第100話 北上

「ドウラン国の奴らから返事がきたぞ?」


 陽が高く上る昼刻。既に人類軍はミルアド国の都市ダバンへと向かうべく、砦を出て北上している。


 縦二列の縦隊となって北へと向かう最中。僕はといえば、間男部隊が用意している荷馬車に乗り込み、ルクスと向かい合う。


 ローゼンシアのことは確かに心配だが、彼女一人のために行軍を止めるわけにもいかない。


 忌々しい限りだが、今は間男部隊に頼るしかないのだ。


 もちろん、僕の方で出来ることはやる。まずドウラン国の部隊との接触。ルクスを介してローゼンシアの所在を問うことにした。


 その結果が、これだ。


「奴ら――お前が王女に手を出して無理やり手籠めにした。彼女の身の安全を優先して保護したと言ってるぞ」


「あ?どういうことですか?」


「俺を睨むな。そう言ってるのは奴らの方だぞ」


 おっとまずい。うっかり怒気が出てしまった。


 というかなんだそれは!ふざけるな!完全な言いがかりだぞ!


「…それは奴らの嘘です。僕はローゼンシアを無理やり手籠めなんてしていません!すべて合意の上の和姦です!」


「…そうだったな。手を出したのは事実だったな」


 あれ?おっかしいな。事実をただ述べただけなのに、なぜルクスにこんな冷たい視線を向けられないといけないのだろう?解せぬ。


「それがまた厄介だな」


「なぜです?」


 ローゼンシアの境遇を思えば、僕がそこまで間違っていることをしたとは思えない。もちろん、寝取られ行為が良いことだとは思わないが、それはそれ、これはこれだ。


 第一、寝取られについては完全に情報を封鎖している。流石にバレていないはずだ。


「奴らが言うには、お前が王女に手を出したことは甚だ遺憾だが、しかしお前が王女の婿になってドウラン国の奪還に助力するなら不問にしてやっても良いと言ってるぞ?」


 すごい上から目線だな。しかし…


 …ふむ。もう殺すか。


「ドウラン国は自殺願望があるようですね。今すぐ薄汚いドウランの生き残りを絶滅させましょう」


「落ち着け。まずは王女…ローゼンシアの救助が先だ」


 おっと、そうだった。いっけね!怒りのあまり目的を見失うところだった。


 ふむ。それにしても、救助、ね。どうやらルクスはローゼンシアはこちら側の味方だと判断してくれてるようだ。助かった。


「俺の方でも奴らを調べてみたが、ドウランの部隊にローゼンシアらしい人影は見当たらなかった。おそらく、別の場所に移動しているのだろう」


 現状、ドウランの残党部隊は人類軍の後方よりついてきてる形だ。一方で僕らの部隊といえば、魔族軍との戦闘に備えるため、常に最前線にいる。


 傷つく心配の少ない安全な後方でぬくぬくしやがってよ。何が剣の国だよ。やる気あるのか?いや、やる気がないからこんな計略を立てたのか。


「だいたい、そんな嘘が通るわけないでしょ?僕らが愛し合っていることは当のローゼンシア本人が知っています」


「ああ、だがここに当の本人がいないからな。証明しようがない」


 証明って…


「僕の加護は…相思相愛でないと発動しません。証拠ならありますよ?」


「ああ。だが知っているのは俺たちだけだ。奴らは知らないし、こちらもわざわざ教える気もない。わかるな?証拠があっても証明する手段がない」


 ――現状では不利だな、とルクスは無表情に言う。


「ドウランの奴らは確かに人類の足を引っ張る無能だ。だが、無能を理由を断罪はできん。無能というのは本当に厄介だな。なにしろ本人には責任がないのだから」


 窓のない、密閉された荷馬車の中。この馬車は防音対策ができてるので、会話が外部に漏れる心配はない。


 ガタガタと揺れる馬車の中でルクスは無表情のままに語る。


「だから、だ。現状では奴らを断罪はできない。むしろ他国の女に手を出しまくってるお前の方が不利かもしれないな」


 そんな馬鹿な!僕はただ、人類を救うべく一人でも多くの女性を口説いただけじゃないか!なんならみんな合意の上で抱いたぐらいだぞ!


 と、ぶっちゃけることができたらどんなに良かったことやら。


 しかし、言えない。なぜなら加護の内容は他人に教えられないからだ。まあそれ以上に寝取られないとパワーアップできないなんて加護、教えられるわけないのだが。


「…ローゼンシアは、自国のことを恨んでました」


「…女はいくらでも嘘をつくぞ?」


 それは…そうなのだろう。


 別に世の中のすべての女性がみんな正直者だなんて僕だって思ってない。嘘の一つや二つ、いやそもそも男とか女とか関係なく誰だって嘘をつくものだろう。中には演技力のある女性だっているものだ。


 しかし、だが、ローゼンシアは…


 …あれは演技だったのか?


