第101話 ゼイラの要求
ダバンはミルアドの首都ネルベイラより南に位置する、要塞都市だ。
四方を高い壁に囲まれた都市で、ミルアドとカルゴアの交易で栄えていた。
しかし、かつて栄えていた都市も今や見るも無残な姿を晒している。
魔王ギュレイドスが率いる魔族軍が通過した際にダバンの都市を蹂躙したのだろう。かつては人で賑わっていた都市内部に人影は今はなく、あちこちに骸が転がっている。
既に時間が経過しているからだろう。腐乱した住民たちの遺体はそこら中に横たわる。
街は破壊され、略奪され、子供にいたるまで殺されて、都市内は荒れに荒れていた。
街中に腐乱する骸が転がっている。
だが埋葬する時間はない。人類軍はダバンに到着すると、遺体を一ヶ所に集めて火を放ち、そのまま死体を焼くことにした。
「これは…ひでーことするな」
「そうだな」
次々と運ばれて火葬されていく遺体を眺めながら、ゼイラは顔をしかめる。
ミルアドは商業国家と呼ばれるだけあって、経済を重視する国だ。かつてはこの都市にも多くの商会が軒を連ねて商売に励んでいたのだろう。
しかしここまで徹底的な蹂躙を受けたら、かつて栄えていた都市に戻すのにどれだけの時間を要することやら。考えるだけバカバカしくなるくらいの年月が必要だろう。
「遺体は全部火葬するのか?」
「いや、最低限、軍の作戦に支障が出ない程度だな。…北から敵軍が迫っている。全員を葬れるとしたら…魔族をすべて撃滅させてから、だな」
といっても、それをするのはミルアドの仕事であって人類軍の仕事ではないけどな。
現在。ミルアドの首都ネルベイラにいたバルゴアード軍はこちらの偽情報を信じて南下している。目標はここ、ダバンだ。
その数は約7000。一個旅団ってところか。
斥候の報告によれば、幹部以上の特殊個体が複数いたという。
流石に魔王ギュレイドスほどの強さではないだろうが、それでも幹部クラスの特殊個体は一般の魔族兵よりも数倍から数十倍の強さがある。
小銃は確かに威力があるが、流石に特殊個体には通じないだろう。それは魔法も同様である。
近接戦闘に特化したギュレイドス軍の場合、特殊個体といっても単純に力が自慢で肉体が強いだけの戦闘型な魔族であることが多い。
しかし他の魔族軍の場合、魔法や妖術、特殊な武器を使用できるタイプもいるので、ギュレイドス軍よりもそちらの魔族軍の戦法の方が厄介だったりする。
ギュレイドス軍は確かに機動性が高く、進軍のスピードが早いのだが、一方で戦い方が単純な力押しなので罠にハメてしまえば意外と組みしやすいという弱点がある。
それでも幹部以上の特殊個体には警戒せねばならんがな。
といっても今の人類軍は今までのやられっぱなしだったかつての軍とは違う。今更手を抜くようなことは絶対しないだろう。
むしろ今気にかけるべき…それはローゼンシアか。
砦を出てこの要塞都市ダバンに到着するまでの間。
間男部隊はローゼンシアの捜索にあたっていたが、見つけられなかった。
砦の部屋をすべて探したが見つからず、部隊を分けてカルゴアまで捜索にあたらせたが、足取りはまったく掴めなかったと言う。
…いくらなんでもこれはおかしい。
カルゴアとミルアドとの間には見晴らしの良い平原が広がっている。
いくら馬の足が早いといっても、誰にも気付かれることなく遠くに行くなんてできるのか?
魔法を使ったか、でなければ…
嫌な予感がする。
流石に殺したりはしないはずだ。そんなことしたら交渉すら出来なくなる。
こっそりとドウランの部隊を見張らせたが、ローゼンシアと思しき人物はいなかった。
どうなってるんだ?
