第96話 敗戦国の部隊
「ああ、奴らのことか。まったくもって迷惑な連中だな」
砦のとある一室。ルクスと、なぜかシエル王女がいるこの部屋でドウラン国の部隊について聞いてみれば、ルクスは煩わしそうな表情を浮かべながらも答えてくれる。どうやら秘密ではないようだ。
ルクスの反応を見る限り、謎のドウランの部隊はあまり歓迎されていないようだ。問題は、カルゴアにとってか、それとも人類軍にとってか、どちらの視点から見て迷惑な存在なのか、だろう。
「どちらでもないですわ」
と他人事のように語るシエル王女。彼女はどこから用意したのか、優雅に椅子に座り、白いカップに注がれた紅茶を嗜みつつ、答える。
…一体誰がその紅茶を用意したのだろう?執事か?
まあ王女が一人で戦場に来るわけないもんな。きっと執事やら使用人やら護衛の騎士やらと一緒に来たのだろう。
「彼らは名目は観戦武官として。その本当の目的は…はて?なんでしょう?」
紅茶の入っているカップをテーブルに優雅に置くと、シエル王女は腕を組み、本当にわからないという顔をしてルクスを見る。
「俺が知るわけないだろ。大方、人類軍と魔族軍との戦争のどさくさに紛れて領土を取り戻すつもりではないのか?」
なんだと?そんなことされたらローゼンシアの約束が守れないじゃないか。というか…
「そんなこと許すつもりですか?」
「もちろん、許すわけがない。もしも人類軍の作戦行動を邪魔するようであれば、問答無用で排除すると奴らには伝えている」
そう言ってにべもなく切り捨てるように言うルクス。どうやらカルゴアと人類軍、両軍にとってドウラン国の軍は迷惑な存在のようだ。
「それでしたら、なぜ今すぐ排除しないのです?」
「邪魔してないから、だな」
僕の問いにルクスはなんだか忌々しい顔をする。
「今の人類軍は人手不足だ。奴らが協力的なうちは、こちらも邪険には扱えない。実際、今のところ奴らは人類軍に対して協力的だ」
ほう?なら、信用できる、のか?
「もちろん、誰も信用なんてしてませんわ」
と朗らかな声で物騒なことを言うシエル王女。その言葉にルクスも、
「そうだな」
と同意する。
「ドウラン国はもともと人類軍に非協力的だった。魔族軍に侵攻された時、わざわざ人類軍側より協力を申し出たのに自ら必要ないと断っておいて、後からやっぱり助けて欲しいなんて言われて協力すると思うか?」
まあ、それは確かに無理だな。ああ、だからどさくさに紛れて自国を奪還しようと考えてるわけか。まったく、面倒な連中だな。
「つまり、ドウラン側に領土を渡すつもりはない、ということでいいですか?」
「当然だな。今回の作戦に参加する主な国の軍隊はミルアド、ジンライド、教国、あと南部連合の加盟国から少数の部隊、ってところか?いずれにしろ、ドウラン国は入ってない。自国を取り戻したいなら自分の力でやればいい。できもしないのに偉そうに領土を主張するなってところだな」
そして、やれやれとなんだか疲れた顔をするルクス。
ルクスの言いたいは間違ってはいないだろう。
別にドウランの軍隊が血を流していないとは言ってない。問題は、奴らの流れた血は領土を取り戻す上で何の役にも立っていないってことだ。
勝てないのに自国の力を過信して、勝負を仕掛け、そして負けて、今更になって他に助けを求めている。ふむ。都合の良い話だな。これではまあ無理だよな。
ランバールが領土を取り戻せたのだって、名目上ではあるが、成果を上げたからだ。確かに僕が助力はしたが、それは公然の秘密である。
なにより人類軍に協力的だったランバールと、非協力的だったドウラン国では扱いに違いがあって当然か。
――それでも排除できないのは、一応は人種として行動してるから、なのだろう。
