第99話 弁明
「――つまり他意は無いと、そう言いたいのか?」
「はい!自分にいかがわしい気持ちは一切ありません!」
こいつ、声でけえよ。
現在。間男を特定した後、特殊部隊から少し距離の離れた場所で間男に質問というか尋問をしている。
っていうかさ、人の女を抱いておいていかがわしい気持ちは一切無いなんてあり得るの?おかしくね?
しかし、なぜだろう?この間男、まるで本当に疚しいことは一切していないといわんばかりの、誠実そうな表情で訴えかけてくる。
むしろ、疑われるぐらいであれば死を選ぶとでも言わんばかりの勢いだ。一体どうなっているのだ?
この間男――名前はドレイスと呼ぶらしい。カルゴアのノンケイン男爵家の三男らしく、他の間男部隊の男たち同様になかなか顔の良いイケメンである。
短く刈り込んだ銀髪の、青い目をした男の兵士で、戦闘訓練の少ない儀仗兵部隊にいたらしく、そのせいもあってかあまり体は鍛えられていない。どちらかといえば線の細い、芸術家みたいな体つきだ。
しかし、わざわざルクスが特殊部隊に選ぶだけあって…うむ。デカいな。僕とどっちがデカいなのだろう?いや、今はそれは言い。問題はこの男とローゼンシアの関係だ。
一応、ゼイラには聞かせられない内容なので、彼女には遠くから見守ってもらっている。なにかあればすぐにでも駆け付けられる距離だ。
部隊から離れた平原の上で、間男と二人きり。女について話し合う。これが軍ですべき仕事なのかと疑問に思うのだが、そうなのだから仕方がない。
「では何故ローゼンシアを誘った?」
「誘う?滅相もありません!自分はただ、任務に支障があってはいけないので、後学のために、あの、その、つまりですね、改善点や反省点がないか、フィードバックなどを求めようと思いまして、後日勉強会ができないか聞いてみただけです!」
まるで自分は濡れ衣だといわんばかりの必死な姿で弁明をする間男。
やっていることはただの間男の言い訳なのだが、この男もまた我が祖国の同胞であり同じ釜の飯を食う軍人である。きっと性欲ではなく国を憂う気持ちの方が優っていると信じたい限りだ。
僕は半信半疑。いや、疑の方が多いくらいか。しかし僅かな信の気持ちを手がかりにさらに質問を続ける。
「ではローゼンシアに特別な気持ちは抱いていない、そう言いたいのか?」
「当然であります!あるとすれば、人類救世のために身を投げて行動するその献身的な精神に対する尊敬の念だけであります!」
ドレイスはハキハキと軍人らしい言葉遣いできっぱりと否定する。とても他人の女を抱いた男の言い訳とは思えないぐらい、男らしい実直な態度だった。
「しかしな、ローゼンシアはとても良い女だ。あんな良い女なら、手籠めにして自分のものにしたいと考える男がいてもおかしくはない。そう思わないか?」
僕はあえてカマをかけてみる。これがゲスな男であれば、こういう言い方をすれば乗っかってくるだろう。そう判断したのだが…
「!…中隊長殿。確かに彼女は素晴らしく、魅力的な女性です。ですが、自分は…俺は…任務に私情は一切挟みません!俺の心にあるのはカルゴアへの忠誠と祖国を守りたいという気持ちだけです!」
ドレイスは一点の曇りのない、キリッとした表情でローゼンシアに対してスケベ心は一切ないと否定する。この野郎、女を抱いておいて性欲が無かったなんて馬鹿な話があってたまるか!
だいたいさあ、性欲があるから加護を発動できたのと違うのか!性欲もなしにどうやって本番行為をするんだよ!
