ちなくてな」
ゼイラは目を細め、人類軍の動きを見る。
「あの女がさ、みすみす銃兵部隊の身勝手な行動を許すとは思えないんだよな」
「そうなのか?」
「それはそうだろ。だって銃兵部隊は魔族への有効打だからな。祖国を自らの手で取り戻したいから部隊を離れるなんて言われて、よしいいぞ!…、なんて許可すると思うか?」
「それは…」
あの女司令官なら言わないか。
いや、そういう騎士道的な精神に理解のある将官がいないわけではないのだ。ただ、そうだな。話を聞く限り、ヴィラ・ガルビア総司令官はそういうタイプではなさそうだ。
どちらかといえば、使えるものは全部使うし、卑劣な手だろうと堂々とやる、そういうタイプな気がする。
「――言いたいことはわかる。だがゼイラも言った通り、銃兵部隊は魔族への有効打だ。流石に無下には扱わないだろ?」
「違うぜ、リューク。有効打なのは小銃であって兵ではないぜ?」
と、したり顔でゼイラは言う。
「小銃は訓練次第では素人でも即席の兵にできる。だから別に銃兵部隊が全滅したとしても、小銃さえあればすぐに銃兵部隊は作れるんだぜ?」
「それは…ふむ…それもそうか」
そこまで言われて、なんだろう、嫌な予感がする。
もちろん、さすがのヴィラ総司令官も友軍を騙し討ちなんてしないとは思う。ただ友好的に扱うということも無さそうだった。
――どうする?これ、大丈夫なのか?
僕は前日のことを思い出す。あのミルアドのルーガンという男。そして公爵家のジャンヌという女騎士のこと。
あいつら……特攻する気だよな。何しろ僕の力を借りずに首都を取り戻すと豪語したくらいなのだし。
もちろん、魔族を斃せる分にはそれで良いと思う。しかし僕が思っている以上に彼らを取り巻く状況は危険なのかもしれない。
ここは戦場だ。人が死ぬこともある。それはわかっている。
だが無駄に死ぬ必要はない。あのルーガンという男はともかく、美女が死ぬなんてもってのほかだ。
「――リュークサマ、敵が動きますよ」
そんなことをつらつら考えていると、魔族軍の動きを観察していたローゼンシアがそう言う。その言葉を皮切りに、敵が動く。動いたのは奴隷兵だった。
「「「「うおおおおお!!!」」」」
それは集団の雄叫びである。大気を震わせるような人間の集団による叫び。奴隷兵たちは声を叫ばせ、集団になってこちらに向かって走ってくる。
剣を掴み、槍を持ち、斧を掲げ、ただただ命令に従ってこちらに向かって全力で走って突撃してきた。
「まるで蛮族ですね」
そう言ってやるな。奴隷兵は単純な命令しか聞けないのだ。
そんな蛮族も同然の奴隷兵の集団を迎え撃つのは、前線に立つミルアドの銃兵部隊だった。
「全員、構え!狙いを定めろ…撃て!」
指揮官の号令に合わせてパパパパパンッ!と火薬の炸裂する音が連続で響く。
銃兵部隊に横一列に陣を組み、一斉に射撃。火薬の匂いが噴煙し、遠く離れた奴隷兵たちに向けて鉛弾が斉射される。
大量に飛来する鉛弾の直撃を受け、
「ぎゃ!」
「うが!」
「あが!」
肉体を穿たれ、痛みの声をあげ、そのまま後ろへとバタバタと倒れていく奴隷兵たち。そんな光景を周囲の奴隷兵は視認する。しかし、それでも走る足を止めない。
「小銃の知識なんて無いのに、まったく怯えませんね。恐怖すら感じずに特攻するとは…やはり精神支配は厄介ですね」
怯えることなくこちらに突撃してくる奴隷兵を見ながらローゼンシアはそんなことを言う。
流石にバルゴアードとの戦いで小銃を盛大に使っただけに、武器の存在ぐらいは相手も知っているだろう。しかし知るのと見るのとでは大違いだ。
まさに圧倒的な火力。魔族すら殺せるのだ。人間が撃たれたらひとたまりもない。
次々と銃撃の餌食になって倒れる奴隷兵たち。それはひどく無残な光景だった。
肉体に穴が開き、血が噴出し、骨が折れ、肉が飛び散り、臓腑をまき散らす。緑に染まっていた平原が人の血で汚れていく。
だが、敵は恐れない。魔族の命令を受けた奴隷兵はただ意味もなく突撃を繰り返し、恐怖に慄くこともなく、止まらない。
「第二陣、前へ…撃て!」
先頭にいた銃兵部隊が射撃を終えると後ろに下がる。それに呼応するように二番目にいた銃兵部隊が前へと出て、小銃を構える。そして指揮官の命令に合わせて一斉に銃撃をする。
小銃は命中率が低く、本来であれば滅多にあたらない。しかし敵が密集しているので撃てばほぼ確実に命中する状況だった。
小銃部隊による鉛弾が命中する度に奴隷兵たちは倒れ、地面に伏していく。気付けば平原には奴隷兵の死体がそこらに散乱するようになっていた。
奴隷兵は確実に数を減らしていた。しかし敵は数だけは多い。
中には銃火を潜り抜けてなんとかミルアドの部隊まで到達する奴隷兵もいる。しかしそういう奴隷兵は、
「敵はただの人間だ。歩兵部隊、斬り殺せ!」
「「「おおおお!!」」」
軽装の歩兵部隊に囲まれ、あっさりと殺される。
剣で斬られ、槍で貫かれ、絶命して地面に倒れる。
突撃を命令されただけの素人の奴隷兵では、本物の軍人の前ではまったく相手にならない。
相手が魔族でなく人間ならば、剣や槍でも十分に通用する。
奴隷兵は圧倒的な数の暴力が厄介なのであって、銃撃を受けて数を減らした単体の奴隷兵ならば脅威ではない。
「――む?」
「リュークサマ、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
遠く、ミルアド軍の動きを見ていると、長い金髪の騎士がいたような気がした。ジャンヌもあの中で戦っているのだろうか。
――心配だ。平気だろうか?
っていうかあの女騎士、自分は剣の腕前も加護もないって言っていたが、こんな前線に出て大丈夫なのか?
まあ、今のところは平気か?
「やはり小銃は圧倒的ですね。ふふふ、敵がゴミのように倒れていきます!」
「相手は人間だからな。弾が続く限りは平気だろうぜ」
友軍を褒めるローゼンシアに対してゼイラはなんか辛辣だ。だがそれは正論なのだろう。
一見すると味方は有利だ。しかし、いまだ奴隷兵を相手にしているだけで、魔族はまだ出ていない。
小銃は確かに威力がある。しかし、弾がないとどうにもならない。このままだと魔族が出る前に弾が尽きる恐れがある。
――まずくないか?
そんなことを考えていると、奴隷兵の勢いが落ちてくる。もしかして弾が尽きるよりも先に奴隷兵が尽きそうか?それなら問題ない…いや、あれはまずい。
奴隷兵たちの数が減ることでその後ろにいる魔族の兵たちが見えてくる。魔族の指揮官らしい個体が手を振り、口を開いて何か命令を出している。
「チッ…あいつら、マジか」
ゼイラが舌打ちする。その気持ちはわかる。
奴隷兵たちは平原を散り散りになって動きまわり、そして拾う。死体を。
精神支配を受けた奴隷兵たちはどんな命令も遵守する。死体を盾にしろと言われたら、その命令も従うのだろう。
そして魔族軍が出てくる。歩兵部隊を横に並べた横陣を敷くと、魔族軍が進軍を始める。
「弾を込めろ…撃て!」
そんな魔族軍に向けて銃兵部隊へ号令が出る。指揮官の指示のもと一斉に銃撃が始まる。
パンパンパンと相変わらず火薬の炸裂音が大気を震わせる。
「第三陣、前へ!早くしろ!」
「隊長、弾が尽きました!」
「もたもたするな!魔族が来るぞ!」
「撃て!とにかく撃て!」
銃兵部隊から放たれた鉛玉は遠く、敵へと命中する。主に遺体を盾にする奴隷兵に向かって。
たまに生きている奴隷兵に運よく命中する鉛弾もあるのだが、致命傷を負って倒れて遺体になった奴隷兵の身体は別の奴隷兵に拾われて盾にされるだけだった。
小銃を撃っても盾という名の遺体に命中するだけ。たとえ奴隷兵にあたって倒してもそれも盾として再利用されるだけ。
弾だけが無駄に減っていく。そうこうしているうちに、魔族軍の距離がだんだんと近づいていた。
50メートルあった距離が40メートル、30メートル、20メートルと近づき、そして、
「おらあ!」
「ぐああああ!」
魔族軍の接近を許した銃兵部隊が魔族の凶刃の餌食となった。
ミルアド軍の前線が崩れるのも時間の問題のないように思われた。
ミルアドの銃兵部隊は確かに強かった。だが、敵はどうやら銃対策をしてきたようだった。
僕は手に通信石を握る。
――どうする?
彼らの意思を汲むべきか?自分で祖国を取り戻したいという意思を汲むべきか?それとも……
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