第98話 特定
「総員、整列!」
「いや、あの…」
「ネトラレイスキー中隊長に敬礼!」
「……姿勢を崩してくれ」
「総員、休め!」
別におかしい光景ではない。
ここで整列し、敬礼し、そして現在は休めの姿勢を取っている兵士たちは僕よりも階級が下…なにより僕のために作られたような部隊なのだ。
上官である僕がやって来ればどんな場面であろうと敬礼して当然だし、僕が言わない限り勝手に休むこともない。
私語もなく、整然と整列をする兵士たち。
たとえ儀礼目的の儀仗兵といえど、やはりそこは軍人なのだ。上官の命令は絶対だし、命令されれば服従する。それが軍人というものだろう。
眼前には、休めと言われたのにいまだに直立不動。微動だにせずに僕の言葉を待つ男の兵士たちが並び立っている。
その整然とした姿はまさによく訓練された軍隊の兵士そのもの。しかし、兵士と呼ぶにはどことなく線が細く、やや色白で、綺麗な顔をした男たち。
軍隊らしい規律と統制のある部隊。しかし、敵を斃せるほどの力はなく、戦闘には向かない部隊。
そう。彼らこそ、僕の加護を支援するためだけに集められた魔族特殊後方部隊、いわゆる間男部隊の連中である。
そう。別におかしくはないのだ。
彼ら間男部隊の兵士たちが、上官である僕に対して敬礼をし、さらには国の英雄を見るような羨望の眼差しを向けることは、まったくおかしいことではない。
兵士たちは誰一人、下卑た笑いを浮かべることなく、国を代表するに相応しい、精悍な顔付きで僕の言葉を待つ。
「中隊長殿、昨日のご活躍、お見事でした!」
さて何を言おうかと迷っていると、この特殊間男部隊を指揮する隊長、オルグレイファという男が僕に声をかけてくる。
オルグレイファは、カルゴアの貴族家の次男で、彼の父親が伯爵だと聞いている。
爵位を継ぐのは長男なので彼自身が伯爵になることは無いだろうが、ただその…オルグレイファは見た目が良い男前な人物なので、そのルックスの良さから儀仗兵に相応しいということでカルゴアの儀仗兵隊にかつて所属していたらしい。
一応、軍学校を出ている士官なので、現在は儀仗兵隊を離れてこの間男部隊の隊長を任せられている。ちなみに、アソコはデカいらしい。まあ、どうでもいい情報だが。
僕はオルグレイファの顔をじっと見つつ、おそらく違うと判断する。
オルグレイファはまっすぐに、そして尊敬するような眼差しで僕を見ている。その顔に卑しさはなく、どこまでも純粋でまっすぐで、まるで善人のような顔をしている。こんな綺麗な瞳をしている男がローゼンシアを寝取ったとは思えない。というか信じたくない。
もしもこいつが間男だったら一体どういうつもりでこんなスッキリした顔をしているのか、正気を疑うところだ。
「中隊長殿の活躍があればいずれは…」
「…ありがとう。だが今は時間が惜しい。要件だけ伝える」
「ハッ!出過ぎたマネをしました。申し訳ありません」
「構わない…要件というのは――ローゼンシアのことだ」
ぴく。
今まで直立不動で微動だにせず、整然としていた兵たちが一瞬、揺れる。
といっても、彼らはよく訓練された兵士たちだ。動揺は一瞬で過ぎ去り、やがて元の兵士の顔に戻る。
ローゼンシアは絶世の美少女だ。そんな美少女が軍隊に紛れているのだ。当然、目につくし、噂も広まる。
彼女が僕の従者であることを知っている人間は軍に多くいるだろう。特にカルゴアの軍隊であれば尚更だ。
もっとも。いくら国の英雄だからといって、普通であれば従者の名前を出した程度のことで麾下の兵士たちが動揺することはないだろう。
――知っているのだ。当然だ。昨日、僕が戦闘で活躍しているそのまさに瞬間、この間男部隊の誰かが彼女を抱いていたのだからな。
ここにいる兵士たちは、確かに僕の最愛の女性を寝取り、抱くためだけに集められた部隊だ。
そして、当然だが僕の加護についても知っている。もっとも、加護について情報を漏らせば即座に命を落とす契約をルクスとしているので、口が裂けても加護の情報を漏らすことはないだろうが。
彼らは命を賭してこの部隊に参加している。それだけに、僕が彼女の名前を出すことで、間男部隊に妙な重圧感が生じる。
「さて、オルグレイファ隊長。一つ訊ねたいことがある」
「…なんでしょう?」
こいつだけは全然動揺しねえな。やはり隊長は隊長の任があるので、参加してないということだろうか?
