第108話 救出劇
魔族との戦いはもはや終盤。バルゴアード魔族軍は壊滅状態に陥り、今は壊走した魔族の兵士たちをすべて討伐する殲滅戦の段階へと移行している。
魔族は一匹残らず皆殺しにする。それが今の人類の意思と呼んでも差し支えは無い。
なにしろ魔族とは人類という種を滅ぼしに来るような奴らだ。どんな理由があるにせよ、人類と魔族との和解などもうあり得ないのだ。
だから魔族を殲滅するためであれば、どんな言い訳でも立つといえる。
現在。
僕の加護はまだ発動している。
『あん💓』
なにしろ未だにローゼンシアは間男に抱かれている最中なのだ。さっきから頭の中にローゼンシアの喘ぎ声が響き、体を震わせる姿が脳裏に焼きついて離れない。
僕の脳裏に浮かぶ映像には裸のローゼンシアがいるだけだ。しかしこの彼女の体の姿勢……明らかに誰かに抱かれている。
そう…彼女は現在もリアルタイムで抱かれているのだ。
さっきまでローゼンシア、立っている状態だったような気がしたが、今はうつ伏せだな?絶えず揺れる彼女の尻を見ていると、そういうことをしているとしか思えない。……くっ…
『ん💓…あん💓…あん💓…え?…!!!!!💓』
なにがあった?!今、最後に何があった!くぅ、まずい、早く助けないと。早く助けないとなんかローゼンシアがヤバい!
僕の現在の人類軍の立場は隊を指揮する指揮官だ。ある程度の裁量はあるが、完全なる裁量があるわけではない。
独断専行などもっての他だ。しかし例外がある。
そう……魔族を殺すという名目さえあれば、ある程度の独断専行の裁量は許されるのだ。
「ふぅ…だいぶ片づけたか?もう魔族はいな…」
「まだ、いる」
「え?」
ゼイラは次々と魔族の兵士を斬り殺し、一息つくと馬に乗って僕の方に来る。そんな彼女に僕は言う。
「まだ魔族の兵が残っている。奴らの気配がするんだ」
「え?そうか?……どこに?」
「…北だ。向こうに後詰めの兵がいる予感がする」
「いや予感って…ああ、北ってそういうことか?」
どう考えても魔族の兵なんて既に皆殺しにされている。気配なんてまるでない。しかし僕が北にいると言えば、ゼイラは僕の意図を察してくれる。
ゼイラは一瞬だけ警戒するも、こちらの意図を察するとすぐに警戒心を解く。
「――俺は様子を見てくる。お前たちはここで引き続き警戒にあたってくれ」
「はいはい。別にいいけどさ。アタシの約束もちゃんと守ってくれよな?」
「わかってる。楽しみにしてろ――たっぷりわからせてやるよ」
「お💓…へへ。それは楽しみだな」
僕が…俺が挑発をすれば、ゼイラは愉悦の笑みを浮かべる。
――とにかく、急がねば。
現場についてはゼイラに任せ、俺は地面を蹴って北へ。ローゼンシアの居場所は、『あん💓あん💓あん💓』…加護のおかげで検討がついていた。
なんて艶めかしい声で鳴くんだ…って言ってる場合じゃない。
加護のおかげで全身が空気のように軽い。力が漲り、どこまでも行ける気がする。
ローゼンシアがいると思われる方向へ全速力で走れば、風よりも早く移動できる。
高速で景色が前から後ろへと流れていく。平原を駆け抜け、地面を蹴り、時には川を飛び越え、前へ前へと走り続ける。
といっても時間にするとものの5分程度に過ぎない。
なにしろローゼンシアが拉致られたのが今朝方なのだ。まだそれほど時間は経過していない。
距離が離れていない以上、場所さえ特定できれば見つけるのは容易なのだ。
平原を走っているとやがて前方に小さな集落…おそらく村を発見した。
丸太を地面に打ち込むような簡易な壁を作って村全体を囲っている。その一ヶ所に門があり、現在は開かれている。
「む!おい、誰か来たぞ…ってなんだあれ!化け物か?!」
「ひぃ、死神?!…いや違う、よくみろ人間だ!…本当に人間か?」
門の前には二人の門番の兵がいる。おそらくドウラン国の軍人だろう。
「と、止まれ!止まらないと…ぎゃああ!」
「…止まらないとどうするんだ、言ってみろコラッ!返答次第ではぶち殺すぞ!!」
「あ、いや、大丈夫です。通ってください」
門番の兵に危うく止められそうになったが、俺が大剣を振るって兵たちの槍を叩き斬ると、門兵はおとなしくなり、すんなり通してくれた。
村の門を通って内部へと侵入する。すると、
「だ、誰だ!」
「侵入者だ!迎え討て!」
「あれ、ちょっと待って…あの黒いオーラ、あいつネトラレイスキーじゃね?」
すぐに見つかった。
しまった。こんなどす黒いオーラをまき散らしてたら正体がバレバレではないか!こんなことならもっと巧妙に隠れながら侵入すれば良かった!