と怒鳴ってやりたい。しかし、今は感情的になってはダメだ。とにかく、粛々と、冷静に、問い詰めないと。
「ほう?つまり任務のために仕方なく、嫌々抱いた、そう言いたいのか?」
なんだかキレそうである。しかし怒りを抑えつつ、僕は目の前の間男に問いかける。
そんな僕の問いかけに、ドレイスは視線を下げ、「いえ」と否定する。
「彼女はとても魅力的な女性です。俺も男です。性欲もあります。嫌々なんてことは決してありません。彼女のような魅力的な女性を前にすれば、誰だって…その、つまりですね…俺の男が反応はします」
「そうだな。ということはつまり…」
「ですがそれはあくまで生理現象です!」
こいつ、上官の言葉を遮りやがって。今すぐ処刑してやりたい。だが、まだ反逆者であると確定していない。僕は間男の言葉を待つことにする。
「魅力的な女性を前にして感情が高ぶることは男の性…生理現象なので仕方のないことです!しかし俺は感情に任せて女性を抱くような卑劣な男ではありません!感情と任務は切り離しています!俺はあくまで、任務として行動を起こしただけです!だから他意はありません!」
と、言い訳を並べる間男。しかし、確かに一理あるな。
というか、そもそもの話、これは仕事という前提の下で僕は加護を発動しているのだ。抱かれるのはあくまで仕事だから。それ以上の感情はない。そういう思惑の中で、寝取られを容認している。
私情はない。もちろん怒りや憎しみ、嫉妬、その他ごちゃごちゃとした感情はある。しかし、すべては仕事――人類を救うという大義名分の下で行動がなされている。
だから、仕事でやっていると言われたら、僕としても納得せざるを得ない。たとえどれほど怒りに狂ったとしても、感情に任せて間男を殺すわけにはいかない。
もしも間男を殺すとしたら――それは処刑するときだけだ。
間男がカルゴアを、そして人類を裏切ったと明確に判断できた時のみ、間男を処刑する正当な事由が生まれる。
僕の加護、『エヌティーアール』は今や人類にとっての切り札だ。この加護があるからこそ魔族軍を撃滅できるといっても過言ではない。
そんな加護の発動条件である女を自分の手籠めにするなんて、どう考えても人類に対する明確な反意である。そんな裏切り者の間男は処刑されても仕方がない。
そう、裏切りに弁明の余地などないのだ。
裏切りは即座に処刑される。それが今の人類の常識だ。
そしてこの男は、話を聞く限りでは、裏切ってはいない。忌々しい限りだが、ただ仕事上の反省点を知りたくてもう一度会うことを希望したというのであれば、なるほど、確かに問題はないように思われる。
なにしろ人類の救世に必要なことだ。もしも当日になって問題が発生して困るのは人類の方だ。そうならないように、問題点や改善点を反省するというフィードバック的な行為は許されてしかるべきだ。
間男は、ドレイスという男は、まっすぐに僕を見る。その青い目はとてもピュアで、悪意はなく、下種なところはまったくない。他人の女を抱いておいて、よくこんな清廉な目つきができるものだな、と逆に問い詰めたいところだ。
「中隊長殿。あなたは俺の憧れです」
「あ?」
こいつ、急に何を?
「魔族軍があの日、カルゴアを攻めてきた時。俺たちはこれが最後だと絶望していました。今にして思えば、貴族としてあるまじき考え方です。最後の一兵になるまでなぜ諦めぬ心を抱けなかったのか、なぜ勇気を持てなかったのか。父上にいたっては魔族に辱められるぐらいであれば自害するべきだと考えていました。しかし、あなたが全てを変えた!魔王ギュレイドスを滅ぼしたあなたが、俺たちに希望を与えた」
こいつ、急に何を言い出す?今は不貞行為の話をしていたのであって、人類救世の話なんてしてないのだが…完全に論点がズレている。だが悪い気はしない。
「俺は自分を恥じました。まだ終わっていないのに、人類はまだ滅んでいないのに、勝手に絶望して、生を諦めようとした自分の愚かさを恥じました。民を守るという貴族の責務を放棄したその弱い心を恥じました。自殺をしようとした自分の父の浅ましい行動を恥じました。中隊長殿…いや、ネトラレイスキー伯爵!あなたは俺の憧れです!信じてください!俺はあなたを裏切るようなことは決してしません!」
そう言って熱弁を奮い、まっすぐな瞳で僕を見るこの男。まさかこんな信義に篤い男が他人の女を寝取る間男だなんて、世も末である。
…おかしい。この男は僕の女を寝取った間男である。にもかかわらず、なぜこんなにも堂々としているのだろう?おかしくないだろうか?
