第107話 VS魔族軍幹部バルゴアード
大規模な罠による魔族軍への大打撃。さらに銃兵隊による攻撃により、魔族軍はみるみる消耗させられていく。
見る限り、人類軍による一方的な攻撃に魔族軍は防衛する術がなく、このままいけば魔族軍が壊滅することは容易に予想できる。
――だがそうはならないだろう。
魔族軍の本当に厄介なのは、どれほど優れた兵器や戦術を用いたところで、魔王や幹部のような特殊個体が一気に戦況を変えてしまうところだ。
たった一体の個体が戦況をひっくり返す。どんな綿密な作戦も強力な一体が台無しにしてしまう。これほど厄介な存在はない。
――きっとそいつは、そろそろ出てくるだろう。
だからこそ、僕も通信石を握りしめ、準備を始める。
先ほどから絶えずパンパンパンと銃撃の音が連続して発生している。戦場には銃火が乱れ、大気には火薬と血の臭いが漂い、魔族どもの悲鳴や怒号が鳴り響く。
戦争だ。これは戦争なのだ。
……そして僕の立場は今や兵士ではなく指揮官だ。
指揮官である以上、現場の判断についてある程度の裁量は僕の自由に任されている。その裁量の中には、いつ加護を使用するのか、そのタイミングも含まれている。
僕に下されている命令は一つ。
幹部以上の特殊個体が出たら加護を使って撃滅せよ…それだけだ。
戦況が進み、もう魔族には後がない。そんな時だった。
小銃から放たれた鉛玉が見事に遠く、魔族軍の本隊にいた幹部のバルゴアードを捉えた。
鉛玉は見事にバルゴアードに命中したものの、倒れる様子はまるでない。
どうやら命中しただけで致命傷ではないようだ。
まったくどういう体の構造をしているのだ?普通なら死ぬだろう。
まるでダメージのない一撃。その一撃が、魔族軍幹部の逆鱗に触れたらしい。
バルゴアードがデカい声で吠えると、その命令に従って他の魔族軍の兵士たちが幹部の後ろへと移動する。
どうやらバルゴアードは自身の体を盾にして小銃の攻撃を防ぎつつ、さらにこちらに突撃するつもりのようだ。
身長は4メートルほどと聞いている。なるほど、確かに他と比べてデカい図体をしている。
あの巨体ならば、背後にいる魔族軍を守ることもできるだろう。
あんなのがこちらに向かってきて暴れられたら、とても手がつけられない。
――だから、僕がやるしかないのだ。
ドクン。まだ通信石に魔力を込めていないというのに、心臓が高鳴る。
これから僕は再び加護を使用する。
誰が寝取られるかは、彼女たちの判断に任せている。誰が寝取られても良いように、僕は心の準備をする。覚悟を固める。
ドクン、ドクン…
深呼吸を一つする。よし、やろう。
覚悟を決めて僕は通信石に魔力を流す。
魔力の流れを感知したのだろう、通信石は輝きを増す。
この通信石が輝く時、遠く離れたカルゴアの王宮でも同じように対となる通信石が光を発する。
それが加護発動の合図である。
僕と相思相愛の誰かが寝取られる時、僕の加護は発動する。そういう条件なのだから。
…
…
…
…
…ドクン
…ドクン、ドクン、ドクン…ドクドクドク――ドクン!
きた。今まさに、誰かが寝取られている。
その証左とばかりに僕の中に流れる血液が勢いを増し、ドクドクと脈打つ。心臓は早鐘をうち、体内に眠る黒い衝動が目を覚ます。
間違いなく誰かが寝取られている。ただ…
…なんか早くない?
「お、リューク、加護を使うのか?おいお前ら――戦いだ。準備しろよ!」
僕の異変に察知したのか、ゼイラが背後に控える重装騎兵部隊に声をかける。
いや、あの、うん。それは間違いない。確かに加護は発動し始めている。それに間違いはないのだが、なんかいつもより加護が発動するタイミングが早いような…ドクン!
き、きた。音が、映像が、僕の脳内に流れ込んでくる。
ぼんやりと。脳内にイメージが映像となって浮かぶ。
最初は耳鳴りのような雑音が、だんだんとクリアとなって僕の脳裏に響く。
遠く、誰かが――女の人が抱かれている。最初はそんなぼんやりとしたイメージだった。しかし脳内のイメージはだんだんと明瞭になり、やがて誰が抱かれているのかがはっきりと鮮明にわかった。
『……あん💓』
綺麗な、それでいてしっとりと汗に濡れる女性の背中。高温で、熱っぽく、甘い吐息を漏らしつつ、髪を振り乱して淫らに乱れる女の姿が脳裏に浮かび上がる。
その女は…紫色の髪をしていた。
『…うん💓…あん💓リューク、助けに来てくれて…あ💓…ありがとアンッ💓』
……ローゼンシアじゃねえか。
いや、ちょっと待って!このタイミングはまずい…あ!やっべ!王宮の方でも寝取られが始まってる!
