第111話 ミルアド首都ネルベイラ攻略戦…前日

「次の首都攻略戦では我がミルアド国の銃兵部隊が都市を奪還してみせます。卿の力がなくとも我らの力のみでミルアドを奪還できることを証明してみせましょう」


「はあ、そうですか」


 ダバンでの魔族軍との一戦を終えてから数日後。


 人類軍の次の目標としてミルアド首都ネルベイラを奪還すべく、軍は北へと行軍を開始した。


 その途上。ダバンとネルベイラの中間にある無人の砦の近くで野営をしたその次の日。


 いよいよ明日にはネルベイラ攻略戦が始まろうとしている、というその日の朝。


 僕はといえば朝っぱらからミルアドの軍人…それも結構偉い地位にいると思われる人になぜかケンカ腰に話しかけられていた。


 目の前には全身を派手な鎧で固めた重装の男…まだ名乗ってないな…とにかくその偉そうな男とその側近と思われる兵士たちが眼前にいる。


 まったく。朝っぱらからなぜこんな屈強で汗臭そうな男と会話をせねばならないのだ。ふざけた話である。


 かといって適当にあしらうわけにもいかないし。はてどうしたものか。とりあえず適当に話でも合わせるか。


「軍の作戦の話でしたら、総司令とするべきでは?」


「総司令官殿と話は既にしてある。快く了承してくれた」


 じゃあ何が言いたいんだよ。次の戦いで先陣を切って武功をあげたいというのであれば、勝手にすればいいではないか。


 一番槍は確かにリスクも大きいが、武功を立てるチャンスも多い。血気盛んで野心的な人間からすれば、まさに誉れであろう。


 まあ僕はあえて危険なことはしたくないので、自分から一番槍を申し出たいとは思わないが。別にそういうことを期待する人間がいることを否定もしない。


 要はどっちでもいいのだ。戦場で功績をあげたいのであれば勝手にすればいい。好きにしろ、という話だ。


 戦いたいなら戦えばいい。誰も止めない。


 そもそも僕に人類軍の指揮や作戦に口出しする権利なんて無いのだ。僕に言ったところでどうにもならないだろうに。


 そんな僕の疑問を感じ取ったのか、目の前の男はさらに言葉を続ける。


「人類軍の銃兵部隊のほとんどは我々ミルアドの軍人だ」


「はあ、そうらしいですね」


 それはそうなのだろう。そもそも小銃を開発したのがミルアドなのだ。いくら小銃が弓と比べれば簡単に習得しやすいからといって、即席で使い方を学ぶなんてまず無理だ。


 となると、やはり既に小銃の扱いに慣れた兵士が望ましい。


 今回の作戦において銃兵部隊の役割は大きい。とても素人の寄せ集めには任せられない。ならば素人の部隊よりも、既に小銃の扱いに慣れているミルアドの兵を使った方が良いのは自明の理だ。


 そこに文句などない。僕に文句を言う権利なんてそもそも無いのだが。


 しかしそんな僕の至極どうでも良さそうな態度が癇に障ったのか、男の顔色がなんだか赤くなっているような気がする。もちろん、僕に惚れてるわけではないのだろう。きっと内心で怒っているに違いない。


 こんな中年の男に惚れられても困るしな。


「――撤回、して頂けないだろうか?」


「えっと、何をです?」


「密約に決まってるだろ!」


 うお、急にデカい声を出さないで欲しい。ビックリするじゃないか。


 それにしても密約だと?一体何を言っているのだろう、この男は?


 なんの密約かは知らないが、こんな色々な人たちがいる野営地で、堂々と密約なんて言葉を使わないで欲しいよな。他人に聞かれたらもう秘密じゃなくなるだろうが。


 ふーむ。ああ、そういえばルクスが言ってたな。小銃の件で何か密約を結んだとかいないとか。それの件かな?


 だとしたら、僕にはまったく関係ない話だろ。いくら僕がカルゴアの上位貴族だからといって、そこまでの政治力は無いのだが。


 まあ、頑張れば王国の政治に口出しぐらいはできるかもしれない。しかしルクスとの関係を悪化させてまで国の政に介入する気はないからな。


 よし、ここは丁重に他人任せにしよう。


「何のことか存じ上げませんが、もしも密約があるとすればそれはカルゴア王家とミルアド王家の問題です。僕が口出しすることではありません」


「……」


 よし、完璧だ。


 そうだよ。僕がいくら上位貴族だからといって、その上にはさらに王がいるのだ。王とは言ってしまえばその国の総責任者だ。僕の面倒ごとなんて全部責任者である王様に任せてしまおう!


