第109話 事後報告
「――首謀者はドウラン国の侯爵貴族、ゾイド・ローシャル。さらにその取り巻きの貴族数名が今回の事件を引き起こしたとのことです」
あの後。
ローゼンシアの救出に成功した僕らは一旦人類軍の本隊がいるダバンまで帰還。さらに捕縛したドウラン国の貴族たちを人類軍に突き出す形になった。
その時の人類軍の将官たちの反応は、驚き半分、呆れ半分といったところだった。
正直、こいつらならやりかねないぐらいに彼らも思っていたのかもしれない。
その後の処理としては、首謀者の貴族どもをカルゴアへと移送。その際に今回の事件に参加していたドウラン国の兵士たちもカルゴアに連行させることになった。
――まったくもって面倒な限りだ。
ただでさえ人材が不足しているこの渦中。魔族との戦争と関係のないところで人手を使われるのだ。人類軍としても鬱陶しいことこの上ないだろう。
これが人類軍内部の話ならば、軍規違反を理由に即刻その首を撥ねて処刑にするところだ。
しかしドウラン国の軍隊は人類軍に属していない。あくまで協力者という立場で今回の作戦に随行していた。だから人類軍が処すことはない。
……くぅ、なんてうざい奴らだ。
人類軍としては今回の事件はあくまでカルゴアとドウランの間で起きた出来事という扱いなので中立の立場である。だから直接的には関与しない。まあ間接的には関与するのだろうが。
そんなこんなで色々と面倒な処理の作業を終えてようやくひと段落。今まさに陽が沈むというその時。ルクスに呼ばれて事件について報告をするように出頭を命じられた。
――明日でいいじゃないか。まったく、なぜ僕がこんな面倒な目に?
本当ならば今頃、魔王軍の幹部を倒した英雄として歓喜の宴でも開いているところだろうに…
人類軍が接収したダバン領主の館で、僕はようやくルクスを相手に今回の事件の報告を終えた。
「――以上です」
「そうか。ご苦労だった」
ルクスも疲れたような顔をする。ルクスはルクスでいろいろとやっていたらしい。
「お前が突然北へ向かったなんて報告があった時、何があったと司令部でもかなり困惑していたぞ?」
と、なんだか恨み言を言われてしまう。
「それは…」
「わかってる。それについては俺の方からフォローしておいた。問題は奴ら…」
「ええ、そうですね。まお…」
「あの首謀者どもの処遇だがな…」
おっと。そっちか。あっぶね。あやうく間男の話をするところだった。
そうだった。今は緊迫した真面目な場面だった。とても間男の話なんて出来るわけないよな。まあ、僕にとっては間男も重大で緊迫した真面目な話のネタなのだが。
「これが平時だったら、色々と根回しされて有耶無耶にされていたな。しかしドウラン国などもう無いのだ。奴らに後ろ盾は存在しない」
まあ、そうだよな。ということは…
「奴らは俺の国を卑劣にも恫喝してきたのだ。まあ処刑だよな」
「でしょうね。僕の女に手を出した報いはぜひ受けて欲しいところです」
「――…ッ…あ、ああ、そうだな」
なんだ今の間は?
僕の言葉にルクスは一瞬、言葉に詰まる。なんだか色々言いたそうな顔をするが、それを呑み込むように同意をした。
……わかっている。わかっているのだ。本当に手を出したのは間男の方だろ?と言いたいのだろう。しかしそれを口にするのは御法度だ。そんなこと言われようものなら僕の精神が壊れてしまう。
もう限界です。限界なんです。でも耐えるしかない。そう、僕には耐えるという選択肢しか無いのだ。
僕の気持ちなど知ってか知らずか、とにかくこの話題はスルーしてルクスは別の話を続ける。
「首謀者とその取り巻きは当然として、問題はそれ以外だな。今回の悪事にドウラン国の貴族全員が参加したわけではない」
…ほう?それはどういう事だろう?
「カルゴア貴族の中にはドウランの貴族と縁故のある奴らもいるからな。ドウランの貴族だからといって血縁関係者まで処刑すると、こっちまで被害が出てしまう」
「それは…」
まったくもって面倒な話だな。
本来、国家に楯突くなど重罪である。そういう意味では、今回の事件はローゼンシアを誘拐したことよりも、それをネタに僕という戦力を脅し取ろうとしたことの方が重罪なのだろう。
反逆や内乱の罪に対する罰は処刑のみ。さらに首謀者の肉親や親類も処罰の対象になる。たとえ子供だろうと内乱を起こした首謀者が親ならば処刑は避けられない。
それが本来の処罰の在り方だ。しかし今回のケースをそのまま適用するのはあまりにも惨いか。
「我が国に楯突くような奴が処刑になる分には別に困らん。かといってただでさえ人手不足のこの非常時に、咎人の縁者だからといって処刑するのもな。時間と労力の無駄としか思えない。だから首謀者の親類などには恩赦を与えてやろうと思う。……それについてお前はどう思う?」
どう思うって……なぜ僕に聞く?
それはもちろん、首謀者が処刑されるのであればそれ以外についてはどうも思わない。
これがクーデターならば将来の禍根の芽を今のうちに紡ぐという意味でも親類縁者まで処罰した方が良いかもしれない。しかし今回のケースは違うだろう。
そもそも僕に聞く必要があるのか?主が命令すれば、たとえ嫌でも受け入れないといけないのが臣下ではないのか?
…ん?