オルグレイファはまるで重要な任務の話でも聞いてるかのような、至極真面目な顔をしている。とても寝取られという下賤な話を聞く男の顔とは思えない。
「ここにいるのは、これで全員か」
「ハッ!間違いありません!魔族特殊後方部隊、総員30名、確かにここにいます!」
隊長だけあってキビキビとした声をあげて応えるオルグレイファ隊長。軍人としては正しい対応なのだが、なぜだろう、釈然としない。
まあ、今はそれはいい。問題は…こいつらだ。
僕はザッと目の前に整列している兵士たちの顔を見る。
みんなイケメンだ。貴族の子息だけあって、綺麗な顔をしているイケメン揃いである。ルクスはよくこんな男たちを集めたな。
本来、戦闘を生業とする兵士が見た目を気にすることなどまずないのだが、彼らは本来は儀仗兵として集められた兵士たちだ。戦闘は目的ではない。今は性交が目的で集められているがな。
総員30名。オルグレイファを除けば、29名の兵士たち。この中にローゼンシアを抱いた男がいる。
…ふむ。確かに全員いるようだ。ローゼンシアを抱いた件は、任務での出来事なので、本当はむかつくが不問にするしかない。
だいたい彼らとて命を賭して抱いているのだ。なにしろ僕にバレたら殺されるかもしれないのだ。
こいつらは今回から魔族との戦争に参戦している。もしかしたら僕が戦う姿を見たのはこれが初めてかもしれないな。
ならばわかるはずだ。もしもあの力が自分に向いたら、どんな目に遭うか。
ただでは殺さない。後悔するような死に方をさせてやる。
ローゼンシアの名前を言葉にして以降、兵たちは当初こそ持前の精神力で平常心を維持していたのだが、だんだんと様子がおかしくなる。
まだ早朝で気温も低いというのに、なぜか異様に汗をかく兵士もいるほどだ。
これは、単純に恐れているだけか?
間男部隊の様子を見る限り、なんというか、僕の目を欺いてまでローゼンシアと会おうとする男はいないように思えた。
――埒が明かないな。直接聞いた方が早い。
「今朝よりローゼンシアの姿が見えなくなった。君たちの中に心あたりのある者はいるか?」
その言葉を聞いて、今まで整然と構えていた間男部隊の兵士たちは動揺し、チラチラと視線が慌ただしく動き出す。
きっと内心ではかなり動揺し、狼狽し、焦っていることだろう。しかしそれでもなんとか感情を抑えて平常心を維持するのは、やはり訓練された兵士だからこそ出来る芸当かもしれない。
兵たちが動揺したのは、時間にすればほんのわずかな一瞬。
しかし、そんな僅かな瞬間に生じた違和感も、元S級冒険者の観察眼から逃げることは出来なかったみたいだが。
「――リューク。いいか?」
今まで後ろで一言も発せずに待機していたゼイラが声をかける。ゼイラには事前に、怪しい奴がいないかチェックしておいて欲しいと伝えておいた。
もちろん、加護の件については伏してあるが、S級冒険者というだけあって余計な詮索はせず、僕の意図だけをしっかりゼイラは汲んでくれたようだ。
「怪しい奴はいたか?」
「ああ。全員の視線が一ヶ所に集まってた。理由は知らんが、たぶんあいつだ」
ゼイラの人差し指が一人の男を指し示す。
そこには一人。短い銀色の髪をしている兵士がいる。男はゼイラに指さされた途端に目を一瞬見開き、口をきっと閉じる。
――どうやら間男が見つかったようだ。
「そこの君。詳しく話を聞かせてもらえるかな?」
僕は間男を呼ぶことにした。
男は今まではなんとか耐えていた。しかし、直接指名されることで、目に見えて狼狽する。
そう、特定することなんて本当はいつでもできたのだ。
それでもあえてやらなかったのは、間男が味方だと信じているからだ。どんな事をされたとしても、味方として行動する以上、僕としては間男の行動を不問にするしかない。
どれほどの無能だろうと、味方は味方だ。味方である以上、優しくあらねばらぬ。
厳しく接するべきは敵だけで十分だ。
願わくば、彼が裏切り行為をしてないことばかりである。もしも裏切り行為をしていた場合、処刑せねばならんからな。
たとえ間男だとしても、味方である以上は処刑はできない。処すべき人間がいるとすれば、それは裏切り者だ。
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