「なあ、今いいか?」
「うん?なんだ?」
僕がローゼンシアのことで思案に暮れていると、ゼイラが話しかけてくる。
「詳しいことは知らねえけどさ、ローゼンシアを探してるってことでいいんだよな?」
「ああ。それで?」
ゼイラはまだ僕の加護のことを知らない。だから詳細は伏せている。しかしローゼンシアの行方がわからず、彼女を探していることは暗に伝わったのだろう。
「アタシのチームのレンジャーがさ、行方不明の冒険者を探すときに捜索魔法を使ってたんだよな。それを使えばどこにいるのか、方角くらいはわかんじゃね?」
そんな便利なものが…魔法って凄いな。だが…
「そんな都合の良い魔法があるならぜひやって欲しいところだが、レンジャーなんてどこにいる?」
ここにいるのは魔族との戦争に特化した魔導士部隊だ。残念ながらレンジャーはいないだろう。しかし、
「レンジャーはいないけど、エルフはいるだろ」
と、当然のように言ってくるゼイラ。
…そうだった。ここにはエルフのニーナがいたんだった。補助魔法要員として呼んでいたので完全に失念していた。
エルフといえば森の妖精とも呼ばれるほどだ。まさに天然もののレンジャーとも言える。
「ニーナを呼んできてもらえるかな?」
「おお、待ってろ」
そう言ってデカい大剣を背中に背負いながらゼイラはどこかに駆け去っていく。そして十分ほど。ゼイラに連れられ、ニーナがこちらに来る。
「もう、なんなの?せっかく今日は休めると思ってたのに…あら伯爵?どうしたのかしら?」
普段は綺麗に整えている緑色の髪をしているエルフのニーナ。そんな彼女が慌ただしく髪を振りながらこちらに駆け寄ってきた。
「忙しいところ悪いな。実は…」
僕はローゼンシアがいなくなったこと、行方を知るために捜索魔法を使用してもらいことを簡潔に伝える。そして…
「ええ、できますけど。ただ条件がありますよ?」
ニーナはその綺麗な眉根を寄せて言う。
なんだろう?まさか屋敷の庭にマンドラゴラを植えたいとかじゃないよな?なんか最近、屋敷の庭に変な植物が生えてるとかでメイドが怯えていたのだが…
一応。あの屋敷はルクスから借りている王国所有の物件だ。魔窟にされると僕が怒られるかもしれないので自重して欲しいのだが。
「特定の人物を捜索するには、その人の情報が必要なんです。何かローゼンシアに関わる物はございますか?」
ニーナはおっとりとした口調でそう云う。どうやらマンドラゴラではなさそうで一安心だ。
「情報か…例えば何が良いんだ?」
「そうですね。毛髪、皮膚、唾液、…とりあえずその人の体から派生したものであればなんでも…ただ新鮮なものが良いですね」
うーん。情報ね。なにかあったかな。
……くっ。嫌な閃きが湧く。
ある、かもしれない。あそこなら、あるかもしれない。
ローゼンシアと間男が加護発動に用いた、あの特殊な馬車になら、あるかもしれない。ローゼンシアの髪の毛とか、それ以外のものとか…
「……しばらく待って欲しい。もしかしたらあるかもしれないから」
「はあ。それは良いのですが、なんでそんな苦しそうな顔をしてるのです?」
「なんでもない。それよりありがとう。助かった」
「いえいえ。では準備ができましたらお声をかけて頂けますか?」
そう言うと、ニーナは元いた場所へと戻っていく。彼女を見送ると、ゼイラが話しかけてきた。
「お、うまくいきそうか?」
「ああ、なんとかな。ゼイラもありがとな。おかげで何とかなりそうだ」
「ふーん、そっか。へえ。つまり、アタシのおかげで助かった、そうだな?」
ゼイラはまるで値踏みするかのごとく、にやっと笑みを浮かべる。なんだろう?なにか悪巧みでも考えているような。
「なんだよ?報酬でも欲しいのか?まあ帰ってからで良ければいくらでも…」
「うん?ああ、そうだな。報酬が欲しいな。実はちょっと頼みたいことがあるんだよ。いいかな?」
頼み?ああ、そういえば今朝も何か言ってたような。
「なんだよ?できることならなんでもするぞ?」
なにしろローゼンシアを見つけられるかもしれないのだ。可能な限り褒美を与えたい気分である。
ふふ、とゼイラは嗤う。
彼女の表情はなんだか艶を帯び、呼吸がなぜか荒くなる。まるで獲物を狩る猟犬のような、危険な眼差しを僕に向ける。
「リューク…実はさ、あんたと全力で戦いたいんだ。良いかな?」
「……別に良いけど、僕はそんな強くないぞ?」
「へへ。わかってるくせによく言うぜ。リューク、あんたの加護が発動している時に戦いたいんだよ」
ゼイラの顔はますます歪み、愉快そうに見える。
「アタシが最高に燃えるシチュエーション、そういえば言ってなかったな?」
まるで思い出すように語るゼイラ。彼女は言う。
「アタシさ、全力で戦って、その上で負けてみたいんだよね」
「はあ?なんだそれ?負けるために戦いたいのか?」
「そうだよ。全力を尽くして、死闘を演じて、それでも勝てなくて、屈服して、負けて、敗北して、そして…」
――凌辱される、そんな死闘を体験したいんだ、とゼイラは熱っぽく語った。
どうやらこの女。僕が思っている以上にヤバい女かもしれなかった。
「アタシはあんたをぶっ殺すつもりで戦うからさ、その上でアタシのことを屈服させてくれないかな?――それが報酬、かな」
ゼイラは嗤う。どうやら本気のようだった。
そして今ならわかる。なぜ彼女が人類が滅ぶその瀬戸際まで何もしなかったのか。
どうやらゼイラは人類の存亡に興味がないようだった。あるのは自身の欲望のみ。まさに冒険者である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます