第114話 防戦

 ミルアドの銃歩兵で構成されている中央の部隊は魔族軍の侵攻を受けて戦線が崩れつつあった。


 奴隷兵という人間の盾を使用して銃撃を防御している魔族軍は確実に前進している。


 一方でミルアド軍は完全に押され、ついにゆっくりとだが後退を始める。


「あの、リュークサマ…あれってマズくないですか?」


「――だろうな」


 当初こそ銃撃の音が戦場を支配していた。しかし今や銃声はおさまり、代わりに剣戟の音が戦場で鳴り響くようになる。


「魔族を相手に一対一で戦うな!囲んで相手をしろ!」

「ダメだ、勝てない、後退しろ!」

「剣が通じねえ…やっぱ無理だ、こんなの勝てっこねえ…逃げろ!」


 魔族一体に対して10人ほどの兵士たちが剣や槍を手に掴んで囲んで攻撃を開始する。しかし剣を振れどもその強靭な皮膚に弾かれ、槍で突いても刺さらずに止まってしまう。


「ぐははは!なんだそれは?いいか、攻撃ってのはな――こうやってやるんだよ!オラッ!」


 囲まれた魔族が巨大な戦斧を横に振るう。たったその一撃で周囲にいた兵士たちの身体が甲冑ごと引き裂かれ、地面へ肉片をまき散らす。


「ひぃいい!」

「そんな…一撃で…」

「た、隊長!勝てません!」

「奴ら強すぎます!」

「…くッ…無念だ。…後退しろ」


 魔族一体に対して十の兵士が束になっても勝てないのだ。やはり一般兵による近接攻撃ではどう足掻いても勝ちようがない。


 そんな中で、一人だけ善戦している兵士もいる。


「堪えろ!貴様ら…それでもミルアドの軍人か!もう良い、貴様らは俺の後ろにいろ――魔族など我が愛剣の錆にしてくれるわッ!」


 未だ闘志を失わず、最前線にて戦う男がいた。それは…


 ――あれは、ルーガンか?