 僕のこの対応はきっと完璧だったに違いない。男は一瞬だけ口籠る…あれ?なんかさっきより顔が赤くなってね?血圧高そうだな。


「……俺とて殿下の方針に異論はない」


 なんか声に棘があるな。すっげえ異論ありそう。


「祖国のため、主のためなら命さえ捨てる覚悟がある。あんな銃の技術ならいくらでもくれてる。密約とはそのことではない…」


「はあ、そうですか」


 あれ?なんか小銃について色々と密約を結んだみたいなこと言っていたのでそれの件かと思ったのだが、違うのか。じゃあ一体何なんだよ、要領を得ない奴だな。


 この男は軍人だが、同時におそらく高位の貴族でもあるのだろう。なんだか貴族特有のもったいぶった言い回しばかりしてくる。


 別にそれが悪いってわけではないのだが、何が言いたいのかわからないだけに、いい加減イライラしてきた。言いたいことがあるなら言えばいいだろに。


「――でしたら一体何がおっしゃりたいのでしょうか?堂々と申し上げたらどうです?」


「な……いいだろう。なら言ってやる。ルワナ王女の件に決まってるだろ!」


 …あ、やっべ。


 ああ、そうだったね。うん、そうだったわ。ルワナを僕の女にする代わりにミルアド奪還に協力するって話だったね。やっべ、忘れてた。


「俺は王国近衛騎士団団長のルーガン。代々王家を守護する騎士として国に仕えている名誉ある一族だ」


 ルーガンと名乗る男はなんか急に語りだした。


「崇高なるミルアド王家を守ることが俺の使命。そして我が一族の誇り。いくら祖国を守るためとはいえ、親愛なる王女殿下を他国の貴族の愛人にさせにさせるなんて暴挙、見過ごせるか!」


 なんかすっごいキレてるな、この人。


 うーん、これ言ってもいいのかな?なんか偉そうなこと言ってるけど、君らさ、そもそも魔族から王家守れなかったじゃんって言ってもいいのかな?


 いや、止めておこう。そんな煽りしたら絶対こいつキレるよ。いや、既に怒髪天のごとくキレてるけどさ。うん、もっとキレるよね。なんか決闘とか申し込んできそうだもん。


 僕は改めて男を見る。……まあ悪い奴ではないのかな?面倒な奴だが。


「つまり、ルワナを返せと?」


「――当然だ。もともとは貴殿が我らに力を貸す代わりに王女殿下を渡すという約束だったのだろう?だが先日の魔族との戦で確信した。お前の力などなくても小銃さえあれば魔族を斃せるとな!」


 なんだかえらく自信に満ち足りた顔をして宣言をするルーガン。


 なんというか、うーん、すごい自分勝手な理屈だな、とは思う。


 自分から助けて欲しいといっておいて、あとからやっぱ無し、必要ないから契約取り消しね、というのはいくらなんでも自分勝手すぎやしないか?


 それは商業国家としてあるべき姿なのだろうか?


「ミルアドは契約は絶対遵守の商業国家と聞いていましたが、一度交わした約束を反故にすると?」


「そのようなことは決してない」


 おや、違うのか?


 ルーガンは唇を噛んで忌々しそうな顔をしつつも、僕の言葉を聞き入れてくれた。その上で彼は言う。


「我が国にとって契約とは血よりも重い。たとえ口約束だろうと死んでも守る。それが我が国の国是だ。約束をした以上、必ず守る。それは絶対だ」


 ああ、そうなんだ。どうやら守るべき事はちゃんと守るらしい。


「なによりこれは王家が結んだ密約だ。俺とて口出しするつもりなど本来はなかった。しかし、貴様はダメだ!お前なんぞにあの愛らしい姫を渡せるか!」


 こいつ、何を言ってんだ?もしかして本当はルワナのこと好きなんじゃねえの?


