第105話 人類軍対バルゴアード魔族軍…会戦
■ダバン北部・平野部 バルゴアード魔族軍
ミルアド首都のネルベイラを同族によって攻められたバルゴアード軍は現在、ネルベイラを放棄。そのまま南下してダバンへと向かっていた。
目的は人類軍との停戦交渉に向かっていた3000の軍と合流し、体勢を立て直した後で再度ネルベイラを奪還するため。
一時的に占有地を奪われることに対して慙愧に堪えない思いはあって当然だが、かといって敵は1万の大軍。奴隷兵などを加えたらさらに多いだろう。
報告によれば幹部クラスの強力な戦士も何人か混じっていたという。
――勝てないかもしれない。
報告を聞いた時、幹部バルゴアードはその考えが脳裏を巡り、やがて都市を放棄するという決断に至った。
その敗走の決断を支持する魔族もいれば、腑抜けと罵る魔族もいたし、業を煮やしながらも受け入れる魔族もいた。中には未だ不満を持つ魔族もいただろう。
なにしろせっかく手に入れた領地だ。それも人間によって作られた、洗練された住み心地の良い首都が手に入ったのだ。
それを放棄しなければならない。最悪だ。
――なぜこんなことになった?
すべては順調だったのだ。
今まで敵対関係にあった魔王たちが協力し、人類側最大の国家ベリアル帝国を滅ぼした。
そこからはまさに破竹の勢いだった。
進軍する魔族軍。それに立ち向かう人類国家の軍。
敵などいなかった。
どれほど強力な敵がいたとしても、相手にならなかった。
雑魚な人間を殺して、殺して、殺して、殺しまくった。それはとても気分が良う、陶酔してしまうほどに甘美な時間だった。
人類にもはや勝ち目などなく、魔族が勝利は確定も同然だった。
北部の蹂躙が終わり、南部へと進軍を始めたギュレイドス軍。その勢いは南部でも健在であり、ついには自分が支配する領地まで手に入った。
――ここが俺の街だ、そう思っていた。
この綺麗な街がすべて自分のモノになるのかと思うと、さらに気分は良くなった。
まさに強い者に相応しい、見栄えが良く、道が整備されており、風光明媚でありながら住人の快適さを追及した都市。
敵を破り、そこにあるものを全て奪い、そして支配者になる。まことに良い気分だ。まさに勝者の気分だった。
――それがどうしてこうなる?
魔王ギュレイドス、破れる――その凶報を最初に耳にしたとき、敵が流す偽の情報かと思った。
一体なにが起きているのかまったくわからず、しかしそれでも軍を統率する者として行動を起こさねばならない。
結果としてギュレイドス亡き後。それぞれの幹部軍が独立し、占有している都市を支配するという形でおさまった。
――なぜ調べなかったのだろう?
本来であれば、敵の情報をもっと調べるべきだったのでは?
いまだに魔王ギュレイドスがなぜ斃されたのか、その詳細を知る者はいない。
諜報に特化した部隊がいないのでやりたくても出来ないというのが一番の理由だが、それ以上に……現場が混乱していた。
当然だ。軍のトップである魔王が死んだのだ。一体誰が統率をするというのだ?
情報網は乱れ、錯綜し、何が真実で何が嘘なのか誰にも判断できなくなった。
――わからないことが起きている。それだけが知りうる唯一の真実だった。
確かに他の魔族の連中は気に食わない。正直、信用できない連中ばかりだ。だが、今は仲間なのだ。だったらもっと協力するべきではないのか?
なのにあいつら、裏切りやがって……頭がおかしいのか?これだから馬鹿は嫌なのだ。
ドウランを支配していたギアダイド軍、教国を支配していたレイガード軍の突然の裏切り、そしてミルアドへの進軍。
奴らは突然、俺たちの街に攻撃を開始した。
わけがわからない。一体何が起きているのだ?
ギアダイドもレイガードも、魔王ギュレイドスにこそ忠誠を誓っていた同軍の猛者だ。それゆえに、他の者には一切靡かない。
頭の固い連中だ。しかしその分、忠誠心は強い。だからこそ、他人の裏切りには厳しい奴らでもあったが。
そんな奴らがなぜこのタイミングで裏切る?奴らに何があったというのだ?
――わかっているのか?いまだにギュレイドスを倒した者がこの世のどこかにいるのだぞ?