確かに言ったけども…言ったけどもさ!
間男部隊にどんな方法でも良いから助けろとは言ったけど、タイミングが悪いよ!最悪すぎる!ああッ、やべえ、王宮からの映像が脳内に入り込んでくる!
止めるか?
一瞬、判断に迷う。
いや、ダメだ!
王宮にいる彼女たちと違って、ローゼンシアは救難信号として加護を使用しているのだ。場合によっては、戦闘中に行為を止める可能性すらある。
もしも戦闘中に行為を止めて加護が停止したら、僕がやられる恐れがある。
ダメだ…止められねえ!
そして始まる。王宮での行為が。
僕の脳内には今、ローゼンシアが間男部隊の誰かに抱かれているイメージで満たされている。その寝取られの映像に割り込むように、もう一つの映像が入ってくる。
そういえば、同時に二人寝取られるのはこれが初めてか?緊急事態だというのに、そんなどうでも良いことを考えてしまった。
『―――あん💓』
その喘ぎ声はシルフィアだった。彼女は仰向けになり、誰かにしがみつくような格好をしている。そんな彼女は今、快楽に染まった表情を浮かべ、口から甘い喘ぎ声を漏らしていた。
『リューク?…見てるかな?私、大丈夫だよ?好きなのはリュークだけだよ?…あん💓…やだ、嫌なのに…あん💓………なんでこんなに気持ち良いの?…んッ!』
シルフィアは何かに耐えるように必死な顔をする。しかし耐えられず、口から絶えず甘い声を漏らしている。
そんなシルフィアと入れ替わるように、再びローゼンシアの映像が脳裏に割り込んでくる。
『…ん💓…へへ、リュークぅ💓私のこと、助けてくれてありがとう💓へへ、ごめんね、私ドジっちゃった💓…あん💓…あん💓…あん💓…あのね、助けてくれたのはすごく嬉しいんだけど、できれば早くここに来て欲しいかな?でないと…あん💓』
でないと何なんだよ!ちょ、間男さ!ちゃんと喋らせろよ!なに頑張ってんだよ!
『リューク?…あん💓…違うの…信じて?…あん💓…今のは本当に勝手に体が反応しちゃっただけなの…あん💓…好きなのはリュークだけだから…ね?…きゃ💓…もう💓ダメだぞ💓』
何があった?最後に何があったんだ?シルフィア、今なにがあったの?その妙にうっとりした表情は何なんだ!
そんな僕の疑問にシルフィアはもしかして答えようとしていたのかもしれない。シルフィアは快楽に蕩けた笑顔を浮かべつつ、口を動かして僕に何か伝えようとする。
『リューク…あん💓…あのね…じ』
しかし、再びイメージが切り替わる。シルフィアが何を言いたいのかきけず仕舞いだった。
ローゼンシアだ。彼女もまた甘いメス顔を浮かべ、嬌声をあげている。
『うんッ💓あん💓あん💓ダメ…助けてもらえたのが嬉しくてなんかキュンキュンしちゃうよ💓…あ、リューク?あのね、今あいつらから隠れてるところなんだ…ん💓もう、エッチなんだから…あん💓…あのねリューク…早く迎えに来てほしいな💓でないと私…ううん、なんでもなアンッ💓』
嬌声を上げる度に何か強い衝撃を受けているかのように体をビクッと震わせるローゼンシア。
僕の加護では最愛の女性の姿しか見せてくれないし聞かせてもくれない。具体的にどんなことをしているのかまで、その詳細まではわからない。
だが、いるのだろう。確実に今、彼女たちは間男に抱かれている。でないと加護発動しないし。
――ああ、頭が割れるように痛い。
脳に釘でも差し込まれるような鋭い激痛が走る。こんなにも胸が痛く、苦しく、身は焦がされ、今にも引き裂かれそうなぐらいなのに…どうしてこんなにも力が溢れるのだろう?