これが人間対人間の戦争ならば、信用できない相手と組むことはないだろう。しかしこれは、人間対魔族との戦争だ。
特にリューゲールの精神魔法のせいで、たとえ魔族を追い出して占領地を解放したところで、一度でも魔族に捕まったことのある人間は味方として扱うことができないという致命的な問題を人類側は抱えている。
ドウランの軍隊は信用できない。しかし、邪険にも扱えない。だから迷惑なのだろう。
人手が不足している以上、彼らが協力するというのであれば、もちろん歓迎はしたい。しかし、信用はできない。厄介な問題だ。
「今のところは協力的…といってもただ後方からついてくるだけで、何もしてないのだがな」
「でしたらいっそのこと、魔族軍にぶつけたらどうです?」
それは死兵になれってことだろうか?シエル王女は可愛い顔して物騒なことを言うよな。
「自国が危険だと思ったらすぐに逃げるような連中だぞ?魔族相手に決死の特攻ができるとは思えんがな。やはり後ろで見学させるのが一番だ」
「あら、そうなりますと、本当に役に立ちませんわね」
シエル王女は結構キツイこと言うよな。まあ言ってることは正論なのだろうが。
しかし、ふと疑問に思う。
「――ドウランの軍隊は、そんなに弱いのです?一応、剣王の国なんて言われてた軍国の兵士ですよね?」
「強いのは剣王とその護衛を任されていた精鋭部隊だけだったみたいだな。それ以外は正直、他国と変わらん。どうも噂が一人歩きしてただけみたいで、実態はそこまで強くはなかったみたいだな」
とルクスはなんだか飽きれるように言う。
もちろん、ローゼンシアの実力を知っているだけに、剣王がそこまで弱いとは思わない。ただ強いのはあくまで一部の強者だけで、それ以外はそこまで強くはなかったのかもしれないな。
「ですが、それでも軍隊です。頑張れば田舎の小さい領土ぐらいなら取り戻せたのではないのですか?」
と、まるで興味がなさそうな顔をしつつ質問をするシエル王女。彼女はカップを手に取って紅茶を飲むと、「あら、もう無くなってしまいましたわ」としょんぼりする。どうやら他国の軍の話よりカップの中身が空になった方が彼女にとってはショックらしい。
「田舎の領土など取り戻してどうする?食料もなければ農耕の知識もない連中だぞ?お前が飲んでる紅茶の茶葉の農園だって魔族軍のせいで生産できなくなってる。どちらにせよ、奴らだけの力で国を取り戻すなんてもう不可能なんだよ」
「あら?この茶葉、貴重品でしたのね。これは一刻も早く魔族軍を倒して農園を復興させる必要がありますわね」
――リューク、頼みましたわ、とシエルはニッコリ笑みを浮かべて僕に云う。
茶葉のために戦って来いと?まあ可愛い王女様に命令されたらするけどね。
紅茶の農園か。モルツール国の茶葉が有名だし、あそこの魔族軍を倒せばいいのかな?
「本気にするな」
僕がどうやって茶葉を手に入れるか考えると、ルクスが釘をさす。
「どっちにしろ、ドウランの連中に好き勝手はさせない。協力するならそれはそれで構わんが、こちらの邪魔をするなら容赦しないし、させるつもりもない。ドウラン国の領土は人類軍が接収する。これは決定事項だ。それが嫌なら…」
――自分の力のみで取り戻せばいい、とルクスは冷淡に言う。
人類軍のスタンスは、あくまで魔族の脅威から人類を救うこと。そのために必要であれば土地を接収する、というのが建前だ。
もちろん、接収した土地はやがて人類軍の加盟国によって領土が分割され、それぞれが統治することになるだろう。
他国の領土を勝手に分割して統治をする。一見すると酷い話だ。
だがそれは、自分たちの力で手に入れたのだから、当然といえば当然の流れだ。なぜ何の努力もしてない奴らに土地を返さないとならない?