 そんなことは、ないと信じたい。彼女が僕の前で見せた感情が実は嘘だったなんて、信じたくはない。


 信じたいものだ。なぜなら、好きだから。


「…疑っているのですか?」


「当然だろ?お前は今や人類の切り札だ。そんなお前に近づく女がいる。それも他国の女だ。疑わない方がどうかしてるぞ?」


 それは、そうなのだろう。


 人類は今や絶滅間際だ。確かに反攻作戦は上手くいっているが、まだ敵は多く、土地の大部分は取り戻せていない。


「リューク。一番簡単な解決策を先に教えておこう。…あの女を切り捨てろ。それで全て解決する」


「それはできません」


「ああ、そうかよ」


 僕が即答なんてしたせいか、ルクスは呆れるような溜息をつく。


 確かにローゼンシアは他の男に抱かれた。もう僕だけが知っている彼女ではない。しかし、だからといって嫌いになったわけでもないし、なんならまだ好きだし、そもそも他人に奪われるつもりもないのだ。


 もちろん、彼女の今までの言動がすべて嘘で、演技だった、そういう可能性もあるだろう。


 だから何なのだ。それは相手の都合であって、僕の都合ではないだろうに。


 ローゼンシア。彼女のことを愛すると勝手に決めたのは僕だ。自分で勝手に好きになっておいて、後々になってやっぱり嫌だなんてそんな無責任なこと言えるわけがないではないか。


 好きになったなら最後まで好きを通す。それだけだ。


 それに。今ここでローゼンシアを切り捨てたら、他の女性たちも離れてしまう、そんな気がする。


 やはりダメだ。僕は、僕は、世界一のチャラ男になる男。女性を切り捨てるなんて絶対できねえ!


 切り捨てて良いのは、敵対した男だけだ!


 …ふむ。なんでドウラン国の男とかいうどうでも良い奴が敵対して、間男は敵対しないのだろう?なんか納得いかねえよな。


「…わかったよ。ならあの女を助ける方向で全力を尽くす。リューク…」


「なんです?」


「これは貸しだ」


「はあ」


 やれやれと溜息をつきつつ、それでもその目に光を失わずに僕を見るルクス王子。


「この貸しはいずれ…いや、そうだな。近日中に返してもらう。わかったな?」


「え、あ、はい。わかりました」


「なら良い。今は目の前の作戦に集中しろ」


「…承知しました」


 ルクスはしばらく難しい表情を浮かべるものの、先ほどよりもなんだか機嫌が良さそうだ。


 っていうか、借りを返すって何だろう?まさかゼイラを貸せとか言わないよな?それだと困るのだが。なんとか女性関係以外の貸しの返し方にしてもらえないか、うまく説得しないとな。


 しばらく荷馬車の中で揺れていると、やがて外より扉を叩く音がする。


 ルクスが何か合図を送る。防音対策のある荷馬車なのにどうやって合図を送ったのか方法はわからなかったが、おそらく魔法的な何かだろう。やがて荷馬車の扉が開いて外から兵士が入ってくる。


「総司令より伝令です」


「ふむ。聞かせろ」


 やがて伝令の兵士はさっとルクスに近寄ると、なにか小声で耳打ちする。


「……ほう?……そうか。ご苦労」


「失礼します」


 伝令兵は用件だけ伝えると外に出ていき、やがて荷馬車の中は二人っきりになる。


「ミルアドの首都を占拠していた魔族軍がな、どうやら南下を始めたようだ」


「そうなのです?」


 ミルアド首都には現在、教国とドウラン国それぞれを支配していた魔族軍から攻められていたはずだ。


 言ってしまえば魔族同士の争い。それは偽旗作戦が上手くいったおかげなのだが、そのミルドアの魔族軍が南下したとはどういうことだ?


「ミルアドの魔族軍は籠城せず、撤退することしたのだろう」


 まあ籠城戦は補給がないと勝ち目がないからな。もちろん、援軍があれば話は別なのだが、今回の場合、本来であれば援軍になるはずだった友軍が敵にまわったのだ。籠城したところで勝ち目がない。


「しかし逃げるにしてもなぜ南に?」


「それはもちろん、味方がいるからだろ」


 はて?いたか?南に味方いるか?


「あ、もしかして国境にいたあの魔族軍のことですか?」


「それもあるが、それだけじゃない」


 うん?妙な言い方するな。まるで半分正解とでも言われた気分だ。


「ふふ」


 ルクスはなんだか愉快そうに嗤う。


「敵はまだ国境の軍が滅んだことを知らんからな。南下すれば味方と合流できると踏んだのだろう」


「ああ、なるほど」


 まあ撃滅したのはつい昨日のことだからな。流石にそんなすぐに情報は伝わらないだろう。


「なにより奴らは人類側と停戦条約を結べたと勘違いしてるからな。魔族軍がいる東西北よりも、停戦した人類のいる南の方が安全だと踏んだのだろう」


 ふむ。確かにそれはそうなのだが、それだけで南に行くとは限らないのでは?


 魔族の事情は知らないが、未だ大陸南部を占領している幹部軍は多くいる。中にはミルアドを占拠中の魔族軍幹部――確かバルゴアードとか言ったか?そのバルゴアードと仲の良い奴もいるのでは?


「周囲は敵ばかり。誰が頼りになるのかわからない状況で、不確かな行動はとれまい。確実に味方がいると判断できるのは南だけ。そして、人類軍が協力してくれると言われたら、飛びつくのではないのか?」


 とルクスはしたり顔で言う。どうやら人類軍は何か工作を働いたようだ。


「ミルアド首都に使者を出した。内容は、バルゴアード軍と組んでも良いというものだ」


 ――もちろん嘘だがな、とルクスは云う。


 なるほど。どうやら魔族軍に嘘をついたようだ。まあ向こうもよくやる手口だ。こっちが嘘をついたところで今更だろう。


 それにしても…


 思ったよりも次の戦いが早く起きそうだ。しかしローゼンシアがいない今、次は誰に任せればいいんだ?

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