 まあだとしても今更ルワナは渡さないけどさ。


「はあ、さっきから何をおっしゃってるのです?文句がないと言いながら文句を言う。一体何が気に入らないというのです?」


「何が、気に入らない、だと?よくもぬけぬけと……お前のその好色な態度に決まってるだろ!貴様、ここは戦場だぞ!毎晩毎晩女を抱きやがって!頭イカれてるのか!」


 ルーガンはこちらを指さす。正確には、さっきから僕の腰に腕を回して抱きついているローゼンシアを指さす。


「うん?え、私のせいですか?」


 ちなみに今までの会話はすべてローゼンシアと一緒に聞いていた。ただ彼女は話の内容にまったく興味がなかったのか、僕に抱きつくだけで何も言わなかっただけだ。


 それにしても、そうか。


 …あー、うん、そうか、気付かれてたか。


 だってしょうがないじゃないか。ローゼンシアをたっぷり抱いて愛してあげないと他の男…あの例の間男の方に行くなんて言うんだもん。


 じゃあ抱くしかないじゃん。だいたいローゼンシアは僕の女なのだ。自分の女を抱いて何が悪いって言うんだよ?!たまたまそこが戦場だった、それだけの話だろ!


「その女だけではない。副官も女だし、なによりカルゴアにいた頃より貴殿には浮ついた話が多すぎるぞ!」


 ふむ。どうやら僕の噂はなかなか轟いているらしい。まいったねえ。なんとか英雄色を好むという諺でこの場を誤魔化せないかな?


「はっはっは…そうですか。そんなに噂が立ってましたか。これは困りましたね」


「くッ…貴殿は人類にとって無くてはならない存在だ。それは承知している」


 まるで苦虫でも食いつぶすような顔をするルーガン。よほど僕の行状に腹を据えかねているらしい。


「貴殿がどんな趣味を持っていようと、それは貴殿の問題だ。それも構わない。だがそのためにルワナ様を巻き込むわけにはいかぬ!――ネトラレイスキー卿!……後生である。姫殿下を返して欲しい」


 この男は、もしかしたら本当にルワナを大事に思っているのかもしれないな。


 まあかといってルワナは僕にとっても大事な女だ。今更返すつもりなどまったくない。よし、断るか。


「申し訳ないがことわ…」


「代わりに我が近衛騎士団の騎士、ジャンヌを差し出す。ジャンヌ、こちらへ」


 かちゃり、と甲冑の音をたてながら一人の女騎士がやってくる。


 その女は派手な金色の長い髪と怜悧な眼差しを持つ美女であり、同時に重い甲冑の鎧をものともせずに堂々と歩くだけの膂力のある女騎士でもあった。


「ジャンヌ・リィンカーズです。ミルアド公爵家の息女です。現在はわけあって近衛騎士団の副団長を務めています。どうぞよしなに」


 公爵家…ということは王族の縁戚なのだろう。もしかしてルワナの親戚か?


「ネトラレイスキー卿」


 ジャンヌと呼ばれる公爵家の女騎士がこちらに鋭い眼差しを向けつつ、はっきりとした口調で述べる。


「ミルアド首都は必ずや我々がその手で取り戻します。貴君の力添えは不要。我らの手で取り戻した暁には、どうか密約を反故にして頂きたい。もちろん、身勝手な要求をしていることは承知の上です。この話を受け入れてくれる対価として――この身を捧げます」


 ――私はあなたに忠誠を誓います、だからどうかルワナを返して欲しい、とジャンヌは切実に訴えてきた。


「ふぅ、何かと思えば、本当に身勝手な理屈ですね」


 僕の体に腕をまわしつつ、ローゼンシアは目を細めて見下すような顔をする。


「自分で助けて欲しいと言いながら、なんとかなりそうだからやっぱり約束は止めるって、馬鹿にしているんですか?お話になりませんね」


「くっ、わかっている。だが…」


「やはりダメか。ならばこの俺、王国最強の剣であるルーガンが…」


「いいだろう」


「え?」

「はい?」

「なんだと?!」


「だから、良いって言ったんだけど」


「ほ、本当であるか!」


「ああ、僕が手を出さず、君たちの力で取り戻せるというのであれば、そうだな、ルワナが望むのであればミルアドに返す。それでいいかな?」


「う、うむ!感謝する!貴殿の心遣い、誠に嬉しく思うぞ!」


「いや、ちが、そうじゃなくて、あの…」


「あ、そういうこと?ならいいのかな?」


 僕の言葉に三者三様。


 提案が通ったことに喜ぶジャンヌ。なぜかひどく狼狽するルーガン。そして納得したような顔をするローゼンシア。


 もちろん、すべてはルワナの意思を優先する。彼女が俺なんて嫌いだ、実家に帰らせて頂きますって言うなら、そもそも密約とか関係なしにルワナの帰国を喜んで受け入れるつもりだ。


