第104話 救助部隊

「魔族軍のいる北に向かう目的か――なんだろうな?」


 突然の魔族軍襲来の報せに都市内の人類軍の動きが慌ただしくなる。


 司令所より怒声も同然の命令が飛び交い、兵士たちが動き回り、魔族軍の迎撃準備を開始する。


 緊迫した空気に包まれる都市内の慌ただしい光景を眺めつつ、僕とゼイラは馬に乗って指定された場所へと配置につく。


 現在。ダバンにはおよそ3万以上の人類軍とカルゴア軍それぞれの大隊が混成する連隊がある。


 今回の遠征軍には教国の部隊も含まれているので、きっと聖女ルイも本部隊のどこかにいるのだろう。


 遠征前に一度挨拶したきりでそれ以降は会っていない。


 本当であればルクスにもローゼンシアの件で相談したいところなのだが、今のルクスは人類軍の中でも司令部に近い地位にある。一度戦闘が始まってしまうと忙しくなり、なかなか会い辛いかったりする。


 一応、ルクスはローゼンシアの救助に関して協力的ではある。だが目の前に魔族軍が迫っている今、ローゼンシアの件はどうしても後回しになってしまう。


 ――やはり自分で助けないといけないか。


 ローゼンシアのことを考えていると、隣にいるゼイラが口を開く。


「普通に考えるなら――裏切りか?」


 ゼイラは何か考えるような、ゆっくりとした口調だ。


「それは僕も考えた。だがあり得るか?」


「可能性だけなら、あり得る。ただ本当にやるってなると、馬鹿じゃねえの?とは思うかな」


「そう…だよな。となると他にどんな可能性がある?」


「うーん。…ダメだ。情報が足りねえ。奴らだけが知ってる何かがあるのか、それとも何か見落としがあるのか。とにかく現状では判断がつかねえ」


 ゼイラは考え込むような顔をしつつ、やがて首を振って何も考えつかないと言う。もっとも思い浮かばないのは僕も同じなのだが。


 ローゼンシアがここから北の方角のどこかにいることをゼイラに伝えてみたのだが、あまり芳しい答えは返ってこなかった。


「この魔法は便利なんだがな、距離感がわからねえ。めちゃくちゃ遠くにいるのか、それとも近くにいるのかすら判断できない。もしかしたら都市内にいるかもしれないぜ?」


「それは…ないな。たぶん」


「ふーん…根拠は?」


「ダバンに先に到着したのは僕たち人類軍だ。到着するまでここは無人だった。先回りしてここに来るというのはあり得ない。それに…」


 ――ドウラン国の部隊には監視がついているのだ。


「奴らに不審な動きがあればすぐにわかる。ローゼンシアはここにはいないのは確定だ」


「それなら、もういっそのこと奴らから直接聞けばいいじゃねえか?」


「それができないから苦労してる」


「なんで?」


「現状では、何も証拠がないからだ。奴らはただ自国の姫を保護し、僕から遠ざけているだけ。いくら奴らが気に入らないからって何の正当性もなくドウラン国の軍隊を攻撃したらカルゴアが各国から批難される」


「別にいいじゃねえか」


 なんでだよ。よくないだろ。


 そんな僕の内心のツッコミが通じたのか、ゼイラはせせら笑う。


「だってよ。逆らえないだろ?今の人類軍に魔王どころか幹部すら斃す力はない。リュークがさ、どんな横暴をしたところで文句を言うだけで何もできないんじゃね?」


「それは違うぞ」


「そうか?」


 一応ゼイラの言葉を否定するが、彼女の言葉に一片の真実もないわけではない。確かに僕が好き勝手したところで、不満こそあれ人類軍は何もできないだろう。それは確かに真実かもしれない。だが…


「カルゴアに僕と同じ戦力が複数あれば、そういう方法もある。だが残念ながら僕の体は一つしかない。僕が魔族と戦っている時に誰がカルゴアを守るんだ?人類軍の協力は必須だ。無碍にはできない」


「ああ、ちゃんと理由があるんだな。思った以上に甘ちゃんじゃなくて安心したぜ?」


 ひひっとなんだか嬉しそうな顔で笑うゼイラは僕を見て楽しそうだ。もしかして揶揄われているのだろうか?


 人類軍は…そう、必要なのだ。奴らがいないとカルゴアを守れない。それに、もしも人類軍を無理やりカルゴア軍に組み込んだところでクーデターでも起こされたらどうするんだ?


 嫌だぞ?帰国したら国王が殺されて知らない奴が玉座に座っていたなんて。


 やはり理想は、人類軍と協力しつつ、最終的にはそれぞれの祖国に帰ってもらうことだな。国内に他国の軍がいるというのはあまり良い状態ではないからな。


 人類軍と協力する。そのついでに取れそうな他国の領土があったら交渉で勝ち取って領土を拡張していく――それが穏便に領土を広げる理想かな?