どうしても祖国を取り戻したいのであれば、自分の力で取り戻せばいい。それならば誰も文句は言わないし、人類軍も自力で奪還した領土である以上、無理に寄越せと言うつもりはないのだ。
実際、教国は他国に分割統治されたくないから、あえて人類軍の協力を蹴って、カルゴア一国に領土奪還の協力を求めたのだろう。
人類軍の手を借りたら確実に代償として領土の割譲を求められる。しかしカルゴアと組めば、属国にはなるが自分たちの国をすべて取り戻すことができる。
もっとも、聖女ルイの目的は別にあるようだが、それを含めてもカルゴアと組んだ方が得だと判断した上で彼女はカルゴア、というか僕に接近したのだろう。
まあ今更ドウランがカルゴアに協力を求めたところで、カルゴアが相手をする可能性は極めて低いだろうが。
その理由は様々だ。しかし一番の理由は…僕かもしれない。
――なにしろその国の女性との仲の良さで協力するか否かを判断してるからな。奴らもまさかこんな事態になってるとは気付くまい!
……とりあえず、話はこれぐらいか?聞きたいことはすべて聞けた気がする。
「――事情はだいたいわかりました。では奴ら…ドウラン国の部隊については特に気にする必要はないってことで?」
「ああ。奴らが動くとすれば、ドウラン国への侵攻時だろうからな。それまでは放置でいいだろ」
「その時が来たらどうするのです?」
「その時は、邪魔にならないように後方に置いていくか」
とルクスは考えるような顔をして言う。どうやら人類軍にとってもドウラン国の部隊は邪魔な存在のようで、作戦には極力参加させないつもりらしい。これなら、大丈夫か?
別に奴らが何をしようが正直、どうでもいい。奴らの祖国が無くなったとしても、それは自分の国もろくに守れない力不足が原因なのだ。
同情くらいはしても良いが、協力する気はない。祖国を守りたければ死ぬ気で守るしかないのだ。
大事なものというのは一度でも奪われた最後、二度と戻ってこないからな。祖国を見捨てて逃げるなら、奪われても文句を言うなってことだ。
「――…リューク」
話し合いもだいだい終わったので部屋を出ようとする。すると背後から声をかけられる。
「昨日はよくやった。お前の活躍にはまだまだ期待している」
「……身に余る光栄なお言葉です。では失礼します」
僕はルクスの眼を見つつそう言葉を述べると、そのまま部屋を出る。
あまり期待されても困るのだけどな。だって期待しているということは、今後も僕の加護をあてにしているってことだから。
部屋を出ると、通路にはゼイラがいた。彼女は退屈そうな顔をしてその場にだらしなく立っていたが、僕を確認すると笑みを浮かべてなんだか嬉しそうな顔をしてこちらに来る。
「終わったか?」
「ああ。とりあえず、問題はなさそうだな」
「ふーん。そっか。…なあ、ちょっとした相談なんだけどさ」
「うん?どうした?」
「えっとな、その、だな。へへ、なんか緊張するな」
ゼイラと僕は二人一緒に通路を進む。どうやら何か聞きたいことがあるらしい。
「そのな、あのー、えへへ。ちょっと言い難いんだけど、いいかな?」
どんだけ言い難いことを言うつもりなんだ?隣を歩くゼイラは頬を赤らめ、なんだか照れくさそうな顔をする。
よほど言い難いことなのか、良いって言ってるのになかなか本題に入らないゼイラ。そんな彼女と一緒に歩いているとやがて僕の部屋に到着し、扉を開く。
あ、そういえばローゼンシアが寝てるんだっけ?ノックぐらいすれば良かったか?
そんなことを考えつつ、僕は部屋に入る。
そこには誰もいない部屋があるだけだった。窓は開いていて、外から風が吹いている。ベッドの上には乱れたシーツがあるだけで、それ以外にめぼしいものはない。
…ローゼンシアはどこ行ったんだ?
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