 華美な甲冑をしているのでてっきり貴族特有の見栄えを意識した装備なのかと思っていたが、なるほど、あの男はなかなかやるようだ。


 両手に長剣を持って戦うルーガンは自身をミルアドで最強の剣だと豪語するだけあって、魔族との戦闘が始まれば激しい剣戟の末になんとか斃すことができていた。


「うらあ!」


 魔族の戦斧による攻撃を寸でのところでかわすと、ルーガンは隙だらけの腹に向けて剣を振って切り裂き、魔族を一体なんとか斃す。


 あの分厚い皮膚を切り裂くとは…武器もそうだが、それ以上にルーガンという男はかなりの剣の使い手らしい。


「ガーッハッハッ!なんだ魔族とはこの程度か?軟弱どもが!貴様らの相手などこのルーガン一人で十分だわ!まとめてかかってこい!」


「お、あの男、確かに強いですが挑発的ですね。よっぽど自信があるのでしょうか?」


「あれは敵の目を引き付けてるだけだろ。味方を逃がしたいんだろな」


 実際、敵の中で獅子奮迅のごとく戦うルーガンを置いて、周囲の味方の兵は後退しつつある。


 ルーガンは確かに魔族が相手でも十分に戦えるだけの強さがある。だが既に息が上がっている。あれでは連戦は難しい。そのうち体力が尽きるだろう。


 他方で、魔族の兵士は次々と後ろから現れてくる。たかが一体や二体斃した程度では勢いは止められない。


 今はまだ勝てているが、体力が尽きた瞬間に負けるのは確定だろう。


 そうなればもうお終いだ。


「おら!」


 ルーガンが剣を振るう。魔族の腕が切り飛ばされる。


「どらあ!」


 ルーガンが剣を振るう。魔族が持つ戦斧が弾かれる。


「くらえ!」


 ルーガンが剣を振るう。しかしその刃は魔族の戦斧との衝突に耐えられず、ついに折れてしまった。二本あるうちの一本が折れ、残すは一本。


 ルーガンは後ろに跳躍して魔族との距離を開く。折れた剣を捨てて、もう一本の長剣を両手で握りしめる。


「くッ…王より賜った剣が……ここまでか…全軍、後退だ。……救援を出せ」


 ついにミルアド軍は観念したのか、ルーガンは殿を務めつつ後退を開始する。


「やっと諦めたか、しつけえ奴だぜ!」

「おらおら!ぶっ殺してやるよ!」

「お前ら、敵を蹂躙しろ!目の前の人間を殺せ!」

「ヒャッハー!」


 中央の部隊は防戦しながらなんとか後退をする。そんな中央部隊の弱腰な態度を見て、魔族軍はにわかに活気づき、攻勢を増していく。


 やがて楔形の陣形を組んだ魔族軍が食い破るように中央部隊を蹴散らしていく。


 魔族軍の本格的な攻撃が始まった。およそ3000か。魔族の集団がミルアド軍に襲い掛かってくる。


「このままだとミルアド軍、全滅させられるな。どうする、リューク?」


 ゼイラがこちらに問いかける。といっても、僕に出来ることは無いのだが。


 だってこれ、明らかに罠だし。といっても仕掛けてるのは人類軍だが。


 中央に配置されているミルアド軍の後退を遠くから眺めるのは、人類軍

女総司令官だった。彼女は目を細め、やがて口を開く。


「――ふむ。まったく、自分たちで祖国を取り戻したいというからわざわざ最前線に出してやったのに、なんて体たらくだ。しかし助けを求められたら助けないわけにはいかないな?――右翼部隊、左翼部隊、魔導騎兵部隊を引き連れて敵を挟撃せよ!」


「「了解!」」


 人類軍のヴィラ・ガルビア総司令官より指示が出る。その指示はすぐに伝播され、右翼部隊と左翼部隊が動く。


 中央部隊が後退する中で、左翼部隊と右翼部隊が高速で前へと出る。それは機動力のある騎兵部隊――それも魔導士を騎乗させている魔導騎兵部隊だ。


 魔族軍は突撃するつもりだったのだろう。楔形の陣形で中央部隊を今まさに突破しようとしていた。


 そんな魔族軍を左右より挟むように、縦列になって草原を走る魔導騎兵部隊。やがてその指揮官が腕を振り下ろし、命令を下す。


「撃て!」


「「「ファイアーボール」」」


 その命令に合わせるようにして、縦列になって長蛇を作っていた魔導騎兵部隊より、大量の火球が魔族軍にめがけて放たれた。


 高熱の炎を帯びた火球の乱れ打ちを魔族軍は浴びる。そして、


「え?うぎゃあああ!」

「うがあああ!」

「ぎょああああ!」


 魔族軍が固まっていたところへ、左右より魔導騎兵部隊によるファイアーボールが一斉に放たれ、魔族軍は直撃を受けた。


 大量の火球が魔族軍を焼き尽くし、悲鳴と焦げた匂いとともに焼死体を作り上げていく。


 草原に黒い煙がもくもくと上がり、3000ほどいた魔族の兵士たちが一瞬にして崩壊の危機を迎えた。


「リュークサマ…今のもしかして…」


「だからアタシ、言ったろ?あの女はヤバいって」


 ゼイラが苦笑するように言う。


 どうやらあの女司令官様はミルアド軍の兵士を囮に使ったようだ。


 魔族にとって脅威である銃兵部隊。当然、魔族としては対策もするし、できることならすぐに潰したいと思うところだろう。


 だからこそ魔族軍は奴隷兵を大量に使用してまで真っ先に銃兵部隊を潰しに来た。


 そこへ左右から上がってきた魔導騎兵部隊がファイアーボールの乱れ打ちをしたのだ。まさに魔族としては銃兵部隊を囮にハメられたようなものだろう。


 もちろん、自分から前線を志願したのはミルアド側だ。人類軍側としてはミルアドの銃兵部隊に囮になってくれなんて一言も頼んでいないのだろう。


 なにより手出し無用なんて言ったのもミルアド側だ。むしろ状況としては助けてやったに等しい行為である。


 ただあえて言うなら、右翼部隊と左翼部隊の動きがあまりにも見事すぎて、明らかに狙ってやったとしか思えないということぐらいだろうか?