……怖くないのか?いや、今更恐れることができないのだ。
なにしろ俺たちは人間どもを殺し過ぎたからな。今更奴らを恐れるなんてあってはならない。だって、もしも俺たちを恐れさせることができる者がいたとしたら…そいつはきっと…
――魔王を越える怪物だ。
何かの間違いであればいいと思う。
大丈夫。大丈夫なはずだ。他の連中は知らないが、俺たちは大丈夫だ。だって俺たちは、人類軍と正式に停戦の条約を結んだのだ。
人類軍の奴らがどんな方法でギュレイドスを斃したのか、方法まではわからない。だが、停戦を結んだ以上、奴らも手は出せない。
だから、大丈夫なはず、なんだ。
「遅いですね」
魔族軍幹部バルゴアードは4メートル近い巨体の持ち主だ。眼光は鋭く、その額からは野太い一本の角が生えている。
皮膚の色はギュレイドス軍にありがちな緑色で、筋肉で盛り上がる太い腕と足、そしてよく鍛え上げられた巨躯を持つ。黒光りする鋼鉄の甲冑はとても重そうだが、彼自身はまるで布切れでも着ているかのように軽やかに動ける。
魔族軍幹部バルゴアード。魔族軍でもかなり上位の近接戦闘型な特殊個体だ。
そんなバルゴアードの側近の魔族が苛立たしく声を荒げる。
「使者を出してから随分経ちますね」
「…ああ、そうだな」
現在。ダバン北部の平野部にて7000の魔族軍が駐留している。人類軍との停戦条約が結ばれた後――人類軍と協力してギアダイドとレイガードの軍を打ち破るという案が出た。
――その案を聞いた時、悪くはない、と当時のバルゴアードは思った。
なにしろ人類軍というのはこちらの一方的な要求を呑んですぐに停戦に応じるような間抜けで頭の悪い連中だ。まったくもってチョロい。ああいう馬鹿は扱いが簡単だから楽でいいな。
……人類軍の連中を捨て駒にしてギアダイドとレイガード軍にぶつけるというのも良い手だ。
ギュレイドスの件は確かに不安だが、結局のところ、軍が動かなければ人類側とて何もできないのだ。
人類軍を敵軍にぶつけ、そして勝利をする。その後、疲弊している人類軍の不意を突いてそのまま潰してしまえばいい。そうすれば、簡単に人類軍の最後の砦を潰せるではないか。
それにもしかしたら、この戦いでギュレイドスを斃した謎も解明できるかもしれない。それさえわかってしまえば、人類軍など所詮は烏合の衆…すぐにでも滅ぼせる。
――ふふ、バルゴアードの凶悪な表情に自然と笑みが広がる。
そうだ。これはむしろ千載一遇のチャンスではないのか?
鬱陶しい人類軍と裏切り者の魔族を両方とも一気に成敗する、またとないチャンスだ。
ピンチはチャンスとはよく言ったものだ。
まずは人類軍の奴らに下手に出て、適当に協力してやろう。あいつらアホだからな。それで騙せるはずだ。
それで奴らをギアダイド軍にぶつける。さらにギュレイドスを斃した件についても情報を収集する。可能ならば、そのまま滅ぼしても良い。
敵をもって敵を潰す…なかなか良い策ではないか。
「お、来ました…あん?…あいつら、やりがやがったな!」
「ん?」
自分の妙案に酔い痴れるバルゴアードとは対照的に、周囲の魔族たちから突如、怒りの声が上がる。
遠く、さらに遠くの向こうから、それはやって来る。
ダバンを囲む高い壁。その北側にある正門が開かれている。
つい先刻。バルゴアード軍の到着を知らせるべく、あの北門より使者を送ったばかりだった。
その開かれた門はやがて閉じる。そこには一体の荷馬車が残されるだけだった。
本来、御者がいるべき場所には誰もおらず、馬は暴れるようにこちらに走り、荷馬車を引っ張ってくる。
馬蹄の音がやけにうるさい。激しい蹄の音を地面に打ち鳴らしながら荷馬車はこちらに向かって走ってくる。
その荷馬車には、魔族の首が乗っていた。
それはつい先刻。使者として送り出したばかりの魔族たちの首だった。
頭だけ乗せられた荷馬車はこちらに向かってくる。
「うらあ!」
やがて先頭にいた魔族が巨大な戦斧を奮って走ってくる馬の首を叩き切った。首を失った馬はそのまま勢いよく地面に倒れ、荷馬車も巻き込まれるように衝突して壊れていった。
「そんな…ゴッスィとミッチーが…首だけに…なんて惨いことを…あのクソ人間どもが!よくも二人をやりやがったな!」
「バルゴアード!これはどういうことだ!あいつら俺たちの配下になったんじゃねえのかよ!」
「ま、待てこれは…」
「おい、見ろあれ!」
魔族の一人が壁の上を指し示す。そこにはつい先刻まで上がっていた魔族の旗…バルゴアード軍の軍旗があった。
しかしその旗は人間の兵士によって下ろされ、人類軍の御旗が上がる。
あの軍旗があったから、ここには味方がいる、そう信じていた。
本当なら、俺たちは歓迎されるはずだった。
あの旗は、味方の象徴だった。しかし今は違う旗が挙げられている。
――なんだこれは?
殺された魔族の使者。野ざらしになる首。怒り狂う同胞の魔族たち。そして城壁に上がる人類軍の御旗。
そしてようやく、理解する。
――騙されたのか?