やがてわらわらと兵士たちが出てきて俺を囲む。
――さて、どうする?
ここでこいつらを殺したら確実に問題になる。いくら人攫いをする連中だからといって、一応は国に属する軍人である。殺すのはマズイか。
ふむ。仕方ない。ここは平和的に交渉でいくか。
俺は大剣を背中に仕舞うと、すたすたと歩いて一人の兵士に向かう。
兵士は槍を持って構えると、
「どりゃあ!」
と気勢をあげて攻撃してきた。
どうやら恐怖に駆られているらしい。しかし一体なぜ?俺は友好的な態度で接しているはずなのに。
まあ襲ってくるなら仕方がない。
「くらえ!」
「おい待て…馬鹿野郎!そいつネトラレイスキーだぞ!殺したらマズイ…え?」
槍の一撃は確実に俺の胸を捉えた。しかし槍の穂先はまるで岩にでも当たったかのようにガンと鈍い音をたてて弾かれる。
ふむ。どうやら加護が発動すると防御力も上がるらしい。
俺はそのまま兵士の槍を掴む。そして振り上げる。すると、
「へ?うわああ!」
振り上げられる槍を掴んだままに兵士が上へと飛び、空を舞う。やがてドサッと地面に落ちた。
「なんだよ今の?人間が飛んだぞ?」
「あ…うん、これは無理だね」
「やべえ、マジでやべえ」
「こんなの絶対勝てないじゃん」
「ど、どうすんだよ!」
「だからこんなことしたくなかったんだよ!」
「いいから早く侯爵を呼んで来い!」
一介の兵士による攻撃が効かないことは既にわかっただろう。兵士たちは既に戦意を喪失している。
俺が前を歩けば兵士たちは後退し、さらに前へ進めばもっと後ろへと後退した。
兵士たちは怯えた目で俺を睨むだけで、何もできない。これでは交渉もできないな。
とりあえず、何か話しかけてみるか?
「お前ら、俺に用があるらしいな?話がある奴は前に出ろ」
殺すわけにもいかないし、まずは交渉だ。俺は兵士たちに平和的な交渉を呼びかける。しかし、
「…隊長、呼ばれてますよ?」
「俺は隊長ではない。今をもって辞職した。今は平民だ。副隊長、お前が話して来い」
「ああ、うっかりしてました。実は5秒前に辞職したんですよ。俺も平民です。おいお前確かこの中じゃ一番のベテランだよな?お前が話して来いよ」
「それは無理ですよ。だって俺、本当は新米なんで。とにかくお前が…」
「お前らいい加減しろや!いいから前に出ろ!でないとぶち殺すぞ!」
「ひぃっ!すいませんでした!」
おかしい。ただ話し合いをしたいだけなのに、ドウラン国の兵士たちが勝手に降参し、全面的に謝罪を始める。これでは話にならんな。
――もういいか。さっさとローゼンシアだけ連れて帰ろう。
ローゼンシアは…『ん💓あん💓』…あそこか。
頭の中で、汗水を垂らし、苦悶の表情を浮かべつつも、声を喘がせて乱れるローゼンシアの痴態が止まらない。…彼女は犬みたいな四つん這いの格好をしているんだ?