頭が痛い。しかしそれ以外は調子が漲っている。
脳が破壊されるような衝撃を受けつつも、体の方はどんどん力強くなり、今ならあらゆるものを破壊できる万能感に満たされる。
「うお…なんだリュークそれ?なんか前より凄くなってね?」
「ええ、中隊長殿。なんかヤバくないっすか?」
「俺、何回かあの人の加護見たけど、今日は一段とやべーな」
「あの人、魔王の生まれ変わりじゃねえの?近づいたら殺されそうなんだけど?」
ゼイラだけでなく、兵士たちにも動揺が走っていた。
溢れる。止められない。体内より蠢く力の根源がどこまでも膨張し、体内より力が黒いオーラとなってどんよりと僕の体から漏れ始めていた。
僕の体から漏れる黒いオーラ。そのオーラが地面から生える雑草に接触すれば、その草はドロリと溶け、煙をあげて消滅していった。
「おいリューク?そのオーラ、なんかヤバくね?危険度Sのダンジョンで見た瘴気より毒素強いぞ?馬も怯えてんじゃねえか」
この黒いオーラ…そんな危険なものだったのか?確かになんか馬が恐怖に駆られているような…仕方ない。おりるか。
僕は馬から降りると、大剣と右手に、黒槍を左手に握りしめ、敵を睨む。
『アン💓』
『ンンッ!💓』
その間も、ローゼンシアとシルフィアは間男に抱かれている。
汗を迸らせ、濡れた皮膚は光沢を帯び、体は艶めかしく動き、時折ビクッと腰を震わせ、快感に喘ぐ彼女たちの痴態はそれでも美しく、淫靡だった。できれば僕以外の男には見せたくなかったよ。
…なんで彼女たちのお尻、あんなプルプル揺れてるんだろう?…いや、わかってるんだけどね。その理由に検討はついてるんだけどね。
ドクン、ドクン、ドクン…力があふれて止まらない。
――破壊せよ、すべて破壊せよ
溢れる力の奥。その力の深淵から内なる声が響いてくる。
それはきっとこの黒い力の根源から聞こえたのかもしれない。
――お前の大事なものを奪った諸悪の根源を破壊せよ
声が聞こえる。その声が、僕に囁く。
ああ、そうだな。殺さないとな。敵はすべて殺さないと。
僕が、俺が、あいつらをぶっ殺す!
「この魔族どもがあああ!今すぐぶっ殺してやるよッ!」
――え?違わね?そっちじゃなくね?
そうだ、すべて魔族が悪いんだ。俺にこんなことさせる魔族が全部悪い。魔族を、魔族を蹂躙するんだ!
そんな俺の意識とは裏腹に、なぜだろう?黒いオーラはとてもがっかりしたような感情を持て余している、そんな気がした。
――なんでだよーおかしいよー。そっちじゃねえやん。憎しみの炎の矛先そっちじゃねえよ!
黒いオーラからそんな落胆に似た声が聞こえたような気がしたが、今は戦闘中。忙しいので黒いオーラの声は無視することにした。
「俺に続け!魔族どもを撃滅せよ!!」
「おお!行くぞお前ら…って早くね?!」
もはや馬などいらぬ。俺は地面を蹴り、全速力で走り抜ける。
風よりも早く大地を駆け抜け、グングンと魔族との距離が縮まる。
遠くにいた魔族の幹部が今や目の前だ。
まだ俺の存在に気付いていないのか、魔族軍幹部が吠える。
「お前らは俺の後ろにいろ。そうすればあの攻撃も防げ…なに!?」
4メートル近い巨体がいた。俺は大剣を下から上へと斬り上げる。その瞬間、幹部バルゴアードの右腕が盛大に斬り飛ぶ。
「ぐはああ!」
「ああ!ば、バルゴアードの兄貴がやられた!テメエ、何者だぐああ!」
「ぎゃあ!」
「なんだこいつ!なんかやべー奴がきたぐあはああ!」
「うぎゃあ!」
「ぐあああ!」
「ま、まさかコイツがギュレイドス様をやった奴なのハアッ!」
バルゴアードの腕を切り飛ばした後、さらに追撃するように後ろにいた魔族軍を大剣で斬り伏せていく。
横に大剣を振れば魔族の体が腹より上下に分断される。
縦に大剣を振れば左右に魔族の体が分断される。
斜めに大剣を振れば肩から腰へと上半身に亀裂が入ってそのままずるりと上半身が地面に落ちた。
斬れる。割れる。分断される。襲ってくる者も逃げる者も等しくみな肉の塊へと変えられていった。
血が舞い散り、肉片が飛び、臓腑が落ちる。次々と魔族の骸が誕生し、死屍累々の光景だった。
「か、囲め!こいつを囲んで殺せ!」
「いいぞ。まとめて殺してやるわ!」
前後左右、俺を中心に魔族が囲む。その中心で大剣を持って回転すれば、魔族たちの体から上半身だけが分断され、一瞬だけ浮くと、そのままぐちゃりと肉の音をたてて地面に落ちた。
「…ば、化け物だ」
「こいつ化けものだ!」
「無理無理無理、こんなの無理だよ!」
「逃げろ!」
「待て、俺が相手だ!」
逃げる魔族どもを追撃しようとすると、俺の眼前に一体の魔族が立ちふさがる。
妙だな。さっき倒したはずのバルゴアードだった。
「はあ、はあ、はあ、フンッ!」
バルゴアードは気合を入れるように一喝すると、斬られた右肩から新しい腕を生やした。
「はあ、はあ、どうだ?この体はいくらでも再生ぐはあ!」
「うるせえ!早く死ねや!」
再生したばかりの右腕に再び大剣を振り下ろし、そのまま切断。新しい右腕は再び斬り飛ばされた。
そうだ。俺には時間がない。だって今も…
『あん💓やだ、嫌なのに気持ち良いアンッ💓』
『リューク、早く来て…でないと私…あッ…もう💓』
今も俺の大事な女が寝取られてんだよ!
