第106話 ダバン平野部の戦い

 2000か3000か、はたまたそれ以上か。


 ダバンへ進軍してきたバルゴアード魔族軍の半数以上がたった一度の攻撃で壊滅に近い打撃を受けていた。


 これが普通の人類の軍隊であれば、もはや組織の維持が不可能な壊滅と判断するところだろう。


 しかし魔族軍はたとえ補給や工兵、衛生兵などの本来であれば非戦闘員が属する兵科の軍人ですら、戦闘力を有する兵士として機能する。


 魔族軍は文字通り、最後の一兵まで戦える。だから全滅させるしかない。


 都市を囲む壁。そのうち、北側の一部分だけ切り取るように外側に倒すことで魔族軍を壁の下敷きにして圧死させるという、めちゃくちゃな戦術。


 当たり前だが、こんな戦術は普通なら採用できない。なにしろ都市を守る防壁が無くなってしまうのだ。たとえ勝っても怒られるぞ、ガチで。


 成功すれば確かに今回みたく敵軍に大打撃は与えられるだろう。しかし失敗すれば、敵にみすみす都市への侵入経路を与えることになる。


 わざわざ防壁による守りを捨てて攻撃に特化するような戦術だ。やるからには確実に成功させなければならない。


 それをあの人類軍の総司令官の女はやってのけた。まさに狂人の所業である。しかし、そういう人間だからこそ今回の作戦に相応しいのかもしれない。


 ――結果が全てなのだ。


 人類が生き残るには、魔族を斃すという結果を残さないといけない。これができなければどれほどの美辞麗句も無駄に終わる。


 役に立たない綺麗ごとよりも、役に立つ狂言の方が重視される世の中なのだ。


 そもそも、そういう考えがあったからこそ、僕だって加護を使用しているわけだしな。


 大勢の敵を潰し、動揺する魔族軍。総司令の女はそれを確認すると、新たに命令を下す。


「敵が怯んだぞ。今が敵を殺す好機だ。銃兵部隊を分隊に分けて突撃させよ!」


 総司令官のヴィラ・ガルビアは迅速に指示を飛ばす。


 壁が倒れ、盛大に土煙が上がる。しかし水魔法部隊が少量の雨を降らすことで、視界はやがてすぐに開けて周囲の光景が見渡せる。


 そこにはかつて街を守る巨大な壁があった。その壁が外側に倒れることで、外の景色がよく見える空間が出来上がっている。


 壁は粉々になって砕かれ、地面に倒れている。その巨大な壁の下に、無数の魔族たちが下敷きになっているのだろう。


 7000いた魔族軍の半分が潰れたことになる。しましまだ半分以上が残っている。


 たまたま難を逃れた魔族軍の連中がその様子を見て口々に言う。


「そ、そんな…馬鹿な」

「一瞬でみんな潰されちまった」

「許せねえ、絶対に許さないぞ貴様ら!」


 突然の事態に呆気に取られる魔族軍。やがて事態を理解するにつれて怒りに顔を歪める。


 感情に任せるよう、魔族軍は徒党を組み、一塊の集団を形成してこちらに襲い掛かってくる。


 そんなこちらに進軍してくる魔族軍に対して一見するとバラバラな、10人ほど歩兵で構成される何十もの分隊がバラバラになって突撃を開始する。


 陣形も隊列もない。しかし意思のある動き方をする銃歩兵の分隊。


 彼らには事前に命令が伝えられている。現場の隊長の指示に従って敵を撃ち殺せ、と。


 戦場を走っていく分隊たち。やがて魔族との距離が50メートルぐらいになると、それぞれの分隊の隊長たちが兵に指示を出し始める。


「このぐらいの距離だな…全員、弾を込めろ!合図があるまで待て…よし、撃て!」


「ひゃっはー!」

「テメエら八つ裂きだ!」

「全員血祭にしてや…ぎゃああ!」


 パンパンパンパン!