 やることがなかなかえげつない。ただあの女総司令官は、魔族を斃すという結果だけはきっちり出している。


 ――なるほど、人類軍がわざわざ犯罪者を総司令官に任命するだけあるな。


 確かにミルアド軍は手痛い被害を受けた。しかしそれは言ってしまえば自業自得の産物だ。人類軍に非はない。


 それどころかこの状況を利用して魔族軍に甚大な被害をもたらした。それは功績であろう。


 総司令官からさらに命令が飛ぶ。


「敵は怯んでいるぞ!二番隊、三番隊、魔法攻撃でたたみかけろ!」


「「了解!!」」


 魔導騎兵の良いところは、たとえ馬を走らせながらであっても背後や左右に攻撃できるところだろう。


 確かに連続での攻撃はできない。しかし縦列になって次々と別の魔導騎兵が投入されることで、間断なく火球を撃ち込むことに成功している。


 やがてUターンするように戻ってきた魔導騎兵がポーションを呑んで魔力を回復。すると再び戦線に復帰して火魔法による挟撃を開始する。


 一向にやまない魔導騎兵による火球での挟撃。その威力に魔族の悲鳴が上がり、焦げた匂いが大気を漂う。


「ぎゃあ!」

「うがあ!」

「誰かあの魔術師を止めろうがああ!」


 連続して攻撃され続ける魔導騎兵の攻撃に魔族軍は翻弄されるばかりだった。


 魔族部隊は中央軍を攻撃するべく一ヶ所に固まっていたので、まさに良い的であった。


 火魔法の攻撃により次々と数を減らす魔族軍。やがて一般の魔族兵はほとんど火球の餌食になって倒れ、少数の火魔法に耐えられるだけの強い個体のみが残っていた。


「ほう、特殊個体も混じっていたか。あれは英雄殿に任せておこう。――では都市内部はがら空きか?よし、別動隊を動かせ」


「了解!」


 間断なく火魔法を撃たれることでまさに魔族軍は死に体だ。だが全滅したわけではない。まだかろうじて数は残っている。


 魔族軍とてこのまま終わるつもりはないのだろう。


 一般の魔族兵よりもさらに強い戦闘力のある特殊個体が3体ほど残っている。


「うがああああ!」


 そのうちの一体がまだ中央で防戦しているミルアド軍に迫る。


 数が減ったことで、ミルアド軍もなんとか魔族軍相手に巻き返しができているようだった…おや?


 男ばかりの戦場で、華麗な金色の髪の兵士がいる。


 ――あの金髪は…ジャンヌか?マズイ!


 正直、他の男どもがやられても特に気にはしない。だがあの女騎士がやられるのはどうしても避けたい。というか美女を守りたい。


 僕は咄嗟に通信石を握る。仕方ない、やるか。ルワナが寝取られることになるが、仕方ない…


「あれ?リュークサマ、なんか街から煙が上がってないですか?」


「え?」


「ああ、本当だ。なんか兵の数が足りないと思ったら、そうか、あいつらミルアドを先に占拠するつもりだったんだな」


 突然のローゼンシアの指摘に変な声が出てしまう。ゼイラも視線につられて街の方を見れば、確かに街を覆う壁の上になにか煙が上がっていた。


 この人類対魔族の戦争にはあるルールがある。


 それは、土地は奪ったモノ勝ち、というものだ。


 一応、カルゴアはミルアドと密約を結んでいるので、たとえ僕がミルアドから魔族を追い出して土地を取り戻したとしても、ミルアドの土地はミルアド王族に返される予定だ。


 しかし、それ以外の国の場合は?


 例えば、あの女総司令官が属しているジンライド国の兵がミルアドを占拠したら?


 流石に丸ごと土地全部が取られるとは思わない。ただ領土交渉で不利な立場になるかもな。


 しかも人類軍はミルアドのワガママとも取れる行動を許したわけだし。


 ――どうする?このままだとミルアドの土地の権利が他国、というかジンライドに奪われるかもしれない。


 そんなことしたらルワナが悲し……?あ、ああッ!しまったッ!通信石に魔力流しちゃった!やっべ発動する!


 ドクン…加護が発動し始めた。

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