ただ、この男は別に下心からローゼンシアに近づいたわけではないのだ。ルクスに選ばれし間男である。
「――ではもしも今ここで死ねと命令したらお前は死ねるのか?」
「それが人類の、祖国のためであるならば、死ねます」
青い瞳をまっすぐにこちらに向け、そう即答するドレイスという男。まさかここまでの覚悟を持っているとは…なんでこんな男が間男をやっているのだろう?どうなっているのだ、この世界は。
そんな、馬鹿な。こいつ、命を賭して寝取り行為をしているとでも言うのか?
裏切るくらいなら死を選ぶ、その覚悟があるというのか?
普通、逆じゃないのか?死ぬぐらいであれば寝取りなんてしないって考えるのが普通の間男の思考ではないのか?
くぅ、まずい。このままだと、処刑できない。だってこの男、非の打ち所がないんだもん。間男なのに、非の打ち所がまるでない。どうなってんだ?不貞行為ってそもそも非ではないのか?
不貞を働いておいて非がないなんてことがあるなんて思ってもみなかった。
…どうする?っていうか、他の間男もこんな感じなのか?だとしたらいよいよ間男を殺せないぞ。
間男など死ぬべきだ。だが、味方は殺せない。
「――いいだろう。その覚悟に免じて今回は不問にする」
「……感謝致します」
結局、僕が折れるしかなかった。話を聞いて、態度を見て、なによりこの間男の忠誠心を間近で感じた今、この男には裏切りの意思はないように思われた。
この男は、裏切るぐらいであれば死を選ぶ。いや、マジで。
だがそうなるとどういうことだ?
「ではその後、ローゼンシアとは会っていないのか?」
「はい。彼女は昨日以降、会ってはいません」
「…彼女が行きそうな場所に心当たりもないと?」
「それは…俺にはわかりかねます。…あの、彼女に何かあったのですか?」
それがわからないから苦労しているのだが。さて、どうするべきか?
まいったな。とりあえず、今はこの間男、ドレイスの言うことは信用しても良いとは思う。気に入らないが、納得せざるを得ない。
だが、それだとどういうことだ?ローゼンシアの失踪と間男との間に関係性はないのか?
まあ、ローゼンシアはかなりいい加減な性格だしな。勝手にどっかに出かけて肉でも食ってるのかもしれない。
――ただの杞憂か?僕の思い過ごしか?
それならそれで構わない。僕がただ勝手に心配しただけで、本人はどこかで安穏としているというのであれば、それはそれで良いのだ。
彼女が無事なら、別にいい。僕の心がボロボロになる程度の被害で済むなら、問題はない。
だが、違ったら?
妙な胸騒ぎがする。
それは…
「中隊長。よろしいですか?」
僕が少しの間考え込んでいると、いつの間にか特殊部隊の隊長各であるオルグレイファが近寄ってきた。
「なんだ?」
「実はその従者殿の件ですが、見た者がいるとのことです」
「なに?」
オルグレイファは一瞬、ちらりとドレイスの方に視線を向けると、すぐに僕に向き直って続ける。
「その者の報告によれば、今朝方、砦から出てきた彼女がドウラン国の兵士たちと一緒に歩いている姿を目撃したとのことです」
…なんだと?
なんだか急にきな臭い話になってきたな。
ドウラン国。ローゼンシアの祖国。今は魔族に滅ぼされたその故国の兵士と彼女が一体なぜ?
今になって、ルクスの言葉が思い返される。
奴らの狙い…まさかローゼンシアだったのか?
「中隊長。もしよろしければ、我々に任せて頂けないでしょうか?」
僕が考え事をしていると、オルグレイファが言う。
「任せるとは?」
「もちろん、従者殿のことです。中隊長殿は軍の要です。自由には動けません。ですが我々は違います。特殊な部隊ですので、自由に行動可能です」
――我々が必ずや従者殿を見つけ出してみせます、とオルグレイファが言う。
その言葉に、なんだか嫌な予感がした。
例えば、ローゼンシアが捕まっているとして。その救助のためにわざと…いや、今は止めておこう。とにかく、ローゼンシアの安否が先だ。
僕はただ、彼らに任せるしかなかった。
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