「で、どうするんだよ?ここにいないのは確定。だとすると、ローゼンシアがいるのは魔族の支配地域ってことだよな?」


 ――どうする?その問いかけに数秒ほど悩む。そして…


「……あいつらに頼むしかないか」


 嫌だな。あいつらに何かを頼むって、本当に嫌だな。でもやるしかないのか。


 僕は間男部隊に伝令を出す。やがて落ち着きのある雰囲気の兵士がやってきた。間男部隊の隊長、オルグレイファだ。


 ……この男。見た目はイケメン風の男なのだが、なんか妙な雰囲気があるんだよな。


 黒色の短髪で、やせ型だがよく見ればそれなりに鍛えてるのか?そこまで年はいってないのだが、かといって若いわけでもない。


 オルグレイファは僕の近くに寄ると直立不動の姿勢をし、敬礼する。


「特殊後方部隊隊長のオルグレイファであります!」


「……ローゼンシアの件だ。彼女の行方に関する有力な情報がある」


「この短時間でもうそこまで?!さすが中隊長殿であります!」


「御託は良い…それより…」


 僕はオルグレイファにローゼンシアが北にいるという情報を伝える。オルグレイファは真剣な面持ちで熱心に僕の話を聞く。なんだかこいつ、蒸し暑いな。


 たぶん、悪い奴ではないのだと思うのだが、なんか熱血というか…この男に将来僕の愛する誰かが寝取られるのかなって思うと、なんか嫌だな。


「――ここより北ですか?それは盲点ですね。ただ逃げるという意味では、確かに最適かもしれません」


「あん?そうか?」


 おっと。いかんいかん。この男がドウランの連中を褒めるようなことを言うからつい怒気が。鎮めないと。


「ええ。なにしろここより以北は魔族の支配地域ですからね。人類の追手から逃げるという意味では、格好の場所かと」


 それは、まあそうなのだろう。いくら捕まえたくても魔族の支配地ともなるとこちらも自由には動けない。まさに逃げ場としては最適か。


「では裏切りの可能性は低いと?」


「それはそうでしょう。ドウランの連中は確かに卑劣な奴らですが、魔族はそれ以上に卑劣ですからね。流石に祖国を滅ぼした奴らと組もうとは思わないでしょ?」


 …それは…そうか。


 どうも頭に血が登り過ぎてるかもしれない。


「それに大勢で行くのと違って少数であれば魔族の目にもつかないですからね。南下中のバルゴアード軍に人類軍の足止めをさせている間に、さらに北へと逃げるつもりなのでは?」


「北、ね。奴らはどこに向かってると思う?」


「それはやはり…ミルアドのさらに北。彼らの祖国、ドウラン国では?」


 やはりそうなるか。


 そもそも奴らの狙いが祖国の領地奪還なのだ。北を目指すのは自然な流れか。


 ――まったくもって忌々しい限りだ。そこまで自分の祖国が欲しいなら自分の力で取り戻せばいいだろうに。


 剣の国が聞いて飽きれるぜ。他力本願の国に改名した方が良いのでは?


 ……いや、もう改名する必要はない。あの国はもう無くなるのだ。


 ローゼンシアとの約束を守ろうではないか。あの国は必ずぶっ潰す。その時は、奴らも道連れにしよう。


「――奴らを追え」


 大事な女を奪われる。忸怩たる思いだ。一刻も早く取り戻したい。だがそんな内心の感情とは逆で、口から出た声はやけに静かだった。


 僕は、人類は守りたいと思う。だが、全員は無理だ。


 僕の足を掴んで引っ張るなら、その腕は切り落とすべきだろう。


 怒りの感情はどこからともなく湧いてくる。それに反比例して心はどんどん冷淡で、冷酷になっていく。


「必ず見つけ出せ。ローゼンシアを保護せよ。手段は問わない」


「え?手段を問わな…あ、了解しました」


 ん?僕、なんか今、変なこと言ったかな?言ってないよね?大丈夫だよね?


 ……どうしよう、なんか不安なんだけど?撤回した方がいいかな?


「我ら魔族特殊後方部隊、必ずや任を成し遂げてみせます!奴らの魔の手からローゼンシア嬢を救助してみせます!たとえどんな手を使ったとしても!」


「え?あ、うん…いや、あの…」


「ではこれより隊を率いて北へ向かいます!」


「お、おう、そうだな。任せたぞ!」


「ハッ!」


 そう言って威勢よく敬礼をすると、オルグレイファは颯爽とその場をあとにする。


 その堂々たる態度はとても頼もしく、彼に任せればきっとローゼンシアは見つかる。そんな予感がする。


 だが何故だろう?一抹の不安が僕の中に去来する。一体なぜ?


 ――どんな手を使っても見つける…その方法の中にはもしかして寝取られも含まれるのだろうか?と一瞬だけ妙な不安が頭を過った。

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