 至るところで発砲の音が連続で鳴り響き、辺りに火薬の臭いが空気に漂う。


 小銃は強力だが、命中率が悪い。正直、遠くから狙って撃ち倒すというのは難しい。


 ならばもう近づいて撃つしかない。


 かといって隊列を組んでまとまっていたら、魔族の攻撃に晒される。だったら、それぞれの分隊に小さく分け、あとは自由に撃たせた方がいい。


 小銃歩兵の分隊は魔族軍を囲むように左右に広がり、銃撃をしていく。


 魔族軍は50メートルほど離れた場所から銃撃を受け、次々と鉛玉の餌食となって地面に倒れていった。


 これが小銃の存在を知っている者ならば、なんとか対処できただろう。


 しかし魔族軍はまだ小銃の存在を知らない。


「ぎゃあ!」

「な、なんだよアレ!あれ何の武器なんだようぎゃあ!」

「弓?じゃねえよな。速すぎる…なんでもいい!防げるもんを用意しろ!」


 小銃の弾は高速なので肉眼では見えない。それでも何か飛び道具のような攻撃を受けていることは理解したのだろう。


 といっても、普段はその皮膚という名の肉体の鎧を盾に戦場に出ていた魔族軍なだけに、彼らは盾を保有することが滅多にない。


 本当であれば盾で防御するのが理想だ。しかし無い以上、もはや手持ちの物で防ぐしかなく、結果として、


「クソ、盾がねえ!ぎゃあ!」

「そんな…マッサオまでやられたぞ!チックショウがよ!」

「…こうなったら仕方ねえ。お前ら、戦斧を前にして盾代わりにしろ!」


 ギュレイドス軍の兵士は巨大な戦斧を武器に戦場に出ることが多く、バルゴアード軍もそれ例に漏れない。


 硬く、重く、サイズのデカい戦斧を前に構えたら視界が塞がれる。かといって小銃の餌食になるわけにもいかず、頭や心臓などの大事な部分を防ぎつつ魔族軍は前進をする。


 その間も、パンパンパンと連続して火薬の炸裂音が大地に響き、戦場に銃弾が飛び交っている。


 時には足や肩に被弾し、


「ぎゃあ!」

「ぐああ!」

「いってぇ!」


 と悲鳴を上げるも、致命傷さえ逃れたらなんとか耐えることができる。


 銃弾を受けながらもジリジリと前進をする続ける魔族軍。このままだと近寄られると判断した分隊長は、


「よし、ここまでだな。お前たち、下がるぞ」

「了解」


 あっさり身を引く。


 たとえ一つの分隊が引いたところで、戦場のあらゆる場所から銃歩兵分隊が散り散りになって銃を構えているのだ。一つの分隊が後ろに下がったところで特に問題はなく、近づいてきた魔族の兵士に四方八方から銃撃が行われる。


 パパパパン!と連続した発砲音が響き、そして魔族の体に鉛玉が打ち込まれる。


「ぐはあ」


 やがて口から血を吐いて魔族は地面にバタンと倒れ込んだ。


 魔族が倒れれば、そこを埋めるように後退した銃歩兵分隊が再び前へと進み、魔族軍への発砲を開始する。


 小銃は次の装填まで時間のかかる武器だ。


 しかし分隊を三人ずつに分けて次々と交代で発砲させることで、連続で銃撃させることができる。


 魔族にとっては小銃という未知の武器。対抗手段はなく、ただ撃たれるがままに魔族軍は壊滅へと追いやられていった。


「ふざけるな」


 そんな一方的な展開の中で、いまだ諦めず、戦意を高め、怒りを露にする一体の魔族がいる。


「ふざけるな人間どもが!」


 魔族軍幹部バルゴアードだ。


 パンという炸裂音と共に小銃から鉛玉がバルゴアードに向けて飛ぶ。その鉛玉は確実にバルゴアードの頭部…それも額に命中する。しかし…


 ガンッと硬い接触音が鳴るだけで、バルゴアードは無傷だった。おそらく彼の角に命中したのだろう。


 しかし圧倒的な硬度を誇るバルゴアードの角には傷一つ無かった。


「――なるほど。なかなかの衝撃だ。だがどうした?この程度の威力で俺は殺せんぞ!貴様らは俺の後ろに続け!奴らを根絶やしにするぞ!」


「ば、バルゴアードの兄貴!」

「そうだぜ、俺たちにはバルゴアードの旦那がいるんだ!」

「あんたがいれば敵無しだぜ!」

「全員、バルゴアード様を背後に隠れろ!」


 たとえ小銃であっても幹部クラスの魔族だとなかなか致命傷を与えることはできないことがバレてしまい、それがキッカケで魔族軍の士気が回復し始めた。


 ついに魔族の幹部バルゴアードが戦場に出ようとしている。


 その瞬間。人類軍より黒い影が現れた。

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