っていうかローゼンシアたちは外の騒ぎに気付いていないのだろうか?いや、気付いてても止められないか。
とにかく、ローゼンシアの位置が加護を通じて流れてくる。その情報によれば、あそこだな。村の片隅にある一軒家…おそらく空き家なのだろう。そこで彼女たちが今も行為に耽っていることがわかった。
「くそ、あの女どこに消えやがった…この騒ぎは何だ?」
俺がローゼンシアの位置を特定していると、村の中でも特にサイズの大きい屋敷から一人の華美な服装の男が出てきた。
「む?貴様誰だ?…いや、その妙なオーラ…まさかネトラレイスキーか?!」
なんか知らん奴が出てきたが、…うん、無視しよう。
俺は謎の男から視線を避けてさっさとローゼンシアがいると思しき民家へと向かう。
「何をやっているお前ら!早く奴を捕えろ!」
「いや、無理ですよ侯爵。あの人、マジで強いんで」
「俺たちが束になってもまあ勝てないですね。下手したら殺されますよ?」
「チッ、なんて情けない連中だ。それでも栄誉ある剣の国の兵士か!」
「……じゃあアンタがやればいいじゃん。もう付き合い切れねえよ」
…おや、なんだか様子がおかしいな。
ドウラン国の兵士たちは俺に対する警戒を解くと、なんだか投げやりな態度で侯爵を囲み始める。
「な、なんだ。俺に楯突くとどうなるかわかってるのか!」
「別にどうもできないだろ?もう剣王もいねえしよ」
「なにが祖国に戻ったら貴族にしてやる、だよ。お前じゃ無理だよ。諦めろバカ侯爵」
ふむ。どうやら兵たちも相当不満が溜まっていたようだ。まさかこんな不満たらたらな連中のすぐ近くで欲求を解消している男女がいるとなんて思ってもみないだろうな。
「っていうかこのままだと俺たちも侯爵の罪着せられるんじゃね?」
「やっべえな、どうするよ?」
「……よし、侯爵を捕まえろ。全部こいつに罪を被せるぞ」
「え?ちょ、待て待て。待てお前ら。ちょっと一旦冷静に、やめろおおおお!」
兵士たちは侯爵と呼ばれている男を地面に倒すと、縄で拘束し始めた。
…どうやらここはもう問題なさそうだな。
俺はやがてローゼンシアがいると思しき民家に到着し、扉をノックする。すると、ビクッと中から人の気配がした。
かすかに息遣いは聞こえる。しかし反応がないのでこちらから声をかける。
「――俺だ」
『!!……もしかしてリューク?…あん💓』
この扉越し。今もローゼンシアはやっているようだ。
「迎えに来た」
『あ、リュークだ💓…ほら来たよ、もうお終い…ん💓』
なんだか扉の奥でごそごそと慌ただしい音が聞こえた。
…おや?黒いオーラが収束し始める。どうやら行為が終了したようだ。
しばらくすると、ガチャリと音がして扉が開く。中からローゼンシアが現れる。まるでランニングでもしたばかりのような疲労感と満足感のある顔をしている。彼女の表情は赤く、瞳は濡れ、なんだか気まずそうだった。
普段は綺麗な肌をしているのだが、今のローゼンシアの肌はしっとり汗で濡れていた。
「へ、へへ…ありがとう…迎えに来てくれて」
「き、貴様!そんなところに隠れていたのか!よくも…」
「うるせえ、黙ってろ!」
「ぐはあ!」
ローゼンシアが民家から出てくると、それを見た侯爵が怒りの表情を浮かべながら吠える。しかしすぐに兵士に一喝されて黙らされた。
やがて扉が全開になる。すると屋敷の中がよく見える。そこにはローゼンシアだけでなく、男もいた。
短髪の銀髪で、見覚えのあるその男。間男部隊にいたあの男、ドレイスだ。
――お前か。お前が今まで、ローゼンシアを抱いていたのか。
強烈な怒りの感情が胸に去来する。今すぐ殺してやりたいという殺意の衝動が現れる。
――でもダメだ。我慢しないと。
だって、悪くないから。誰も悪くないから。
「リューク?あのね…」
なぜだろう?なんだかローゼンシアがドレイスを庇うような言動を始める。
「あのね、彼のこと、その、悪い人じゃないんだよ?ただほら、今回はその、ね。私をさ、助けるために仕方なく、ね?だから酷いことは…」
「……わかってるよ」
僕はそう言うしかなかった。
「ローゼンシア。君が無事ならそれでいい。帰ろうか」
「…帰っていいの?」
「当たり前だろ。……帰ってきて欲しいんだ」
「…うん。ただいまリューク」
そう言うと、ローゼンシアの顔に安堵の表情が現れる。
僕はそんな彼女を抱き寄せつつ、後ろにいる間男にも声をかける。
「―ッ……クッ…ご、ご苦労、だった…よくやった」
「あの…、その…申し訳ありません。この罰はいかようにも…」
「黙れ」
余計なことは言わんでいい。今は感情を抑えるので精一杯なのだ。ふとした拍子に感情が破裂してしまいそうだ。
でも我慢するしかない。なぜならこれは仕方のないことなのだから。
抱きしめるローゼンシアの体温は熱く、僕とは違う別の男の匂いがした。
色々と言いたいことはある。しかしとりあえず、ローゼンシアの救出は叶った。
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