 もちろん、実家への帰還を阻止すべく僕だって全力で彼女を愛するつもりだ。それでもやはりダメだというなら、それは仕方のないことだ。諦めて受け入れよう。


 僕はルワナが大好きだ。彼女に愛してもらえるなら最大限の努力を惜しまない。だが彼女が嫌がることは絶対にしない。いくら好きだからといって無理強いはしたくないのだ。


 というか、なんでルーガンはこんな驚いた顔をしてるんだ。


「ま、待ってくださいジャンヌお嬢様!まさか本当にこんな要求を呑むなんて」


「黙れルーガン。もう決まったことなのだ。ではこれより貴殿、ネトラレイスキー卿の配下となり忠誠を誓わせて頂く。こんな剣の腕前も加護も持ってないような無能な女でよければ今後ともよろしく頼む」


「ああ、よろしくね」


 もしかして僕がここで要求を呑むなんて思ってもみなかったのだろうか?まあそうだよね。普通、女を差し出す代わりに王女を返せなんて要求、通るわけないよね。


 もしも交渉するとしたら、わざと役に立たない人材を先に提案させて相手に断らせた後、次により有能な人物を提案して断り難い状況を作るとか、そういう交渉のテクニックをするかもね。


 人間、一度断ったりすると罪悪感から次の提案は呑んでもいいかな、なんて心理が働くことがある。


 でもしょうがないじゃないか。


 僕は世界一のチャラ男になる、そう決めたのだ。決めた以上は、女性を手にするあらゆる手段を取らねば!


 公爵家の息女であり女騎士のジャンヌ。長く綺麗なブロンド髪の彼女は自分では剣の腕がないと言っていたが、しかし重い甲冑をものともしない体を見れば、彼女がちゃんと特訓を積んでいることはわかる。


 そのせいかスタイルも良く、甲冑の上からでも女性らしいプロポーションの持ち主であることがよくわかった。


 ふむ。素晴らしい女性だ。要求を呑んで良かったと思う。


「あ、でもそうなると次の戦いはどうするのです?僕の中隊に入るのですか?」


「いえ、まずは首都攻略戦まではミルアド軍として行動させてください。もちろん全てが終わった後は、どのような状況であってもあなた様に今後はお仕えさせて頂く。どうかよしなに」


 あれ?ということはルワナが帰国しなくてもジャンヌは僕の配下になるということか?


 じゃあいいのかな?


「さらばだ、ルーガン。今まで世話になったな。息災でな」


「そんな、お嬢様…くぅ、俺はなんてことを」


 なんかあっちはあっちで盛り上がってるな。


 といっても別に今生の別れになるわけでもないし、次の攻略戦までは彼らは一緒に戦うのだろう。そんなすぐ別れるわけでもないのに大げさだな。


 そんな彼らのやり取りを遠巻きに見ていた。すると、声をかけられる。


「伯爵。よろしいでしょうか?」


 僕を伯爵と呼ぶということは、人類軍ではなくカルゴア軍なのだろう。カルゴア軍の伝令兵が僕に呼びかける。


「うん?なにかな?」


「ルクス殿下より文を預かっています」


「ああ、ありがと」


 僕は伝令兵より手紙を預かる。なんかやけに厳重に封がしてあるな。もしかして加護の件か?


 封を解くと一枚の手紙が入っている。この筆ははルクスか?


『王宮より通信石を使用した報告がある』


 どうやら王宮からの連絡らしい。


 通信石はただ光るだけの魔石だ。しかし光の点滅などを信号として利用することで情報を伝えることもできる。


 内容を読む。どうやら僕宛てにシルフィアから連絡があったらしい。


『リュークへ。ルワナから要望です。次のミルアド首都攻略戦はルワナを使って欲しいとの本人の要望ことです。とても決意が固そうなので説得はできませんでした。ということでよろしくね』


 あ、ああ、あああああああ!


 ルワナがとんでもない決断をしたようだった。

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