「そんな馬鹿な…ギュレイドス軍随一の再生力を持つこの俺が、こんな下等な人間なんかにやられるなんて…うぎゃあ!」
そっかー。再生力があるのか。だから生きてたんだな。
俺はそんな再生力の高いバルゴアードの体に向けてさらに大剣を連続で振るう。
高速で振られる大剣は空を斬り、殺意のある音を鳴らす。大剣が振られる度に、バルゴアードの肉体が切断され、体と体が分離する。
縦、横、斜め……とにかく切り刻んで細切れにした後、左手に持つ黒槍に魔力を込めて黒い雷撃を放つ。
かつては巨大だった魔族の体も今やサイコロステーキのように小さくなり、雷撃を受けることでこんがり焼かれていく。
やがて肉の焼ける臭いと黒い焦げとなった肉片だけを残し、バルゴアードの体は完全に破壊される。これでもう再生できないだろう。
あとは…
「…嘘だろ?」
「バルゴアードの兄貴、やられちまったぜ?」
「本当だったんだ…ギュレイドス様が人間なんかにやられたって話、本当だったんだ!」
「あれ、なんかの罠にハメられたって話じゃなかったのかよ!」
「んなわけねえだろ!この化け物にやられたんだよ!」
「た、助けてぎゃああ!」
敵の大将を討ち取った。魔族の戦意は完全に失っている。あとは全滅させるまで殺すだけだ。
「ぎゃあ!」
逃げる敵を後ろから斬り伏せる。
「ぐはあ!」
遠くに逃げる魔族には黒雷を放って焼き裂く。
もはや止められない。
「おい、そっちに行ったぞ!一人にならず、複数でやれ!こっちはアタシがやるか…おらよ!」
中には俺の追撃から逃げ切ることに成功した魔族もいる。
そういう連中はゼイラたち重装騎兵に任せる。
ゼイラは単体でも魔族を倒せるだけの力量を持っているし、重装騎兵についても複数でかかれば逃げる魔族ぐらい倒せる力はある。
追撃の途中、幹部級の力のある特殊個体を数体見つけたが、そいつらもまとめて斬り殺す。
特殊個体の撃滅を確認した人類軍は、さらに攻勢をかける。銃兵部隊だけでなく、魔導騎兵も攻撃に参加し、魔族の数はみるみる減っていった。
もはや敵が壊滅するのは時間の問題だった。そして時間が経過することで、誰もが予想通り敵は壊滅した。
かつては緑色の草が生い茂る平野部だったのだが、今や火薬の臭いがたちこめる、魔族の肉片が転がり、土が血で染まる戦場へと化していた。
俺は…僕は…敵の壊滅を確認した後、ようやく通信石を切る。
『あん💓あん💓あん💓あっ、ちょっと待ってもう終わって…あん💓』
早く終われや!もう終了だって言って…あれ?なんでまだ加護が止まらない?
流石にタイムラグがある以上、通信石で終わりの合図を送ったからといってすぐに終われるわけがない。それはもちろんわかっている。
しかしシルフィアの行為は既に終わっていることは映像が途絶えることで確認できる。
しかしいまだに加護は止まらず、体内より黒いオーラが溢れて止められない。
『――ん💓リューク…は、早く…あん💓』
そうだった。ローゼンシアは通信石なんて持ってなかった。
まだ終わらない。まだ滅ぼすべき敵がいる。殺さないと。敵はすべて殺さないと!
――え?お、あ、うんそうだよね!ふぅ、やっと気付いてくれたか。敵はすべて殺せ!
僕が、俺が強い殺意の衝動に目覚めた途端、体内にいた黒いオーラが何かに気付いたようにみるみるやる気を取り戻した、そんな気がした。
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