「あいつら、俺たちを謀ったなッ!」
自分たちは騙す側ではなく騙された側だと、ようやく魔族軍幹部バルゴアードは理解した。怒りのあまりつい口から命令を出してしまう。
「あいつらは敵だ!全軍突撃せよ!奴らを皆殺しにしろ!」
「「「うおおおおおッ!」」」
騙された。使者を殺された。なによりも見下している相手に虚仮にされたという感情が魔族たちを激怒させ、命令されるよりも早く7000の魔族軍はダバンへと攻撃を開始する。
魔族軍の怒りの雄叫びは空気を揺るがし、城壁へと向かう大軍の足音が大地を揺らす。そして…
――水滴が落ちた。
怒りに狂っているからだろう。雄叫びをあげて城壁に殺到する魔族の大軍は気付かない。地面が濡れ、足首まで浸かるほどの水たまりができていることに。
その光景を、遠く、ダバンの内部より観察する者たちがいる。
「うむ。奴ら怒りに狂ってこちらに向かっているな。水魔法部隊、準備はできているな?」
「ハッ!万全であります!」
「では命令があるまで雷魔法部隊は待て。…そろそろだな。ふぅ、この魔法、当てるの難しいんだよな。お前らはちゃんとポーション飲んどけよ?魔力切れになったらすぐに後ろに下がるように…よし、今だ。雷電魔法発動!」
その魔法が発動した瞬間、
――バンッ!と何かが弾けるような音が大気を揺るがす。
集団になって駆け抜けていた魔族軍の戦闘部隊は突然ビクンと体を震わせると、白目を剥いてバタバタと地面に倒れていった。
地面に倒れる魔族たち。ビクビクと痙攣し、口からは煙を出し、焦げ臭い臭いをあたりに充満させていった。
突然の事態に魔族軍の進軍が停止する。
「ま、待て!止まれお前ら!これは敵の罠だ!」
「ぎゃ!」
「ぐあ!」
「ぶがぎゃあ!」
「あぎゃば!」
ばたり、ばたりと次々と倒れていく魔族たち。その巨体は水たまりに沈み、泥まみれになっていく。
「この水は危険だ!踏まないによう注意しろ!」
人類軍の裏切りに怒り狂っていた魔族軍。しかし謎の攻撃に怒りは沈静し、すぐに状況を理解する魔族軍の指揮官たち。やがて指揮官の判断のもとに、水たまりを避けるよう、ゆっくりと進軍を開始する。
攻撃方法は不明だが、仕掛けさえわかっていればなんとか対処は可能だった。
やがて水たまりを避けるようにして城壁まで接近をする魔族軍。あとは扉を破壊して中に侵入する。そして中にいる人類軍の連中を皆殺しにする。
怒り、鬱憤、憤怒、憤懣…人類軍に対する負の感情がせめぎ合う中で、魔族軍は北門の扉を破壊しようとする、まさにその時。
「……?」
「おい、この壁さ、なんかおかしくね?」
「あれ?え?ちょっとまって、この壁、動いている?」
「…おいおいおい、ちょっと待って!」
「逃げろ!今すぐ後ろに逃げろ!」
ダバンを囲む石造りの巨大な壁。大きく、無骨で、硬そうで、重そうなその壁がゆっくりと、そして確実に魔族軍に向かって倒れてきた。
「逃げろ逃げろ逃げろ!」
「ダメだ、間に合わねえ!」
「うぎゃああああ!」
バーンと強烈な破壊の音が大気を揺るがす。
突然、魔族軍に向かって倒れてきた城壁。その巨大な圧力に圧し潰されるようにして、魔族軍たちが潰されていった。
「早く、早くにげぎゃああ!」
「しまった!こっちは水たまりがある、馬鹿ヤロー押すなぐばあ!」
「たすけて、助けてぐああああ!」
たとえ強靭な皮膚を持つ魔族でも、巨大な壁に圧し潰されたら圧死せざるを得ない。
倒れる壁から逃げようとするが、後ろには触れると感電する水たまりが道を塞ぎ、魔族たちの退路を絶っていた。
感電死する魔族もいれば、壁に潰されて圧死する魔族もいる。悲鳴が絶えず響き、死屍累々の魔族の遺体が次々と出来上がる。そこはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していった。
その光景を壁の反対側、都市内部にいる人類軍総司令の女騎士、ヴィラ・ガルビアはげらげら笑いながら眺めていた。
「ぎゃははは!どうせ誰も住んでない街だ!存分に使ってやれ!魔族どもを一網打尽にしろ!薄汚い魔族どもは皆殺しだあ!あーッはははは!」
あらかじめ土魔法部隊によって壁に斜めの亀裂を作り、いつでも外側に倒せるようヴィラ総司令官は準備させていた。そしてその作戦が今、功を奏した。
そんな人類軍の女総司令官を身て、あ、こいつヤバい奴だな、と僕は内心思ったりした。
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