ああ、そういうことか。ルクスはきっと僕に不満がないのか、確認したいのだろう。
もちろん、ルクスの命令ならば僕としては承知するしかない。しかしルクスは命令はせず、あえて僕に意見を聞いた。きっとルクスとしては、命令はしたくないのだろう。
「――関係ない者まで処刑する必要はないかと。殿下の考えに同意します」
「そうか。では俺から父上にそう伝えておこう」
そう言うとルクスはペンを走らせて書面を作成する。
「お前ならそう言ってくれると信じてたぞ。ふぅ。ようやく面倒ごともこれで解決だな。しかしタダで恩赦というのもな」
「できれば金品でも要求したいところですが、ドウランの貴族に財力などあるのですか?」
「ないな。あったとしてもここにはない。何しろ奴らの土地は魔族に支配されているからな。金目のものは請求できないだろ」
それはそうだよ、な。では本当に無駄に労力を割いただけなのか…
「あら?でしたらわたくしに彼らの兵を頂けませんか?」
男ばかりの会話に女の可憐な声が室内に響く。
この部屋には僕とルクス、そしてシエル王女がいる。彼女は無言を今まで貫いていたわけなのだが、ここにきて急に言葉を発した。
「あ?急に何を言い出すんだお前は?」
突然の介入に不満を露にするルクス。そんな兄上の不満など意に介さずにシエルは続ける。
「リュークの話では、その兵たちは主君に随分不満があったらしいですわね?でしたら主君をわたくしに変えてもらっても構わないのでは?」
「確かにそんな感じでしたね」
僕は当時の状況を思い出す。ドウランの兵はなんというか、僕が威圧したらあっさり降伏した上に、主君であるはずの侯爵に反旗を翻した。
正直な話。あんな簡単に主君を裏切る兵士など使い物にならないとは思うのだが、いいのだろうか?
「土壇場で主を裏切るような兵など使えるか。話にならんぞ」
と、ルクスは当たり前のことをいう。そんな反応にシエルはくすくすと面白そうに笑う。
「だからわたくしに頂戴して欲しいと言ってるのではないですか。魔族との戦争に裏切り者の兵など使えません。ですが、わたくしの私兵として使う分には問題ないのでは?」
「それは、まあそうなのだが」
「では決まりですわね。ふふ、たまには戦場を鑑賞するというのもなかなか一興でございましたわ。ですがわたくし、用事ができました。名残惜しいですが、一度王都に帰らせて頂きますわね」
――お前は勝手にここに来たのだろ、とルクスの不平が小さく漏れた。
なんだかどっしりと疲労が増したような顔をするルクス。それとは対称的に、シエル王女の方はなんだか楽しそうで、軽やかな足取りで部屋を出ていった。
「ではごめんあそばせ」
その言葉を最後に、パタンと扉が閉じる。
「いいのです?」
「…ああ。どっちにしろ、ドウランの兵士全員を処刑など出来ない。かといって全員を平民してどうする?それこそ人材の無駄遣いだ。今は一兵たりとも無駄にはできん――あいつにはあいつなりの考えがあるのだろう――しばらくは好きにさせるつもりだ」
ドウランの兵士の数はだいたい300から400ほどだ。
それを一人の王女が独占し、私兵として使えるようになる。なんだかきな臭い話だ。
シエル王女。長く綺麗なブロンドヘアーがよく似合う、可愛らしいうちの国のお姫様。
以前まではそこまで政治には興味が無さそうだったのだが、どうもその本性は僕の予想とは異なるようだ。
その後。ルクスとは今後の作戦行動について話し合った。
現在、約10000の魔族軍がミルアド首都ネルベイラに集結、そこを支配しているとのことだ。
次の目標はこのネルベイラを制圧し、魔族軍を殲滅すること。その作戦が成功すれば、いよいよミルアドを魔族軍より解放し、その地を奪還することができる。
――ルワナも喜んでくれるかな?
一瞬、彼女の愛らしい笑顔を思い出す。
彼女だけだよ。寝取られていないの。いや、確かに一度、そういう危機もあったのだが、あれは…うん、忘れよう。
やがて話し合いも終わり、部屋を出る。この屋敷はこの街を支配している領主の館で、客用の寝室が多くある。
僕はそんな客用の寝室の一つに向かう。
その途中。色々考える。
人類軍は順調に領土を取り戻している。魔族軍幹部も順調に討伐されている。
順調である。そう、すべて順調だ。
確かに人類は絶滅寸前まで追い詰められている。しかし、再起している。
希望はある。このまま順調にすべて物事が進めば、人類は再び奪われた土地を取り戻せるだろう。
順調である。
そう、順調なのだ。
南部領土を取り戻せるのも時間の問題かもしれない。
まさに成功と呼べる成果だ。
そしてその成功には、僕の加護が欠かせない。
今回の戦い。確かに一見すると人類軍が有利に勝利できた一戦だった。
奇抜な作戦に、小銃という新しい武器。普通に戦えば人類軍は魔族が相手でも勝てる。
しかし普通でない者がいる。魔王や幹部など特殊個体だ。
魔法も小銃さえも効かないような強力な力を持つ魔族の戦士がいる限り、僕の加護は必要なのだ。
そう、必要なのだ。これはどうしても必要なのだ。
「リューク?もう会議は終わったの?」
廊下を進み、僕が寝泊りする客室に到着すると、扉の前にローゼンシアがいた。
廊下には窓がある。窓の外は暗く、夜の闇に支配されていた。
「え、エへ?あの…今いいかな?」
なんだか作り笑いみたいな表情だった。僕はローゼンシアを、
「いいよ。入りなよ」
部屋に入れた。
彼女はどうやら水を浴びて来たらしい。清潔で、その紫色の髪も濡れている。服も新しいものに着替えたのか、清潔感がある。そんな彼女が近くまで寄れば、女の子の甘酸っぱい香りが漂っていた。
一見すると、いつも通りだ。戦場に出る前の、カルゴアにいた頃の彼女と変わらない。
――だが抱かれた。その事実は決して消えない。
そんな彼女と部屋の中、僕たちは二人きりになる。
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